第49話 名もなき勇者
「ガーデリアルだと!」
魔王と守護竜の対決を見ながら、カステラッド王国国王ジョリオンは叫んだ。
現場から少し離れた王城の一室で見ていたジョリオンは、巨大な闖入者に戦く。
やがて振り返った。
王室の正装を身に纏った痩身の男が立っていた。
「どういうことだ! ミゲッティ!」
総参謀長という肩書きと、第1継承権を持つ息子の名前を呼ぶ。
驚天動地の状況の中で、ミゲッティは冷静に眼鏡を釣り上げた。
しかし、事情を説明する前に、部屋に何者かが飛び込んでくる。
現れたのは、亡霊騎士――つまりは魔王の配下だった。
「ジョリオン様、大変です」
「どうした!?」
「反乱です! 人間たちが反乱を起こし、街にいる魔族を次々と」
「なんだと!!」
あり得ない話だ。
カステラッド王国にいる人間は、もはや人間であって、人間ではない。
悪魔に魂を捧げた魔女ばかりなのだ。
反乱を起こす意志などあろうはずがない。
誰かが扇動しているとしか考えられなかった。
では、一体誰が!
「ええい! 誰だ! この晴れの舞台に。反乱など」
「それが――」
亡霊騎士は言いよどむ。
代わりに質問したのは、ミゲッティだった。
「大竜の旗が見えたのではないか?」
「はっ。恐れながら」
「大竜の旗――大竜騎士団が寝返ったというのか!」
ジョリオンは1歩、2歩と引き下がる。
目を剥きだし、その顔は10歳以上老け込んでみえた。
「わ、我が娘――ミリニアはどうしたのだ? まさか反乱軍に捕らえられて」
「その心配はございますまい。その首謀者こそが、我が妹であり、大竜騎士団団長ミリニア・トーレストなのですから」
ジョリオンはミゲッティの方を振り返る。
王はこの段になってようやく気づいた。
「ミゲッティ! お前、反乱のことを知っていたな!」
「父上……。私は総参謀長です。国の兵や将校がどこにいるかなど、把握していて当然と思われますが!」
「たわけが!!」
王は手近にあったサイドテーブルを押し倒す。
歪んだ眼光で、ミゲッティを睥睨した。
「浮浪児だったお前たちに、食を与え、服を与え、寝床を与えたのは誰だと思っている!」
「紛れもなく父上です。その事には私もミリニアも感謝しています。しかし、私から言わせれば、それこそ私たち兄妹の不幸でした」
「なに!」
「国を混乱に招くものから食事を与えられ、人から剥いだ服を与えられ、人の血で敷かれた寝床の上で眠らされた。それが不幸以外の何者でありましょうか……」
「貴様! 言うにことかいて! ――亡霊騎士、何をしている。こやつを斬れ! 反逆者だ」
亡霊騎士はすっくと立ち上がる。
鞘から両刃の剣を抜き、高く振り上げた。
「反逆者はそちらでしょう。カステラッド王国国王ジョリオン・アスヒリア・カステラッド」
おもむろにミゲッティは正装を脱ぐ。
その腹の周りにはいくつもの筒が巻かれていた。筒から導線が飛び出し、すでに火花が弾けている。
正装を脱いだ瞬間、火が付く仕掛けになっていたらしい。
「古代の兵器でダイナマイトというものです」
「貴様……。何故、そんなものを。まさかガーデリアルから――」
「知りませんか、父上。私は古代の兵器の研究をしておりました」
「そんなこと……。一言も――」
「ええ……。知らないでしょう。あなたはずっとそうでした。子供が何をしているのか、どう思っているのか、まるで無関心だった。あなたにあったのは野心だけだ」
「や、やめろ……」
導線が筒に近づいていく。
ジョリオンはよたよたと窓辺まで後退した。
迫る亡霊騎士を見ながら、激しく声を荒げた。
「何をしている! 斬れ! 斬れぇ!!」
叫んだ。
亡霊騎士は振り下ろす。
「ともに地獄に参りましょう。我々はあまりにもわがまま過ぎた」
ミゲッティの首を落ちる。
しかし、導線は斬れていなかった。
光が迸る。
瞬間、轟音と爆風が王城の一室を貫いた。
壁が弾け、爆煙が濛々と巻き上がる。
カステラッド王国国王であり、魔王の御子だった男ジョリオン・アスヒリア・カステラッドは死んだ。
息子とともに。
◆◆◆
ミリニアは自ら大竜騎士団を扇動し、街を解放しに回っていた。
「進め! 命ある限り! この国を魔族から取り戻すのだ!!」
「おおおおおおおおお!!」
騎士団の士気は高い。
国を解放するという積年の願いが、今叶おうとしていた。
志半ばで倒れたものがいる。
礎になったものがいる。
騎士達の胸中には、人間の――仲間達の無念が詰まっていた。
意志の強さは奔流となり、破竹の勢いで街に蔓延る魔族を打倒していった。
竜の嘶きを聞いて、ミリニアは顔を上げる。
王城の方を見ると、まるで鏡合わせのように大きな竜が対峙していた。
どうやら、旨くやってくれたらしい。
ミリニアは1度、剣を止める。
己の胸に手を置いた。
――グローバリ団長。あなたが見たかった光景が、もうすぐ……。
遠大な計画だった。
30年以上前、守護竜を解放し、魔族の支配を止めようとした人間が始めたことだった。
それは誰であるか、ミリニアは知らない。
だが、最初は細かった1本の意志が、連綿と人間たちに受け継がれる中で大きく、太くなり、とうとう魔王打倒というところまでこぎ着けようとしていた。
それは奇跡といわざる得ない確率であっただろう。
もし、作戦が成功し、魔王が打倒されるなら……。
もし、勇者という都合のいい主人公がいるのなら……。
それはきっとこの計画を立てた名もなき最初の1人かもしれない。
すると、王城の一室で爆発がした。
濛々と黒煙を上げている。
「団長。どうしました?」
気がつけば、騎馬に乗った騎士たちに取り囲まれていた。
ミリニアは軽く頭を叩く。
戦場でぼうと考え事など、前団長に知られれば何を言われるかわからない。
あのキツいしごきを思い出すだけで、嗚咽が漏れそうだった。
「なんでもない! 行くぞ!!」
馬の腹を蹴った。
ミリニアはもう1度、煙の行方を追う。
だが、すぐに魔族掃討に集中した。
◆◆◆
カステラッド王国が、解放気分に湧く中、我は聖剣を飲み込んだ。
その刃が我の舌で転がり、長い喉を通り過ぎ、腹へ滑っていく。
実に、美味である。
敵前でなければ、涙を流し歓喜していただろう。
この国の者が、積年の願いを成就しようとしているように、我もまた長年待ち望んだ願望を達成しようとしていた。
3000年分の味は、あまりにも壮大すぎた。
甘く。
あるいは切なく。
しかし、大地のように雄大であった。
ごくり……。
喉を鳴らす。
飲み込んだ。
「うまい……」
その1単語に、どれだけの思いを乗せたか。
我ですら把握しきれていなかった。
「クハハハハハハ……」
ルドギニアは終始我の食事を眺めた後、突如笑い始めた。
「美味いか、ガーデリアルよ」
「ああ。堪能させてもらった」
「くくく……。全く愚弟よ」
「なに!?」
我は目を細める。
ルドギニアはバサリと翼を動かした。
「貴様の飲み込んだのは聖剣ではない。それは我が作ったレプリカよ」
切れ味鋭い牙を剥きだし、魔王は怪しく笑う。
「我が我を駆逐する兵器をそのままにしておくと思うか? お前が、寝ている間何もしていなと思うか?」
「…………」
「タフターン山の台座に刺さっていた聖剣など、すでにすり替えておったに決まっているだろう。それをずっと聖剣と信じ、お前は守護してきたのだ」
「ルドギニアよ」
我は首を伸ばす。
「お前の敗因は、人間を舐めすぎたところだ」
「なんだと!」
「聖剣が偽物などとうに知っておるわ。我が飲み込んだのは、紛れもなく本物の聖剣よ」
「馬鹿な! 聖剣は厳重に保管していたはず」
「人間がその事実を見逃すと思うか?」
それもまた偶然であったかもしれない。
ルドギニアの下から聖剣を奪取した人間達は、不幸に山賊に襲われてしまった。
その山賊達は、王国の報復を恐れ、我がタフターン山に身を隠した。
そこで我に討たれた。
そう――。
本物の聖剣とは、我らが聖剣に匹敵するといっていた名剣だったのだ。
レプリカはとても精巧に作られていたが、大魔導の研究の結果、早くから偽物であることは、明らかになっていた。
「おのれぇ! 人間めぇ!!」
「ルドギニア、大昔にもいったはずだ。人間は確かに愚かだが、逆境をものともしない強い魂を持つ生物だと。人間は強いのだ。我らが人間以上を生み出したとて、それすら彼らは乗り越えるだろう。今のカステラッド王国のようにな」
「黙れ! ガーデリアル! 聖剣が本物だからといって、それがどうしたというのだ!」
我は所詮は守護竜。
人間ではない。
だが、今ならわかる。
聖剣はただ勇者のためにあった。
それはきっと――。
突如、我の身体が光を帯び始める。
腹の中で何かが胎動し、その度に光は明滅を繰り返した。
「おおおおおおおおお!!」
嘶く。
その姿を見ながら、我が妻は。
「ガーディ!」
叫んだ。
光は広がっていく。
我の肉体を、大地を、空へと浸食していく。
すべては光に包まれた。
気がつけばクライマックスです。




