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3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。  作者: 延野正行
第2章 竜を守る乙女たち

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第26話 風の魔人

お待たせしました。

「キヌ()!!」


 声をからし気味に叫んだのは、キヌ()だった。


 鮮血が緑の精晶石に飛び散る。

 剣の衝撃に吹き飛ばされながら、キヌアの瞳から光がなくなっていった。


「――――ッ!」


 キヌカが息を呑むのがわかった。

 だが、自身も安寧というわけではない。


 黒鉄の銃口が獰猛な声を上げる。


 キヌカは反応した。

 風を纏うと、物理法則を無視したように自ら吹き飛ばした。

 かろうじて、銃弾から逃げる。


「はずした」


 ニーアが悔しそうに顔を歪めた。


 FN57ではなく、M1887(ソードオフ)なら仕留められたかもしれない。


 しかし、まだ身体が出来ていないニーアは片手でM1887(ソードオフ)を持てる力がない。出来たとしても、やはり構えるのに時間がかかる。

 それ故にFN57の選択だった。


「鍛錬不足。もっとニーア、力を付けないと。反省――」

『ニーアはよくやっておる。あまり自分を責めるな』

「うん。ガーディ、ありがとう」


 しょんぼりするニーアを我は激励する。

 顔を上げた我が妻は、すでに戦士に戻っていた。


 言葉通り横っ飛びに逃げたキヌカは、着地する。


 風の加護による高速移動か。


 予想通りではあったが、とんでもないスピードだな。

 加えて――と我はキヌカそっくりのキヌアと呼ばれた女を見つめた。


 斜めに切り下ろされた傷口から今も、血が流れて出ていく。

 紺碧の石の床に、赤が混じり、毒々しい色へと変貌していた。


「何故、わかった?」


 キヌカもまた我と同じくキヌアと呼んだ少女に視線を落としていた。


 自分が2人いる――それに何故気づいたのか、と尋ねているのだろう。


 高速での移動攻撃という予想はついていたが、やはり違和感はあった。

 いくら早くても、ほぼタイムラグなしに、背後をついて攻撃するなど、不可能に近い。


 そこでヒントを与えてくれたのが、フランだった。


「匂いです」

「匂いだと……」

「はい。1度目にニーアさんを攻撃した時のキヌカさんにあって、2度目のキヌカさんにはなかった臭いがあったんです」

「はあ! ふざけるな! 2人の同時攻撃のためにあたしたちは血の滲むような鍛錬をしてきた。装備だと揃え、髪型も仕草も似せてきたんだ。あたしたちですら、時々見分けがつかないんだぞ」

「わかりませんか……」

「わかるわけないだろ! あたしはお前みたいな犬っころじゃねぇんだ!」

「燻製の香りですよ」

「なっ――――――――――!!」


 フランが作ったレオボルドの燻製肉。


 あの強烈な香りが、1撃目のキヌカにあって、2撃目のキヌカにはなかったのだ。

 そこから導き出される推測は、実に安易なものだったが、ものの見事に当たってしまった。


 キヌカと仲良くなるため、精魂込めて作ったフランにとっては、なんとも皮肉な結果だ。


「てめぇ! 計りやがったなあぁ!!」


 普段はじめじめとして陰湿な殺気が、炎のように燃え上がる。

 キヌカは風を纏うと突っ込んできた。


 ニーアはM1887(ソードオフ)を構える。

 散弾をばらまいた。


 風の守護が付与されたキヌカの前にはじき返される。

 それでも弾丸は肩を、そして頬をかすめた。


「死ねぇや!」


 怨霊が取り憑いたかのようにキヌカは2刀を振り上げる。


 その突撃を止めたのは、さまよえる騎士――デュークだった。

 2刀を受けきる。


「邪魔すんな! 鎧野郎!」

「巫女様には、これ以上指1本触れさせん!」


 圧倒的な膂力を生かし、デュークは2刀を弾いた。


 彼の脇から銃口が火を吹く。

 散弾がばらまかれた。

 咄嗟に風の守護をかけ、キヌカは防御するが、完全ではない。


 さらに女の肌に穴を開けたが、狂戦士となった巫女は攻撃をやめなかった。


『執念だな』

「キヌカさんの気持ち、わかります」


 フランはいう。


 デュークとニーアの2人の攻撃を捌くキヌカの必死の形相を見つめた。

 その瞳は少し涙がにじんでいる。


「キヌアさんはきっとキヌカさんにとって、大事な人だったと思うんです。フランも、ニーアさんがいなくなったら。あれぐらい怒っていたと思います」

『……そうだな』


 頷いた。


 我もニーアがいなくなれば、おそらく世界を滅ぼすまで暴れたであろう。


 はじめは一進一退だった戦況は、徐々に我々側に傾き始める。

 いくら狂乱状態にあろうとも、キヌカは1人だ。

 体力が尽きてくれば、集中力も落ちてくる。


 さらに散弾を浴びまくった体は、朱色に染まっていた。

 生きていることすら不可思議だ。


 FN57で足を貫かれた瞬間、キヌカはとうとう膝を突いた。


 虹彩に光はなく意識は朦朧としている。


「きぬ……」


 自分の名前か、それとも大切な人の名前を呟いているのかわからなかった。

 キヌカに銃口を向けたのは、ニーアだった。


 キツい硝煙の臭いにキヌカの意識が一瞬、覚醒する。


「覚えてろよ、お前ら! うちのダンジョンマスターが黙ってないからな!」

「死ぬ前に一言教えろ?」

「はあ……」

「フランの料理は美味しかった?」

「…………クソ不味かったに決まってるだろ! 獣人の臭い――――ッ」


 乾いた音が響き渡る。

 FN57の銃口から細い糸のような煙がたなびいた。


「終わった」

「お見事です、ニーア様」

「デュークもご苦労様。手助けありがとう」

「私は私の役目を真っ当しただけです」


 一礼する。


 するとニーアはフランを見た。

 声をかけると、獣人の少女はピンと尻尾を立てる。


「大丈夫? フランの料理はとても美味しい」

「そうです。是非私もその燻製肉――――痛ッ!」


 デュークは悲鳴を上げる。

 ニーアが鎧のすねを蹴ったのだ。


「な、何をするのですか、ニーア様」

「デューク、鈍い。フランは微妙なお年頃……。もっと言葉に気を遣う」

「す、すいません」

「それにデュークは痛みを感じるの?」

「は! そういえば、私の中身は空っぽでした。はは……。はははははっ」


 デュークは笑う。

 ニーアはどこかしらけた様子だったが、一方可愛い笑声が聞こえてきた。


 フランがクスクスと笑っていたのだ。


「そんなことも忘れるなんて、デュークさんってモンスターっていうよりは人間みたいですね」

「……そ、そうですか? 素体が人間だからでしょうか」

「どっちかというコメディアン?」

「売れなさそうですけど」

『一発屋で終わりそうだがな』

「あ、主まで! 私は主とと巫女様を守る騎士ですよ。コメディアンなどでは」


 必死に弁解する。

 その姿が普段の堅いデュークから想像も出来なくて、さらにみんなの笑いを誘った。


 フランは涙を払いながら言った。


「ありがとうございます、みなさん。これからも一杯、料理を作ります。どんな人でも笑顔に出来る料理を」

「うん。これからも楽しみにしてる」


 ニーアはフランに抱きつくと、その耳を触る。


「フラン。いーこいーこ」

「ニーアさん、くすぐったいですよ」

「そしてモフモフ……。癖になる。じゅるる……」

『そんなに気持ちいいのか』

「うん。大発見!」


 断言する。


 うぬう。


 いつもペロペロしていたから気づかなかったが、モフモフでもあるのか。


 帰ってきたら、触ってみよう。


『フランよ』

「は、はいぃ?」

『帰りが待ち遠しいぞ』

「ありがとうございます。帰ったら、お料理一杯作りますからね」


 花のような笑顔を、獣人少女は咲かせた。




 一通り落ち着くと、我らは今後の方針を討論した。


 撤退か、それともこのまま進むかだ。


 風のダンジョンの巫女は倒した。

 まだ存在する可能性は高いが、大幅な戦力ダウンであることは間違いない。


 ニーアはこのままダンジョンマスターを倒そうと提案する。

 だが、当の本人は随分疲れていた。


『ニーア。我はお主を心配しておるのだ』

「ガーディ。ありがとう」

 結局、我が妻は折れてくれた。


 マントを翻し、来た道を引き返そうとする。



「もう帰るのかよ?」



 一陣の風が吹く。


 洞窟に吹き抜けた生ぬるい風に乗って、声が聞こえた。

 同時に、一行の足が止まる。


 精晶石で埋め尽くされたフロアに突如、風が渦巻いた。


 大気が歪むほどの暴風の中から現れたのは、大きな大男。

 大木を想起させるような腕。

 もみあげから顎の先まで伸びた長い髭は、そのまま厚い胸板まで伸びていた。

 肌は死体のように青ざめているものの、生気と活力に満ちあふれ、雑に巻いたターバンから白い布がたなびいている。


 黄緑色の瞳を光らせ、我の巫女とモンスターを睨み付ける。


 その口元はわずかに緩んでいた。

 我は千里眼で状況を確認しつつ、確信する。


『こやつがダンジョンマスターだ』


 叫んだ。


 敵ダンジョンマスターは片眉を上げ、微笑を浮かべる。

 熱い胸板をどんと叩いた。


「おうよ、俺様こそこの洞窟のダンジョンマスター。風魔人ジン様よ!」


 暴風がフロアに渦巻く。


 手を広げ、我が巫女の前に立ちはだかった。


作者は「しまった」と思った。

バックアップ先とメインをすべて古いファイルで同期してしまったのだ。

これで軽く3話分が飛んでしまった。

がっくりとうなだれる作者。

「大丈夫だよ、延野くん」

そこに現れたのは、小説の神様だった。

「もう1回書けるドン!」

果たして、延野は次の話を書けるのか。

次回予告「遅れる」


……遅れないように頑張ります( ;´Д`)

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