第24話 ダンジョンマスター
24話目にして、ようやく世界の構造に触れる話。
ニーアは天井にショットガンを撃ち、穴を開ける。
精霊石がある鉱床に戻ったが、キヌカの姿はすでになかった。
「逃げた?」
『すまんが、わからぬ』
「千里眼で見えないんですか?」
フランの質問に我は唸る。
実はダンジョンに入ってからというもの、うまく千里眼で覗けないのだ。
ニーアとフランは我の加護を受けているので、その視線を介して2人の様子は見ることが出来るのだが、それ以外はさっぱりだった。
『どうする、ニーア。我は一旦退却した方が良いと考えているが』
「それがガーディの命令なら従う。けど、そうでないなら、キヌカを見つけ出したい。フランを泣かせたこと後悔させる」
「ニーアさん……」
少しジーンと来たフランは涙を拭った。
我は息を吐く。
『我が妻ならそういうと思って、すでに援軍は送っておる』
「さすが、ガーディ。いーこいーこ」
『うむ。我々はパートナーだ』
「ニーアとガーディは相思相愛。運命共同体」
ぐっと親指を立てて、ニーアは天へ向かって掲げた。
横で見ていたフランが羨ましそうに見つめる。
「いいな。フランもそういう人がいたらいいのに」
『フランも我が妻になるか』
「ガーディ! 浮気ダメ!」
『冗談だ。そなた以上の女子はおらん』
「当たり前! ニーアはいい女」
『ならば、フランは我が娘にしよう』
「ガーディ様……。ありがとうございます」
「フランはニーアの娘。ニーアが育てる」
何故か、えっへんと胸を反らした。
フランは困ったように苦笑する。
「でも、ニーアさんってどっちかというと……フランのお姉さん?」
「むぅ! フランはニーアの娘なの!」
ニーアはフランに飛びつき、耳をモフモフする。
さっきキヌカが触っている時に気になっていたのだろう。
やわらかい、と良い顔を浮かべ、フランの頭を撫でるのだった。
2人は鉱床を出て、ダンジョンの奥へと進む。
薄暗い大きなフロアに出た。
「試練の間みたいですね」
「気をつけて……。何かいる」
出迎えたのは、無数の赤い光点だった。
空間全体に広がる。
やがて目が暗闇になれてくると、2人は唸った。
我は吠える。
『ビッグラッドか!!』
一言でいうなら、大きな鼠だ。
我は千里眼を使い、能力を確認した。
なまえ :ビッグラッド
Lv :2
ちから :F+ ぼうぎょ :G
ちりょく :G すばやさ :E
きようさ :G うん :G
けいけんち:6 ませき :G×7
個々の能力はさほどでも無い。
ゴブリンよりも少し強い程度であろう。
だが、数が多いというのは、それだけで脅威だ。
スライムもこれだけ集まれば、高レベル冒険者とて飲み込むかもしれない。
……スライム部屋か。今度、一考してみよう。
ビッグラッドは部屋に入ってきた人間2人をターゲッティングする。
なんの合図もなしに、一斉に襲いかかってきた。
「フラン!」
「はい。大丈夫です! 自分で何とかします!」
ニーアは早速、M1887を構える。
フランもまたダマスカスナイフを抜いた。
迫ってくるビッグラッドを迎え討つ。
口火を切ったのは、やはりニーアのM1887だった。
散弾銃は、単体の敵よりも複数の相手に真価を発揮する。
1発の弾で、多くのモンスターの肉体を貫いた。
面白いぐらい死体の山を積み上げていく。
フランも奮戦していた。
ビッグラッドの防御は弱い。
ダマスカスナイフで、髪を切るかのように大鼠の肉を並べた。
動きの洗練さはニーアに負けるが、獣人であるフランの潜在能力は計り知れない。
見てて、びっくりするほどの超反応を見せる時がある。
フランはレオボルドを倒した時、ナイフの軌跡があらかじめ見えていて、自分はそれをなぞっただけだといっていた。
竜の料理人となったことによって、彼女の中に隠されていた能力が覚醒したのかもしれない。
劣性と思われた戦はあっさりと覆ろうとしていた。
ニーアはとどめを刺す。
残しておいた手榴弾をビッグラッドに投げつけた。
大きな音と大鼠の悲鳴がフロアを揺るがす。
音に驚いた鼠が撤退していった。
「はあはあ……」
「やった! やりましたよ」
フランはその場で跳ねる。
ニーアはM1887の銃床こそ握っていたが、フラフラだ。
スケルトン、さらにビッグラッドとの連戦。
そしてM1887という新銃の負担は、小さな身体を確実にむしばんでいた。
やはり撤退すべきか……。
我がそう決意した時、声が聞こえた。
「思った以上にやるじゃないか」
聞き覚えのある声に、フラン、遅れてニーアが顔を上げた。
赤髪の女が口角を歪めて、立っていた。
禍々しい殺意を隠そうともせず、ダンジョンの奥へと向かう道に塞いでいる。
キヌカだ。
さらに衝撃的だったのは、彼女の周りには多くのモンスターがいたことだった。
先ほどのビッグラッドをはじめ、妖精系モンスターのセイレスやオークが、キヌカの後ろで控えていた。
「あたしの声はあんたたちのダンジョンマスターに聞こえているんだろ?」
キヌカの問いに、2人は頷く。
すると、女冒険者は手を広げた。
「ようこそ風のダンジョンへ歓迎するよ、タフターン山の竜ガーデリアル」
『やはり、こやつもダンジョンマスターに加護を受けし者か……』
我は喉を唸らせた。
ダンジョンマスターとは、我のような存在のことだ。
ダンジョンを管理するため、女神に遣わされた神獣。
その加護を受けし、巫女――それがニーアとフランだ。
そしてキヌカもまた、このダンジョンマスターに仕える巫女なのだろう。
「その通り。初めましてといっておこうか、ガーデリアル」
『薄々勘づいてはいたが、本当に巫女とはな』
「はは……。竜だけが巫女を選ばれるわけではない。神に選ばれ神獣はこの世界にはたくさんいるんだからね」
『それが多くのダンジョンを管理しているというわけか……』
「ほう。記憶をなくしているという噂は聞いていたけど、眉唾だったのかい?」
ダンジョンレベルが上がったことによって、我の記憶は確実に蘇りつつある。
さらに、千里眼によって次第に、世界がどんな状況にあるか理解しつつあった。
すなわちダンジョン同士の闘争。
女神は数多くの神獣をこの世に遣わした。
それは人間の戦争によって不浄となった世界を、浄化するためだ。
しかし、浄化作業は終わり、神獣だけが残された。
神獣は生き抜くためダンジョンを作り、人が作りし物、あるいはその命を求めた。
だが、人間は有限である。
武器を持つ者はもっと限られる。
故に、より価値あるダンジョンの探求が始められ、神獣は技術を磨いた。
それが我が持つ召喚システムだ。
我は世界の仕組みを忘れていた。
何故そんなことになっったかはわからない。
だが、ゆくゆくわかることだろう。
そんなことよりも、今は目の前の敵だ。
「ガーディ……。どうすればいい?」
『色々と聞きたいことはあるが、やることはシンプルだ。――ニーア』
「うん」
『フラン』
「はい!」
『そやつらを倒せ。このダンジョンを破壊し、この地方の覇権を握るぞ』
「わかったー」
「わかりました!」
2人は戦闘態勢を取る。
小さな少女の殺気に、キヌカはただ肩をすくめるだけだった。
「へー。やり合おうってのかい。あんたの主はなかなか血の気が多いね。嫌いじゃないよ」
ニーアはM1887を構えた。
狙いをキヌカに向ける。
「変わった武器だね」
「ガーディのお腹の武器強い。大人しくした方がいい」
「かもね……。でも、これならどうかな?」
キヌカはさっと手を挙げた。
すると、セイレスが歌をうたいはじめる。
空気が歪むほどの高音が、フロアに反響した。
「く、ぐぐうううう!」
「痛い! 頭が痛いですぅ!」
2人は耳を塞いで蹲った。
だが、どれだけ強く手を耳に押し込んでも歌は聞こえる。
むしろ一層痛みが増した。
魔法の歌だ。
耳ではなく、脳に直接響いてくる。
2人は武器を取り落とした。
キヌカはゆっくり2人に近づいていく。
「最後のレクチャーだ。巫女はダンジョンの中では、味方の魔法の影響を受けないんだよ」
膝を曲げ、屈む。
苦しむニーアとフランを見ながら、口角を歪めた。
おもむろにショットガンを拾い上げる。
「確かこうだったね」
見よう見まねで構えをとる。
戦闘のセンスの高さか。それとも経験豊富ゆえなのか。
その姿は堂に入っていた。
銃把に手をかける。
「聞こえているんだろ、ガーデリアル。取引をしよう」
『取引だと?』
「あんたの巫女の命を引き替えに、あんたのところのダンジョンを明け渡しな」
「ダメ! ガーディ、ダメ! そんなことをしたら、ガーディ死んじゃう」
「あんたには聞いてない」
M1887の短い銃身で、ニーアをぶつ。
小さな少女はあっさり倒れた。
「さあ、どうする? ガーデリアル。あんたの可愛い奥さんが死んじゃうよ」
『風のダンジョンの巫女よ。我の答えはもちろん――』
『断る、だ』
キヌカの三白眼が広がる。
銃身を振り回しながら、犬のように吠えた。
「あんたのフィアンセがどうなってもいいっていうのかい? ああ……。そうかい。あんた、この子に飽きたんだろ? だから殺せって」
『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
我は思いっきり念話で吠えた。
その声は肉声で地下深い洞窟まで轟くほどだった。
『愚か者め。ニーアは最愛の妻だ。1人だった我に――竜である我に初めて愛を語ってくれた女子だ。ニーアに代わるものなどこの世にいない! それだけは断言する』
「だったら! もっと大事にしたらどうだい! 引き金を引いたら、あんたの妻の頭は果物みたいに破裂するんだろ。だから――――」
『何度もいわせるな、愚かな風のダンジョンの巫女め。その必要はないといっている。何故なら――――』
我が言い終える前に、キヌカは顔を上げた。
洞窟に何か甲高い飛行音が聞こえる。
すると、発光する物体が、洞窟を貫き、降り立った。
「な――――!」
キヌカは絶句し、銃を取り落とす。
他も同様だ。
目の前に突然現れたモンスターの格の違いを悟り、セイレスたちは歌うのをやめてしまった。
布のすり切れる音が、洞窟に響き渡る。
ニーアとフランの方を向いた。
「お待たせしました、ニーア様。フラン様。大魔導、主の命令により参上いたしました」
フードの奥の光が、怪しく光った。
ダンジョン同士の戦いの様相ですが、これからもイチャイチャするのでよろしくお願いします。




