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3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。  作者: 延野正行
終章 激闘王国編

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第45話 最後の言葉

 山頂に爆炎が立ち上る。


 今まさに高射砲に榴弾を装填しようとしてたゴブリンたちに直撃した。


「リン!」


 煙が立ちこめる中、SAVAGE110を放り出したのは、ニーアだった。

 先ほど、小躍りしていたリンの姿はない。


 代わりに転がっていたのは、黒く焼けただれたゴブリンだった。

 口惜しそうに舌を出し、荒く息を吐き出している。


「リン、しっかり!」


 ニーアは抱き起こす。

 持っていた回復薬を喉に流し込んだ。


 我の方に顔を向ける。


「ガーディ、大魔導をここに」

「うむ」


 千里眼でローブ姿の配下を探す。

 先に目を映ったのは、タフターン山を包囲する赤い軍勢だった。


 我と同じ長い首。

 獰猛な牙。

 退化し、小さくなった翼。

 空を飛ぶ能力を失った代わりに、その竜(ヽヽヽ)は地を這うことに特化していた。


 赤い鱗が鈍く光る。

 首を回しながら、ボッと炎を吐き出し、歓喜するように嘶いた。


「チッ! 赤竜か!!」


 炎を吐き出すことに特化した竜族。

 我と比べて少し小さいが、その分小回りがきく。

 火袋の大きさは我の2倍あり、長い喉に通常よりも多く弁が設けられているため、長い距離を撃ち出すことが出来る。


 さしずめ古代の兵器にあった自走臼砲といったところだ。


 カステラッド王国炎竜騎士団。

 数こそ少ないが、制圧力は他の騎士団と比べても群を抜いていた。


 赤竜たちは戦車のようにタフターン山を包囲する。


 先頭の1匹に、人の姿があった。

 赤い髪をまさに紅蓮の炎のようになびかせ、仁王立ちしている。

 「にぃ」と獰猛な口元を歪ませた後、発声した。


「撃てぇい!」


 赤竜の口から火球が飛び出す。

 高く撃ち出すと、頂上に向かって飛来してきた。


「ちぃ!」


 我は大きく口を開ける。

 こちらも炎で撃ち落とす算段だったが、すべては不可能だ。


 やられる!


 ひやりと我が逆鱗に汗が垂れた。


 炎が弾ける。

 頂上に着弾する前に、火球が空中で四散したのだ。


 よく見れば、薄い光のようなカーテンが敷かれていた。


 魔法だ。

 そう確信するまで、我は1秒の時を要した。


『遅くなりました、主』


 我に自ら念話を飛ばしたのは、大魔導だ。


『どこにいる、大魔導』

『ちょうど頂上の少し下がった場所で、結界を制御しています』

『リンが負傷した! こちらまで来られるか』

『なんとかやってみますが――ぬぅ!』


 大魔導の悲鳴が聞こえる。

 結界に2射目が着弾したのだ。


 炎の勢いは凄まじい。

 高射砲の榴弾以上の圧力を持って、大魔導が張った結界を破壊しようとしている。


『ダメです! 赤竜をなんとかしなければ』

「ぐっ!」


 我は唸りを上げた。


 虫の息のリンを見る。

 ニーアが顔を上げた。

 妻の目は泣きそうになっている。


 リンは初期の我が配下だ。

 そしてよくニーアと手を組んでいた。

 思い入れは、妻の方があるかもしれぬ。


 ゴブリンは雑魚モンスターだ。

 使い捨てであってもおかしくはない。

 現に、我の配下にはそういうモンスターがいた。


 それでもリンは特別だ。

 失うのは惜しい。

 その能力が、目の前に展開する竜たちよりも遙かに低くてもだ。


『主! 私が行きます!!』


 頼もしい返事が返ってきた。

 デュークだ。

 すでに騎行部隊を再編成し、試練の洞窟入り口で待機している。


 相手は赤竜。

 騎行部隊とて無傷では済まないだろう。


「やってくれるか、デューク」

『命じていただければ、500の竜の首。軽く召し捕りましょう』


 敵に向かって、剣を構えた。


「わかった。ヤツらの攻撃が緩んだ瞬間――」


『待ってくだせぇ!!』


 叫び声が割り込んできた。


 工兵部隊を任せているオイディルだ。

 頂上に続く伝声管を掴みながら、部隊長は報告する。


『敵です! 地下からも来ました!!』

「なに!?」


 千里眼を飛ばす。

 見えたのは、黒い竜だった。


 それは竜と言うよりは、1匹の巨大なトカゲに近い。

 羽は完全に退化してなくなり、代わりに鋭く長い爪を持っていた。

 上顎は異様に発達し、まるで剣のように見える。


 皮膚は我よりも分厚く、どんな圧力すら耐えられそうだった。


「地竜か!!」


 またも我は舌を打つ。


 地下の中で暮らすことに特化した竜。

 故に飛ぶことも、火を吹くこともないが、土の重さを受け止めることが出来る鱗と、岩盤をものともしない掘削と突破能力を持っている。


 破竜騎士団であることは間違いない。


 空、地上、地下――。


 2正面どころか、3正面作戦か。


 部隊を分散させたのは愚かだが、タイミングさえ合えば、これほどいやらしいことはない。

 しかも、数の上で我が方は圧倒的不利なのだ。


「おのれ! 奇策を弄するのは、少数精鋭の我の方であろう!」


 Sクラスモンスターを囮にした陽動。

 さらに空へ目を向けさせ、あっという間に地上と地下に部隊を配備した。

 忌々しいことだが、見事という他にない。


 しかも、破竜が地下からやってくるのは、完全に想定外だった。

 地竜の潜行能力を侮りすぎていた。


『主、ご決断を!』


 オイディルの願いに悲鳴が混じる。


 ドワーフとクリーチャーで対処していたが、形勢は圧倒的に向こうが有利だ。

 何体かは倒せたが、我が方はその倍以上の被害が出ている。


 地竜の突進を止める必要がある。


 今、それが出来るのはデュークの騎行部隊ぐらいしかいない。


 そうこうしているうちに、1度撤退した蒼竜騎士団の残存部隊が旋回し、戻ってきた。

 結界を張る大魔導たちに、今まさに襲いかかろうとしている。


「次から次へと……」


 まずい。

 ここまで総崩れになるとは思っていなかった。


「ガーディ……」


 その時、我が妻の声が聞こえる。

 声音に絶望が含まれていた。


 見ると、泣いている。

 その涙滴は妻の膝元で目をつぶるゴブリンにかかった。


「リン、死んじゃった……」


 我は首をもたげた。



「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 吠声を上げる。

 空気が震え、周囲を取り囲む竜たちは竦み、多くの王国の兵士たちが戦いた。


 今すぐにでも結界を出て、仇を取ってやりたかった。


 リンの仇を。

 我が妻を泣かせた報いを。

 愚かしくも進行してくる竜たちに、我が怒りをぶつけたかった。


 我は――。


「デューク」

『は!』

「大魔導」

『はい』

「オイディル」

『へい』

「フラン」

『は、はい!』

「そして、我が妻ニーア……」

「うん……」



 よく聞くがよい。



 デュークは天を見上げ、大魔導は頷き、オイディルは耳をそばだて、フランは祈り、ニーアは涙を拭った。


 我は1度息を吸う。


「作戦第2号を発令する。直ちに所定の位置に付くがよい」

『主、それは――』

「くどい!」


 反駁するデュークを我は一喝する。


「もう1度いう。作戦第2号を発令する。直ちに所定の位置に付け」


 そして――。


「これは邪竜ガーデリアル最後の命令である。皆の者、良く聞くがよい」


 我は翼を広げた。

 3000年の間、我が身を包み続けた翼は、鈍重な空の下で華やかに開いていく。


 首を伸ばし、尻尾を叩きつけた。


「生き延びよ! これを持って、我が最後の命令とする!!」



 ◆◆◆



 数時間後、我は無数の竜に取り囲まれていた。


 空に飛竜。

 地に赤竜。

 地下の穴からは地竜が、這い出てきた。


 それぞれに騎士の姿をした魔族が跨がり、今まさに一斉攻撃を加えんとしていた。


 妙に静かだ。

 故に我の心臓の音がはっきりと聞こえた。


 心音に、小さな鼓動が重なる。

 ふと側には、我が妻ニーアが立っていた。


「ニーア。お主の所定位置は」

「ニーアの所定位置は決まってる。ガーディの側――」

「そうか」


 我は薄く口を開ける。


 咎める気はない。

 むしろ嬉しかった。

 大事な存在が側にいる。


 ただそれだけで我は奮い立った。


 大きく首を伸ばす。

 ニーアもまたSAVAGE110のボルトを引いた。


「さあ! 来るが良い!! 魔王の配下ども! 邪竜ガーデリアルはここにいるぞ!」



 おおおおおおおおおお!!!!



 嘶いた。


 声は大地を滑り、遠い遠い大地へと響き渡る。

 大地が震え、大気が震えた。

 すべてのものが居竦む。


 我は火袋から炎を吐き出した。

 ニーアも懸命にSAVAGE110で竜たちを貫く。


 だが、万に近い竜の群れの中では、空しい抵抗だった。

 ついに我らは追い詰められる。


 無数の炎弾、槍、爪が我が視界を覆った。


 我は首を回し、妻も我にすがりつく。


「ニーア……」


「なに? ガーディ」


「1つそなたに言っていなかった言葉がある」


「うん。ニーアも同じ事を思ってた」


「そうか……。やはり我らは夫婦だな」


「一緒に言う」


「うむ」


「ガーディ」

「ニーア」



 愛してる……。



 1人と1匹に、爆炎が叩きつけられた。


続く。

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