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3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。  作者: 延野正行
第2章 竜を守る乙女たち

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第28話 戦略級魔法

 亡霊の唸りのような音が、奥のフロアへと続く道から聞こえた。


 荒々しい風とともに現れたのは、青白い肌を持つ大男だ。

 風魔人ジンは、眉根をひそめながら現れた。


 状況を察して、辟易しながら肩を落とす。


「やはり逃げてなかったのか」

『よくわかったな。風の魔人』


「馬鹿にするなよ、お昼寝ドラゴン。お前に千里眼という能力があるように、俺様には風がある。この洞窟の風は、すべて俺様の勢力下にある。お前たちがどこにいようとすぐにわかるんだよ」


 頼んでもいないのに力説する。

 ジンはエラそうに腕を組むと、仰け反った。


「で――。場所を変えて、俺様とやり合おうってのか。無駄なことだ」


 ジンは風を発生させる。

 暴風が蛇のように魔人に纏わり付いた。


 獰猛な声を上げる風。


 それでも、ニーアたちの士気は高い。

 それぞれの武器を構え直す。


 我は念話を飛ばした。


『ニーア。作戦はわかっているな』

「うん。大丈夫。ジンを倒して、ガーディにペロペロしてもらう」

『良いぞ。骨までしゃぶってやろう』

「ちょっとそれは困る」

『冗談だ』

「わかってる。……でも、嬉しい。ニーア、ガーディを骨まで感じたい」

『最高のペロペロを感じさせてやろう』

「楽しみ」


 すると、ニーアは飛び出した。

 デュークもだ。


 だが、先に口火を切ったのは、フランだった。


 手榴弾のピンを抜くと、ジンに投擲する。


 爆弾が宙を舞った。


 暴風に弾かれると思ったが、大魔導が魔法を付与する。

 意志を持ったように動き始めた。


 鋭角的な動きでジンの爪を攪乱する。風の壁に着弾した。


 轟音が響く。


「チッ!」


 さすがに効いたらしい。

 爆煙の中から顔を出したジンは忌々しげに顔を歪めた。


 大魔導は攻撃の手を緩めない。


「炎の純精霊イフリルよ。業火の窯より出で、愚者に炎罪の槌を撃て!」



炎天車輪刑(アグニラ・ウィール)】!



 炎を纏った車輪がジンを囲んだ。


 暴風に逆らいながら、魔人の周りを回るといつしか巨大な炎の塔になる。

 紅蓮の炎の中で影が踊った。


 現状、大魔導が使用できるA+級の魔法だ 。

 並のモンスターでは、すでに消し炭になっていただろう。


 しかし――。


「しゃらくせぇ!」


 ジンは風で熱い炎の塔をなぎ払う。


 たった一息でA+級の魔法を無散せしめた。


 得意げに笑う魔人。


 だが、我らはそれを狙っていた。

 ジンは炎を掻き出すため纏わり付いていた風をすべて使ったのだ。


 魔人と我らを寸断していた風の守りがなくなった。


 それはすなわち、近接攻撃の好機だ。


「おおおおおおおおおおお!」


 デュークの裂帛の気合いが聞こえる。

 渾身の振り下ろしは、ジンの肩口を捉えた。


「チィッ!」


 ジンの顔が苦痛に歪んだ。


 攻撃は終わらない。

 その顔の前で、1人の少女が宙を舞う。


 FN57とM1887(ソードオフ)


 古代の兵装を装備した小さなソルジャーは、大きな的に向かって引き金を引いた。

 鋭い銃声が洞窟に響く。


「くそが!!」


 ジンは起こした風でニーアを引っぱたく。

 軽い少女の身体は紙のように吹き飛ばされた。


『ニーア!』


 我は顔面蒼白になりながら、念話で叫んだ。


 身じろぎもしない我が巨躯を呪う。

 妻がタフターン山から離れた時から、何度自分の無力さを嘆いたかわからぬ。

 我が動くことが出来れば、ニーアを助けられる。

 いや、そもそも危ない目に遭わせることもないのだ。


 助けに行きたい!


 叫んだ妻の名前に、我はそんな願望を乗せた。


「大丈夫――」


 愛らしい――耳をくすぐるようなハスキーボイスが聞こえた。


 少女は空中でマントを広げる。

 風に乗りながら、体勢を整えると、何事もなかったかのように着地した。


「風はみんなの味方……。ジンだけのものじゃない」


 風の方向を読んで、力を分散させたのか。


 何という戦闘センスだ。

 我が妻ながら脱帽する。


「は! 何がみんなの味方だよ。風は俺様のものだ。調子こくんじゃねぇ、巫女」


 ジンは我が妻に迫る。


 すでに風の守護は戻っていた。

 先ほどよりも風速が早い。

 触れただけで身体がバラバラになりそうだ。


 恐らく先ほどの攻撃はもう効かない。

 最高クラスの魔法も正面から通じなかった。


 絶体絶命――。


 ありきたりだが、その表現が的を射ていた。


 やがて、一行を袋小路に追い込む。


 ジンはふと鼻を利かせた。

 洞窟を漂うモンスターの血の臭いが、気になったのだろう。


 大魔導が倒した夥しいほどの血が、洞窟のあちこちについていた。


「派手に俺様のダンジョンで暴れやがって。……お前達も俺様のモンスターにやってくれたみたいに、粉みじんにしてやろうか」


 太い手が伸びる。


 刃となった風が、一行の眼前まで迫る瞬間、ニーアは薄く微笑んだ。


「違う。粉みじんになるのはお前の方――」

「はあ?」


 瞬間、手を挙げたのは大魔導だった。


「其は雷神にして、暗天の宙を駆ける疾風、冥府にて雷罰をもたらす者。されば我の声に耳を傾けよ。其の名はグルニカ。大雷を司る天より高きあろうとするものなり」


「はあ? 戦略級魔法かよ。気が狂ったか、大魔導」


 古代において猛威を振るった戦略兵器。

 その強さに相当するほどの魔法のことを、我らダンジョンマスターの間では、戦略級魔法と呼んでいる。


 単体が放たれる最高クラスの魔法――S級をも凌駕し、対()を標的とする大規模攻撃。

 それが戦略級魔法である。


 しかし、簡単に撃てるものではない。

 Bクラスであれば、1000人。

 Aクラス冒険者であれば、200人分の魔力が必要だと考えられている。


 つまりは、超大食いの魔法なのだ。


 そんな魔法を大魔導を1人で撃とうとしている。

 ジンが鼻で笑うのも無理からぬことだった。


 しかし、その大魔導はフードの奥から声を上げた。


「私は転送魔法が得意でして」

「自慢話かよ。今際の際の話としては冴えねぇなあ」

「ここに来るのも転送魔法で来ましたし、先ほどこのフロアに移動するに当たって、巫女様方とデュークを移動させたのも転送魔法です」

「聞いてねぇよ! わかってんのか! 戦略級魔法なんてなあ。てめぇの魔力を雑巾みたいにしごいたって施行できねぇんだぞ」

「ですが……。どうあっても、主は転送できることはできません。さすがに質量がありすぎるものは、まだ転送ができないのでね」

「そりゃそうだろ! あんなデカ物を転送できてたまるかよ!」


「ええ……。ですが、ジンよ。主は転送できませんが、あのお方の魔(ヽヽヽヽヽヽ)力は転送できる(ヽヽヽヽヽヽ)


「――――――ッッッッッ!! てめぇ、何を考えている!」


 フードの奥の顔は薄く微笑んでいた。


「ジンよ。あなたもダンジョンマスターならわかるでしょ。Bクラスでは1000人。Aクラス冒険者であれば、200人の膨大な魔力をひねり出せる単体の生物。……ジン、それはあなたですよ」


 指さす。

 ジンは風を纏わせながら、惚けた顔で大魔導の説明を聞き続けた。


「A+クラスの魔法を弾くことが出来る風を常に纏いながら、魔力が切れることなく活動をし続けていく。それはあなたが神獣であるからです」

「おい! 馬鹿な真似は寄せ!」


「それは我が主も同様……。媒介こそ利用するものの、魔法によって無から生命を生み出すなど、それは神の所行といえるでしょう。当然、それは生半可な量の魔力ではないことは想像に難くない」


『大魔導よ』


 我が念話は洞窟に殷々と轟いた。


『用意は出来ておる。任意のタイミングで、我が魔力を使うが良い』

「かしこまりました」


 軽く一礼する。

 改めてジンを睨んだ。


「ここまでの説明でわかったでしょう! 我らが何をしようとしているか」

「待て! あれには魔法円が必要だ。そんなものどこにも――」

「ちゃんと書いてますよ。あなたの下です」


 ジンは眼下を見つめた。


 息を呑む。

 視界に映ったのは夥しい元配下の血だ。


 しかし、よく見ればそれは、血で描かれた魔法円だった。


「てめぇ! いつの間に!」

「あなたが巫女様方と戦っている最中に……。暇だったのでつい――」


 ふふっと笑った。


『我が命じたのだ。ダンジョンマスターを倒すとなれば、それ相応の用意が必要だからな』

「はじめから……。俺様を仕留めるつもりだったのか!」

『別にお前を仕留めるつもりは我にはなかった』



 我はただ……我が妻を守りたかったのだ……。



 ジンの下の魔法円が赤く光る。


 風のダンジョンが、まるで竜の炎のように赤く染まっていた。


「そんな……。そんな理由でぇ――!!」

『つまらぬか、ジンよ。しかしなあ。存外、愛というのは深い者だぞ』

「くせぇこといってんじゃねぇ! 耄碌ジジィ!」

『ふん! なんとでも言うが良い、ガキが。そのジジィにお主は負けるのだ』

「お前、負ける。ガーディはニーアが認めた竜。……お前なんかに負けない」

「キヌカさんを侮辱したこと……。あの世で悔いて下さい」

「さらばだ。ジンよ」

「では、主」

『うむ……』



 やれ……。



 そして大魔導は上げた腕を振り下ろす。

 すでに我が魔力を帯びた大魔導は、躊躇なく魔法円に注ぎ込んだ。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 それがジンの断末魔の叫びだった。



【|雷光の大罪《ゲ・ルニカ】!



 神が振り下ろした大槌のような雷撃が、ダンジョンのフロアに突き刺さった。


2章ももうすぐ終わりです。

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