第7章:破滅の女神ー003ー
車窓から視認できた。
異能力世界協会が用意した豪奢な黒塗り車からマテオは降りるなりだ。
「よぉ、奈薙。なにしてるんだよ」
冴闇ビルの前で立ち尽くす巨岩がごとき大男へ声をかける。
マテオか、と返事した奈薙が続いて降車してくる人物たちに神経を尖らす様子を見せた。
少し畏まってマテオは紹介する。
「こっちが僕の双子の姉のアイラで、こちらが母親になってくれたソフィー・ウォーカーです」
なぜか覚えた気恥ずかしさを隠すよう急いで今度は奈薙を母たちに紹介しようとしたらである。
「ご高名は存じ上げております。大胡奈薙様ですよね。『地』の属性を持つ能力者としての期待を抱かれている方だと聞いております」
話すソフィーの姿は、マテオからすれば知らない人を見ているようだ。
そう言えば、と思い返せばである。
ソフィーを見る場所は、ほとんどが自宅だった。
表へ出て行くなど滅多にない。せいぜい庭の手入れくらいだ。もっとも敷地内は畑ありの園芸も営むほど広大ではあるが。
他所行き用の格好もさることながら、威厳すら漂わせる態度が、マテオの知る愉しいお母さん像からはかけ離れていた。
「星の万物根源素を元にした能力者の方でしたか。私ったら、そんな凄い方なのに名前を存じ上げていなかった不明をお許しください。マテオの姉で、アイラ・ウォーカーと申します。以後、懇意にしていただけたら幸いです」
アイラもまた打って変わった態度に仕草だ。
奈薙だけは相変わらずだ。
「やめてくれ。地がどうだこうだよく言われるが、俺には馬鹿力があるだけだ。なんか使えるわけじゃない」
「でも『地』のチカラは本格的な発現まで、他の属性に比べ時間を要すようです。けれどその代わりチカラは絶大になることが多いようではありませんか」
ソフィーがいつにない色を湛えた目を真っ直ぐ向けている。
人によってたじろぎそうな視線に、奈薙は鷹揚に手を振ってくる。
「俺はもうこの馬鹿力だけで充分だ。姫さえ守れれば、他はいらん」
そうですか、とソフィーが微笑み返していた。
姫が誰を指すか、聞かない。
「おぅ、奈薙も一緒に行かないか。今から僕たち、陽乃さんの所へ行くんだ」
マテオは意識して気さくに誘えば、ここで初めて地属性にあるとされている大男が弱気を見せた。
「いや、俺は……怖い」
こういう素直さが好感を持てるし、マテオはお節介を焼きたくなる。
「なんだ、奈薙。赤ん坊還りしてからまだ会ってないのか」
「姫が知られたくないであろう姿を見るわけにはいかない……」
「だけど心配で、ビルの下でこうして見守っているくらいなら、一度会って確認しておいたほうがいいんじゃないか。姫! の安全をより考えるならばさ」
少しの間を置いてからだ。
「マテオ。おまえは、痛いところを突いてくれる」
「なに言ってんだよ、こっちこそ無神経な奈薙らしくなくてびっくりだ。僕たちが来たんだ。ちょうどいい機会だって捉えろよ」
「なんだか引っかかる物言いをしてくれるが、そうかもしれないな」
納得はしたがまだ怖気を匂わせる奈薙へ、最後方にいた流花が出てきた。
「奈薙さん。私たち能力者は明日どうかなんてわからないです」
もしかして流花は自身にも向けて言っていたのかもしれない。
何にしろ、これがトドメとなった。
わかった、と奈薙がする返事だ。
ソフィーを先頭に流花にアイラ、その後を付いていくマテオと奈薙が冴闇ビルの階段を昇る。住居は最上階に当たる四階だ。
おい、マテオ、と呼ぶ声がする。
なんだよ、と返事するマテオは階段を昇る足を止めない。
「そういえば、おまえたち、なんで夕夜の所へ来たんだと思ってな」
「今頃聞くかぁー。理由は中で話すよ」
「あまりイイ話しではないのか?」
奈薙の疑問に、マテオは触発された。
イイ話し?
マテオは本国へ連れ戻され、行きたくなかった学校へ通うはめになる。
流花などは逢魔街で築いた人間関係だけでなく身内まで捨てざる得ない。
だが名前さえ与えられなかった東の鬼の嫡流として生まれた女性が背負わされる宿命から逃れられる。鬼に変化する能力を持つ血筋を残すだけの嬲りものの人生ではない。普通に勉強して将来を選べる生活が与えられようとしている。
「悪い話しではないよ」
マテオは明るく答えられた。
家へ上がり込むまで、顔を曇らせることはなかった。




