第3章:悩ましき大男ー004ー
まず訊かれた事柄より先にである。
「奈薙さー、良かったの。それ、ここで言って」
「なにがだ」
「こういった話題はさー。他に聞かせないほうがいいんじゃね? しかも僕なり考慮すべき点として挙げさせてもらえれば、相談対象の身内がここにいたりする」
マテオの問いかけに無頓着だった奈薙も青ざめた。
えへへ、と笑う流花に、きらきら瞳を輝かせる噂好き女子を隠さない楓がいる。
あ、あの……、と奈薙がもごもご言いかける。
何かしら! と楓の強い口調だ。
ポンっとマテオは身を竦める巨体の肩へ手を置いた。
「あきらめろ、奈薙。今さら遅い」
頼みの綱にあっさり手離れされては諦めるしかない奈薙であった。覚悟を決めた表情で切り出す。
「遠慮はいらない、はっきり言って欲しい。俺はロリコンなのか」
「悠羽があんなんなってショックなのは解るけどさ、どうしたんだよ、急に」
「俺は悠羽さんが大事だ。二人きりでいる場合は『姫』と呼ぶようになるくらい大事に思っている」
「大事とするのに『姫』くだりの基準がよく解らないけれど、より親密になっているようであるのは察しがつく」
奈薙の無骨な顔が急に蒸気した。親密……、と呟きに触発されたようだ。
純情すぎるのも大変だ、とマテオは思わざる得ない。それでそれで、と楓と一緒になって好奇心丸出しで急かす流花に厄介さを覚えずにはいられない。
だからといって投げ出すわけにもいかないマテオが先を続けた。
「奈薙は悠羽とけっこう一緒に時間を過ごしてきただろう。どうしたんだよ、急に今頃になって」
「情けない話しだが、あのバカ三人組とキザ野郎に言われてから、どうも引っかかってしょうがないんだ」
言ってから説明不足を気がついたか。奈薙が誰についてか口にしかけたところで、マテオが仕草で止めた。
バカ三人組は莉音・緋人・冷鵞で、キザ野郎は新冶だと確認するまでもない。
それより『神々の黄昏の会』における人間関係が微妙な点がマテオには興味深かった。一枚岩になりきれていない状況が、東から来た鬼に付け込まれる所以の一つとなっているのだろう。夕夜の庇護にある陽乃はなんとかなった一方で、流花が守りきれない要因だ。
構成メンバーは、七人。祁邑姉妹を保護する立場を取る者は、うち二人しかいない。けれども残りの者の間には温度差がある。どう転ぶか、まだ解らない。
「おい、マテオ。聞いているのか!」
奈薙の怒ったような声に気づけば、マテオは苦笑した。
「悪い、悪い。ちょっと考え事してた」
「わかっている、わかっているぞ。遠慮せず、はっきり言ってくれ。それで俺も決心がつく。ロリコン変態野郎が、いつまでも傍にいてはいけないと決断できる」
マテオは奈薙と、まだ片手で数えられるくらいしか顔を合わせていない。ただし命懸けの状況を一度ならず二度、共にしている。『神々の黄昏の会』の中で、唯一好感と親近感を抱かせられた相手だ。
現在の悲観的な奈薙は、らしくないと思う。普段なら自ら『ロリコン変態野郎』呼称する様子に笑ってしまいそうだが、今回は真面目に問う。
「あのさー。奈薙は悠羽以外の五歳児にも目がいくのか?」
「そんなわけないだろう。姫だからこそ膝を折れるだけで、他などただのガキだ」
「だったらロリコンじゃないじゃないか。奈薙は悠羽だからこそ、なんだろう」
いつの間にか正座をしていた奈薙が両手を膝を置く。しかし……、とごちる顔は苦悶で象られていた。
ふぅと息を吐くマテオはショック療法とばかり強く出る。
「奈薙。本心は悠羽から離れたいんじゃないか。以前とはまるきり変わって、今じゃただの赤ん坊だからな」
「ふざけるな、そんなわけないだろう。俺は誓ったんだ。姫にどんなことがあっても、身命を捧げると、大事に想い続けると。能力は使いたくないと言うから、ならば俺が使わないですむよう守り続ける、と。なのに、なのに……」
ちくしょう、と奈薙は握り締めた拳を振り上げた。降ろされれば床が粉々になるくらいは想像できたようで、力なく落としている。
自重してくれて、ほっとするマテオは頭をかきながらだ。
「悠羽の能力使用は、奈薙がどうこう出来た話しじゃないだろう。それよりも、これから何をやらなければ後悔するか考えたほうがいいんじゃないか」
「……やらなかったら、後悔すること……」
一生懸命に考えこむ奈薙の肩に、そっと流花が手を載せる。
「うれ、奈薙さんのこと、大好きですから。だって赤ちゃん返りしても、笑いかけてくるでしょ?」
そんなの当然だ、と事情を知らない奈薙が強く頷いている。
悠羽に泣かれた流花の表情に、ちょっぴり影が差す。
マテオは見逃さなかった。
「あのさー、おまえ……じゃなくて流花。悠羽が陽乃さんに泣かなかったのって、正しく兄妹だって認識できなかったせいだと思うんだよな」
「なーに、それ」
「つまりさ、陽乃さんを姉じゃなくて母親で見ているから怖がらないんじゃないか。だって、あんなおかしな冴闇夕夜を父親として見ているんだ。よっぽど錯乱しているとしか、僕には思えない」
うふふ、と意味有り気な流花の笑みだから、マテオは余計むきになって主張した。
「いいか、別に流花を慰めようとしてるんじゃないぞ。僕は本当にそう思うんだ」
マテオとしては、もっと言葉を重ねるつもりだった。
ふわり、窓のカーテンが揺らめけば、放っておけない事態が訪れていた。




