学校一の美少女と春休みの予定
翌日、いつものように斎藤の家に訪れた。
いくつか聞きたいことがある。何から聞くか迷ったが、とりあえず昨日のことを聞くことにした。
「話してみて、一ノ瀬はどうだった?」
「一ノ瀬さんが一応は信用できそうな人物ということが分かりましたよ。少なくとも田中くんに関して悪いことはしない人だとは思いましたね」
斎藤は淡々と語っており、そこに一ノ瀬への警戒は混ざっていない。とりあえずは安心してもらえたらしい。
「信用できることが伝わったなら良かったよ。会わせた甲斐があった。あんな奴だが悪い奴ではないんだ」
「はい。それはもう。私にとっても、頼りになる人物ですし」
「頼りになる?」
「はい。田中くんのこと色々教えてくれましたから」
「まて、それどんなこと聞かされた?」
一体なにを聞かされたのか。一ノ瀬のことだ。悪い予感しかない。
「なにと言われましても、田中くんの好みとかです。あとは柊さんとの関係なんかも聞かせてもらいましたね」
「そうか。それならいいんだ」
もっと変なことを斎藤に教えている可能性も考えたが、杞憂だったらしい。少しだけ胸の内で息を吐く。
「これで田中くんのこと知り尽くしてしまったかもしれません」
「いや、流石にそれはないだろ。一ノ瀬と仲良くなったのだって最近だし、まだ知らないところはあると思うぞ」
「さて、それはどうでしょう?」
ちょっぴりとだけいたずらっ子のような笑みを覗かせて、挑発するように上目遣いな視線をこちらに見せる。
そんなことを言われれば受けて立たない訳にはいかない。
「へー、じゃあ、俺のバイトがない日の休日の過ごし方を当ててみろよ」
基本的に斎藤の家を訪れるのは学校の放課後なので、休日までわざわざ通っていない。
これからは休みの日も会う日が出てくるだろう。だが、少なくとも今は俺が休日どう過ごしているか、斎藤には分からないはず。
もちろん一ノ瀬にも話したことはないので、一ノ瀬から聞いているということもないだろう。
当てられるものなら当ててみろ。そんな気持ちで言ってみたのだが、斎藤は心底簡単そうに呆けて目をぱちくりとさせた。
「そんなことでいいんですか?」
「そんなことって……結構難しいと思うぞ?」
どうしてそんな余裕そうなのか。強がりだと思いたいが、斎藤の表情がやけに気になる。
若干不安になりながら答えを待った。
「田中くんの休日の過ごし方ですか。そんなの簡単です。本を読んでいるでしょう? 本屋で気になって買った積読の本を消化していると思います」
「ど、どうして分かった!?」
馬鹿な! 絶対当てられないと思ったのに。誰にも話していないことをどうして分かるのだろうか。斎藤が恐ろしい。
斎藤は呆れたようにため息を吐く。
「どうしても何も、田中くんが分かりやすすぎるだけです」
「そんなに分かりやすいか?」
「はい。少なくとも田中くんの休日の行動なんて、それ以外想像つかないですし。アクティブにお出かけしている田中くんとか、逆に病院に連れて行きます」
「本を読まない俺ってそんなに異常なのかよ……」
真面目な顔で語る斎藤に、自分が心配になってくる。少し自分の行動を改めた方がいいかもしれない。
自分の読書好きの度合いを自覚して、咳払いを一度入れた。
「……休日といえば、もうすぐ春休みだけど、冬休みの時みたいに斎藤の家に行く感じでいいか?」
「そうですね。問題ありません。あ、でも……」
「ん?」
斎藤は視線を手元の本に落として頰を赤らめる。それから、ゆっくりと顔を上げた。
「……田中くんのお家にも行ってみたいです」
「お、おう。分かった。それじゃあ綺麗にしておく」
別に何かをする気はないけれど、斎藤が俺の家に来るというのはそれだけで何か特別感が凄い。
もちろん今の状況でも十分特別なのは分かっているが。
若干自分の顔が熱くなっているの感じて呼吸を深めていると、斎藤が思い出したような表情を見せた。
「あっ。3月の21日だけはちょっと……」
「何かあるのか?」
「その……お母さんの命日なので墓参りに行こうと思っているんです。特に去年は行けませんでしたので」
「あー。お母さんのね。なるほど。去年は何かあったのか?」
「お母さんが亡くなったことと向き合うのが少し怖くて、ちょっと行けませんでした」
僅かに声が震えているのが聞こえて来る。斎藤にとってお母さんの存在はそれだけ大きな存在だ。
向き合うのには相当な覚悟がいるのだろう。
「田中くんのおかげで向き合う覚悟も出来ましたし、行ってこようかなと」
覚悟が出来たといっても、斎藤の表情は不安げだ。眉をへにゃりと下げて、口元はきゅっと結ばれている。
そんな表情を見せられて放っておけるはずがない。
「……よかったら俺も一緒に行こうか?」
「いいんですか?」
「ああ。少しでも斎藤の不安がなくなるなら隣にいるよ」
「……ではそうしてもらえると嬉しいです」
斎藤はさっきよりは幾分か表情を緩めて、優しく微笑む。
斎藤の助けになるなら面倒なことなど何もない。
こうして一緒にお墓参りに行くことになった。




