第8章:露わになった敵と世界の命運ー003ー
行動へ移るのは早かった。
マテオは感心したほどだ。やはり逢魔街に住む者の実行は迅速である。
楓はライフル銃を構えることなく撃つ。
飛んでいく弾丸は衝撃を受ければ、電波や電流を遮断する粘液が広げる。
突如として現れた白黒の仮面を付けた人物へ向かっていく。
届く寸前だった。
もう一人の白黒仮面が現れ、あろうことか弾丸を弾く。
虚空で液が飛び散っていた。
続けて楓だけでなくオリバーも銃を構える。
「無駄だよ。機器に制御をかける弾丸では効果を得られない。なぜなら今キミたちの目の前にいる自分は生きているからね」
敵の解説が終わるや否やである。
刃がぶつかる硬い音が響く。
「許さない。あんたたちは、絶対に」
短剣を押し込むアイラは怨嗟の声を絞り出す。
だが弾丸を払い、瞬速の能力にも対応してみせる相手だ。
アイラの短剣をかざした短剣で受け止めきっては余裕で応じてくる。
「退くね。あんたじゃ、ワタシに敵わない」
なにを、と言い返しかけたアイラの身体が吹っ飛んだ。
瞬速を発現したマテオが飛ばされた方向へ移動すれば、華奢な背を抱き止める。
「姉さん、大丈夫ですか」
いつつっ、とアイラのお腹を押さえていながらも「大丈夫よ」の返事だ。
ならばと降りたマテオはアイラを庇うように前へ立ち塞がった。
「おまえ、ヒューマノイドじゃないって言うんなら、PAOのなんなんだよ」
小柄な男性と、それを守護する髪の長い女性だった。
顔を隠す白黒の仮面は、機械人形では身体の一部だったが、今度こそ被っているのだろう。
ケタケタケタケタケタ。
どこから発せられているか解らない、けれども発するよう仕向けた本人が笑いとも似つかない音を止めればである。
「キミたちが勝手に名付けたPAOの首魁だ、と言ったら、どうする?」
マテオとアイラが受けた衝撃が、流花や楓に瑚華まで伝わっていくようだ。
追い求めること十年間、辿り着けなかった相手が目前にいる。まさか向こうからのお出ましだ。
数年前、いや数日前だったら、マテオは飛び込んでいったかもしれない。少し成長させてくれた逢魔街で過ごす日々だった。
「どうして、急に僕たちの前へ出てくる気になった」
「ずいぶん冷静にくるじゃないか。すっかり能力を使用して迫ってくるものだとばかり思っていたよ」
「挑発に乗る気はない」
マテオの毅然とした態度に、ふふっと白黒仮面を付けたPAOの首魁と名乗った男は笑った後である。
「キミたちを襲撃させたヒューマノイドは兵器として売り出すつもりだった。けれどもこうもあっさり瑕疵を明るみされては、商売上がったりだ」
「試す相手を間違えたんだろ」
「そうだね、その点は認めるよ。マテオ・ウォーカー然り、異能力世界協会は見過ごせないほど厄介な相手だ。だからこれからは、こっちからも積極的に潰しをかけさせてもらおうかな」
仮面の下から笑みが溢れていそうな感じでなされた宣戦布告だ。
けれどもマテオもまた笑いが止まらない。
「なら、ぜひそうしてくれ。僕からすれば、お前たちを見つけられなくて焦れた時を思い出せば、狙ってでいいから出て来てくれよといった気持ちさ」
「リクエストにはお応えしよう。もっとも世界が無事であった場合の話しだけどね」
なにを、とマテオが身を乗り出した一方であった。
かかってきた電話に「なによ」とぶっきらぼうに出た瑚華が、途端に眉を顰める。口許を手で覆い外部へ漏れないよう、何かしゃべっている。
白黒の仮面を付けたPAOの首魁だとする男が手招きしている。するともう一人の仮面を付けた女性がぴたり寄り添った。
「さて、挨拶も済んだし、お暇させてもらうよ」
「はい、そうですかってなるわけないだろ」
マテオがようやく出会えた宿敵というべき相手を、このまま逃す気は毛頭ない。
けれども相手から余裕が失せる気配は微塵も見えなかった。
「いや、キミは我々に構っている暇はないはずだ。そうだろ、甘露医師。『神々の黄昏の会』に連なるよう請われるほどの人物に報せは入っているはずだ」
「おまえ、何をした」
「詳細は自分の耳で聞いて、目で確かめてくれたまえ。今、言えることは、だ」
なんだか随分もったいつけるヤツだ、と思うマテオは能力の発現へ入ろうとした。いちいち相手の言う通りになどしていられない。
だが敵が放った言葉はマテオを押し留める力があった。
「マテオ、キミが世界を救うんだ。これから今すぐね」
言ってから「ふふふっ」と意味ありげに笑う。
仮面越しからでも伝わってくる笑いは意識してだろう。
マテオは、ちらり瑚華を見た。
恩義ある女医の表情に、口惜しいが相手の言を無視できない状況を悟る。
それでも十年間も追い求めてきた相手をみすみす逃さなければならない。捨て台詞を吐かずにはいられない。
「今日のところは見逃してやるが、いつかきっと、このマテオ・ウォーカーが生き残ったことを後悔させてやる。覚悟をしておけ」
「そうだね、ぜひ生き残って欲しいものだ、マテオ」
「気安く僕の名を呼ぶなよ」
「名前で呼ぶなとは、切ないな。では、こうしよう。キミの名を呼ばせてもらう代わりに、マテオのほうからも名を呼んでもらうで、どうだろう」
PAOの首魁が名を明かすときた。
マテオとしては、信じられない。仮面で顔を隠す相手だ。抜け抜けと偽名を述べてくるかもしれない。そちらのほうが可能性としては大きいと解釈する。
それでもマテオは前向きに応じた。
「わかった。これからはお互い名前で呼び合う仲でいいぞ」
ケタケタケタケタケタ。
不意に笑いにも似た音が、いつになく大きく鳴り響く。
やかましいなか、マテオは相手から告げられた名をはっきり捉えた。
リー・バーネット。
マテオがその名を復唱する前に、白黒の仮面を付けた者たちは消えていた。




