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暁に立つ吸血姫  作者: 澪亜
現在編
50/54

吸血姫、帰還する

「もう少しで、到着よ。あそこに門が見えるでしょう?」


ディアナに問いかけたけれども、答えは返って来ない。

……はて。

道中休憩なく走り続けて、流石に疲れたのかしら?

でも、国軍に所属してたから、少しぐらい無茶な旅程も大丈夫って言ってたし……。

そう思いつつ、振り返る。


けれども、ディアナはいない。

むしろ、ルフェすらいなかった。


「……あれ?」


もしかして、休憩する彼女を置いて来ちゃったのか……。


彼女を、迎えに行くべきだろう。

一本道ではないし、迷って明後日の方向に行かれた方が面倒だ。

ああ……でも、道中はルフェが彼女に付くと言っていたし、問題ないか。


結局、そのまま迎えに行かずにエンダークの街に入り、自分の屋敷に向かった。


「アウローラ様、こんにちは!」


「アウローラ様。これ、お持ちください。疲れた体に良いですよ」   


久しぶりの訪問にも関わらず、街に住む領民たちは歓迎してくれているらしい。

私の歩みを遮らない程度に、屋敷までの道中に人が集まってくれている。

引き篭もっている状況なのに、こんなに良くしてくれるなんて……なんとも優しい領民たちだ。


領民たちと会話を交わしつつ歩いていたら、あっという間に目的地に到着した。


「ただいま、フェブル」


そして玄関で待ち構えていた初老の男性に声をかける。


「おかえりなさいませ、アウローラ様」


そう言って、彼は頭を下げた。

その単純な所作一つですら、美しい。


彼の名前は、フェブル。

我が家の執事長。

経験に裏打ちされた的確な判断力を持ち、卒なく屋敷全体を纏め上げてくれている。


「……ルフェはどうしたのですか?」


「王都から来た子の付き添い」


「ああ……件の派遣官ですか」


「そう。何故か途中で姿を見失ったのだけど……まあ、ルフェが見てくれているから良いかなって、先に屋敷に来ちゃった。到着したら、部屋に案内してあげて」


「畏まりました」


「あー、アウローラ様だ!」


廊下を歩きつつフェブルと話していたら、アレースと遭遇した。

女の子と見紛うほどに可愛らしい子なのだけど、歴とした男の子。


「まあ、アレース。今日も元気そうね」


「ええ、そうですよ。それより、アウローラ様。森に、行きますよね? 僕も一緒に連れて行って下さい!」


「ええ、良いわよ。四日目以降なら」


「分かってますって。それじゃ、約束しましたからね!」


彼は満面の笑みを浮かべて、走って行った。

うん、元気そうで何よりだ。


応接室に到着し、ソファーに座る。

……ああ、一度座ると普段のサボり癖が出るな。

そう思いつつ、楽な姿勢で座っていたら、フェブルがお茶を持って来た。


「……いつまでそこにいるの? ナーヴァ」


視線を扉の方に向けつつ問えば、扉の向こう側からナーヴァが現れる。

相変わらず、いつ寝たのかと問いたくなるような不健康な顔色だ。

身なりを整えれば女の子に好かれる容姿だというのに、全く本人は興味がないらしい。


「……アウローラ様、ご無沙汰しています」


「ええ、そうね。三ヶ月ぶりぐらいかしら?」


 確か前回はナーヴァが突然、領都のヴェスペルにきたんだっけ。


「三ヶ月と五日と四時間ぶりです」


「あ、あら……そうだったかしら? まあ、それより、研究は順調?」


細かい……。

とは言え、前回最後に会った時間を覚えていることに、素直に感嘆する。


「ええ。新たな魔法の術式を構築することに、成功しました。是非、アウローラ様にはご意見をいただきたく」


「私の意見なんてなくても、開発者が貴方なら何の問題もないでしょうに」


「いえ、そんなことないです。まだもう少し、改良の余地はあるかもしれないので」


「んー……それなら後で、ゆっくりと教えて? 今は王都から来た子……ディアナって言うんだけどね、彼女が到着するのを、一応待っているから」


「はい、畏まりました」


「もしかしたら、ディアナが聞きたがるかもしれないけれども、問題ないかしら?」


「別に良いですよ。邪魔さえしなければ」


「そう。じゃあ、貴方の成果を楽しみにしているわ。……今、時間の余裕はある?」


「私は研究室に戻って、新たな術式の検討を開始したいと……」


「つまり、差し迫った予定はないということね? それなら、貴方もそこに座って休みなさいな」


「ですから、新たな術式の検討が……」


「だって貴方、いつもそればかり。追い立てられて研究しても、良い案は浮かばないわよ? ホラ、少し体と頭を休めなさい」


ナーヴァは放っておくと、ずっと研究をしている。

それこそ、四六時中ずっとだ。

開発に成功したとしても休む間もなく、すぐに次、次と研究を開始してしまう。

なのでいつも、今みたいに研究がひと段落ついていそうだったら、強引に休むように指示を出していた。


フェブルも心得たもので、ナーヴァ用の茶器を既に準備している。


「二人に質問なのだけど……観光するとしたら、どこが良いと思う?」


「……アウローラ様がそんなこと、気にしなくて良いんじゃないですか?」


理由を言っていないのに、すぐにディアナと結びつけるあたり、鋭い。


「あら、でも……彼女、暇で時間を持て余しているみたいだし、折角エンダークに来たのだから、何か見せてあげた方が良いと思ったの」


「……時間を持て余している? アウローラ様の側にいながら?」


信じられないことを聞いたとでも言わんばかりに、呆然とナーヴァが呟いた。

……私の側なんて、暇でしかないでしょうに。


「勿体ない。魔法術式の実験、研究に関する議論、諸々アウローラ様に、時間を割いていただけるというのに……! 私だったら、一分一秒も無駄にしない……」


ぶつぶつと呟くナーヴァに、思わず苦笑が浮かぶ。


「そんなに差し迫った相談があるのなら、領都に来ても良いわよ?」


「それは、いけません」


私の提案に、フェブルが首を横に振った。

基本私の言うことを否定はしないから、とても珍しいことだ。


「領都に住むことをアウローラ様がお許しになれば、他の皆も同じように希望して収拾がつかな……いえ、何でもございません。ナーヴァは、こちらで仕事がありますから。長く不在にする訳にはいかないかと」


「そう、ね。ナーヴァも、仕事があるものね」


皆も人が多く集まる忙しない街より、人の少ない長閑な街の方が落ち着いて良いのかしら? 

……なんて疑問に思ったけれども、途中でフェブルが言葉を止めたから、私も問いかけるのは止めた。


代わりに、深く息を吐く。


「……皆の厚意に甘えてばかりで、申し訳ないわ。私も、そろそろこっちに帰って来なければいけないとは思っているの」


「アウローラ様が申し訳なく思う必要は、全くありません。……アウローラ様がお好きなときに、好きなだけこちらに滞在すれば良いのです」


「いいえ……本当はね、分かっているの。いつまでも、あの街に留まり続ける訳にはいかないってことを」


心配そうな表情を浮かべる二人に、私は笑ってみせた。


それからフェブルとナーヴァと他愛もない話をして、時間を潰した。

久しぶりに会ったからか、どれだけ話しても話題は尽きない。


「……それにしても、ルフェとディアナ、遅いわね。何かあったのかしら」


ふと、疑問を口にする。

二人と話し始めてから、結構な時間が経ったけれども、未だ二人の気配すら感じられない。


「ルフェがいるから、大丈夫だと思いますよ? 魔物相手に、彼が負けることはないですし」


ナーヴァの言葉に、苦笑いを浮かべつつ肯く。


「勿論、ルフェの実力を疑ってはいないわ。むしろ私が心配しているのは、急にディアナの体調が悪くなっただとか、転んで怪我をして動けないとか、そういったこと」


「後少し待ってもいらっしゃらなければ、捜索致しますよ」


「ありがとう、フェブル。申し訳ないけれども、お願いね」


「……それにしても、先程から話を聞く限り、随分と執行官を気にかけているようですね」


「あら、そうかしら?」


「ええ。……何か、あったのですか?」


「これといった理由は、特にないのよ。せっかく来たのだから、バートリ領を楽しんで欲しいと思っただけ」


「はあ……」


私の回答が腑に落ちなかったのか、二人とも何とも言えない表情を浮かべている。


「一応言っておくと、王家に頭を垂れるつもりは一切ないわ。王都がどう動こうが、どうでも良い。その考えは、変わってない」


我ながら過激な発言とは思うけど、まさにそれこそが私の本音。

包み隠さず言ったそれを、二人は全く驚くことなく、むしろ同意するかのように頷いてすらいた。


「ただ……少し気になったの。彼女、バートリ伯爵家との契約を、知らないようだったわ」


小さく溜息を吐く。


「一般の民が忘れ去ったのは、既定路線。でも、仮にも王都の代表として派遣する執行官にすら、伝えないなんて……ね」


「王国の上層部すら忘れているか、或いは何か狙いがあって……とのことでしょうか」


フェブルの問いに頷く。


「前者だとしたら、随分とおめでたい連中ですね」


ナーヴァが溜息と共に吐き捨てた。


「後者の場合、一体誰の狙いか……というのが気になるわよね」


「……そう言えば、昔、外にいたそうですね。アウローラ様を狙う不届者が」


「ナーヴァが言っているのは、百年前の話か?」


「ええ、そうです。領の歴史でも語られる、愚か者たちの話ですよ」


「昔話は十分よ。……ともかく、彼女の目を通した王都の今が知れたら儲けもの、と思ったのよ」


「それで、まずは相互理解を深めるべく観光ですか……。彼女にとって見るべきものは、沢山あると思いますよ。それこそ、旧領都ですら」


ナーヴァの言葉に、首を傾げる。


「王都から来た子なのに?」


「だからこそです。バートリ伯爵領は王都を含め、他領と全く交流がないからこそ、独自の発展を遂げています。王都側の人間にとって、目新しいものが多くあるかと」


「ああ、なるほどね……」


バートリ伯爵領は、他領との交流をしたことが全くない。

それこそ、この地がバートリ伯爵領になってから、ずっと。




「待たせてすいません」


丁度そのタイミングで、ルフェが部屋に入って来た。


「あら、ルフェ。お疲れ様。ディアナは……あらあら」


ディアナはルフェに担がれていた。

……それも、肩に乗せるような形で。


「そんな荷物を持つような運び方は、流石に気の毒だわ」


「……アウローラ様の命令だから、面倒を見ただけ。正直コイツがどうなろうと、どうでも良い。だから、気を使うつもりは全くないです」


バッサリと、ルフェさんに切り捨てられた。


「……まあ、もう今更ね」


私は溜息を吐きつつ、彼女の様子を見る。

意識は失っているようだけれども、それ以外異変は見受けられない。


「そのまま彼女を客室のベッドまで運んであげて」


「了解です」


ディアナを運ぶルフェを見送った後、私は再びナーヴァとの会話を楽しんだ。

そしてその日の夜更に、私は黄昏の森に向かった。

目指すのは、森の最奥。

現れる魔物を排除しつつ、走った。


……相変わらず、森の中は薄暗くてジメジメとしている。

途中、森の中でも一際大きな樹木が目に止まり、自然と足が止まった。


枯れた、巨木。

枝には一つも葉がなく、随分と寂しい見た目だ。


かつて……この樹木は春になると、それはそれは美しい薄紅の花を咲かせていた。

そしてこの樹木を中心に街が存在していたと言ったところで……一体誰が信じるのだろうか。


今はもう全て、遠い過去。

木は枯れ果て、街は御伽噺に形を変えてバートリ伯爵領内で僅かに伝聞が残るのみだ。


暫くそのままその場で止まっていたけれども、私は再び走り始める。

そうして黄昏の森の最奥……膝丈ぐらいの石柱が六つ円状に並べられた場所に到着した。

円の中心には、私の背丈ほどの石柱。


私はそっと、その石柱に手を添えた。

そして目を瞑りながら、額をそれにくっ付ける。


「ノックス……」


呟いた言葉は、静かな森の中に溶け込んでいった。


こんな近くにいても、彼の声は聞こえない。

姿も見ることすら叶わない。

頭では理解している筈なのに、その現実を突きつけられる度に、胸に空いた穴を認識する。


私は暫くそのままその場で、立ち尽くしていた。

頭の中では、過去の思い出を一つ一つ振り返りながら。


そして私は、再び目を開けた。


「……やっぱり、綺麗ね」


闇の帳が降りた空を見上げつつ、思わず呟く。

真っ黒なキャンパスに散りばめられているのは、幾千・幾万もの星々。

手を伸ばせば届きそうで、けれども手を伸ばすことが躊躇われるような、そんな神々しい美しさだった。


『綺麗……』


ふと……耳の奥から、かつて自分が口にした言葉が聞こえてきた気がする。


『アウローラ。君は、本当に星空が好きだね』


『……そうかも。前にいた世界では、旅行で遠くにでも行かない限り、星なんて殆ど見えなかったのよね』


『……何故、前の世界では星が見えなくなったのだろうか』


『夜の暗さを克服する為に、人は人工の光を作り出したの。でも……星の光って、弱々しいでしょ? だから、その人工の光に掻き消されて、星の光は見えなくなっちゃったの』


『なるほど……。何かを得る為には、何かを失わなければならない、ということか。……この世界の星空も、いずれは失われるのかもな』


『……そうね。当たり前のものなんて、何もない。だからこそ、より一層美しく感じるのかもしれないわ』


ノックスと交わしたその会話が、昨日のことのように思い出せる。

あれから随分と時が経ったけれども……この星空は、今尚色褪せず、美しさを保っていた。


「……大好きよ、ノックス」


そして私の、この想いも……今尚色褪せず、私の胸の中で色づいている。

閉じていた目を、ゆっくりと開いた。


……早く帰らないと、そろそろ皆が心配するか。

そして私は再び走って屋敷に戻った。


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