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010刃亜怒A

(10)刃亜怒(バード)


 教室に戻った俺たちは、他の生徒たちとともに午後の授業を受けていた。俺はあくびをかみ殺し、眠気との戦いをかろうじて拮抗(きっこう)状態に持ち込んでいる。

 ちらりと二階堂さんの横顔を見やった。彼女はごく普通に教師の話へ耳を傾けている。頭の団子ふたつが綺麗なチャーハンを連想させた。美貌が、目に優しい。

 こうして見ると結構可愛いな……。そうだ、彼女に「俺と付き合ってくれ」といったらどうなるんだろう。何でもひとついうことを聞く、といったんだ。そう要求してもバチは当たるまい。

 などと考えていたときだった。

 校庭のほうから耳をつんざく爆音が響き渡る。どうやらエンジンの轟音らしい。それはどんどん近づいてきて、ついには鼓膜を破らんばかりの大騒音となった。

 窓際の生徒が外に身を乗り出して口笛を吹く。

「バイクが走り回っているぞ! 暴走族かな?」

「あっ、ホントだ! こりゃ珍しいな」

「すげー、生で見るなんて初めてだ!」

 面白がって声を上げるもの多数だった。授業そっちのけで、教室内の男子は窓にむらがる。俺もその中のひとりだった。国語教師の老人・室田(むろた)が、困惑した弱々しい声を出す。

「席について。席につきなさい……」

 それをかき消して、バイクの集団は校庭をぐるぐる回っていった。暴走族の男が拡声器で大声を出す。ひび割れていたのは機器のせいか怒りのせいか。

上山雄大(かみやま・ゆうだい)! 出てこい! 俺たち『刃亜怒(バード)』が怖くなければな!」

 えっ、上山雄大? こいつら、上山に用事があるってのか?

 連中の挑発を耳にしたとたん、いわれた当人が立ち上がった。浜辺さんがポニーテールの黒髪を揺らしてすがりつく。必死の声音だった。

「駄目よ、雄大ちゃん! 高校に入ったらもう危ないことはしないって約束したでしょう?」

 そう叫ぶが、上山は「そういうわけにはいかん」と揺るぎない意志で振りほどく。そして駆け足で教室を飛び出していった。浜辺さんが今度は俺に訴える。

「夏原くん、お願い! 雄大ちゃんを止めて!」

 俺はあっけに取られていた。しかし、上山ひとりをケンカに行かせるのは友人として看過できねえ、とすぐに気を取り直す。それに今の俺には「あれ」があるんだ。誰が来たって負けやしねえ。

「もちろんだ!」

 俺は浜辺さんを安心させるように告げた。そして鞄の底から『爆裂疾風』の刀身を取り出して、自分の右腕とシャツの袖の隙間に差し込む。二階堂さんにばれちまうけど、まあいいか。

「夏原くん?」

 俺の準備は彼女にとって意味不明だったらしく、けげんな顔をされた。それへ笑顔をくれた上で、俺は廊下へと走り出る。


 グラウンドに着いてみれば、暴走族『刃亜怒』のバイクは全部で5台あった。ふたり乗りの原付が3台、ひとり乗りが2台。全員普通にノーヘルだ。うち一台は大型1000ccで、乗っている男は拡声器を手にしていることから、大物らしいと知れた。

 それと上山が向かい合って、早くも視殺戦を展開している。

「よう上山、俺だ、貝塚(かいづか)だよ。『刃亜怒』を勝手に抜けたケジメをつけるために、俺たちにおとなしくボコられてもらおうか!」

 教師陣は誰も校舎から出てこない。みんな暴走族への恐怖で腰が引けているのだ。英語の立花あたりは現れるかと思ったが、彼は今日は風邪で休みだったっけ。

 誰かが警察に連絡して、至急来てくれと懇願(こんがん)したことだろう。だがおそらく、警察の到着までの間に決闘は始まり、そして終わりを迎えるに違いない。

 上山はブレザーを脱いで放り捨てた。筋肉質な体がひときわ目立つ。

「俺が従順にやられるわけがないだろ。返り討ちにしてやるから、さっさとかかってこい」

「言ったな、上山! かかるぞ、お前ら!」

 数は1対8。しかも相手は釘バットや特殊警棒、金属バットにロープなどの武器をたずさえている。いくら上山が頑丈な体をしているとはいえ、このままではやられるのは目に見えていた。

「ちょっと待ったあああぁ!」

 俺は大声で叫んで、親友をかばうように前に立った。

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