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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第2部 一緒に過ごす彼女はインクレディブル篇

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第3章:悩ましき大男ー001ー

 イテテ、と叫んだ直後だった。

 マテオが感じていた痛みは消えた。けろりとなった自分を自身が信じられないほどだ。


「すげぇー、センセェー」


 賞賛など聞き飽きているのか、白衣の女医に態度が変わる様子はない。レントゲン結果を映し出すモニターを見つめるままの瑚華(こなは)だ。


「まったくぅ、あのキザ。やることがエグすぎるわ。骨を狙って射っているじゃない」

「でも、僕。なんともない感じになりましたけど」

「それは、あたしがスーパードクターだからよ。普通なら右腕と両脚はまともに動かせなくなっているわ」


 椅子ごとこちらへ向きを変えた瑚華が、ここでようやく自慢げに胸を反らした。


「良かったね〜、マテオ」


 流花(るか)が、のんびりした声をかけてくる。患者席に腰掛けるマテオに付き添う形で立っていた。


 ちなみに(かえで)は来ていない。

 逢魔街(おうまがい)随一の医師を『あの変態』と呼び、身の危険を感じるから会いたくないそうだ。

 なんとなく楓の気持ちが理解できるマテオは訊く。


「でも、センセェー。今回は廃人になるかもしれないなんて副作用はないですよね」

「男の子が小さなこと、気にしないの」 


 いやいやいやー、とマテオは焦りが隠せない。この場合は男の子かどうかは関係ない。


 マテオ、ぴーんち、と流花がからかってくるから、黙ってはいられない。おまえなー、と言いかけたところで気がついた。

 いつの間に向けられていた数々の視線。嫉妬に狂った殺気に満ちた注目を集めていた。

 絶世の美少女である流花と、また一緒に来ている。せめて楓もいたら見る目も変わっただろうが、今さらだ。

 今日も無事に病院を出られるかどうか、不安になるマテオであった。

 流花に建物から出るまで近くにいてもらえば何とかなるかー、と諦めていたらである。


 再びモニターへ向かった瑚華がキーボードを打ちながら、淡々と告げてくる。


「他人の診察を覗いているなんて、趣味悪いわよ。いくら坊主だからって、許されることじゃないわ」


 振り返ったマテオは驚いた。衝立の傍に男性が立っている。まただ。これまで背後の気配は常に察知してきた。ところが逢魔街に来てからが、いとも容易く後ろを取られている。まだまだ自分より優れたヤツは多い、と痛感させられる。


「すみませぬ。どうしても救世主たるお二方の揃った姿を拝見したい欲に負けました」


 そう答え、マテオと瑚華の中間に位置するところまで出てきた男性は墨色の裳付姿だった。いかにも遊行の僧侶といった出立ちである。


 慣れているのか、瑚華は一瞥もせず口だけ動かす。


「修行の坊さんが、我欲に負けていいわけ。勝手に診察室に入るなんて、通報ものなの、わかってるわよね」

「そうは仰いますが、瑚華殿。世界とまでいかなくて、この島国くらいは確実に砂へ沈むはずだった危難を救った手際は鮮やかだったと聞いています。それもこれも対象者を即効性の睡眠薬注射と、打ち込む者の危険を顧みない勇敢なる行動のおかげだったようではありませぬか」


 ふぅー、と瑚華ははっきり息を吐いて見せた。


「褒めた気になっているかもしれないけれど、ここには砂塵化させる能力を暴走させた者の身内もいるのよ」


 汗をかくみたいに慌てて僧侶が、流花へ向いて首を垂れた。


「も、も、申し訳ありませぬ。知らぬこととはいえ、迂闊にも程がありました。許してくだされ」

「あ、大丈夫ですぅー。流花こそ、マテオと甘露(あまつゆ)センセェーのおかげで、まだこうしていられるだけですからぁ〜」


 姿だけでなく心まで美しい方ですな、と感慨に満ちた返しをする僧侶は自己紹介へ移った。


「わたくしは『箔無道輝(はくむ どうき)』と申す者です。『神々の黄昏の会』に所属する者として、他が仕出かした今回の不始末につき、改めて謝罪をさせていただきたい」


 マテオは横を見上げた。

 感情が読める能力を有す流花が、うんと軽く頷いてくる。ならばと相手の礼節に応えようと思う。


 だが先に瑚華が口を挟んだ。


「二人のことはとっくに調べあげているはずだから、挨拶なんてしなくていいわよ。これ、坊主のなりをしているけど、やっていることは裏仕事だから」

「それは瑚華殿の思い込みですぞ。拙僧は修行の身であり、世にとって良きとされる事柄へ尽力しているつもりです。そして出来れば瑚華殿も我々と一緒になってと願って……」

「お断りよ」


 途中で遮った瑚華が、なお続ける。


「聞いたわよ、あんな酷い因習があると知りながら、流花ちゃんたちを『東』に渡そうとしてるんじゃない。情けなくないの?」

「確かに血筋存続のためなどと、感心できぬ話しであります。けれども『東』がそうやってチカラを伸長してきたことも事実。外部が関与できる話しではありませぬ」

「始まったわよ。自分たちで結論が出せなくなったら、常識ぶって他人事とする。結局は都合よい立場を守ろうとしているだけじゃない」


 ここで言葉を置いた瑚華は、『神々の黄昏の会』の一人だとする道輝を見据えた。それからおもむろに口を開く。


「じゃあさ。聞くけど、もしあたしが流花ちゃんたちの立場だったら、子供を産むだめだけに無理やり連れ去られようとしたら、あんたは……道輝(どうき)はどう出るわけ?」


 しばしの沈黙の後だった。


「状況や事態を鑑みて最善の道を選びます」


 答えた道輝は、あくまで僧侶然としていた。


 静かな空気に溶け込むかのように「そう」と瑚華は一言で済ます。


 すっかり置いてきぼりのマテオと流花は押し黙っているほかない。


 段々近づいてきた廊下を走る足音が、診察室のドアを開ける音に取って代わられなければ、いつまで気まずい雰囲気に包まれていただろう。


「ねぇー、聞いたー」


 おかっぱ頭の青白い少女が、ドアを開けるなり叫ぶ。

 瑚華の傍など行きたくないとしていた楓が飛び込んでくる。余程のことなのだろう。

 次にもたらされた情報は確かに衝撃的なものだった。


「あの『神々の黄昏の会』の連中が、鬼に負けてたんだって」


 楓は急くあまり、会のメンバーが同席していることに気づけないでいた。


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