第6章:同居と友人と人違いー003ー
いろいろ謝罪すべきことは多かった。
今回も好きなものを注文していいとされたが、マテオはそれより先に頭を下げた。
「誤解した挙句に多大なご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ございませんでした。お許しください、アーロン様」
高層ビルにあるレストランの一角でフォークとナイフを動かす手を止めない太り気味の親戚が言う。
「人間、腹が減っているとろくなことを考えないものだ。謝罪よりまず何か頼みなさい」
はい、と返事するマテオへアーロンは続けた。
「それと、もう縁戚関係にあるのだから、様は止めなさい。変な遠慮が今回の誤解を招いた一つなのだから」
はい、とまた同じ返事をするしかないマテオだ。
食事中は雑談だった。
アーロンは異能力世界協会を支える根幹企業の逢魔街支部を任されるだけあって、話しが巧みだ。おもしろおかしく特異な街の状況を学ばせるよう聞かせてくる。
本題はメインディッシュが済み、デザートを待つ間に入った。
アーロンが鞄から取り出しては「前回と同じものだ」と包みを渡してくる。
「アイラに渡したなら渡したで、すぐ言いなさい。別を用意するから」
すみません、とマテオの返しに、アーロンは人の悪い笑みを作る。
「こここそ『アーロン叔父さん、ありがとう。ずっと大事にするよ』じゃないのか」
「どうして父上も母上もそうですが、僕をちっちゃい子供みたいにしたがるんですか。もう十五ですよ」
「そんなちょっと拗ねたみたいな反応が見たくなるんだ。かわいいもんなんだよ、マテオは。ところで今回のそれ、追跡装置は付いていないから安心しなさい」
マテオは場所が場所だったから開けなかったが、大切そうに懐へ入れた。
「別にもう位置情報くらいで誤解なんかしません」
「いやいや、それに関してはこちらが悪かった。ゾンビ少女の件は任せられたはずが、実はこっそり追尾されていたなど、騙されたと思われても仕方がない」
「でも、そこは僕の早とちりであります」
サミュエルがマテオを発見した報に、いち早く駆けつけたきた人物は意外にもオリバーだった。
マテオは白のシャツが嫌味なほど似合う青年を敵対視してくる相手と捉えてきた。それが陽乃たちの荷物で両手が塞がる路上で抱きついてくる。「良かった、本当に良かった」と真情を疑っては失礼な響きがあった。
もっとも周囲の目に気づいてか、オリバーは慌てて身体を離す。取り繕うため、いかにも作った厳しい口調で文句を垂れる。
「マテオ、ちゃんと話し聞けよ。俺はゾンビの娘を『保護』ときちん表明したはずだ。不意を突く真似をしたのは、通常の手順では相手に話しを聞いてもらえないからだ。わかるだろう、そこは」
能力者が非人道的な扱いの果てに誰の言葉にも耳を貸さなくなったため起きた悲劇はずいぶん見てきた。楓の場合はゾンビであり能力者とは別物だが、世間から向けられる視線は同種であることは想像に難くない。異形として過ごす辛さゆえ孤独に徹するような態度を取っている。
嫌な奴であるオリバー相手でも「ごめん」と自然に謝罪が口に出たマテオであった。
加えて、現在アーロンから更なる事情がもたらされてくる。
「私は反対したんだ。ただでさえ逢魔ヶ刻には通信機能が不能になるに加え、この街は普段でさえGPSを寄せ付けない地域も多い。意味がないだけでなく、下手な細工はマテオへ誤解を生じされるかもしれないと忠告はしたんだよ」
「ケヴィン様……父上にですか」
「ああ。でも少しでも見守る手段が欲しいんだ、とケヴィンが譲らなくてね。また失敗してしまうんじゃないか、そう悔やむ姿に押されてしまったわけだ。私のほうこそ、すまなかったな、マテオ」
この人は本当に僕の叔父さんなんだな、とマテオは思う。以前なら、謝罪を押し止めて別の話題へ移っただろう。けれど今は変な遠慮は止した。
「アーロン……叔父さん。訊いてもいいですか」
ようやく身内の字を使用してもらえたアーロンが気分を上げて「なんだい?」と応じてくる。
「ケ……父上は何にまた失敗したくないと、僕へ渡す短剣に追跡機能を施したのですか」
アーロンが胸の前で腕を組んだ。本来ならケヴィンかソフィーのどちらからが伝えるべきなんだが、と躊躇った理由を前置きしてからである。
「あの夫婦は、どうしてマテオとアイラの二人を出会った時に養子にしなかったのか、未だ悔やんでいるんだよ」
「そうなんですか」
マテオには初耳である。
自分としてはサミュエルの身辺付きをした頃に養子を検討しだしたと考えていた。ここ三、四年に何か気紛れで、とする軽い解釈だ。
まさか出会った頃だったなんて……。
ここに至ってようやくマテオは、養子へ請われた重さを実感し始められた気がする。
「ケヴィンのヤツ、本心ではマテオをずっと手元に置いておきたかったようだ。けれどもPAOに対するマテオの許せないとする気持ちを何より優先する約束は破れないそうだ」
マテオは生まれて初めてと言っていい、表情から色を失い固まった。
約束は能力者同士の生き残りを賭けた殺し合いの場から救ってもらった五歳の時だった。しかも所詮は口約束である。持ちかけた本人が忘れかけていたくらいだ。
ケヴィンは、父上は、ずっと守ってくれている。現在になっても。
「僕はケヴィン様じゃない、父上に謝らなくてはなりません」
そうか、と答えてアーロンは微笑んだ。
「ならば、マテオ。まずアイラを探し出すことだ。二人揃って無事な顔を見せてあげなさい」
はい、と返事するマテオはこの後に楓と会う約束になっている。
連絡断ちをしていた三日間、姉もまた姿を消していた。
アイラと直近で間近にしていた人物が楓であれば、押しかけてでも直ぐ会う必要があった。




