第20話 竜の巫女
お待たせしました!
騎士団の壊滅――。
その報は国に衝撃を与え、国の中心地ではタフターン山の話で持ちきりであろう。
くわえて、ミーニク村からの徴税が止まったとなれば、国全体の威信にも関わってくる。
故に今度のタフターン侵攻は間違いなく、大規模になるはずだ。
千や2千ではすまぬかもしれぬ。
だが、規模が大きくなれば、その分兵力の調整に時間がかかるであろう。
2月、最悪でも1月はかかるはずだ。
その間に我は王国の侵攻に耐えうるダンジョンを形成しなければならない。
万の相手も跳ね返すことが出来る最強のダンジョンをだ。
ここで困るのは、しばらく王国側の侵攻がなくなるということだ。
となれば、必然的に素材不足が起こる。
いや、もうすでに起こっている。
その解決策はシンプルだ。
タフターン山に武力を持った者に来てもらう。
冒険者、盗賊や山賊、この際モンスターでも良かろう。
ともかく、大量の武具が必要だ。
「というわけで、ニーア、フラン。お主たちにはギルドへ行ってもらう」
「え? えええええええ!! ふ、フランがギルドへ行くんですか?」
フランは悲鳴を上げた。
その顔はみるみる青くなっていく。
「いいよ」
あっさりOKしたのは、ニーアだった。
我は少し驚いた。
フランはともかくとして、ニーアには反対されると思っていたからだ。
まさか我に愛想を尽かしたのか。
そんな訳あるまいよ、なあ、ニーア。
我は1度、咳を払った。
「ニーアには反対されると思ったのだが……。我と離ればなれになるのだぞ」
「うん。ニーアもガーディと離れたくない」
「う、うむ……」
「だけど、ガーディともっとずっと一緒にいるには必要なことなんでしょ?」
「そうだ」
「それなら、離ればなれを受け入れる。ガーディの言うこと聞く」
ニーア……。いつの間にそんな大人になったのだ。
我は寂しい。
もっと「いやいや」と抵抗してほしかった。
ぬぅ……。ニーアから離れられないのは、我の方であったか。
「フランは良いか?」
「に、ニーアさんが我慢するなら、フランも我慢します。……ちょっと怖いけど」
「案ずるな。我の千里眼と念話が届く範囲にある街だ。それにそなたたちは竜の乙女となったのだ。我の魂は常にそなたたちと共にある」
「ガーディ……」
「なんだ、ニーア。1つだけお願いがある」
「なんでも言うがよい」
「ガーディの鱗ほしい。街に行っている間、それをスリスリしたい」
「我の鱗か。良いぞ、持っていくがよい」
ニーアは我の背中の鱗に手を掛ける。
ベリッと大きな音がした。
我は思わず「痛っ!」と叫ぶ。
どうやら怒っていないというわけでもないらしい。
剥がした鱗に早速スリスリしながら、ニーアは少し満足げだった。
タフターン山の北西にあるウロルという街に、ニーアとフランは辿り着く。
「人が一杯です」
人やフランと同じ獣人、さらにエルフなど様々な種族が、街の大通りに溢れ返っていた。遠くでは売り子の威勢のいい声が聞こえ、街の中を縫うように荷物を積んだ馬車が行き交っている。
山村育ちのフランには珍しいのだろう。
おろおろしていると、人の群れに襲われ揉みくちゃにされる。
「助け――」
すると、ニーアが手を差し出す。
小さな手を握りしめた。
そのまま人混みから逃げるように1本外れた路地へと出る。
そこでようやく一息吐いた。
「大丈夫、フラン」
「は、はい。大丈夫です」
柔らかなニーアの手を見ながら、フランは少し頬を赤らめた。
もじもじしている年下の少女を見ながら、我が妻は首を傾げる。
「おトイレ行きたいの?」
「ち、違います!」
ますます顔を赤らめ、否定した。
我は念話を飛ばす。
『大丈夫か、フラン』
「ひゃ! びっくりした」
『す、すまん』
道中何度か話しかけていたのだが、フランはまだ慣れぬようだ。
「いえ。こちらこそ。はい。大丈夫です、ガーディ様」
「ガーディ、この街にあるギルドの場所を教えて」
『わかった。千里眼で探そう。その前にニーア――』
「わかってる。邪魔者は倒している間に」
ニーアは振り返った。
いつの間にか裏の通りに出ていた2人の前に、如何にも頭が悪そうな連中が近づいてきた。
傭兵崩れといったところか。
壊れかけた鎧に、ショートソードを抜き身でぶら下げていた。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな?」
「迷子でちゅか? 大変でちゅね」
「おじさんたちが、パパとママの元へ送ってあげようか」
ニーアは顔をしかめた。
何日もお風呂に入っていないのだろう。
とても臭い。
しかも、そこに血の匂いが混じっていた。
「いい。ニーアは迷子じゃない」
「そんなこと言わずにさ」
「俺たちと一緒に来いよ」
垢だらけの腕を伸ばす。
「触ったらダメ」
バシィン!
鋭い音が裏路地に響いた。
1人の男が崩れ落ちる。
眉間に穴が開き、血が路地に広がっていった。
「ニーアに触っていいのは、ガーディだけ」
「なんだ!」
「てめぇ!」
悲鳴と怨嗟の声が交差する。
ニーアが来ていたローブにも穴が開き、そこから煙が出ていた。
「魔法か」
「やりやがったな!」
剣を抜く。
それよりも速くニーアの愛銃FN57が火を噴いていた。
あっという間に、2人を無力化する。
一瞬の出来事だった。
さすが我が妻だな。
街のごろつき程度では相手にもならん。
我の妻に手を出す愚考を、地獄で悔いるが良い。
一方、フランは頭の耳を押さえ、蹲っていた。
そんな年下の少女に、ニーアはまたも手を出す。
「フラン、怪我はない?」
「は、はい。……ありがとうございます」
手を取り、立ち上がる。
そこに音を聞いて、街の衛兵がやってきた。
「貴様ら、何をやっている!」
『まずい! 逃げよ、ニーア、フラン』
念話を飛ばしたが遅かった。
2人は衛兵に捕らえられてしまった。
数時間後……。
ニーアとフランは衛兵が詰めている屯所から出てきた。
その手にはカステラッド銀貨20枚が握られている。
大金だ。
やや品のいい宿屋に2人が泊まってもお釣りがくるほどだった。
「良かったですね、お咎めなしで」
「うん」
ニーアは銀貨が入った袋をしまう。
実は、2人を襲ったごろつきは街では有名な人さらいの一味だったらしい。
その3人を退治した報酬が銀貨20枚というわけだ。
「ニーアさんのこと。屯所の所長さんがとっても褒めてましたね」
「その代わり、銃のことを説明するの時間かかった」
『あまり何でもかんでも、銃を抜くのはよくないぞ、ニーア』
「ニーアはガーディの守護銃。……銃を使うのは当たり前。それに――」
「……? どうしました、ニーアさん」
「フランもガーディの料理番。きっと凄い力を秘めてる」
「凄い力といわれましても……」
フランはそっと懐に忍ばせていたナイフを引き抜いた。
刃物に木目調の模様が付いた変わったナイフだ。
我が宝物庫から解放し、フランに渡した。
なまえ :ダマスカスナイフ
いりょく :A- たいきゅう :S+
とくしゅ :きれあじ○ じゅうりょう :F
切れ味と高い耐久性を誇った鋼で出来たナイフだ。
錆にも水場仕事が多いフランにはぴったりだと考え、我は与えた。
しかし、この旅路で1度も使われていない。
『フランよ。正直にいってくれ。我が送ったナイフは不服か』
「いえ……。そんなことはありません。一生大事にします」
『そうか。我はてっきり人を傷つける道具にお主は嫌悪を抱いているかと思ったが……』
フランの出自を考えるなら、ナイフは送らない方が良かったかもしれない。
彼女の両親は獣人の差別によって殺されたと聞く。
武器を嫌悪するのも当然だ。
フランは首を振った。
「いえ。そういうわけじゃないんです。……ただフランにそんな力があるなんて」
俯いた。
ニーアはそんなフランの頭を撫でる。
「いーこいーこ。フランはとても強い。大丈夫。ここにはそれを証明しにきた。一緒にギルドに行こう」
またニーアは手を差し出す。
フランはそっと握り返した。
少女たちは手をつなぎギルドへ向かった。
2人をギルドに行かせた理由は2つある。
1つは我を倒す依頼書をギルドに申請すること。
クエスト依頼をしておけば、少なからず冒険者が集まってくると考えたからだ。
もう1つ、2人の力を確認すること。
次も激しい戦いになることは目に見えている。
戦力の確認は、どうしても必要だった。
ギルドの中は冒険者と依頼が書かれた手配書で溢れていた。
迷っている2人を見て、1人の職員が近づいてくる。
冒険者の順番を整理する係りをやっているらしい。
クエスト登録と冒険者登録をしにきたというと、係りの者はニーアの手に墨で番号を書いた。
この番号を呼ばれたら受付に行け、ということらしい。
小一時間ほど待たされた後、2人は受付の前に立った。
珍しいことに獣人だ。
ただフランとは違い、耳の形は馬に近い。
顔は人の造りと同じで、どちらかといえば可愛い女性だった。
「あら。可愛い冒険者さんね」
コロコロと笑う。
ニーアは世辞を無視して、話を続けた。
「クエスト依頼と冒険者の登録がしたい」
「クエストはいいけど、お嬢ちゃんたちが冒険者になるの?」
「そう」
ニーアは首肯する。
受付嬢は顔をしかめた。
「大丈夫。ニーアとフランには凄い才能があるって言われた」
「誰に?」
「ひみつ」
受付嬢は大きく息を吐く。
「わかったわ。では、先に冒険者の申請をしましょう。冒険者カードが発行されれば、お嬢ちゃんたちの力もわかるし」
「そうしてもらえると有り難い」
早速、受付嬢は申請用紙を2人に渡す。
手順に従って書き込むと、受付嬢はそれぞれに1枚ずつカードを渡した。
「これが冒険者カードです。ここに名前を書き込むことによって、あなたたちの能力値がわかるようになります。その能力値によって、依頼できるクエストが決まってくるわ。もし最低Gランクでも簡単なお仕事はあるから。気を落とさないでね」
2人にアドバイスを送る。
一応、結果を予想して気を遣ってくれたのだろう。
冒険者カードを受け取ると、2人は自分の名前を書いた。
すると、カードが光りはじめる。
徐々に文字が浮かび上がった。
なまえ :ニーア
じょぶ :りゅうのがんなー
Lv :13
ちから :A ぼうぎょ :B
ちりょく :C+ すばやさ :A
きようさ :S- うん :B
とくしゅ :百発百中
しゅご :りゅうのちから
なまえ :フラン
Lv :1
じょぶ :りゅうのだいなー
ちから :C+ ぼうぎょ :C
ちりょく :C すばやさ :C
きようさ :S うん :A
とくしゅ :致命斬撃
しゅご :りゅうのちから
バンッ!
机を叩き、立ち上がったのは受付嬢だった。
盛大に蹴っ飛ばした椅子が、ごろごろと床に転がっていく。
マジマジと2人の冒険者カードを見つめた。
「うそ……。守護項目に『竜の力』……。もしや、竜の巫女様でいらっしゃいますか?」
「よくわからないけど、おそらくそう」
「し、失礼しました」
机を割らんばかりの勢いで、受付嬢は頭を下げた。
全力の謝罪に、ニーアはいつも通りボーとしていたが、フランはあわあわと戸惑っている。
「あ、あの……。そんなに凄いことなんでしょうか」
「当たり前ですよ!!」
大きな声に、フランは思わず耳をペタンと閉じる。
し、失礼と咳払いすると、受付嬢は落ち着いて説明を始めた。
「まずお2人の現状を話すと、ニーア様はAクラス冒険者。フラン様はBクラス冒険者になります。しかも、お2人ともまだまだ成長できる伸びしろがあります。特にフラン様はレベルが1ですので、すぐにAクラスになれるでしょう」
「そ、そんなに……!」
「子供であるお2人が何故、こんなに強いのか。それはおそらく竜の力の守護によるものです。割と長い間、受付をしていますが、竜の恩恵を受けられた方を初めてみました。一体、どこに住んでらっしゃったのですか」
ほう……。
我は息を吐く。
竜の恩恵というものは、そんなに貴重なものなのか。
ならば、少々面白い事が出来そうだ。
千里眼で2人の様子を見ながら、我はほくそ笑んだ。
しばらくガーデリアルと念話で会話しながら、外の世界を回るという話になります。
よろしくお付き合い下さい。




