学校一の美少女の新たな繋がり
おかげさまで書籍版の購入報告や感想を沢山頂いています。読んで下さりありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ
「どうぞ、入ってください」
「あ、ああ。お邪魔します」
付き合い出した翌日、いつものように斎藤の家を訪れたが、斎藤は普段通りの様子だった。あまりにも普通で拍子抜けだ。本当に俺達付き合っているんだよな?
部屋へと案内されて、隣に座った斎藤の横顔に視線を送る。斎藤は澄まし顔を浮かべていて、特に付き合い始めたことを意識している様子はない。
どうやら俺だけだったらしい。まったく、こっちはどう顔を合わせるべきか分からず、昨日の夜さんざん悩んだというのに。普段通りの斎藤が少しだけ腹立たしい。
意識していたのが自分だけだったことに少しだけモヤモヤしてそっと息を吐く。別に斎藤が悪いわけではないのだ。そこに腹を立てるのはお門違いだろう。気を落ち着けて、昨日決めておいた話題に触れる。
「昨日は色々話してくれてありがとな。その……なんだ、斎藤がどう考えていたのか知れて、結構嬉しかった」
「いえ、こちらこそ田中くんと話せて少し楽になれましたから」
「それならよかった」
淡々と語りながらも、どこか声は明るく口角も僅かに上がっている。昨日までの陰りも、もうない。元気になってくれたことに改めて嬉しさを噛みしめる。
「実はな、俺も斎藤に話していないことがあるんだ」
「……話していないことですか?」
ピクリと僅かに身体を震わせると、控えめにこちらを見上げてくる。口元はきゅっと結ばれ、瞳には真剣さが滲んでいた。
「ああ。気付いてただろうけど、時々本をもらうだけで帰るときあるだろ? 実はあれってバイトに出るためだったんだ」
「……そう、だったんですね」
意外と驚いた様子はなく、ゆっくりと頷くのみ。もう少しびっくりされると思ったんだが。まあ、バイトをしている人自体は多くはないが、そこそこいるので驚くほどのことではなかったのかもしれない。
「ずっと黙っていて悪かった。出会った最初のころはそこまで仲良くなかったし、そこで誤魔化してから言い出す機会がなくてさ」
「確かにバイトは一応禁止ということになっていますからね。話さなかったのは当然の判断だと思います」
「もちろん、今はちゃんと信頼しているぞ? だからこうやって話したわけだし」
「そこは分かっていますから安心してください」
優しい声と共に薄くほほ笑む斎藤。ゆるりと緩んだ口元は弧を描く。
「斎藤も信頼できる人と思っているんだが、実はバイト先にも一人、同じように信頼している人がいるんだ」
「……と言いますと?」
「柊さんっていう女の人なんだけど、結構色々相談しているんだ。毎回凄い的確なアドバイスをくれるから頼りになるんだよ。斎藤とこれまでうまくやれたのはその人のアドバイスのおかげもあるんだ」
あんな的確なアドバイスはなかなか言えるものではないので憧憬が混じり、つい饒舌に語ってしまった。斎藤を見れば眉をわずかに寄せ、難しそうに少しだけ表情を顰めながら目を伏せている。
(あ、もしかして……)
あまり気にしていなかったが、異性の人について色々話すべきではなかったかもしれない。自分の好きな人が異性について好ましい発言を楽しそうに話すのは、いい気分にはならないだろう。柊さんも女性ではあるし、心配されている?
「あ、安心してくれ。もちろん、柊さんとの関係は本当に相談にのってもらう関係なだけで、そこに恋愛感情みたいなのはないから」
斎藤は顰めていた表情を緩めて、きょとんと目を丸くする。そして不思議そうにこてんと首を傾げた。
「はい? そこは疑っていませんから大丈夫ですよ?」
「え? あ、そう?」
どうやら俺の思い違いだったらしい。てっきり、嫉妬というかそれに近い感情を抱いているのかと思ったんだが。それなら、なぜあんな表情を浮かべていたのだろうか?
「まあ、一応相談内容的にも大丈夫だし、そこは安心してくれ。相談していたのは斎藤とのことについてだし」
もしかしたら斎藤が強がって気にしてない素振りをしているだけの可能性もあるので、念押しはしておく。安心させるため、笑みを浮かべて目を見ながら微笑みかけた。
斎藤は俺を見て、また僅かに眉を寄せる。困ったように。申し訳なさそうに。もしかしてまだ疑われているのだろうか?
「……その、ひいら「いや、ほんと」」
もっとしっかり話そうとしたところで、斎藤と言葉が被ってしまった。
「あ、悪い」
「いえ、こちらこそ。田中くんからお先にどうぞ。続けてください」
先を促され、そのまま話を続ける。斎藤の方は話終えてから聞くとしよう。
「柊さんに相談していることってほとんど斎藤のことについてなんだよ。周りにあまり親しい女子がいないからいなくなったら困る人ではあるけど、本当に頼りになる信頼できる相談相手って認識だけだから」
「……いなくなったら困るんですか?」
一度視線を下げたかと思えば、控えめながらも上目遣いにこちらを見つめてくる。
「まあ、女子からの視点っていうのは貴重なものだしな」
「相談なら、私にすればいいのでは?」
「いや、お前についての相談だぞ? 斎藤だって俺についての相談を俺にはしないだろ? それと一緒だ」
「それは確かに、そうですね」
「だろ? どういう風にしたら手を繋げるか、とかそんなの本人に聞けるか……って今のはなし」
つい口が滑ってしまった。僅かに顔が熱くなってくる。
「と、とにかく、そういう感じのことだから相談できる人がいなくなるのは困るし、柊さんとどうこうなることもありえないってわけだ」
少し早口になりながらも言い切って締めくくる。これで少しは安心してもらえただろう。俺が恥ずかしさで少し大変なことになっているが、それは気にしないでおく。
「それで、斎藤の方は?」
「……いえ、なんでもないです。そういうことでしたら分かりました」
「そうか? いつでも言ってくれたら柊さんと会わせるから、その時は言ってくれ」
「そうですね。機会があれば」
斎藤を安心させるための最後の一押しに、と思って提案してみれば、斎藤は困ったように笑った。
「田中くんがバイトをしていることは分かりましたが、あまりそのことを人には話さない方がいいと思いますよ」
「ああ、そこは分かってる。わざわざ言いふらすつもりはない。あ、でも、一人は既にばれたんだよな」
「え、だ、誰ですか?」
ぐいっと体を寄せてきて、動揺したように声を上擦らせる斎藤。
「一ノ瀬だよ。あいつがたまたまバイト先に来て、そこでばれたんだ」
「一ノ瀬さん、ですか」
「ああ。でも誰かに言いふらすような奴ではないから、安心はしていいと思うぞ」
「そうなんですか? こう言ってはなんですが、かなり胡散臭い方だと思っていました」
「まあ、それは分からなくはないけどな」
斎藤の物言いに思わず苦笑をこぼず。実際、つい最近まで俺もそう思っていたし、斎藤のその感想は尤もだろう。だが、あれでも信用できる部分はある。
俺は接してきてそれが分かっているので安心していられるが、斎藤はその限りではない。俺のことを心配してくれているようで、どこかその表情は険しいままだ。
「あいつにも色々相談しているから分かるけど、確かに斎藤からしたら怪しいやつだよな」
「えっと、はい。その、色々相談というのは?」
「大体は柊さんと変わらないな。あ、でも、なぜか柊さんに相談していることを話すと可笑しそうに笑うんだよ。そこだけは意味わからん」
「え、そんなことが!?」
「ああ」
驚いたように目を丸くしているので、強く頷いてやる。
「まあ、そういう謎なところがあるから胡散臭く見える理由なんだろうが、信頼は出来る奴だよ。良かったら話してみるか?」
「はい! ぜひ!」
「お、おう。分かった。とりあえず聞いてみる」
想像以上に乗り気でこっちが驚いてしまった。それだけ俺のことを心配してくれているということだろう。
一応あいつには斎藤のことで相談していたし、ことの顛末を話すそのついでにならちょうどいいかもしれない。早速と俺は一ノ瀬に連絡を入れた。
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