第16話 竜が仕掛けた罠
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大竜騎士団団長グローバリは一旦麓の村近くまで戦線を下げた。
人の住んでいる所に来ると、人間の心理として落ち着きを取り戻しやすくなるからだ。これは戦場で学んだことだった。
結局、大竜騎士団の損害は、死亡者29名。戦闘続行不可と判断されたものは、42名に及んだ。
計71名。1割近くの兵が死に、さらに1割の兵士が戦線離脱を余儀なくされた。
この数字のインパクトはデカい。
たったあの一瞬で、戦線離脱者を2割も出したこともそうだが、戦場においてほぼ無敵を誇っていた大竜騎士団から戦死者を出した。その事実は、少なからず団員の心理に影響を及ぼしていた。
戦に勝ち続けたことによる“つけ”のようなもので、各々が克服しなければならない事項ではあるが、心理的な建て直しをする暇はない。
このまま王都に帰ってはいい笑いものだ。
戦場で恐怖を振りまいてきた大竜騎士団の名前も廃る。
だが、グローバリの胸を何より傷つけたのは、国王陛下から賜った兵士と馬を失ったことだった。
顔は平静を装っていたが、握った拳からは常に鮮血が垂れていた。
「団長! 用意が調いました。いつでも行けます」
副長が報告する。
グローバリの前には、装備を整え直した騎士団の姿があった。
幾分冴えない部下の顔を見ながら、団長はトーンを落とし、語りかける。
「常日頃、お前たちに言っている言葉をここであえて復唱する。試験に落ちた時、部内闘争に負けた時、恋人に振られた時、愛犬が死んだ時、両親が死んだ時、そして仲間が殺された時――何か辛い時……。私は常日頃こう言っているはずだ」
訓練を思い出せ、と――。
「貴様らは全員この世の地獄といえる大竜騎士団の訓練をくぐり抜けた精鋭である。それ以上の苦難などないと思うほどにな」
騎士たちの表情が変わる。
先ほどまで青ざめていた表情は、一層青くなる。
今にも泡を吹いて倒れそうな者や、微妙に足を竦んでいる者もいる。
「我々は帰還することも可能だ。2割の兵を失った。撤退する言い訳としては、まあまあ通じるだろう。だが、その際貴様らに待っているのは、嘲笑や汚辱などではない。今までの訓練がぬるま湯だったと認識するほどの地獄である」
覚悟せよ!!
山肌が震えるほどの声が響く。
「我々が進む道は、すべて地獄に通じる。あるのは少しマシな地獄かそうでないかくらいなものだ! 選ぶがいい。どちらがマシかを」
紫芋のように青くなっていた騎士たちの顔が、みるみる赤くなっていく。
誰かが「おおおおお!」と自ら鼓舞する雄叫びをあげると、それは野獣の遠吠えのように伝播していった。
さらに声が沸き上がり、王国を賛美する言葉へと変化する。
「我らがカステラッド王国、永遠なれ!」
「国王陛下、万歳!」
「大竜騎士団に栄光あれ!」
口々に叫ぶ。
その声が頂上にまで響いていた。
◆◆◆
負傷者を戦線の後ろに押し込むと、団長は隊を整え始めた。
乱れるかと思ったが、さすが王国騎士団というところだろう。
整然と並んだ団員の顔は、先ほどの悪夢から完全に目を覚ましていた。
「何か言ってるよ、ガーディ」
ニーアは麓の方をSAVAGE110のスコープで覗き込みながら、指摘した。
過剰な愛国者というのは、いつの時代でもいるものだ。
「放っておくがよい。彼らなりの処世術みたいなものだ」
「ガーディも万歳やる?」
「やらんやらん。ペロペロならやるかもな」
我はニーアを舐める。
なんか最近、癖になってきた。
「もう! ガーディ! 戦闘中だよ」
「今は休憩中だ。しかも、フランはおらんぞ」
すると、ニーアは顔を赤くする。
上目遣いで我を睨んだ。
「ガーディのエッチ」
むぅ。我は舐めただけなのだが。
すると、騎士団は動いた。馬から下馬し、こっちに向かってくる。
どうやら諦めて、洞窟から侵入するようだ。
「撃つ?」
「よい。我の領内はこのタフターン山とミーニク村だ。一応、作法には則ることにしよう」
作法と言うよりは、守護竜としての矜持だがな。
あまりそれ以外で殺生するのは、我は好まぬ。
念話を飛ばした。
「デューク。リン」
『はい。主』
『ぎぃ!』
「もうすぐそちらに本隊が来る。歓迎してやるが良い」
『かしこまりました』
『ぎぃ! ぎぎぃ!』
念話を切る。
デュークは相変わらず冷静だったが、リンの方は興奮している様子だった。
まあ、緊張しているよりは良いであろう。
「ガーディ、あの2人だけで大丈夫?」
「心配か、ニーア。大丈夫だ。2人だけではないからな」
我は試練の洞窟の方へと振り返る。
声を放った。
「また来たのか、人間。先ほどのように蜂の巣になりにきたのか?」
「その口を閉じよ、ガーデリアル! 今度こそ貴様の醜悪な顔に、我らが大竜の鉄槌を落としてやる」
「威勢だけはいいな。そなたこそ、その大口は我の前に現れてから開いたらどうなのだ!」
団長はギリッと奥歯を噛んだ。
素早く抜剣すると、高らかに声を上げた。
「すすめえぇええええええ!!!!」
突撃の指令とともに、騎士団は走り始めた。
その先頭は団長だ。
よほど仲間がやられたことに、腹を立てているらしい。
クールのように見えて、なかなか激情家のようだ。
今度は山を登らず、洞窟に雪崩込んでいった。
真っ暗な視界に物怖じすることもなく、一直線に駆け抜けていく。
勇敢だな。
しかし、それは時として足元を掬うぞ。
途端、団長の足元が崩れる。
現れたのは、先日リンが仕掛けた落とし穴だ。
木の杭を見えた瞬間、団長は冷静に呪文を唱える。
「大気の神アラムよ。我が御手に宿り、我を守護せよ」
非常に乱暴な詠唱呪文だった。
それでも魔法は成功する。
団長の周りを緑の風が包んだ。
落下しそうになった団長を優しく受け止める。
チッ! やはりただの猪武者ではないな。
ともかくヤツらの足は止めた。
落とし穴のおかげでさらに死傷者も増えた。これで良かろう。
一方、団長は杭に貫かれた数人の騎士の遺体を見つめた。
唇を噛み、しばし黙祷した後、振り返る。
「光の魔法を! 罠が仕掛けられているぞ」
騎士たちは一斉に光の魔法を使う。
広いフロアがぼんやりとした明かりに包まれる。
結局、見つかった罠は落とし穴だけだった。
さらに奥のフロアへ進む。
そこで騎士団は完全に足を止めた。
頂上へと向かう道がふさがっていたのだ。
それはまだ良かった。
歩を進める足に何かが引っかかる。
死体だ。
皆、大竜騎士団の紋章が付与された鎧を着ている。
側にはデュバリイェの遺体も倒れていた。
先遣隊、とグローバリが気付くのに、あまり時間は必要なかったらしい。
仲間の死体に、騎士団の心が激しくかき乱された。
「おのれ!! ガーデリアル! この卑怯者め! 堂々と勝負したどうだ」
『ふははははは。それも試練のうちよ。我に会いたければ、その穴をぶちこわすが良い。そなたのような騎士であれば、岩盤を壊すことは容易いであろう』
「きさまあぁああああ!!」
「おやめ下さい、団長! これも罠かもしれません」
団長が掲げた手を、副長が慌てて抑えた。
ふー、と白い息を吐き出す。
まさに野獣だ。
「落ち着いてください。冷静沈着な団長らしくありません」
「落ち着いてなどいられるものか。あの竜は! あの竜は我ら大竜の鱗を!」
完全に我を失っていた。
くくく……。愉快愉快。
大方、仲間の死に慣れていない団長なのだろう。
騎士団の練度からいっても、人間最強とちやほやされていたかもしれない。
その神話は崩壊した。
1匹の獣によってだ。
さぞかし、団長殿のプライドはズタズタであろう。
『取り乱しているな、団長殿』
我は念話で語りかける。
団長は半狂乱になりながら、我を罵倒した。
醜い者だ。これではどちらが獣かわからぬ。
『そんなお主たちにプレゼントしよう』
「プレゼントだと?」
その時、団長の鼻が何か匂いを捉えた。
何か煙たい。
「まさか……。火か?」
「いや……。違う」
副長の言葉を、団長は真っ先に否定する。
「魔法消しの煙だ。誰かが下のフロアから焚いているのだろう」
その証拠に、光の魔法が次々と消えていく。
団長は山賊と思われる死体に気付いた。
どうやら、そこから我らが魔法消しの煙を奪ったことを悟ったらしい。
「ともかく、反転せよ。1度、洞窟を出て対策を考える」
団長は踵を返す。
登ってきた洞窟を逆走しはじめた。
◆◆◆
グローバリが入口が見えた時、ぬっと影が現れた。
小さな小男。
ゴブリンが立っていた。
「今さらゴブリンなど」
副長が先行する。
剣を振り上げた。
だが、謎の連発音が響く。
ゴブリンの手元が激しく光った瞬間、副長は剣を持ったまま吹き飛ばされていた。
「副長!」
グローバリが駆け寄る。
その時には、副長は口から血を流して絶命していた。
胸には親指ほどの大きさの穴が開いている。
例の貫通痕だった。
皮肉にもグローバリに穴のことを報告したのが、副長だった。
グローバリは立ち上がる。
たった今副長を殺したゴブリンは、小躍りしながら喜んでいた。
「貴様! 貴様が王国の兵士を殺したのか」
柄が潰れるくらい剣を握りしめる。
血走った瞳は、人間と言うよりは鬼だった。
ゴブリンがそれを見て動きを止める。
がくがくと震え出すと、何かを取りだした。
「させん!」
これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかない。
だが、1歩遅い。
グローバリの前に閃光が走る。
騎士の巨躯は、巻き起こった爆風によってあっさりとすっ飛ばされていた。
団長! 団長!
という団員たちの声が聞こえた。
生きてる……。
おそらく鎧のおかげだろう。
グローバリは頭を上げ、やがて瞼も開いた。
見えたものは暗闇だ。
視力が失ったのではないかと考えたが、違う。
入口が爆風で吹き飛ばされ、閉じこめられていたのだ。
グローバリは舌打ちする。
魔法を使って吹き飛ばすことは可能だが、生憎と魔法消しの煙によってしばらく使用が出来ない。
しばらく経てば、効果が薄れ、使用が可能になるだろうが、この待ち時間がいやらしい。一刻も早く仲間の仇が討ちたかった。
何かやることはないかと考えた時、洞窟内で変化が起こる。
まだ煙の影響下にあるにも関わらず、不意に光が灯ったのだ。
それは炎だった。
誰かが松明を焚いたのかとも考えたが、酸素を消費する松明は、今回装備には入れていないはず。
――では、この炎はなんなのだ?
脳裏で強くグローバリは叫んだ。
気が付けば、大竜騎士団は無数の炎に囲まれていた。
「人魂……」
団員の1人が発した言葉が、妙に耳に残った。
いいところで申し訳ない。
続きは今夜投稿予定です。




