第35話 初陣の我が娘。
昨日はお休みして申し訳ない。
連載再開します。
我はルニアとフラリルの瞳を見つめる。
真剣だ。
遊び半分でいっているようには見えない。
長い沈黙の後、我は頷いた。
「よかろう」
「「やったー」」
お互いの手を組みながら、2人の娘はピョンピョンと跳ねた。
「これで悪いヤツ、倒せるよ、フラリル」
「良かったね、ルニア」
喜びを分かち合う。
今から戦地に向かうとは思えないほど、満面の笑みを浮かべていた。
「ニーア、フラン。そなたらも良いな」
「ガーディ様が決めたのであれば、フランは反対しません。でも、ちょっと心配です」
「大丈夫、フラン。ニーアたちの娘は強い」
フランは心配げに耳を前に垂らしたが、ニーアは何か確信している様子だった。
周りにいる配下たちも盛り上がる。
娘の初陣に好戦的なモンスターは、騒ぎ立てた。
我は2人に向き直る。
「ならば、お主たちに見合う武器を選定せねばならんな」
とっておきの武器が必要だろう。
どれ、我が腹を少し探ってやろうか。
宝物が入った腹を蠕動させる。
しかし、ルニアとフラリルは同時に首を振った。
先に口を開いたのは、フラリルだった。
「必要ないよ、パパ」
「敵はすぐそこ。あまり時間を置くと、ここにやってくる」
ルニアは冷静に分析する。
すると、デュークの側に近づいていった。
腰に差した剣を指さす。
「ルニア、これがいい」
「デュークの剣か?」
うん、と首肯する。
慌てたのはデュークの方だ。
「いや、いくら主君のご息女様とはいえ、剣は私の魂なのです。易々と渡すわけには」
「じ――――」
「そんな熱烈に見られても渡せません」
「じ――――」
「だから、らめぇ……」
「じ――――」
「デューク。すまぬが貸してやってくれ」
我は仕方なく口を挟んだ。
どうやらルニアは、随分とデュークの剣が気になるらしい。
何か波長というか、勘のようなものが働いたのかもしれない。
デュークはがっくりと肩(当て)を落とした。
「わかりました。主が言うなら」
「ありがとう、ルニア」
花のように笑う。
先ほどまで「くれないと、殺す」ぐらいの勢いで見つめていた少女とは思えないほどの変貌ぶりだった。
ニーアの子供だけあって、変わり身が激しいな。
全身を震わせ、渋々デュークは剣を渡す。
ルニアは早速、鞘から剣を抜いた。
生憎と曇り空の下ではその輝きは鈍る。
だが、よく手入れされていた。
「いいですか、ルニアお嬢さま。貸すだけですよ。貸すだけですからね」
「わかってる、よ――」
横に払った。
デュークの喉元に刃先が止まる。
配下であるさまよえる鎧もまたぴたりと止まった。
ほう――。
我は唸りを上げる。
デュークがかわさなかった。
いや、かわせなかったのだ。
それほど、ルニアの横薙ぎは速かった。
先ほどまでおろおろしていたデュークから闘気が燃え上がる。
差し出された剣先から1歩下がり、目を細めた。
「ありがとう、デューク。ちゃんと返す」
「いえ。感謝は不要です。その代わり、ルニア様」
「なに?」
「今度、立ち合ってもらいたいのですが」
「いいよ。だけど、終わってからね」
「私は一向に構いません」
「うん。わかった」
どうやらルニアは、我が息女という以上に、ライバルとしてデュークにターゲッティングされたようだ。
「ルニアは剣か……。フラリルはどうしようかな」
フラリルはキョロキョロと辺りを見渡す。
「あ! あれがいい」
すると、跳躍する。
軽々とモンスターたちの頭上を飛び越えると、山頂にある竜骨の置き場へと降り立った。
「うん。これだ!」
自分の背丈よりも大きな竜牙の前に立つ。
「パパ! これ使っていい?」
「それは構わぬが……」
一体、何を使うのだろうか。
我は横にいたニーアと目が合った。
すると、フラリルは竜牙を軽々と持ち上げる。
皆の目がギョッとしたのは言うまでもない。
さらに我が娘は、ぶんぶんと素振りを始めた。
「お、おい。あれってどれくらいの重さがあるんだ」
「力自慢のドワーフが20人がかりで運んでたぞ」
「ひぇえ!」
「どんだけ力持ちなんだよ」
言葉を話せるモンスターたちは口々に言い合う。
その横でフラリルは、眉をひそめた。
「うーん。まだ軽いかな。でも、ま――いっか」
フラリルは怪力に特化してるのか。
フランは獣人だからな。
その膂力が遺伝されたのかもしれない。
何にしても頼もしい限りだ。
我は竜の娘達の力を見たくなった。
「用意はよいか、我が娘たちよ」
「大丈夫、パパ」
「いつでもいいよ、パパ」
「よし! では、行ってこい!」
「「はーい!」」
すると、2人はタフターン山に吹く北風のように麓の方へと駆け下っていった。
一方、試練の洞窟に侵入した冒険者は、第一の試練の間へと足を踏み入れていた。
試練の間には、侵入者を排除するためのガーダーが配置されている。
この時代にはない粒子収束砲によって、挑戦者の命を一瞬で刈り取ってきた。
ガーダーはいつも通り、赤い光線を放とうとした瞬間、それよりも速く槍が投擲される。
大槍はガーダーのレンズを貫く。
赤い光を機体に帯びると、爆発四散した。
爆煙を見つめながら、3人の勇者はニヤリと笑った。
「情報通りだな」
槍を投げた無骨な武人風の男は、腕を回す。
「光が収束する前に壊せば、何も怖くない。古代の兵器といえどね」
猿顔の魔法士が、硬い鉄の床を杖で叩いた。
「はやくすすもうぜ」
3人の中で1番巨躯の男が、ボサボサの頭をめんどくさそうに掻く。
『ふむ』
我は千里眼でその様子を見ながら、頷いた。
なかなかの手練れだ。
ギルドで最高難易度に登録していた試練のダンジョンに挑むだけはあるか。
だが、我が娘を止めることは出来るかな。
果たして、我が娘は、3人の勇者たちに接敵した。
男達は首を傾げる。
「子供?」
「がき……」
「いや、何かおかしい」
猿顔の魔法士が目を細めた。
一見、人間の子供のように見えるが、所々特異な部位があることに気づいたのだろう。
一方、我が娘は、武器を下げたままたたずんでいる。
かなりの強敵であるのは、わかっているはずだ。
なのに、我が娘から漂う風格はどうだ。
まるで千の戦をくぐり抜けてきた武人のようにリラックスしていた。
同時に顔を上げる。
生まれたばかりの赤子の面影は微塵もない。
ただ2人の女戦士が立っていた。
「ここは通さない」
「パパのところにはいかせません」
2人は武器を取る。
「おい。これも試練なのか」
「わからん」
「やっちまおうぜ」
3人も武器を構えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
口火を切ったのは、大男だった。
地響きを起こしながら、ルニアとフラリルに襲いかかる。
フラリルが持つ大竜牙以上の大木槌を振り上げる。
如何にもパワー型の戦士だ。
だが、ルニアにとって欠伸が出るほど遅かった。
ルニアは飛び出す。
自分の何倍もある大男の前に、一瞬で踊り出た。
「あ? ああ?」
正面――。
まさに自分の前に突如現れた少女に、大男は戸惑う。
ルニアにとって、その思考の間で十分だった。
ヒュッゥン――――。
ただ空を切る男が聞こえた。
瞬間、大男の頸動脈を切り裂く。
「は?」
大男がかくりと首を動かす。
すると、首から羽根でも生えたかのように血しぶきが舞った。
ぐるりと大男の目玉が回る。
そのまま後ろへ倒れた。
「「な――」」
一瞬の出来事だった。
残りの2人はただ大男が倒れるのを見ているしかない。
反撃しようと槍と杖を握り直した瞬間、声が聞こえた。
「こっちもいますよ」
揃って、声の方に向ける。
花のような笑顔のフラリルが立っていた。
その手には大きな竜の牙。
大きく振りかぶっていた。
「待――――」
て、という言葉は途中で途切れた。
フラリルは棒きれでも振るかのように超重量武器を振り切った。
咄嗟に槍騎士は防御姿勢を取る。
だが、後ろに控えた魔法士もろとも吹き飛ばされた。
2人は第一試練の間特有の鉄壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
内臓すら飛び出すのではないかと思うほど血反吐を吐き、昏倒した。
鉄の壁には、生々しい勇者達の血の痕が残されていた。
勇者は全滅した。
あっという間の出来事だった。
娘達はお互いの顔を見合わせる。
笑顔がこぼれた。
「やったよ、フラリル」
「やったね、ルニア」
2人はその場でピョンピョンと跳び上がり、喜びを爆発させる。
強い。
我は首をもたげた。
相手は少なくともAランク以上の冒険者だったはずだ。
だが、全く寄せ付けもしなかった。
「パパ、見てた」
「フラリルたち、やりました!」
おお、と腕を突き上げ、報告する。
「うむ。バッチリ見ていたぞ。よくやったな、ルニア、フラリル」
「やった。パパに褒められた」
「良かったね、ルニア」
再びピョンピョンと跳び上がった。
先ほどのひりつくような殺気を放っていた戦士とは思えない。
花畑で戯れる女子学生のように華やかだった。
明日も20時投稿予定です。




