斎藤玲奈、覚醒
田中くんが図書館を出ていくのを見届ける。見慣れた少し長い黒髪の後ろ姿が見えなくなるまで眺め続けた。
「それで、斎藤さんの話って? バイトのこと?」
図書館の扉が閉まり、私たち二人だけになったところで、一ノ瀬さんはその端整な顔をこちらに向けた。にこりと微笑むその表情は、確かに学校の女子たちが噂するだけの魅力があったけれど、やっぱりどこか作り物っぽい。私が学校の友達に浮かべる笑みみたいに。
「一つ確認しておきたいことがあります。一ノ瀬さんは柊さんの正体に気付いていますよね?」
「うん。柊さんって斎藤さんでしょ? 田中は気付いていないみたいだけど」
そう言って一ノ瀬さんは呆れたように笑いながらため息を吐いた。まったく、私もため息を吐きたい。
「どうして柊さんの正体のことを話さなかったんですか?」
「どうしてって……その方が面白いじゃん」
「面白い?」
「そう。だって普通に考えて、相談している相手がその相談内容の本人なんてことある? こんな面白い状況見ているしかないでしょ。わざわざ自分から無くすなんてもったいない」
肩を揺らして笑う一ノ瀬さんは、どこかいたずらが成功した少年のようにも見える。
「わざわざ第三者が割り込むのもどうかと思ったのもあるし、なにより、斎藤さんも満更じゃないでしょ? 田中が自分のことをどう考えているのか分かるのは」
「そ、それはそうですけど……」
これまでの私についての惚気を思い出して、ちょっとだけ顔が熱くなる。そりゃあ、好きな人が自分のことを惚気てくれるのを聞いて喜ばないわけがない。
私の反応が見て、「まあ、そういうこと」と一ノ瀬さんは楽しそうにもう一度笑った。
多分、一ノ瀬さんは悪い人ではない。田中くんもある程度親しくしているのがその証拠。
ただ、気付いた。この人、田中くんで遊んでる。田中くんと遊んでるのではなく、田中くんで遊んでいるのだ。……田中くんで遊びたくなるのはちょっと共感できる。
話すうち、最初ほどの一ノ瀬さんへの警戒心は薄まってきた。田中くんについて誰かと話せるのは新鮮なのもあり、少し楽しい。
「僕としては、斎藤さんが田中にまだ正体を打ち明けていないことの方が意外なんだけど。バイトの話をされたときに話さなかったの?」
「私だって、最初は話すつもりだったんです。流石にずっと人の本音を盗み聞きするのは申し訳なかったですし」
「あー、正体を黙っていたからって、まあ、多分、怒るとか嫌うってことはないと思うよ?」
「それは分かっています。以前にも『怒るとかない。ただ恥ずかしいだけ』と言っていましたし」
「そんなこと言ってたのか。恥ずかしくて悶える田中はぜひ見てみたいね」
やっぱり、この人……。田中くんもかなり変わっている人だけど、一ノ瀬さんもただのイケメンさんというわけではないっぽい。なかなか歪んだ友人ですね。仲はいいみたいだけど。
「それで結局正体を明かさなかった理由は?」
「田中くんが、柊さんは相談するのにいないと困るって言ったんですよ。斎藤の相談をするのに意見が聞けなくなるのは困るって」
「それはまた妙なことを」
呆れて笑う一ノ瀬さん。まったくです。わたしも呆れたくなったぐらい。
「なるほどね。それで正体を明かすのを止めたんだ」
「はい。もう今回ので私決めました」
「うん?」
不思議そうに一ノ瀬さんは首を傾げる。今回、正体を打ち明けなかったのは、もちろん田中くんがまだ柊さんを望んだからという理由もある。
だけど、今回のことで私は思った。流石に気付け、と。
「田中くんが柊さんという人物を相談相手として利用するんですから、私だって柊さんという立場を利用していいはずです」
「まあ、そうだね」
「これまでは、本音を聞くのが申し訳ない罪悪感もあって抑えていましたが、これからは我慢しません。正体がバレても構いません。むしろバレるくらいで行きます」
「え、えっと斎藤さん少し落ち着いて?」
「落ち着いていられませんよ。いつまで気付かないんですか、あの人は」
一ノ瀬さんの戸惑う声が聞こえたけれど、もう我慢できなかった。
「普通、気が付きますよね? そりゃあ、私の変装は結構力を入れていますが、それでも週に2,3回は顔を合わせているんですよ? どれだけ鈍感なんですか」
「……まあ、田中だしね」
「もう『田中くんだから』では済ませられません。毎度毎度、自分の惚気を聞かされる身にもなって欲しいです。どれだけ恥ずかしいと思っているんですか。可愛い、綺麗、大好きと。嬉しいですけど恥ずかしいんですよ」
「そ、そう」
「だから、これは仕返しです。田中くんが望む通り、これからも柊さんとして接します。ですが、田中くんの色んな本音も引き出して、田中くんにも同じくらい恥ずかしい思いをさせるんです」
これまで田中くんにはことあるごとに照れさせられてきた。今度は私の番。そして、最後に柊さんの正体に気付いて悶絶すればいい。この鈍感田中くんめ。
「そのためにも、一ノ瀬さん、ぜひ田中くんのことを教えて下さい」
「なるほどねー。いいね。面白そうだし、それのった」
一ノ瀬さんはにっこり微笑み、ぐっと親指を突き出す。
はあ、ようやく用件を伝え終えた。それに色々溜まっていたものも吐き出せてすっきりした。
さあ、田中くん。ここからは私の番です。
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