第4章:素顔と素直に喜べない来訪者ー001ー
はぁ、としんどいといった感じのマテオが吐く息だ。
「大丈夫、マテオ?」
催涙弾が投げ込まれた部屋から飛び出せば近くの公園で落ち着いた。
腕から地面へ降ろされれば、流花がさっそく心配してくる。
「おまえ、重くなったんじゃないか」
マテオは笑いながらであったが、すぐに表情を引き締めた。
流花の能力が感情を読むようであれば、冗談による誤魔化しは通用しない。
「今日の今日では、まだきついようだね」
少し遅れて楓を腕に地面に降り立ったMAKOTOがする指摘の正しさであった。
昼間に光の能力者である新冶が放った矢を受けた箇所は完治まで遠かった。いくら奇跡的な施術を行う甘露医師でも魔法を使うわけではない。まだ無理はしちゃダメよ、と釘は刺されている。
それでもマテオはである。
「ちょっと痛むくらいで、他はぜんぜん問題ない。やれるさ、まだ大丈夫だ」
戦えると答えた理由が、街灯に照らされ現れた。
体軀はニメートルを超えるだろうか。頭にツノを生やし、赤黒い肌が剥き出しの両腕両脚は人間のそれと桁違いに太く逞しい。二人で前後をもって挟撃する形で迫ってくる。
新たな登場者へマテオがからかいをかける。
「おいおい、今は逢魔ヶ刻じゃないんだ。犯罪はそのまま認知されるの、わかっているよな?」
ふっふっふっ、と鬼に変げした一人が笑った。
「わかっている。だからここの監視カメラは切ったし、地域担当の官憲は買収済みだ。公園も我ら同胞で取り囲んである」
「僕たちは誘い込まれたってわけか」
「負傷の身ならば、まずここで休憩を取るだろうとする予想が当たったな」
楓が抱えられた腕から飛び降りては訊く。
「あんたなの。あたしら、ハメたの」
MAKOTOは激しく首を横に振る。
「違う、あたしらじゃないね。疑うのわかるけど、そこは信じて欲しいね」
そんなの、と言いかけた楓を遮って、流花がMAKOTOの手を取った。
「うん、わかっているよ。まこちゃんがそんな卑怯な真似するわけないもん」
「流花がそう言うなら間違いないな。どうせ僕との仲を誤解した病院の誰かが、ちくってるんじゃねーの」
マテオのいなしに、楓は全面的に首肯できるわけでないが状況が状況である。
まずはここをどう突破するかだった。
前後にある鬼どもが距離を縮めてくる。鬼の花嫁を渡せ、と迫ってくる。
身を寄せ合うなか、マテオの耳に楓が囁く。
「ねぇ、あたしと……まぁしょうがない、こいつで突破口を開くから、その間にマテオは流花を連れて逃げられない?」
「わるい、その役目、交替できないか。僕が攻撃で、楓が流花を逃すってのは、どう?」
「マテオ、かなり悪いみたいじゃない」
「飛び降りた時に、ちょっとまずった。僕のミスだ」
ねーねー、と流花が何か言いたそうだ。なんだよ、とマテオが返せばである。
「それなら、まこちゃんに逃してもらう役をやってもらえばいいんじゃない。マテオほどじゃないけど、早いんでしょ」
「流花の太鼓判は信じたいけど。でもさすがにMAKOTOと二人きりは、ちょっとな。こいつら流花の能力を知っていそうだし、対処も考えているだろ」
「あら〜、マテオ。ついさっきは信じるみたいなことを言ってたのに。ヒドイあるね」
MAKOTOの真剣味が薄い抗議に、マテオは肩をすくめる。
「しょうがないだろ。僕は何年も親しく付き合いながら裏切られる場面を何度も見てきたんだ。つい今、味方ですときた敵に大事なところは任せられないんだよ」
ふむふむといったMAKOTOだ。
「そうだね、来たばかりのワタシへ簡単に預けるようじゃ、これから先行き暗いね。マテオの考えは正しい。それに……」
言葉を置いたMAKOTOが寄せ合った三人の背から離れた。一歩前へ出る。
まこちゃん? と呼ぶ流花に応えるようにである。
「ワタシ、流花が信じるとして手を握ってくれた瞬間、なんとも言えない気持ちになった。こんなの、初めてだね。流花を守りたい、とワタシも思うね」
何か決意を秘めているようだった。
思わずマテオだけでなく、流花も声をかけようとしたタイミングだ。
輝く身体を目にする。
MAKOTOが発光している。
鬼たちも怯んで足を止めたほどだ。
キサマは、と向かい合う鬼がうめくように訊く。
答えはなくMAKOTOの姿が消えた。
ゴギッ、と重く砕ける音がした。
耳にする音としては嫌な響きだった。
案の定、命は途絶えていた。
答えの得られなかった鬼の首があさっての方向へ向いている。
向けた張本人は輝きを放つ両手で鬼の側頭部を押さえている。
怪腕をもって首の骨を捻じ折っていた。
バ、バカな……、と残った鬼が信じられない声を挙げていた。
信じられないのはマテオも同様だ。
「MAKOTO、おまえ、人間なのか?」
訊くが、ここでも答えは返ってこない。
けれど動かない表情から、寂しさを漂わせているような気がしないでもない。
マテオは追求しなかった。している暇もなかった。
「キサマら、生きてここを出られると思うな」
残る鬼の叫びは、ありきたりな台詞だ。だが事態の切迫したなかであれば臨場感が違う。
マテオは心を決め、短剣を取り出した。




