第4章:素顔と素直に喜べない来訪者ー003ー
誰にというより自分に対してであった。
「屈辱だぁ〜」
マテオの嘆きは、一斉に笑いを招いた。だから余計に悔しさが募ってゆく。
命を救われたとはいえ、まさか選りによって敵方の、しかも女におぶわれるなんて恥ずかしい。
「マテオは変なところで男の子のプライド、出すね」
背負うマコトに図星を突かれたりもする。
「前から思ってたけれど、マテオって妙に男ぶるわよね」
「うんうん、流花もそれ思ったー。女の子の前だとやたら乱暴っぽくするよね」
両脇を歩く楓と流花の二人からも、ここぞとばかり責め立てられる。
しょうがないだろー、とマテオは始めるしかなかった。
「小さい頃、よく女の子に間違われたんだよ」
笑われることを覚悟しての打ち明け話しだ。にも関わらず、反応は予想の斜め上へいった。
「そうだったんだ」「大変だったあるね」
楓とマコトの憐憫に満ちた口調に、トドメは流花だ。
「マテオ、かわいそー」
「かわいそう、言うなー」
さすがにマテオは黙っていられない。いいか、よく聞け! と始めずにはいられない。
「僕は別に女に見られたっていいんだ。むしろ仕事に役立つこともあるからな。けれど姉さんを差し置いてが、まずいんだよ。兄上が初めて会った時に僕を女の子だと思って手を取ったことを、姉さんは未だ根に持っているんだ」
わかったかとマテオの鼻息荒い解説に、挙がるは感心だ。
まぁ〜、とする楓に、あらら〜、とくるマコトだ。
流花に至っては「すごーい」ときた。何が凄いのか聞きたいくらいである。
話したのは失敗ではなかったか、と忸怩たる想いがマテオに過ぎった。はぁ〜、と思わずため息を吐いてしまう。
「ところで、これからどうするの?」
公園を出かかった地点で楓がマテオへ訊いてくる。
マコトの背中で口は回るも身体はぐったりな白銀の髪の少年の返答は、聞き手の意表を突いた。
「マンションに戻ろう」
ええっ、と声を挙げた楓だけでなく、流花もまた思いもかけないといった様子だ。
「襲撃された場所に戻るの、危なくないかね」
皆を代表して尋ねるマコトだ。
「相手もそう思うんじゃないかな。つまり敵の盲点を突こうってわけさ。それにマンションは同じでも、泊まる場所は別に用意してある」
今度こそ素直に受け止められた女子たちが挙げた感心する声を、マテオは耳にした。
死闘の後処理はマコトが呼び寄せた白黒仮面の機械人形たちに任せてある。
機械人形の残骸を誰かを持っていかれたくなければ、完璧にこなすだろう。
ぐしゃぐしゃに潰れた鬼の肉片なども、平然と片付けられるはずだ。
本来ならば、ここまで凄惨にならなかった。
たかが九体しかいない鬼だ。
白黒仮面の機械人形は、それこそ湧いて出てくる数で押し寄せる。
それでも頑健な鬼の身体を引き裂くまで三桁近くの機械人形が潰された。
鬼のうち三体が群がる白黒仮面の機械人形を払い除ける。
流花へ向かってくる。
俺たちの花嫁、と口にする鬼の目に狂気の光りが宿っていた。
天の配剤としか喩えようがないくらいの美少女をモノにしたいとする激しい情欲が窺えた。
迫る鬼へ向ける流花の表情を、マテオは一生忘れられなさそうだ。
思わず流花の前へ立ち塞がる。つい瞬速の能力を発現して、鬼の一体の喉元をかき斬っていた。
それでも鬼は死なない。致命傷になる箇所へ刃を走らせたはずなのに、数多くある傷の一つにしかならない。
マコトが号令をかけた。
「殺すね、徹底的に殺るね。流花にこんな顔をさせた連中、まともな死など与えてやらないね」
どうやらマテオと同じ気持ちであったらしい。
よし、僕も、とマテオも思ったものの膝が上がらない。
「もう勝負はついたね」
マコトが告げる意味は理解できた。
これからトドメに入る。機械人形たちによる最終攻勢が始まろうとしている。血飛沫と細切れとされる肉の饗宴だ。
見ていて楽しいとはならなければ、後は任せてこの場を引き上げるが得策だろう。
ところがマテオは立てない。
誰かの肩でも借りるか、と思っているところで掬い上げられた。
マコトにお姫様抱っこされる形だ。
くすくす笑う流花と楓に、マテオの自尊心が耐えられない。
断固の拒否を示し、せめておんぶへ切り替えてもらう。
希望は通っても、しばらく歩けば背負われている事実に落ち着けない。
ついついよく女の子に間違われた恥ずかしい過去まで曝してしまった。
身体だけでなく心も痛めてしまったマテオだ。
やっと敵の裏をかいた寝どころの提案で多少の回復が図れなかったら立ち直れないまま床に着くはめへなっただろう。
血生臭い公園から離れれば、今晩はしっかり休もうと思う。
そうは問屋が卸さなかった。
マンションの手前まで来ればである。
「マテオ、おっそーい」
同じ白銀の髪をした女性が文句を言いながら登場ときたせいだった。




