第9章:逢魔街の大厄災日ー002ー
逢魔街において一目置かれている『神々の黄昏の会』のメンバーときたらである。
どいつもこいつも、と呆れるマテオだ。
いずれも強力な能力を所有している。少なくともマテオでは及びもつかない。
世界へ基準を広げても上位にある凄まじき能力者たちだ。
ただ能力の優劣は色々あれど、元は人間である。
背中から腹へ突き抜けた鋼鉄筋棒から血が伝っているようであれば危険極まりない。
「さすがの奈薙でも、ヤバいだろ。ここは僕に任せて、さっさと甘露先生の所へ行け」
「俺のことなど、かまうな。それより一匹は任せるから、仕留めてくれ。こいつら姫を……悠羽さんを殺す気だ」
悠羽を片手に抱く奈薙の目は、さらなる闘志を燃え上がらせている。
「悠羽って直系の娘だろ。なんで『鬼の花嫁』の一人なのに殺すってなるんだよ」
軽くも驚きを隠せないマテオだ。
「奴らも『破滅の女神』なんて言われるチカラには敵わないんだろう。だから赤ん坊還りして能力が発現できない今のうちと思ったに違いない」
「鬼のアタマって、悠羽の爺さんだよな。孫を殺せ、と言っているようなもんじゃないか」
「一族繁栄のためならば、娘をマワして当然とするヤツだ。家族だからどうこうなどと考えられる身内がいたならば、姫たちがこんなに苦しむはずがない」
苦味を含ませた奈薙に、「そうだな」とマテオが返す。
素直な首肯が、合図となった。
襲いかかってきた残り二体の鬼たちへ、マテオと奈薙それぞれが迎え撃つ。
マテオより二周り以上はある赤黒い巨体は筋肉が盛り上がる太い腕を伸ばす。
全ての指から生える鉤爪は刃物同様の鋭利さを備えている。
人間に限らず肉体ならば引き裂けそうだ。
ただし鬼は獲物を捕らえられない。
白銀の髪をした少年に、ちょこまかと逃げられている。
うがぁー、と人間とも獣とでも解釈可能な苛立ちが挙がった。
だが翻弄して見えるマテオの内実は焦りで灼かれている。
手にした短剣の刃は斬れ味が鈍く、かすり傷しか付けられない。
同じ箇所を瞬時で、さらに強く押し込まなければ致命傷を与えられない。
マテオなら出来る。
瞬速と呼ばれるだけの目にも止まらぬ行動を可能とする能力を駆使すればいい。
ただ本来からは程遠い体調だ。
痛む身体は能力の発現で目前の鬼を倒せても、次へ向かうまで保ちそうもない。
能力発現と無関係な身の躱しが精一杯な現状だった。
むしろマテオのほうこそ追い詰められていく感じだ。
斬れない短剣を武器にしていれば、決着には時間をかけざるを得ない。
けれども灰色の目が端で捉える。
奈薙が苦戦中だ。
相対する鬼の使命は『破滅の女神』と呼ばれる能力を発揮できない悠羽の抹殺である。片腕で抱きかかえられているところを狙われるは当然だった。
普段ならば、攻撃の腕を掴んでそのまま地面へ叩きつけられる奈薙の怪力だ。
現在は捉えた手首を振り解かれた挙句に、よろめいている。
がくりと片膝を付く始末だ。
バカやろう、と思わず独り言が出てしまうマテオである。
見立て以上に奈薙の傷は深い。
早々に治療を、安静を取らせたい。
が、マテオも対峙する鬼の手から逃れ刃こぼれの短剣でかすり傷を負わせるが精一杯な状況から抜け出せそうもない。
膝を落とした奈薙へ、鬼がここぞとばかりに攻勢をかけている。
鋭く伸びた鉤爪を殺す気で突き立てている。
足の動きが止まった悠羽を抱く奈薙は、残った腕と身体で防御する。
一方的に攻撃を受けていた。
あっという間に奈薙は身体中から血飛沫を上げた。
よそ見などしていられないマテオでも、奈薙の窮状が目に飛び込んでくる。
まさにトドメとばかり腕を振り上げた鬼の姿に、我が身など構っていられない。
「おいっ、奈薙!」
自分が相手をしている鬼から気を逸らす危険を承知で、マテオは叫ぶ。
奈薙の顔面へ目がけて鬼が腕を振り下ろす。
しまった、とマテオの口から焦慮が溢れた。
鬼の鉤爪は届かなかった。奈薙の手前で止まっている。
代わりに鬼は鋼鉄筋棒をその身に受けていた。
腹から背中へと刺し貫かれている。
我が身を顧みず引き抜いた武器にトドメを刺されていた。
キサマ……、と鬼が驚愕に彩られた断末魔を洩らす。
ふっと微笑む奈薙は次の瞬間、口が濡れるほど赤い血を吐き出した。
ちっくしょー、とマテオは自分が相手にしている鬼の懐へ飛び込む。
ぼろぼろの刃を赤黒く固い皮膚をした首元へ当てる。
渾身の力を持って押し込んだ。
勢いよく飛び出す血潮が、マテオの勝利を宣言していた。
しかし安堵などしてられない。
白銀の髪へかかる血に構わず相手を突き飛ばしては、走り向かう。
容態を尋ねたい大男は、どおっと背中から倒れていった。




