学校一の美少女と墓参り
春休みに入ると、段々と空気が暖かくなる。刺すような寒さは和らぎ、ほんわりと温い暖かさが肌を包む。
晴れたことで、いつも以上に寒さは遠のいていて、お出かけするのには絶好の日だった。
青い空の下、春の訪れを告げる花々が植えられた植木道を斎藤と共に歩く。
隣では冬服より幾分か薄着に身を包んだ斎藤がいた。薄桃色のハイネックのセーターに、下は黒の膝下丈のスカート。首には僅かに存在を主張する小さいネックレス。
春らしさがある女の子らしい外行きの格好は、とても可愛らしい。薄桃色のセーターはどこか桜を彷彿とさせて、つい目を惹かれる。
「もうすぐです」
斎藤は前を向いたまま、小さく教えてくれる。その顔は強ばり険しい。微かに手に持った花を包む包装紙がくしゃりと歪んだ。
引き結んだ口元はきつく、その眼差しにも余裕なさげだ。久しぶりに訪れる墓参りというのは、それだけ緊張するものなのだろう。
「……大丈夫か?」
「今のところは。ですがどんな感じで向かい合えばいいのか分からないので、少し不安です」
眉をへにゃりと下げて、瞳を微かに揺らしている。
「……まあ、あんまりきつい時は無理するなよ。一応隣には俺がいるし」
「そう、ですね。困った時は田中くんを頼らせてもらいます」
強張った表情がゆるみ、ほのかに笑みが浮かんだ。まだ完全に不安は抜けていないだろうが、肩の力は抜けたように見えた。
死者を弔う美しい花々達が見えなくなると、多くの墓地が立ち並ぶ光景が辺りに広がり始めた。
右も左も緑の中に灰色が点々と規則的に並んでいる。
さらに奥に進むと屋根がついた休憩所らしき建物が現れる。ベンチも用意されて、日を遮り陰がベンチを覆う。
「田中くんはここで待っていてもらえますか?」
「ああ。じゃあ、いってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
斎藤は大きな道から横に逸れて、一つな小さな道へと歩いていく。その道の左にはお墓が一列に並んでいる。
遠目で姿が確認出来る程度まで離れた所で、斎藤は足を止めた。
遠目なのではっきりとは見えないが、お墓の掃除をしているようだ。一通り掃除をし終えると、お花を添えて手を合わせた。
風がそよそよと吹いている。温かな風はまた命を育む春の訪れを告げているみたいだ。
そんな風が斎藤を撫でる。さらりと斎藤の綺麗な黒髪がきらきらと輝いた。
かなり長い時間手を合わせていた斎藤が顔を上げた。まだ動かずお墓の前で向かい合っている。
しばらくそのままでいたが、今度こそ動き出した。ゆっくりと、だが確かな足取りでこっちに戻ってきた。
俺のところまで来た斎藤の目尻には僅かに煌めくものが残っていた。
「おかえり。大丈夫か?」
「はい。やっとお母さんとお別れすることが出来ました」
「そうか。平気そうでよかった」
「意外とそこまでショックは受けませんでした。なんといいますか、素直にお母さんがいなくなってしまったことを受け入れられた気がします」
晴れ晴れと綺麗に笑う斎藤。どこか儚くも、前を向く斎藤の姿は、見惚れるほどに美しい。
「じゃあ、帰るか」
「はい。そうですね」
手を差し出すと、斎藤がするりと指先を絡める。
左手から伝わる斎藤の体温。確かに斎藤は隣にいる。もう離すことはない。隣に居続けると決めたのだから。
一度だけ強く握って、それから道を戻った。
行きは斎藤のことが心配で気づかなかったが、桜が川沿いに沢山植えられている。
まだ花は咲いていないが、蕾は大きく膨らんでいた。
「そういえば、もう春なんだな」
「はい。ここら辺の桜はかなり綺麗みたいですよ」
「そうか。それなら満開になったらまた来るか」
「そうですね。ぜひ。田中くんとのお花見は楽しみです」
ゆるりと微笑む斎藤。もうお母さんのことへの陰りは一切なかった。




