044熱
(44)熱
道は傾斜し始めた。立花は凛太郎と周平に低姿勢なところを見せる。
「おふた方、ご注意を。先ほども申し上げましたとおり、俺の後に続いてください」
俺はいい加減その低い物腰をやめてほしかった。立花を結構尊敬しているから、年下へのへりくだりが見ちゃいられないのだ。
立花は踏み跡のある箇所を選んでずんずん進む。この山の管理人か、他の観光客か、野生動物か、誰がつけたかよく分からない足跡だった。濡れた斜面に気をつけながら、俺たちは先行する立花の後ろを正確にたどっていった。
そして……
――俺は、懐中の『爆裂疾風』が熱を帯び始めたことに気がついた。
背中に汗の清流がひと筋落ちる。
「どうやら当たりみたいだな」
心臓が脈動を速めるのを自覚した。周平と凛太郎が背後で話している。
「おい周平、マジなのか……!? 八尾刀が熱くなってきたぞ」
「凛太郎もか。僕もだ。『波紋声音』が人肌にぬくもってきた。的中したかもしれない」
ふたりとも興奮気味なのは明瞭だった。
それをよそに、前を行く立花の体が細かく震え始める。あのクールな立花が緊張していた。
「まさか、本当に、曲玉が、あるのか……」
ぶつぶつと陶酔したように、一語一語区切って言葉をもらす。今は探究心が上回っているのか、後続を気にする余裕は皆無のようだった。
俺は二階堂さんに振り返る。
「面白くなってきたな」
軽く武者震いした。教団ナイトフォール11年の歴史が、今大きな変革のときを迎えているのだ。
「わたくしは八尾刀がありませんから、ぴんときませんわ。ちょっと貸してくださいます?」
なぜか大声でしゃべる。俺はそれを不思議に思ったがスルーして、鞘に収まった『爆裂疾風』を取り出し、彼女に手渡した。
「そんな、これって……!」
二階堂さんは触るなり絶句した。俺は八尾刀を返してもらう。
彼女は興奮をおそれが上回っているらしかった。
「ああ、スサノオさま……! あなたの領域へ踏み込む無礼をお許しください」
うーん、宗教チックな独語だ。そして、
「道永の滝の水源は伊良尾山麓洞窟の湧き水ですわ。そこが怪しいですわね」
誰にともなくいう。立花は聞いているのかいないのか、しきりとうなるのみだ。
「分かっている。分かっている……」
後半はだいぶ急斜面になった。木の枝や幹、根っこを伝って進んでいく。二階堂さんをサポートしながら、俺も悪戦苦闘して先を目指した。一歩進むたび、ふところの八尾刀は熱を増していく。
やがて立花が止まったのは、少し緩やかな斜面にある大きな洞窟の前だった。鍾乳洞ってやつだ。人ふたり分の高さがある。この中か?
彼はライターを点けて、その明かりを頼りに暗闇へと入っていく。
「村田さま、神田さま。ついてこないでください。ここは俺一人で行きます」
しかしそんな要請は、俺も二階堂さんも周平も凛太郎も拒否した。凛太郎は声をあららげる。
「抜け駆けは許さねえ」
周平もぴしゃりと叩きつけた。
「立花、お前を全面的に信用しているわけじゃないからな」
俺は内心、それはこっちも同じだと思っていた。周平と凛太郎は今は仲間だが、最初は俺を殺しにかかってきたのだ。立花も俺が入信していなければ、俺を殺して『爆裂疾風』を奪っていたことだろう。
信じられるのは八尾刀を持たない二階堂さんだけだ。
立花はしぶしぶ許容した。
「仕方ありません。それではご一緒にどうぞ」
俺たち5人は洞窟へと入っていく。コウモリか何かの動物が、頭上でいっせいに飛び回り始めた。羽ばたく音と鳴き声で騒々しく、俺は悪態をつく。
「やれやれ、大した歓迎ぶりだな」
俺のシャツのすそを二階堂さんがつまんだ。俺は彼女の手に手を重ねつつ、慎重に歩を運んでいった。




