第50話 勇者となった邪竜
光で白く染まった世界。
やがてある一点へと収縮を開始する。
戦地となっているカステラッド王国に、大きな光の玉が現れ、辺りを照らしていた。
光の中から、人間の足と思われるものが出てくる。
銀と金が入り交じった長い髪を振り乱し、竜鱗の鎧を身に纏った男は、馴染み深い赤い瞳を開く。
「やれやれ……。最後は勇者の姿でということか」
我が姿を見て、肩を竦めた。
竜の姿より、何かスースーする。
減量した時にも似たような感覚はあったが、何か身体に乗っていた重しをすべて取り外し方のように身体が軽い。
少し力を込めて跳躍しようものなら、天にまで届いてしまいそうだ。
ふと手に握っていた剣を見つめる。
我が3000年守り続けた聖剣が、差し込んだ陽の光を受けて、反射していた。
いつの間にか、雨は止んでいる。
顔を上げれば、青い空が垣間見えようとしていた。
この世の終わりから、この世の始まりを想起させる。
「ガーデリアルなのか」
我が姿を見ながら、ルドギニアは唸る。
目を細め、我を睨んだ。
「どうやら、そうらしい」
全く迷惑な話だ。
これでは我が妻に怒られてしまう。
だが、剣は人間が造りし形だ。
この姿の方が思う存分――その力を発揮のできるかもしれない。
我は聖剣を空に薙いだ。
星のように瞬きながら、大気を分かつ。
剣が喜んでいるように我には見えた。
「悪くはない――か」
剣を構えた。
人間が我に、我が試練に挑んだ時のように。
眼光鋭く、覇気は飛ばす。
やがて、地を蹴った。
一足飛びで、我はルドギニアの前にたどり付く。
大きな腹に向け、聖剣をなぎ払った。
「ぎゃあああああああ!!」
鮮血が飛ぶ。
ルドギニアは蹲った。
さすが聖剣というべきか。
竜の硬い鱗をまるでバターのように切り裂いてしまった。
「貴様ぁ!!」
ルドギニアの口内が赤く光る。
炎息だ!
我に狙いを付けると、ハッと炎を吐き出した。
だが――。
銃声が轟く。
一発の弾丸が空気を薙いで、魔王の顎に肉薄した。
悲鳴を上げながら、ルドギニアは顎を振る。
吐き出した炎は、我の側を通り抜け、王城の一部を抉り飛ばした。
「ガーディ!」
「ニーアか!」
我が妻がSAVAGE110のボルトを引く。
再び弾丸を装填すると、スコープ越しに魔王を狙った。
338ラプア・マグナム弾が、竜の皮膚を貫く。
溜まらずルドギニアの巨躯がくの字に曲がった。
すべて竜の急所に当てている。
高い射撃精度と、竜マニアの知識を持つニーアしか出来ない攻撃だ。
「おのれぇえ!!」
銃弾の痛みを無視しながら、ルドギニアはニーアの方を振り向く。
その大きな眼に映ったのは、金髪をなびかせた少女だった。
「フラリルもいるんだから!!」
拳を握り込むと、ハンマーのように撃ち出す。
ルドギニアの顎を打ち抜いた。
溜まらず魔王はもんどり打つ。
倒れこそしなかったが、よたよたと後退した。
短い手で顔を覆う。
その時、魔王の指の隙間から見えたのは、白い光だった。
銀髪の少女が大きく口を開けている。
そこには大量の雷電が集められていた。
「くらえ!!」
躊躇なく、ルニアの口から雷息が解き放たれる。
雷光は真っ直ぐ魔王へと飛んでいった。
慌ててルドギニアは手で防御する。
雷息はあっさりと貫通し、魔王の手と肩口の肉を吹き飛ばした。
耳を押さえたくなるほどの鋭い悲鳴が、カステラッド王国に轟く。
「やったね、ルニア」
「みんなの仇とったよ、フラリル」
翼を伸ばし、空中でホバリングした竜の娘たちは、パンとハイタッチする。
それでルドギニアは終わりではなかった。
空中にいる我が娘に残った手を伸ばす。
鋭い竜の爪が娘に襲いかかった。
シュッ!
剣閃が縦に閃く。
気がつけば、魔王の腕が切れ、血しぶきを巻き上げていた。
「2人とも油断しすぎですよ」
猫のように静かに着地したのは、フランだった。
2人の娘を見上げながら、親らしく説教をする。
「はーい、ママ」
「反省します、フランママ」
2人は首を竦めた。
戦地にあって、その微笑ましい光景を見ながら、我は少し和む。
同時に家族という存在が、頼もしみえた。
「皆、揃ったな」
「うん。ガーディ」
「はい。ガーディ様」
「いつでも大丈夫だよ、パパ」
「準備万端だよ、パパ」
家族の返事が返ってくる。
「ならば、一斉攻撃と行こう。我ら竜の家族の力を見せつけるのだ!」
我は聖剣の切っ先を宿敵へと向けた。
それぞれの反応が返ってくる。
やがて構えを取った。
「くそ!」
悪態を吐いたのはルドギニアだ。
大きな翼を広げる。
羽ばたきを始めると、砂塵が舞った。
「空に逃げるつもりだよ!」
「逃がさない!」
制空能力を持つルニアとフラリルが飛び立つ。
ルドギニアが飛び上がる前に、その翼に向かって無数の矢が放たれた。
片翼に集中した矢は、薄い皮膜をぼろぼろにする。
「貴様らぁ!」
怒りをぶつけた相手は、大竜騎士団だった。
弓を引き、第2射が整うと、団長ミリニアは指示の声を上げる。
「放てぇえ!!」
さらに騎士団が放った矢は、片翼を狙う。
ルドギニアは何度も羽ばたくが、なかなか大気を捉えられない。
「いまだ!」
ミリニアは声を上げる。
グローバリが鍛え上げた騎馬と騎士達が、魔王へと突進していく。
「なめるなよ!」
ルドギニアは魔法を唱えた。
途端、騎士団の進軍が鈍る。
馬は足を折り、騎手と一緒にその場に蹲った。
「な、なに、これ?」
「うーん。身体が重いよぉ」
影響を受けたのは騎士団だけではない。
我が家族も這いつくばっていた。
かくいう我も剣を突き立て、必死に地面へと向かう力に抗っていた。
恐らく重力を操る魔法であろう。
相手は腐っても魔王。
魔法もお手の物というわけだ。
「そのまま潰れるがいい!」
「ふん! お前がな!」
急に空が暗くなったかと思えば、巨大な光の柱が落ちてくる。
ルドギニアの身体を貫いた。
「ひぎゃあああああああ!!」
溜まらず魔王は悲鳴を上げる。
我は先ほどの声の主を探した。
予想通り、我が配下――大魔導が密集し、戦略級魔法を完成させていた。
「我が主をお守りするのだ!! 続け!!」
鬨の声がまた別方向から聞こえる。
厳しい訓練の末、Sクラスとなったさまよえる騎士たちが、雷光に貫かれ半ば意識を失っている魔王に殺到する。
その硬い皮膚に剣を突き立てた。
重力制御の魔法から解放された我らも続く。
気がつけば、人間とモンスターが一丸となり、魔王に群がっていた。
その勢いは凄まじい。
魔王に臆することなく、無数のダメージを蓄積させていく。
眼前に広がった光景を見て、我は思わず息を呑んだ。
ルドギニアよ、
これが人間の力だ。
お主が侮ったものの怒りなのだ。
彼らにとって勇者も、聖剣もいらなかったのかもしれない。
必要だったのは、希望なのだ。
魔王を倒せるという希望。
それが人間という種のポテンシャルを引き上げていた。
ルドギニアは倒れない。
魔王としての矜恃がそれを許さない。
幾度傷つき、血煙を吹き出しながらも、魔王は魔王たらしめていた。
「かあああああああああ!!」
炎息を吐き出す。
地面に向かって放たれ、王城の石畳が抉り飛ばされた。
しかし、人間がモンスターは怯まない。
何度振り払っても、魔王に挑みかかってきた。
ルドギニアから見れば、不死の生物と戦っているような気分であったに違いない。
次第に、魔王の顔から焦りの色が浮かぶ。
すでに片目は貫かれ、口からは鮮血を吐き出していた。
それでも倒れない。
そのしぶとさは、人間に勝るとも劣らなかった。
見事だ、ルドギニア。
が、これで終いにしよう。
我は聖剣を掲げる。
切っ先を振り上げると、神々しい光を放った。
人とモンスターが入り交じる中、我は風のように突き抜けていく。
再び地面を蹴った。
ルドギニアの頭上に踊り出る。
大上段に剣を構えた。
「ガーディ様、とどめを!」
「「やっちゃえ、パパぁ!!」」
「主!」
「ガーデリアル様!!」
「ガーディ! いっっっっけえええええええええええ!!」
家族の声が。
配下の声が。
そして我が1番愛するものの声が、耳に届く。
声援を力に変え、聖剣を握る手に込める。
我は落下しながら、同胞の顔を見た。
魔王もまた我を睨み、顎門に炎をため込んだ。
一瞬、我ら兄弟の視線は交錯する。
「さらばだ、我が兄ルドギニア!!」
「があああああああああでりあるぅううううううう!!」
我らの声が重なり、轟いた。
次回、最終回になります。
ここまでお読みいただいた方ありがとうございました。




