幕間Ⅱ 王国の秘密
カステラッド王国側のお話になります。
タフターン山から東に位置するカステラッド王国王都リバール。
その中央に位置するカステラッド城にて、御前会議が開かれていた。
居並ぶのは屈強な肉体を誇る騎士たち。
蒼竜騎士団団長マステバ・ハイード。
破竜騎士団団長ルーテル・ヴァン・ミリガー。
炎竜騎士団団長ストバルド・シュミルティア
さらに、作戦参謀統括ミゲッティ・ヴァルビュリア王子。
総司令官であり、カステラッド王国国王ジョリオン・アスヒリア・カステラッドが、長机の短辺に座っていた。
場所は王の私室からもほど近い参謀会議室。
400人以上の貴族議員が集まる大議堂と比べれば、微々たる大きさではあったが、そこに詰まった空気は、千人の騎士に勝るとも劣らない。
部屋の用途から考えて、華美な装飾はなく、カステラッド版図をすべて含む大地図と、国旗が掲げられていた。
ノックが鳴る。
王の前で粛々としていた騎士たちは、少し眉根を動かした。
入ってきたのは、騎士だ。
それも女性。
亜麻色の髪を2つに分け、背中にかかりそうになる髪を後ろで束ねている。
上背はなく、机に居並ぶ男たちと比べれば迫力に欠けていた。
やや着慣れない緑衣の正装を纏い、胸に手を置き敬礼する。
「遅れて申し訳ありません」
凛とした声が爽やかに響く。
固まった空気がほぐれるようだった。
「よい」
声をかけたのは、王自身だった。
「午前中に着任式があったばかりなのだろう。支度に手間取っていたのではないか、ミリニア」
王自ら部下の非を許す微笑ましい一幕。
実際、この騎士は半々刻ほど遅れて、会議にやってきていた。
しかし、許された本人は憮然としていた。
「失礼ながら、国王陛下。ミリニアという呼び方はやめていただきたい。私のことはトーレストもしくは――――」
大竜騎士団団長とお呼びいただきたい。
ジョリオン王は軽く口角を上げた。
騎士の中には、王と同様に微笑むものがいる。
すると、その空気を戒めるようにミリニアという女騎士は、直立した。
「許されるのであれば、ここで着任の挨拶を先輩諸氏ならびに王に申し上げたい」
「よかろう」
熱い茶が冷めるような声音で許可したのは、王の隣に座るミゲッティ王子だった。
細いレンズの眼鏡の奥から、いまだ席につかない騎士の方を睨む。
冷ややかな視線に、少しミリニアは息を飲んだ。
やがて「ありがとうございます」と頭を垂れる。
ドンと胸を叩いた。
「新たに編成された大竜騎士団“新”団長ミリニア・トーレスト、着任しました。国のため、王のため粉骨砕身し、尽くす所存です。若輩者ですが、どうか先輩方に置きましては、ご指導ご鞭撻を賜りたく、よろしく申し上げます」
再び凛とミリニアの声が参謀会議室に響き渡る。
すると、パンパンと手を叩く音が聞こえた。
王が拍手を送っている。
釣られるように伝播し、万雷とはいかないまでも祝福されていると感じるには、十分な量だった。
拍手の終わりを待って、ミリニアは顔を上げる。
「トーレスト団長、席へ」
促したのは、ミゲッティだった。
慌ててミリニアは席に着こうとする。
だが、少々丈の合わないズボンの裾を踏んでしまい。
「ひやぁ……」
ドテッ、と間抜けな音を立て、赤い絨毯の上にスッ転んだ。
「ぷはははは……。何をやっている、ミリニア」
盛大に笑ったのは王自身だった。先ほどの注意も忘れている。
他の騎士も失笑していた。
ミリニアは顔を上げる。
真っ赤になっていた。
「何をしているのです」
冷たい声で叱責したのはミゲッティだった。
「は、はい。すいません。兄上」
ミリニアは慌てて立ち上がると、ようやく末席に加わった。
やや顔を俯け、気恥ずかしそうに肩を動かす。
王はひとしきり笑った後、各々の顔を見つめた。
「余からも紹介しよう。新たに編成された大竜騎士団団長ミリニア・トーレストだ」
「よろしくお願いします」
ミリニアは再び頭を下げる。
「知っていると思うが、彼女は大竜騎士団“元”副団長であり、元団長グローバリ・ヴァル・アリテーゼが認めた懐刀だ。新たに編成された大竜騎士団の新団長に相応しいと、余が判断した」
タフターン山を攻めた大竜騎士団は、団の4分の1に当たる。
その4分の3は王都に残り、ミリニアも責任者として残っていた。
ちなみにタフターン山に帯同したのは、“副長”だ。
グローバリの秘書のような役目を担っていたが、同じくタフターン山で命を散らした。
強い求心力を持つグローバリの死によって、国は大竜騎士団を1度解体することも検討した。だが、ミリニアをはじめ団員からの強い要望があり、新たに50騎を加え、新大竜騎士団として再編成したのである。
王は話を続ける。
「加えて、これもそなたらは知っていると思うが、ミリニアは我が娘であり、横にいるミゲッティに続く第2王位継承権を持つ姫だ。しかし、遠慮することはない。びしばし鍛えてやってほしい」
「その王自身が、子供離れが出来ていないように思いますが」
たしなめたのは、第一王子であり、参謀統括のミゲッティだった。
「おっと……。すまない、ミゲッティ。お前も、ヴァルビュリア参謀統括と呼んだ方が良いか」
すると、ミゲッティは深いため息を吐いた。
「私はとうに諦めております。どうぞ、ミゲッティと」
「ふふふ……」
「なんですか、トーレスト団長」
「い、いえ。なんでもありません!」
ミゲッティは少し眉を顰める。
王は緩んだ空気を引き締めるため、机を軽く叩いた。
「さて。全員揃ったな」
「はい。始めますか?」
「うむ。これより、御前会議を始める」
「議題は――――」
タフターン山にいる竜についてです。
御前会議は滞りなく進んだ。
結果、蒼竜、破竜、炎竜、そして大竜の4騎士団と、王の直轄軍を合わせた1万2千の大軍で、タフターン山を攻めることとなった。
一ダンジョンの主に対して、これほどの大軍を率いるのは、異例のことだ。
それだけカステラッド王国は本気になっていた。
大竜騎士団の400騎、それを率いた団長の死だけではない。
近隣の村の支配や、未確認だが他のダンジョンを封鎖したという報告もある。
まさに昇り竜の勢いだ。
誰かが止めねばならない。
だが、カステラッド王国が――いや、国王ジョリオン・アスヒリア・カステラッドが、タフターン山の竜にこだわる理由は、他にもあった。
三々五々と会議室を出ていく騎士を尻目に、王もまた私室へと戻る。
王室付きの給仕からお茶をもらうと「1人になりたい」と他の者を下がらせた。
ドアの向こうに人の気配が消えていくのを確認すると、ジョリオンはもたれたソファから老体を持ち上げる。
御年60になり、白髪が目立つようになってきたが、生気に満ちあふれていた。
長いグレーの髭をさすりながら、本棚へと足を向ける。
1冊の本を傾けた瞬間、何か錠が開いたような音がした。
すると、本棚が横にずれる。
引き戸のようにスライドさせると、現れたのは古めかしい扉だった。
開けると、螺旋状の階段が地下へと続いている。
低い天井を気にしながら、ジョリオンは下へ降りていった。
やがて、広いフロアに出る。
壁に篝火が焚かれていたが、その広さ故、ぼんやりとした暗さがあった。
ジョリオンは目に進み出る。
視界に現れたのは、息を飲むほどの大きい竜だった。
「ジョリオンか……」
荘厳な声が、遠雷のように響く。
膝を折り、王でありながらジョリオンは傅いた。
「はっ。主よ。竜の御子、ここにまかりこしました」
「うむ。――して、首尾は?」
「タフターン山に1万と2千の兵を差し向けることとなりました。これで邪竜ガーデリアルも倒されるかと」
「よくやった。だが、油断するではないぞ。ヤツの腹の中には、いまだ古代の兵器が収まっておる。場合によっては、1万の兵とて雑兵となるかもしれん」
「心得ております。つきましては――」
「わかっておる。竜の召喚だな」
すると、フロアのあちこちで魔法円が光を帯び始める。
その上には、武具が置かれていた。
いずれも名剣、名槍といわれる武器や防具ばかりだ。
武具が魔法円に飲み込まれていく。
現れたのは、竜だった。
目の前の竜に比べれば、小ぶりではあったが、獰猛な顎門と爪をもち、蝙蝠のような翼を大きく広げていた。
「持って行け」
「有り難く使わせていただきます」
「我にここまでさせたのだ。必ず勝てよ、ジョリオン」
「心得ております。必ずや、邪竜を葬り去ってみせましょう」
ジョリオンは深々と頭を垂れた。
竜は息を吐く。
やや興奮しているようにジョリオンには見えた。
「ふむ。しかし、向こうは知らぬとはいえ、久しぶりのダンジョン同士の戦いになる。少々ワクワクして来ぬか?」
「仰るとおりかと」
「お主と出会ったのは、40年以上前だ。荒野しかなかったことを考えれば、随分と我がダンジョンも発展したものだな」
竜は長い首をもたげる。
千里眼でカステラッドの街を見下ろした。
「我らはただ必死にダンジョンを作っていただけなのだがな。まさか国まで作ってしまうとは、当時は思わなかった」
「すべては主のおかげです」
「それを言うなら、お主の知恵よ。どうだ、玉座の座り心地は?」
「お戯れを……。あの玉座は、主が座るものです」
はじめはダンジョンを作ることだった。
人を集めることに躍起になっていると、いつしか国が出来ていた。
ダンジョンの上の王国。
それがカステラッド王国の真の姿だった。
「朗報を期待しておるぞ、我が御子ジョリオンよ」
「は。必ずや邪竜めの首を上げてみせます」
魔王竜ルドギニア様……。
竜は微笑む。
やがてそれはダンジョン全体を揺るがす哄笑へと変わっていった。
「再会が叶わぬず、残念だ。ガーデリアル……」
我が……弟よ…………。
明日、明後日は外伝になります。
その次は終章です。
いよいよカステラッド王国との全面戦争に突入する予定なので、お楽しみに!




