第7章:摩天楼の夜の真心ー010ー
すぅと涙が退いていく。
マテオは立ち上がった。
周囲を見渡せば、首がなかったり、腕か脚か、中には上半身さえ失った人の形をしたモノが迫ってきている。破損した躯体がやってくる。中身が機械と判明すれば、危険が予想できる。
「姉さん、立ってください。敵を排除しますよ」
アイラはうつむいたまま動かない。肩を震わせて立ち上がる気配さえない。
マテオは周囲へ気を配りつつ続けた。
「勝手に諦めないでください。これから兄さんを病院へ運びます。動かないほうがだなんて言ってられません。そのためにもまず自爆しかないような機械人形を退かしましょう」
ゆらりとアイラが身体を立ち上げた。
マテオが顔を覗き込めば、思わず笑みが浮かんだ。これなら自分より強そうである。姉さん、と呼んでは手にある短剣を差し出す。父上と叔父が用意してくれた特製である。
「姉さんが使用してください。剣技なら、僕のほうが上手い」
より強力な武器を自分へ手渡してくるマテオの真意を、アイラは理解した。「わかった、ありがとう」と受け取る一方で、腰から抜いた短剣を手渡した。
柄を握ったマテオは近くに立つ美少女へ顔を向けた。
「流花。すまないけれど、しばらく兄さんを頼む」
うん、と流花のうなずきが号令の役目を果たす。
マテオとアイラの、白銀の双子の姿は見えなくなった。
それから数瞬の後に、次々と爆発が起きてくる。
あっという間に取り囲んでいた欠損した機械体は二度と起動できないほど粉々へなる。
流花が目をぱちくりされている間に、敵を退けた双子の姉弟は元の場所へ戻っていた。
「サスガダ」
賞賛にもマテオはうんざりで応えた。
「どうにかならないのか、そのしつこさ。ここまでくると感心してやれないな」
「あんた、私に何をしたのよ!」
相手の答えより先に、アイラが怒り心頭で叫ぶ。
白黒の仮面は被ったではなく、顔そのものなのであろう。アイラに切り離された首は放電の跡を残しながらも身体部との接合を果たしていた。
「アイラ、イイ、サンプル、ト、ナッタ」
「なにがよ。私がなんだって言うの」
「センノウ、ツカエル。カカリヤスイ、ガ、アッタトシテモ」
「殺す、あんたたち、全員殺す。サミュエルを、私の手でなんて……」
阿修羅の形相となったアイラは全身から感情を沸き立たせるかのようだ。今にも飛びだしていく気配を見せたが、マテオが腕で制した。
「姉さん、気合いでどうにかなる相手ではありません」
「ソウダ、モウ、データズミ、ダ。オマエタチ、フタリ、ソロッテモ、カナワナイ」
「きちんと数値化して分析済みというやつか。でも人間はヒューマノイドと違って不利でも退けない時があるんだ」
マテオが短剣を前へ突き出しては、隣りへ目を向ける。
「いいですね、姉さん。白銀の双子と呼ばれた実力を見せてやりましょう」
アイラは弟の眼差しを受け止めて「了解」と答える。
マテオとアイラは息もぴったりなタイミングで、白黒仮面の機械人形へ目を向けた。
「オロカナ」
敵の憐れみとも侮辱とも取れる言葉が終わるや否やだ。
マテオとアイラは瞬速を発現した。
白銀の髪を持つ双子の姿が消える。
正確には常人の目では捉えられないスピードで動く。
白黒仮面から覗く両眼を模したセンサーは感知していた。
マテオとアイラが迫っており、同時に刃を横振りしてきていることを。
軌道の計算が付いていれば、寸前で躱すという余裕の結論が弾き出されていた。
だから地面に転がる頭部を踏んづけられれば、洩らさずにいられない。
「……ナゼダ」
頭だけとなった白黒仮面を足の裏で押さえたマテオが答えた。
「僕と姉さんのコンビネーションはいろいろあってさ。『白銀の双子』のフレーズは、一種のコードネームみたいなものさ。僕が通常の攻撃に仕掛け、続く姉さんはほんの僅かだけれども、刃の繰り出す角度と速さを変えてくる」
「……ダマサレタ、ノカ」
「はめられた、くらいに言って欲しいな。データに基づいてでしか動けないと解れば、こっちは融通の利く生身の利点を最大限に活かさせてもらった。それに……」
マテオが、言葉を切った。
アイラが、サミュエルの傍でひざまずく流花が息を飲んで見つめてくる。
静かな間を取った後に、マテオは宣言する。
「僕と姉さんが復讐のため、どれだけ血の滲むような訓練をしてきたか。そしてこれから兄さんの分もだ。僕ら姉弟の命はPAOを完全に叩き潰すまで使う。お前らの殲滅と引き換えられるなら惜しまない命があること、こいつを通して聞いているヤツ、よく憶えておけ」
ケタケタケタケ……。
白黒仮面から発せられた笑いとも解釈できそうな音声は、ぐしゃりと途中で潰された。
「いつまでも好き放題させるものか」
踏みつけたマテオは粉々になった残骸へ目を落とした。
だが早々に顔を上げた。しつこいな、と舌打ちしながら辺りを見渡す。
自分たちがいるビル屋上へ這い上がってきた大量の人影を認めた。
いずれも白黒の仮面を付けていた。




