第23話 ソードオフ・ダンサー
ちょっと長めです。
読む時は気をつけて下さい。
キヌカとともにやってきたのは、街の北にあるダンジョンだった。
我のタフターン山とは違い、地下へと向かう構造になっておる。
ニーアとフランを連れ、しばらく階下へと降りていった。
広い空間に出る。
丁度、試練の間と似たような場所だ。
キヌカは立ち止まると、2人の少女に振り返った。
「ここならいいだろう」
「「?」」
2人は顔を見合わせる。
振り返ったキヌカの顔は穏やかに見えた。
殺気を臭わせるような雰囲気もない。
「悪かったね。あんたらに辛く当たって。まあ、こっちもこっちなりに事情があったんだ」
「どういうこと?」
ニーアは尋ねる。
キヌカは肩を竦めた。
「わからないかい? 今までのは演技さ」
「演技?」
「あんたらも馬鹿だよ。竜の力なんて他の人間に見せつけるなんてさ。知らなかったとはいえ、もう少し慎重になるべきだった」
「よくわからない。事情を話して」
「事情も何も……。あんたら、あのままあたし以外の冒険者なんかと手を組んでたら、すり切れるまで利用されていたよ。あそこにいる冒険者は、そんなヤツばかりさ。だから、あたしが強引にあんたたちを引き取ったってわけ」
「あなたも、その1人かもしれない」
ニーアの言葉に、キヌカは「ははっ」と笑った。
「そういう警戒心があの場ではほしかったのさ。……じゃ、行こうか」
「どこへ?」
「決まってるだろ? ダンジョン探索さ。あんたらは冒険者になりたくて、ギルドに登録しにきたんだろ?」
ニーアとフランはもう1度、顔を見合わせる。
同じタイミングで頷いた。
「ダンジョン探索は、冒険者の醍醐味さ。そのいろはをあたしが教えてやろうというわけさ」
「見返りは?」
「なーに。美味い飯を食わせてもらった――そのお返しだと思ってくれればいい。……ああ。そうだ。1つ聞きたかったんだ。なあ、獣人のお嬢ちゃん」
「な、なんでしょうか?」
フランはぴくんと尻尾を立てる。
「あの肉に、柑橘系のソースを使ったのはなんでだ? あのままでも十分美味しかったはずだけど」
「えっと……。キヌカさんが、お肉が苦手と聞いて。あっさりと食べられるように工夫しようと思ったんです」
「なるほど。あたしのためか。ありがとよ」
「と、飛んでもないです。フランは、キヌカさんとも仲良くなりたいと思ってて」
「そうかい……。そういってもらえると、嬉しいわね」
キヌカの頬が少しピンク色になる。
照れを隠すように翻った。
「さ。行くよ」
2人を連れ、歩き出した。
その後、キヌカは本当にダンジョンの歩き方のレクチャーを始めた。
モンスターの痕跡の見つけ方。
迷った時の対処法。
ダンジョンの罠の種類など、2人が我の元にいれば知り得なかった情報がたくさん詰まっていた。
「罠ってのは2種類ある。ダンジョンの初めから仕掛けられていた罠と、冒険者が仕掛けた罠だ」
「冒険者がダンジョンに罠を増やすんですか?」
すっかり生徒役となったフランは尋ねた。
「よくあることさ。ダンジョンに何度も潜るメリットってなんだと思う?」
「宝物?」
「ダンジョンにしか生息しない魔草と、鉱物」
「ニーアが正解。宝物は1度とったらおしまいだけど、魔草はまた生えてくるし、鉱床さえ見つけることが出来れば、多くの鉱石を拾うことが出来る」
「なるほど」
フランはポンと手を叩いた。
「ダンジョンの中で良い繁殖場所や鉱床を見つけたりしたら、自分で独り占めしたいと考えるのが冒険者の心理としては普通だ」
「だから、罠を仕掛けるんですね。よくわかりました」
「うん。フランは可愛いねぇ」
「うぅん……。キヌカさん、くすぐったいですぅ」
キヌカは獣人少女の頭と耳を触り、モフモフする。
すっかり仲良くなった2人は、さっきからこんな感じだ。
といっても、キヌカが一方的にフランにスキンシップを仕掛けていた。
「よーし。では、あたしのとっておきの場所を紹介しよう」
キヌカが向かったのは、ダンジョンの奥深くにある鉱床だった。
そこにはたくさんの精霊石で埋まっていた。
何千年と生きた精霊が結晶化したもので、ここでは風の精霊の結晶が取れるのだと、キヌカは説明する。
風の精霊石は、紺碧色に光を放ち、ダンジョン地下深く空間を、幻想的な色で染め上げていた。
「綺麗……」
フランの瞳が緑色の光に溢れかえった。
ニーアもぼーと光景を眺める。
キヌカは自慢げに胸を反らした。
「どうだい? なかなかの絶景だろ」
「はい」
「竜の巫女様のお近づきの印だ。持てるだけ持って帰るがいい」
「いいんですか? ここはキヌカさんが見つけた鉱床じゃ……」
「あたしが見つけただけど、あたしのものじゃない。ダンジョンはみんなのもの……。それがあたしの持論さ」
すると、フランはペコリと頭を下げる。
「ごめんなさい、キヌカさん」
「なんだい? 改まって……」
「キヌカさんって凄い怖い人だと思ってました。でも、ホントは優しい人だったんですね」
「よせよせ。世辞を言ったって、何も出てこないよ」
そう言いながら、キヌカはまたフランの耳をモフモフする。
「ほら。そんな入口に突っ立ってないで。奥の方に言って、よく見るがいい」
「はい! 行こう、ニーアさん」
「フラン、待って!」
フランは駆け出す。
緑色の鉱石を横目に、キヌカに言われたまま鉱床の中央に足を運んだ。
ガタン!
瞬間、フランの足場が消えた。
落とし穴だ。
完全に虚をつかれたフランは、真っ逆様に落ちていく。
「フラン!」
ニーアは手を伸ばしたが、遅かった。
背後から影が被る。
振り返ると、キヌカが立っていた。
もちろん、心配などしていない。
その三白眼は愉悦に歪んでいた。
「どうしたんだい? 早くフランを助けないとね」
すると、キヌカはニーアを背後から蹴った。
たまらず、ニーアも穴に落下する。
幸い下には何もなく、さほど高さもない。
だが、崖がつるつるとしていて、登るのは容易いことではなかった。
「フラン!」
側で倒れていた妹分を揺り動かす。
意識はある。
ひとまずホッとすると、前を見た。
何が動く。
いや、動いていた。
ニーアとフランの目に映ったのは、炎の塊。
タフターン山でもお馴染みの人魂だった。
それが穴の底にあった骸骨に憑依する。
次々にスケルトンが立ち上がった。
ニーアはキヌカを睨んだ。
「だましたな」
「騙した? はは! あんたも冒険者だろう? 騙し騙されるなんて当たり前さ。あたしも例外ではなかった。それだけさ」
「そんな……。フランは信じたのに」
「フランちゃん。あんたは良い料理人になれるかもしれないが、良い冒険者にはなれないね。モフモフ出来ないのは残念だけど、まあまたあんたみたいな鴨を見つけて、モフることにするさ」
「ひどい……」
「なんとでもいいな。心配するな。あんたらが持ってる金と装備は……。後でゆっくりと回収してやるから。あんたたちは、そのスケルトンの仲間にでもなるがいい。同じ冒険者同士だ。話は弾むだろうさ。精々仲良くな」
キヌカは軽く手を振り、穴を塞いだ。
ケラケラ、と悪魔のような笑い声が遠ざかっていく。
穴の中は闇に包まれる中、ニーアは手早くカンテラをつけた。
明かりを向ける。
すっかりスケルトンの軍団に取り囲まれていた。
悪夢のような光景は、決して夢ではなかった。
「ひどい……。フランは信じてたのに」
ポロポロと涙したのはフランだった。
その獣人の少女の手をニーアは握る。
「大丈夫。……あいつが裏切るのはわかってた」
『うむ。ようやく尻尾を出したか』
「が、ガーディ様。まだ念話が届くのですか? あたし、てっきり――」
『すまぬな、フラン。諸事情で会話を控えておった』
「あの尻尾って? キヌカさんは人間ですよね」
この状況でボケをかますとは……。
これは度胸がついてきたというべきなのか。
「あの女……。ニーアたちがギルドについてから、ずっと見張ってた」
「え? フランたちをですか?」
そうだ。
キヌカという女は、ギルドでニーアを見かけてから、ずっと尾行していた。
レオボルドを倒した時も、道具屋で買い物をしてた時も、フランが料理を作っている時も、四六時中我々の動向を監視していたのである。
むろん、我はその様子を千里眼で見ていた。
それは冒険者として怪しんでいたというよりは、何か別の目的があって監視しているように我には見えた。
「またフランだけ仲間外れですか?」
『今回は、我もニーアに話していない。だが――』
「変な視線には気付いてた。それがあの女だとわかったのは、ついさっき」
「フランだけ気付いてなかったんですね……」
「大丈夫。フランもいつかわかる時が来る。それよりも――」
目の前のスケルトンたちをどうするかということだ。
残念ながら、ニーアは閃光音響弾を持っていない。
明かりと言えば、今手に持っているカンテラぐらいなものだ。
「ガーディ。あれを使っていい?」
『許可する。遠慮なくぶちのめすがいい』
「やったー!」
ニーアはマントの内側からFN57よりも一回り大きな銃を取りだした。
これまでの銃とは一線を画す大きな銃口。
切りつめられた銃身とストックは、小さな少女の身体にはぴったりと合っていた。
なまえ :じゅう(M1887ソードオフ仕様)
いりょく :B+ たいきゅう :D
しゃてい :F はんどう :C+
れんしゃ :D とくしゅ :むげん
おもさ :C+
ニーアは銃を構えた。
銃の弾は貫通力に優れているが、破砕力となると後塵を拝する。
スケルトンに対しての相性は弱いが、この銃は違った。
『ニーア、見せつけてやるがよい。そなたの新たな力を』
「わかったー」
引き金を引く。
すると、無数の散弾がスケルトンを襲った。
脆い骨だけの身体を穴だらけにして吹き飛ばす。
さらにニーアは連発。
目の前に迫ったスケルトンを一掃した。
「すごい……」
フランは思わず呟く。
だが、ニーアの解体ショーここからだった。
周囲のスケルトンを一掃すると、今度は自ら討って出る。
群れに突っ込むと、M1887をぶっ放した。
反動利用し、襲いかかる白い手から逃げると、また一体を破壊する。
翻るローブ。
そして硝煙。
散弾銃を連発しながらの高速移動攻撃と、時折レバーを回す姿は、銃というより一振りの剣に見えた。
ニーアはまるで踊るように銃を撃ち続ける。
さながら『剣を持たない剣舞』といったところだろう。
ほう……。
我は思わず唸った。
ニーアの次の武器を散弾銃にしたのは、彼女からの要望だった。
ガーディの側にいて戦えるほどの強い力の銃が欲しい。
竜を守れるほどの力。
圧倒的な破壊力。
さらにニーアが持てる程に軽く、反動力も少ない銃。
そこで選ばれたのがM1887ソードオフ仕様だった。
しかし、能力ほど甘いものではない。
FN57よりも重く、反動も強い。
それでもニーアは選んだ。
結果、見せられたのが、今の彼女の戦いだった。
ここまでとは思わなかった。
竜の加護を得ているとはいえ、その動きは極まっている。
いや、もはや彼女にしか出来ない芸当だろう。
あっという間に、スケルトンは半数になった。
荒い息を吐く。
さすがに全滅させるのは難しいか。
『フランよ』
「は、はい」
じっとニーアの戦いを見ていたフランは、ピョンとジャンプした。
『タフターン山と同じ死霊が出やすいのだろう。だが、我の千里眼で見る限り、その場所しか発生しておらん。その部分だけ、結界の作用が弱める呪具が使用されているはずだ』
「呪具……」
フランは咄嗟に鼻を利かせた。
血と腐った臭いの中で、かすかに異臭をかぎ分ける。
料理人にとって香りも、大事な要素だ。
加えて獣人の高い五感が、彼女の嗅覚を鋭敏にさせていた。
「あ。前に貼った符のインクの匂いがします」
『それだ。それを破壊せよ』
「はい」
フランも飛び出す。
それを見て、ニーアはフォローに走った。
妹分に襲いかかるスケルトンを次々と破砕していく。
やがてフランは岩場に辿り着いた。
子供のお腹ぐらいの岩を転がす。
符が張られていた。
「えいっ!」
ダマスカスナイフを取り出すと、縦に切り裂いた。
すると、スケルトンが苦しみ始める。
次々に骸骨が崩れていった。
人魂が浮き上がると、消滅していった。
結界の効果が、穴にも及んだのであろう。
「やったー」
フランはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ニーアもふーと息を吐く。
『ご苦労だったな、ニーア、フラン』
「フランは何も……。ニーアさん、凄いです」
「ニーア、凄い?」
『ああ。よくやったな、ニーア』
「てへへへ……」
『戦ってる時のニーアは格好良かった』
「惚れ直した?」
『うむ。今までよりも100倍惚れ直した』
「うーん。早くペロペロして褒めてほしい」
待ちきれないというように、ニーアは我からもらった鱗を出すとスリスリする。
『帰ってきたら、お主の服が溶けるまで舐めてやろう』
「ガーディのエッチ」
頬を染める。
でも、満更でもない様子だ。
「あの……。ガーディ様。フランも……」
『そなたが望むのであれば』
「やったー!」
フランはまた飛び上がる。
こちらも待ちきれないというように激しく尻尾を振るのだった。
明日も同じぐらいの時間になると思います。




