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3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。  作者: 延野正行
終章 激闘王国編

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第43話 孤独な守護竜。家族のいる邪竜。

「久しぶりね、2A」


 ニーアと魔族アスティは向かい合っていた。


 煙がくすぶるミーニク村の中央。

 すでに戦闘は終了し、時折タフターン山の方から重い音が聞こえるのみだった。


 ニーアはマントをなびかせる。

 アスティもまた羽を広げ、ゆっくりと動かしていた。


 魔族の挨拶に対して、ニーアは沈黙を貫く。

 アスティは少し眉根を寄せた。


「あれ~。忘れちゃったのー。白状ね、2Aは。プンプン!」

「ニーアはもう2Aじゃない」

「ニーアね。別になんだっていいわよ」


 胸元を強調するかのように肩をすくめた。


「アスティがニーアの前に現れた理由……。賢いニーアならなんとなーく、わかるんじゃない?」

「…………」


 ニーアはやはり黙する。

 そのままアスティは話を続けた。


「戻ってきてよ、ニーア。ニーアは魔族(こっち)側の人間でしょ」

「いや――」


 即答する。

 SAVAGE110を捨てると、ホルダーにしまったFN57を引き抜いた。

 銃口をアスティに向け、狙いを付ける。

 その目はいつも以上に冷ややかだった。


 一瞬、サキュバスは怪訝な表情を浮かべる。

 その口元はゆっくりと開いていった。


「そういうと思ったー。じゃーあ、ニーアがダメならー。ニーアのパパに聞こうかな?」

「えっ!?」


 すると、アスティはくるりと背を向けた。

 銃を構える少女の前で、無防備な姿勢を取り、タフターン山の頂上を見つめる。


「ガーデリアル! 聞こえてるんでしょ!!」


 サキュバスの声は、周辺の山々にまでこだました。


「あなたが愛する奥様はねー。人じゃないのー!」

「…………!」


 ニーアの眉がかすかに動く。

 アスティはそんな少女の様子を見ながら、話し続けた。


「この子は食物人間。私たち魔族に美味しく食べられるために生まれてきた魔族が作った人間なのよー」


 まくしたてた。


 山々にこだまする。

 その声は戦地にいる多くのモンスターの耳にも入った。

 皆、当然ニーアのことを知っている。


 正否はともかく――。

 ニーア自身が、敵側の魔族に作られた事実は、少なからず動揺を与えた。


『ふん。だから、どうだというのだ』


 我は長い首をもたげた。


 何が食物人間か。

 何が魔族に造られた人間か。


 ニーアがただ者でないことなど、出会った当初から知っている。


 それがどうしたというのだ。


 我はニーアの可愛いところも。

 怒ると怖いところも。

 少しミステリアスなところも――すべて。


 愛すると決めたのだ。


 我々は戯れで夫婦をやっているのではない。


 強固な絆の下、種族を越えて愛を育んできたつもりだ。


 今さらただの人間ではないと聞いて、引き下がるほど我々は容易い関係ではないわ。


「2人は愛しあってるんだね。やーん。ちょーとやけちゃうー」


 アスティはまた微笑む。

 目を悦に歪めながら、ついには「クツクツ」と声を上げた。


「種族を越えた愛。いいじゃない。アスティ、ちょっと憧れちゃうかも」

「観念する。アスティ」


 ニーアは引き金に指をかけた。


 それでも、サキュバスの口から降参という言葉は出ない。

 飛び出したのは、人を小馬鹿にしたような赤くどす黒い舌だ。


「きゃははははは……。じゃあ、これは知ってる? ガーデリアル」


 アスティはニーアの方を向き直る。

 まるで銃を構えるかのように、我が妻を指さした。


「この子の命はあと1年も保たないって」

『――――ッ!』

「――――ッ!」


 我とニーアは同時に顔をこわばらせた。


 アスティは釣り針にかかった魚でも見るかのように舌なめずりをする。

 そして弾けるように笑った。


「やっぱ知らなかったのね。当たり前だよー」


 食物人間は14の時に、魔族に食べられると決まっている。

 つまり、それ以上の寿命など必要とはしない。


 そもそも完璧に人間を造るなどということは、発達した技術を持つ古代の人間ですら困難だった。

 魔族がそれをあっさりと実現するとは考えにくい。

 しかし、寿命が抑えられた人間であるなら、合点がいく。


「やーっぱりしらなかったんだー。無知って怖いねー」


 アスティはべろりと舌を出して、戯けた。


 ニーアを見ると、その手は震えていた。

 がくりと崩れ落ちる。


『ニーア……!』


 本当なのかと問いかけるのが怖かった。


 我も引っかかる部分はあったのだ。

 ニーアは暇さえあれば、我の背中の上でゴロゴロしていた。

 それは我の側にいたいと思う以上に、すでに彼女の肉体はボロボロで、本当はいつ倒れてもおかしくない状態で……。だから、ニーアはずっと我の背中の上で、身体を休めていたのではないか、と。


 我が子供を作ると聞いた時も、涙を流すほど喜んでくれた。


 自分が生きた証を、子供という最高の形で残すことが出来る。

 だから、ニーアはあれほど喜んだのではないか。


 考えれば考えるほど、我は妻の状態を疑い、そして妻自身を疑い始めた。


「ショックを受けている1人と1匹に朗報でーす。魔族なら、ニーアを助けることが出来るかもしれませーん」

『なんだと!』


 我は念話で叫んだ。


「そりゃそうでしょ。だってぇ、魔族が造ったんだもの。寿命ぐらいさー。どうとでも出来るよ」


 根拠に乏しい。

 先ほどもいったが、人間を完璧に造るのは不可能に近い。

 魔族に渡したところで、寿命を延ばせるとは思えない。


 それでも――。


 万が一、ニーアが助かるなら。


『本当だろうな』

「もちろん。その代わり、アスティを見逃して? お願い、ガーちゃん」


 片目をつぶり、山頂に向かってウィンクを送る。


 すでに雌雄は決していた。

 アスティが連れてきたモンスターは全滅し、もはやサキュバス1人しか残っていない。


 逃げるためサキュバスは、我が妻という人質を取ろうというのだ。


『それはダメだ、アスティ。ニーアの施術はここでやるのだ』

「だーめ。ニーアを国に連れ帰って、専門の魔族に依頼しないと。アスティじゃ、彼女を助けられないよ。ざーんねんでしたー。……ふふっ」


 くそ! ダメか。


 決断の時だった。

 ニーアを助けるため、魔族に差し出すか。

 それとも、このまま妻とその短い余生を過ごすか。


 …………。


 …………我は。


 折れた――。


『わか――――』


 瞬間、音が山々に届いた。


「ちょ、ちょっと――」


 憎々しげに表情を歪ませて振り返ったのはアスティだった。

 背中から生えた薄い羽には穴が開いている。


 硝煙の臭いが、戦地だった村の中に漂った。


 FN57の小さな銃口から細い煙がたなびく。

 引き金を引いたのは、我が妻だった。


 1度は膝を付いたニーアは、銃口をアスティに向けたまま立ち上がる。


「てめぇ、何故撃った!」


 アスティは己に課したキャラ付けを忘れて激昂する。


 ぼんやりとした眼を冷徹に向けながら、ニーアはさらに引き金を引いた。


 あっという間にサキュバスの羽が散る。

 残ったのは、桃色の髪と青白い肌をした少女がキョトンとしている姿だった。


『ニーア、もうやめろ!』

「やめる? なんで?」


 首を傾げる。


『そいつを殺せば、お主の寿命は――』

「でも、ニーアはカステラッド王国に行かなきゃならないんでしょ」

『そ、それはそうだが……。お主はもうすぐ死ぬかもしれないのだぞ』

「うん。そうかもしれない」


 ニーアは認めた。


「でも――。ガーディの側を離れることは、死ぬより辛い」

『な――――』

「カステラッドに戻ったら、ニーアがガーディの下に戻れる保証はない。ガーディと会えなかったら、死んでるのと一緒……」



 だったら、短くてもガーディの側にいたい……。



 銃把を握りながら、少女は宣言する。

 確かな言葉で。

 そこに一片の迷いも含まれていなかった。


「それともガーディは、ニーアにカステラッドに行ってほしい理由ある?」

『え? いや、我は――』

「ニーアがいない間、ガーディ何をする? ふりん?」

『な、ななな何をいっておるのだ!』

「他の女の子とイチャイチャする。……ニーア、邪魔?」

『ち、違うぞ! 断じてそんなこと――」

「ペロペロもしない?」

『絶対にしない』


 うーん。

 でも、フラン……。

 あ! あとルニア、フラリルもまだ舐めたことが……。


 それぐらいなら許してもらえるだろうか。


「ガーディ!」

『は、はひぃ』


 冷たい怒りを含んだ声音に、我は遠くにいるにも関わらず、首を伸ばしてしまった。


ダメ()ッ!」


 は、はい……。すいません。


 我は首と尻尾をだらりと垂らし、平謝りをした。


 すると、ニーアは薄く微笑む。


「ガーディ。心配してくれてありがとう」


 一転して、感謝された。


『う、うむ。ニーアは我が妻だ。心配するのは当然のことだろう』

「うん。でも、凄く嬉しい」

『なあ、ニーア。本当に良いのか』

「ニーアは何も心配してない」


 ニーアは髪を振って、否定した。


「ニーアは信じてる。きっとガーディはカステラッドを助けてくれる。そしてガーディが王様になって、魔族に命じて、ニーアを助けてくれるって」


 あ。そうか。

 簡単なことではないか。


 我がカステラッド王国を征服し、ニーアを助けよと命じればいい。


 たったそれだけのことではないか。


「くくく……。あははははは……」


 我は大笑した。


 なんと愚かな頭だ。

 こんな単純なことを思いつかんとは。

 どうやら妻のこととなると、我は動揺が抑えられんらしい。


『ニーア。我の方こそ礼を言う。少し頭に血が上りすぎていたらしい』

「感謝することない。ガーディとニーアは夫婦。運命共同体。一方が困っていたら、一方が助けてあげればいい」


 そうだな。

 我はもう山頂で聖剣を守る1匹の守護竜でない。

 妻と子供とたくさんの配下をもつ邪竜なのだ。


『ニーア。早く帰ってくるがよい。ペロペロするぞ』

「うん。なるべく早く帰ってくる。ニーアもなでなでしたいから」


 ニーアはFN57をホルダーにしまった。

 代わりに抜いたのは、1振りのナイフだった。


 そのナイフの切っ先を羽を失ったアスティに向ける。


 側に落ちていた剣を取るように指示をした。


 説得に失敗したサキュバスにまともな戦意は残っていない。

 言われるまま剣を拾い上げると、構えた。


 アスティは自嘲気味に笑う。


「くくく……。私に剣を持たせて。あの時の意趣返しかよ」

「ゴーアの無念を晴らす!」

「は! ガキが生意気をいってんじゃねぇえええ!!」


 飛び出したのはアスティだ。


 腐っても魔族。

 その膂力は目を瞠るものがある。


 だが、相手が悪かった。


 横に薙いだ剣をニーアは紙一重で見切る。

 アスティが返す前に、魔族たちによって鍛え上げられた少女の刃は、その喉元を刺し貫いた。


 こぽりと血がアスティの真っ赤な唇が漏れる。


「へ……。あ――」


 意味のない声を上げた。

 ぐるりと目が回る。


 アスティは一瞬にして命を刈り取られた。


 かつて2Aと呼ばれた少女は、天を見上げながら呟く。


「ゴーア……。竜は大きかったよ」


最後の台詞、まだ納得してないので、書き直すかもです。

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