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014脱出

(14)脱出


「俺たちとお前さんは敵同士ではない。そのことは分かってもらえたかな?」

 新郷は万歳するように伸びをしながら、大きなあくびをひとつかました。ふざけんな。

「敵同士でないなら縄をほどきやがれ、この不良探偵」

「暴れないでおとなしくすると誓うか? ちなみにここは山の中だ。車がないとどこにも行けないからな」

 くそ、そうなのか。逃げ出すこともできないってわけか。

「ああ、分かった、分かったよ。誓うからさ」

 俺は半ばやけくそ気味に答えた。新郷は唯に目配せする。俺は彼女の手で縄を解かれた。シャツに残った跡が、蛇のように見える。

「今まで見えなかったでしょうけど、後ろにトイレがあるわ。食事と飲み物は今持ってくるわね」

『爆裂疾風』がなければ、俺は単なる15歳の高校1年生だ。とりあえず新郷哲也とその助手である唯は、俺の命を奪おうとしているわけではない。ここはおとなしく機会をうかがうか……


 出された焼き飯はうまかった。唯は調理の才能もあるみたいだ、とか考えていると。

「それを作ったのは唯じゃない、俺だ」

「おっさんが? すげえな、高級レストランの料理みてえだ!」

「むふふ。こう見えて若いころは飲食店で働いていたからな。腕はおとろえていないといったところか」

 新郷は胸をそらして威張った。案外単純なのかもしれない。俺は熱い緑茶を飲みつつそう観察した。

 やがてふたりは俺に布団と枕を提供する。

「今日のところはお休みだ。また明日、話の続きをしてやる」

 そうして扉の向こうに去っていった。


 窓がないので、何時間経ったか具体的には不明だ。俺は家に電話をかけて家族を安心させたかったが、それは許してもらえなかった。しかたなく、俺は眠る。

 起こされたのは熟睡している途中だった。肩をつかまれ揺さぶられる。

「起きろ、夏原」

 この声は新郷哲也だ。俺は重たいまぶたを苦労して開けた。彼は少し憔悴(しょうすい)しているように見える。

「おいお前さん、どうやって『爆裂疾風』を使ったんだ? 手にして名前を口にすれば発動するんじゃないのか?」

 俺はわけが分からなかった。

「それで使えるはずだけど」

「じゃあお前さん、やってみろ。言っておくが、こちらに向けるなよ」

 おっさんは俺に刀身を返す。俺はしぶしぶ壁に向かい、『爆裂疾風』を手にして名前を唱えた。

 とたんに爆音がとどろき、切っ先から突風が放出される。目の前の壁にヒビが入った。新郷と唯がその威力に仰天する。俺は「使えるじゃねえか」とつぶやいた。

「さっきあたしと所長が試したときには、まったく風も何も出なかったのに」

 唯はそう不思議がる。

「何にしても返しなさい」

 俺に刃の返還を求めた。だがこれは千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだ。山の中でもいい、活路を開かないと。

「『爆裂疾風』!」

「うおっ!」

「きゃあっ!」

 俺はじゃっかん手加減しつつ、ふたりを吹っ飛ばした。彼らが痛みで動けないのをいいことに、俺はドアの向こうの階段を駆け上がる。

 心臓が下手なダンスを踊り、喉はカラカラだった。囚人の脱獄の気分だったのだ。

 最上段のドアには鍵がかかっていたが、それも爆風で破壊した。外へと飛び出す。

 そこは山の中ではなかった。うらぶれた都会のビルの一室だったのだ。今まで防音の地下室に閉じ込められていたわけだ。おっさんの嘘つきめ。

 俺は新郷探偵事務所から脱出した。近くの駐車場にあのデリカスターワゴンを認めると、『爆裂疾風』で後部ドアを破壊。鞄とBMXを取り戻して、とにかく逃げ出した。辺りは夜闇に包まれており、街灯とネオンの発光がどうにか明かりとなっている。

 道路標識で、俺は自宅からだいぶ離れた場所に連れ去られていたと気づいた。途中の公衆電話で家に連絡を入れる。親父が出た。

「姫英か?」

「ああ、俺だよ」

 受話器の向こうで、張りつめた緊張が一気に(ゆる)む気配がする。

「ふう……。どうやら無事みたいだな。よかった。事故にあったり事件に巻き込まれたりしたかと不安だったよ。俺たちは心配で心配で、警察に捜索願いを出して連絡を待っていたんだ。本当によかった……」

 温かい言葉だ。心が熱くなるのを感じる。彼の話では、俺が帰宅しなかった日からまる一日経っているらしかった。

「少し時間はかかるけど必ず帰る、詳しいことはそのとき話すから」

 俺は電話を切って、都会の道路を走っていく。それにしても、何でこの八尾刀は俺にしか使えなくなったのだろう?

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