第32話 邪竜だって怖い。
我らの弱点は「数」であることに間違いはない。
いくら最精鋭のモンスターを揃えても、数の暴力に勝る者はないからだ。
「戦いは数である」と昔の武将はいったそうだが、あながちそれは間違っていない。数々の歴史の趨勢を知る我も、その意見に賛同する。
故に、数が必要だ。
精鋭というほどではないにしろ、C――いや、D級でも良い。
勇将クラスではなく、雑兵の足を止めるほどの力を持ち、ただ高いコストパフォーマンスを発揮する戦力がほしい。
我はそれを願っていた。
そして、それは今叶った。
ドワーフたちに命じて、竜の骨を頂上まで運ばせる。
集まった骨を見て、我は再び笑った。
恐れながら、とデュークは骨を見ながら尋ねた。
「主、この骨をどうされるおつもりですか?」
「無論、媒介にする」
「これは骨ですよ」
そうだ。
これは骨だ。
我が媒介で使用する武具や防具ではない。
だが、竜の骨は別だ。
「デューク。竜の骨はそれだけで武器になる」
デュークの質問に答えたのは、ニーアだった。
横で大魔導が頷く。
「この骨自体に高い魔力を感じます」
「そう。竜の肉体には凄い魔力が宿っている。ガーディにも」
竜には膨大な魔力が内臓されている。
先のダンジョンの戦いでも、我は単独で戦略級魔法に放ってみせた。
特に我のように身体の大きい竜は、それそのものが魔力の供給源となる程の魔力が内包されておる。
死後、数千年経っていたとしても、魔力の残滓が遺骸に残るほどにだ。
タフターン山の地下で発見された竜の骨も例外ではない。
「つまり、武器としても優秀だということです」
「なるほど。確かに竜の骨は、それそのものが武器となると聞いたことがあります。大竜牙などは、竜の牙そのものですし」
大魔導の説明に、デュークは感心しきりだった。
「しかし、何故タフターン山の地下にこのような竜の遺骸が……」
3000年前、この山には我以外の竜が住み、この聖剣を守護してきた。
おそらくこの竜も、その1匹なのだろう。
ということは、他にもいるかもしれんな。
ドワーフに命じて、もっと竜の遺骸を掘り起こさせるか。
「それはよろしいですけどねぇ。鉱床の探索と主から頼まれている件で、今は精一杯なんですが」
「わかった。鉱床の探索は中止して、竜の骨の探索に切り替えるがよい」
「わかりやした」
オイディルは頭を垂れ、下がった。
大魔導は顔を上げる。
「一応、気付いておりましたが、主よ。あれはどういう意味があるのですか?」
「王国側が本格的に攻めてきた時に説明しよう。今は、各々の準備に励むがいい」
「かしこまりました」
大魔導とデュークも、ダンジョンへと戻っていく。
ニーアと2人っきりになった。
我の顎をさすりながら、伴侶は顔を上げる。
「ガーディ。まだデュークや大魔導には説明しないの」
「士気にも関わることだからな。説明はギリギリまで抑えたい。ニーアもまだ言うなよ」
「わかったー。ところで――」
「うむ。召喚の準備を初めてくれ」
ニーアは召喚の魔法円を描く。
そこに砕いた竜の骨の一部を置いた。
「これでいい?」
「ああ。十分だ」
「竜の骨……。ちょっともったいない」
「竜マニアのお主の気持ちもわかるが、それは他人――他竜の骨だぞ」
ニーアはクスリと笑った。
はあ……。
笑顔が可愛い。
「ガーディ。ジェラシー?」
「じぇら……。嫉妬なんてしておらん。わ、我はそのお主が他竜の骨に興味を持つところがだな」
「それジェラシーっていわない?」
ニーアは首を傾げた。
「う、うむ。広義でではそうともいうかもしれないが」
「じゃあ……。竜の骨、諦める」
「よ、良いのか? 竜の骨だぞ。竜マニアのお主にとっては、垂涎のアイテムだと思うが」
「じゃあ、もらう」
「どっちなのだ!?」
我は思わず「うおおおお!」と叫んでしまった。
「竜の骨ほしい。でも、ニーアはガーディの妻だから、あまりガーディの嫌がることしたくない」
な、なんと……。
なんと清廉な心なのだ。
我の心は震えた。
……ああ、ペロペロしたい。
「ごほん……。しかし、我とてお主が嫌がることはしたくないのだが」
我の発言にニーアは、茶色の髪を振り乱した。
「ううん。ニーアが他の竜の骨がほしいといったら、ガーディが嫉妬した。それだけでニーア嬉しい。お腹一杯」
ポン、と小さなお腹を叩く。
嬉しいのぅ。
なんか牙がムズムズしおるわ。
おお。そうだ。
「では、我の牙を少しお主にやろう」
「いいの」
「かまわん」
「じゃあ……」
ニーアはFN57を取り出す。
ジャキン、とレバーをスライドさせた。
う、うむ、ニーアよ。
銃で撃つのは勘弁してくれ。
ニーアは村からノコギリを持ってきた。
「いくよー。ガーディ」
「う、うむ。そっとな」
なんかちょっと怖い。
古代の人間は、歯医者というものを怖がったそうだが、今なら気持ちが分かるような気がする。
ニーアはノコギリの刃を我の牙の先端に当てた。
軽く当て、軽く引く。
ぎぃぎぎぎいぃん……。
という奇怪な音が響いた。
「ひぃ!」
思わず我は悲鳴を上げた。
「ガーディ、動いたらダメ。あと、もっと口を大きく開けて」
「は、はい……」
言われたとおり、大人しくする。
ぎぃん! ぎぎぎぎぎぃん……!
再び奇怪な音が響く。
ぬぅ。正直にいって、怖い。
歯は自分の眼から視覚になっているから余計に恐怖心が増す。
かといって、千里眼で見る勇気はなかった。
我はしばし耐えた。
妻に牙を切られるなど、世界広しといえど、我ぐらいなものだろう。
「終わったよ」
「ふー」
「これがガーディの牙。なんか光ってる」
我が妻はエンゲージリングのように掲げると、うっとりと眺めた。
ニーアよ。
あまり雰囲気を壊したくないが、光っているのは我が唾液だ。
「ごほん……」
不意に咳払いが聞こえた。
背後を見ると、大魔導が立っている。
「大魔導……」
「いつからそこにいた」
「あまり申し上げたくないのですが、主の牙にノコギリがかけられるところから」
ほぼ全編ではないか。
「主よ。奥様と戯れるのは良いのですが、そろそろ召喚を」
魔法円の上に寂しそうに乗っかっている竜の骨を指し示す。
ぬぅ。す、すまん。
我は大きく息を吸い込んだ。
そして呪文を唱える。
「黄泉路より出よ。我が眷属の一部にして、妄執より這い上がりし者よ!」
魔法円が光る。
竜の骨が地面に溶け、代わりに現れたのは骸骨兵だった。
一見、タフターン山でも見られたスケルトンのように見えるが違う。
その頭の形は人間のそれではなく、竜の形をしていた。
「ぶあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
我が新たなる配下――竜骨兵は、吠声を上げた。
早速、ステータスを確認する。
なまえ :竜骨兵
Lv :1
ちから :D+ ぼうぎょ :E
ちりょく :E すばやさ :C
きようさ :E うん :F
けいけんち:78 ませき :D×5 E×1
ふん。思った通りだ。
まだDクラスといったところだが、鍛え上げればすぐにでもCクラスになるだろう。
普通、Dクラスのモンスターの召喚となれば、精晶石と低レベルの武器防具が必要になる。
精晶石はクリーチャーやドワーフの召喚に大量に使ってしまったし、残りは冒険者どもの餌として使っている。
武器防具も集まっては来ているが、我の餌となるため品切れが続いている。
その点、竜骨兵は竜の骨1つだけで済む。
この大竜の骨だけでも500体以上は余裕で生み出せるだろうし、さらに地下には、竜の骨が埋まっている可能性がある。
まさに現在の我々のウィークポイントを埋めるにふさわしいモンスターというわけだ。
これはなかなか楽しい事になりそうだぞ。
我は不敵に笑った。
先に白状しておくと、竜骨兵のアイディアは今やってるアニメからもらいました。




