第42話 食物人間2A
一応、念のためいっておきますと、
この物語は「3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。」の第42話になります。
初っぱなから雰囲気が違いますが、間違いありませんので、よろしくお願いしますw
食物人間――。
魔族が支配するカステラッド王国では、そう呼ばれていた。
人工的に交配することによって生み出された人間。
その用途は、名前の通り彼らが食べるためだ。
毎年2万人の人間がカステラッド王国では消えて行く。
魔族の食糧になるためだ。
しかし、それだけでは足りない。
さらに彼らの中にはグルメもいる。
薬物や洗脳がかかった人間を忌避するものもいた。
そうした歪んだ欲望から生まれたのが、食物人間だった。
彼らにはA~Cの等級がある。
さらにそこから1~5の区分けがされており、最高級は1Aと呼ばれ、そのまま食物人間の名前として使われていた。
Aクラスになる条件は、大まかに3つある。
1つは薬物や洗脳を受けていないこと。
2つめは、ある程度の教養を身につけていること。
最後に、強いことだった。
グルメの魔族から言わせれば、賢く強い人間ほど美味いらしい。
彼らの中には、その魂まで食らうものもいる。
まさに健全な肉体には、健全な魂という格言を地で行っていた。
故に食物人間にはある程度の自由が許されている。
カステラッド王国の下、網の目のように張り巡らされた地下の中には、彼らのための養成所のようなものすら存在していた。
そこで彼らは、教養を学び、武を鍛え、卒業する14の年に、魔族の食卓に並ぶことを運命づけられていた。
身なりも整えられ、1日1回の沐浴が義務づけられるほど、魔族たちは食材たちの具合を気遣っていた。
◆◆◆
5Aと出会ったのは、養成所の中にある図書館だった。
色白で、銀髪。
端麗な顔立ちで、男というよりは女性に近い。
烏のような陰湿な学生服も、彼の前では立派な正装のように思えた。
そんな男の子が、背丈が小さく、欲しい本に向かって一生懸命に手を伸ばす少女を見かねて、代わりに取って上げた……。
ひどくありきたりなシチュエーションが、彼と彼女の出会いだった。
「はい。どうぞ」
5Aは本を手渡す。
背表紙には『ドラゴンの内臓機能についての考察』とひどく専門的な文字が躍っていた。
少女はペコリと頭を下げた。
黙って、身を翻し、その場を去ろうとする。
「えっと……。ドラゴン好きなの?」
背後から声に、少女は背筋を伸ばす。
振り返ると、5Aはにこやかに笑った。
「僕も好きなんだよ。出来れば、その本を読んだら感想を教えてくれないかな」
「…………」
少女は無言だった。
5Aは気にしていない様子だった。
その反応を予測したように5Aは、1歩進み出る。
「僕の名前はゴーア」
「ご…………ーあ?」
少女は首を傾げた。
不思議なイントネーションと言葉に、思わず自分でも口ずさんでしまう。
ゴーアと名乗った5Aは照れくさそうに笑う。
「やっぱわからないよね。僕たちのナンバーってさ。古代で使われていたアラビア数字とアルファベットが使われているだろう。でも、国によって呼び方はまちまちだったらしいよ。だから、僕の場合は『5』と『A』で、ゴーアって呼んでもらうようにしてる」
少女も聞いたことがあった。
詳しいことはわからないが、呼び方が違うことは知っていた。
「えっと……。君の場合は『2』と『A』だから――」
「にーあ」
また口ずさむ。
どこかくすぐったい感じがした。
でも、悪くはない。
「気に入ってくれた」
「うん」
少女は頷いた。
「そう。改めてよろしくね。ニーア」
5Aは手を差し出す。
握手という友好を示す儀式だと、2Aは記憶していた。
◆◆◆
5Aと2Aは、それから仲良くなった。
おしゃべりな5Aと寡黙な2A。
背の高い5Aと、ちっちゃな2A。
見事な凸凹コンビではあったが、『竜』という共通の話題で盛り上がっていた。
「ニーアは何の竜が好き? 僕は翼竜かな。1度いいから見てみたいんだ。大きな翼を広げて、自身の魔力を放出しながら、大空を飛んでるところをさ」
まるで王子様に憧れる乙女のように目を輝かせる。
やがてニーアの方を振り返った。
「ね? ニーアは」
「ニーアは、宝物ドラゴン」
「渋いね。どうして?」
宝物ドラゴンは、竜マニアの中では人気がないと聞いたことがある。
人気あるのは、先ほど5Aが例に挙げた翼竜や、攻撃力の高いブレスを吐き出す赤竜や雷竜が挙げられる。
宝物ドラゴンは、上記に挙げたものと比べればあまりに特色がない。
宝物をため込む以外にいえば、ドラゴンの中でも最大のサイズを誇るということだけだ。
それだけを聞けば、人気は出ただろう。
だが、あまりに大きいために動くことが出来ないという間抜けなデメリットが、人気がでない要因になっていた。
でも、2Aはこう言い放った。
「大きいから」
「それだけ?」
黙って頷くと、話を続けた。
「ニーアちっさい。だから、大きいもの、憧れる」
すると5Aは笑い転げた。
普段眠たげな2Aに、表情が浮かぶ。
珍しく眉間に皺を寄せた。
「笑う。5A、失礼」
「ごめんよ。あまりにシンプルな理由だったからついね。くくく……」
まだ笑い足りないらしい。
身体をくの字に曲げて笑う。
そしてポンポンと2Aの頭を叩いた。
「そうだね、ニーアはちっちゃいもんね」
「むぅ……」
頬を膨らませる。
2Aは怒りを露わにする。
でもこの場を離れたいと思わなかった。
5Aと竜のことを話すのは、嫌いじゃない。
少し胸の辺りがポカポカして不思議だった。
◆◆◆
2人の蜜月は長くは続かなかった。
「ねぇねぇ、きみたちー。竜に会いたいとおもわなーい?」
図書室で竜の文献を漁っていた2人に声を掛けたのは、魔族だった。
薄い羽をヒラヒラと動かし、長い桃色の髪を掻き上げる。
異常と思えるほど、身体を露出させた姿から、聡明な2人はサキュバスであると気づいた。
アルティと名乗る。
「実はねー。竜に詳しくてー、そこそこ護衛も出来る人間を探してるんだよね」
場所はタフターン山。
そこで眠っている竜の監視員を必要としている。
アルティはそう語った。
監視なら、魔族や使い魔を放てば済む話なのだが、場所は観光地化してしまっていることから、人間の目がある。
なので、魔族に従順な人間を探しているという。
「もし、監視員として選ばれれば、君たちにね。本物の自由をプレゼントしてあげるよ」
食物人間である彼らの寿命は決まっている。
人間として、1番美味しいといわれている14の年。
彼らは魔族に供されることになっている。
だが、監視員になり、その役目を全うするなら、14歳以上の生を約束すると、アルティはいった。
2人は喜んで提案を受け入れる。
すると、アルティは口角を歪めた。
「けどねー。監視員は1人だけでいいんだよねー。出来れば、強いヤツがいいー。だからさ。君たちには殺し合いをしてほしいんだよねー」
5Aはハッとした。
これは罠だ。
このアルティというサキュバスは、監視員がほしいじゃない。
もちろん、それも目的の1つだろう。
だが、強い人間がほしいなら2Aを選べばいいだけだ。
彼女は強い。
2Aというランク通り、容姿から想像も出来ないほど、強い武力を秘めていた。
アルティはただ殺し合いが見たいだけなのだ。
仲のいい人間の同士の殺し合いを。
「拒否るなんてしないよねー。5Aくん」
ポンと、5Aの肩に手を置く。
鼻先が触れるほど顔を近づけ、蠱惑的な笑みを浮かべた。
2Aにも5Aにも拒否権などない。
主人である魔族に、食物人間が逆らうことなど出来るわけがなかった。
2人の戦地は有無も言わさず準備された。
養成所では当然、戦闘訓練が行われる。
食物人間同士が戦い、命を落とすことなどざらだった。
そうして肉の命を減らしながら、食物としての価値を研磨してきたのだ。
切石を積み上げた四角い武闘場に現れた2人の表情は正対していた。
2Aはいつも通り眠たげ目。
その無表情は、幾人ものAランク候補生を葬ってきた。
対して5Aの表情は冴えない。
顔を青ざめ、かすかに剣を持つ手が震えている。
5Aは意を決し向かい合う同胞に話しかけた。
「ニーア。君は竜に会いたい?」
「会いたい。タフターン山に行きたい」
タフターン山にいるのは、宝物ドラゴンだ。
2Aは余計に張り切っているように、5Aは見えた。
「僕も見たいよ。自由を手に入れて、竜を見たい」
ぽつりと呟く。
欲望を口にしながら、彼には覇気はなかった。
やがて2Aはナイフを構えた。
いつも通り、スピードで攪乱し、相手の体力を奪い動きが止まったのを見計らって、急所を突く。
それが2Aのやり方だった。
始まりを告げられる。
5Aは懸命に戦った。
命を惜しいからではない。
どうせ14歳になれば散る命だ。
今さら惜しくはない。
彼が一生懸命だったのは、提案者であるアルティを楽しませるためだった。
本気でやらなければ、魔族は飽きてこの試合を無効にするかもしれない。
そうなれば、監視者の話もなくなる可能性もある。
だから、懸命に戦った。
すべては目の前でナイフを振るう少女のためだ。
当然……。
5Aは負けるつもりだったのだ。
その望みは叶った。
アルティは戦いに大満足し、2人の食物人間に賞賛を送った。
やがて5Aに対してとどめを望む。
その声に誘導されるように、2Aは瀕死の5Aに近づいていった。
「ゴーア、1つ教えて」
「な、なんだい、ニー……ア」
ごふっと血を吐く。
すでに血の海となった武闘場に、さらに鮮血が加わった。
「なんで本気じゃなかったの?」
「本気だったよ。でも、君が強かっただけさ」
「でも、心は本気じゃなかった」
5Aは薄く笑みを浮かべた。
「皮肉だな。ニーアは普段は鈍いのに、剣を交えると相手の心がわかるみたいだね」
「どういうこと?」
「本気になれるわけがない。君を殺すなんてまっぴらごめんだよ」
「でも、ニーアを倒せば、竜が見られる」
「君ほど僕は本気じゃなかったってことさ」
「どうして?」
5Aは1度瞼を瞬かせる。
「僕は竜以上にニーアのことが好きだからだよ」
「好き?」
2Aは首を傾げる。
文献で何度か見た言葉だ。
交尾前の人間の情動を言葉にしたものであると理解しても、意味は未だにわからなかった。
「いつか君にも、全身が震えるような感覚を覚える日がやってくるさ」
「全身が震える? 怖いの?」
「うん。……少し似ているかもしれない」
「ゴーアにもあったの?」
「あったよ」
とても嬉しそうに5Aは頷く。
「君と図書館で出会った時にね」
やがて目をつぶった。
周りから怒濤のように「殺せ」という言葉を聞こえる。
アルティの他にも、この余興を見に来た魔族たちが声を張り上げているのだ。
2Aはナイフを振り上げる。
同胞の命をまた刈り取った。
◆◆◆
アスティは約束を守った。
タフターン山に設置された監視所に、2Aを押し込む。
すると、彼女は要点だけを伝え、さっさと帰ってしまった。
2Aは恐る恐る覗き穴に顔を近づけていく。
果たして、そこには竜が眠っていた。
「大きい……」
少女はため息と一緒に呟く。
長い首。
大きな顎門。
寝息に合わせながら優雅に動く尻尾。
広げればタフターン山の嶺よりも大きい羽はたたまれ、宝物がしまわれたお腹はどんな部位よりも雄大だった。
何もかもスケールが違う。
「――――ッ!」
全身が震えた。
足先から沸き立つような恐怖とも違う。
腹の底から溢れるような歓喜とも違う。
何者かに意識が乗っ取られたかのように、ただ一瞬身が竦んだ。
無闇に顔が熱い。
だけど、その竜から目が離せなかった。
――全身が震えるような感覚を覚える日がやってくるさ……。
つと5Aの言葉が思い出される。
2Aはその可能性を否定しなかった。
覚悟を決め、その言葉を口にする。
「ニーアは、ガーディが好き」
そして彼女の監視の生活は始まったのだった。
ね? イチャドラだったでしょ?




