第11話 守護竜、食べられる。
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「お腹が減った」
ニーアの腹が力なく抗議の声を上げた。
新たに我らの仲間になったフランは、自分で作った即席の竈から顔を上げる。
そこら辺に転がっている岩や石で、あっという間に竈を組み上げてしまった。
なかなか器用な娘だ。
「ニーア様、何を食べたいですか?」
「む。フラン……」
「何でしょうか?」
「ニーアに“様”はいらない。ニーアでいい」
「で、でも……。ニーア様はガーデリアル様の奥さんだから。フランはガーデリアル様に仕えているわけだから、その……ニーア様も」
「そういう気遣いは不要。ここはフランが住んでいた村長の家じゃない」
「ニーアもたまにはいいことをいうな」
我はニヤリと笑った。
ニーアは眉間に皺を寄せる。
「たまにはじゃない。ニーアはもうちょっと良いこと言ってる」
「むぅ。それはすまない。……フランよ、ニーアの言うとおりだ。気を遣う必要はないぞ。むろん、我にもだ。きさくにガーディと呼んでくれ」
「そんな恐れ多いです」
縮こまるフランの手を、ニーアは握る。
照れているのか、フランはピンと尻尾を伸ばし、顔を赤らめた。
「フラン、言ってみて。ニ・ー・ア! ――はい」
「ニ・ー・ア」
「うん。じゃあ、ガ・ー・ディ」
「ガ・ー・ディ……様……」
「“様”だめ。禁止」
「ううー。難しいです」
「ぐふふふ……。まあ、フランの言いやすいようにいえばよい」
「わかりました、ガーディ様」
ぐぅ……。またニーアの腹の虫が鳴った。
とうとうパタリと寝ころび、お腹をさすった。
「お腹減った……」
「あ。そうだ。ニーア、何を食べたいですか?」
ニーアは糖分が薄まった頭で考える。
ふと我と目が合った。
ガバッと飛び起きる。
「ガーディを食べたい」
「へ?」
「む?」
竜の肉は珍味として貴族の間で重宝されていた。
一説によれば、牛のように弾力があり、鳥のようにヘルシーだとして、貴婦人には人気の料理だという。
竜マニアのニーアもそれを聞いていて、1度でいいから竜の肉を食べたかったと話した。
「そっと……。そっとだぞ、ニーア」
「動かないで、ガーディ」
「あわわわわ……」
ニーアは我が尻尾の一部を切り取ろうとしている。
再生の早い尻尾なら、という条件付きでOKしたのだが、怖いものは怖い。
……しかし、世界のどこに夫の肉を食べたいという妻がいるのだろうか。
「行くよ、ガーディ」
「う、うむ。ばっちこい!」
緊張のあまり、思わず変な言葉を使ってしまった。
ニーアは兵士から奪ったロングソードを我の尻尾に入刀した。
「うひ……」
「動かない!!」
「はひ……」
くううう、妙な感覚だ。
前にスケルトン軍団に取り付かれた時、かなりボコボコと殴られたものだが、その時よりも1000倍ぐらい痛いような気がする。
我の尻尾は思ったよりも柔らかかったらしく、スッと刃物が通った。
そのまま縦に切り込んでいく。
しばらく我慢すると、ニーアは人間の頭ぐらいの肉を取りだした。
「おお! 美味そう」
「これが竜のお肉……」
良質な赤みが詰まった肉を見て、2人の少女は目を輝かせる。
ごくりと喉を鳴らした。
「も、もう。良いか?」
「うん。ご苦労様」
「お肉とっても綺麗です」
我の肉を褒められても、返答に困るのだが……。
切り取られた部分をペロペロとなめながら、喜ぶ少女たちを見つめる。
「早速、焼く焼く」
「待て待て。それではいつもと同じだぞ。折角、フランがいるのだ。ちゃんと調理をしてもらえ」
「お肉の料理ですか。うーん。実は村長はお肉が苦手で。あまり作ったことがないのです」
「なるほど。……では、ハンバーグというのはどうだ?」
「ハンバーグ?」
「なにそれ? 美味しそうなワード」
ニーアは爛々と目を点灯させる。
意外と食いしん坊キャラなのか、我が妻は。
「昔の人間共の料理だ。たまに千里眼で人間共の暮らしを見ていたことがあってな。よく作っておったから、レシピは覚えておる」
「教えていただければ、なんとか作って見せます」
「自分でいっておいてなんだが、なかなか手間がかかるぞ」
「フランは料理当番になったのです。一杯、料理を覚えたいです」
「うむ。その意気だ」
「ニーアも手伝う」
と言うわけで、ハンバーグを再現することになった。
ハンバーグは材料集めから始まった。
肉はあるからいいとして、合わせる“たまねぎ”という植物がない。
フランはそれをオーパという山菜で代用する。
程良い甘みと若干の粘性、さらに歯ごたえが似ていることから採用された。
卵は近くの山鳥の巣から拝借する。
これで一通り揃ったが、ここからが難しい。
まず肉を挽肉にしなければならない。
少女2人では手がかかる作業だ。
そこで我はリンに命じて、2人が材料を探している間に、挽肉にするように命じた。
肉をこまめに潰していく。
ゴブリンはあれで力が強い。
肉体労働には打ってつけだ。しかも、自分もハンバーグを食べれると聞いて、張り切っていった。
しばらくして、我の肉は挽肉へと変貌した。
「わーい。ありがとうございます、リンさん」
「リン、グッジョブ!」
「ぎぃぎぎぎぃい」
緑っぽいリンの顔が赤くなる。
女の子に褒められて、モンスターも満更ではない様子だ。
そこからはフランの出番だった。
あらかじめ取っておいた肉の脂を使って、鍋に引く。
みじん切りにしたオーパを投入し、炒め始めた。
実はこの鍋。兵士どもから奪った兜だ(勿論洗浄済み)。
鉄で出来ていて、底が厚く鍋にはもって来いだった。
ちなみにフランの案だ。
なかなか賢い子供だと、感心してしまった。
炒めたオーパを冷ましてから、肉と卵を合わせて混ぜ合わせる。
たっぷりの肉は粘性を帯びて、卵とオーパとよく絡む。
適度な形に整え、早速焼く作業になった。
「待て。フラン」
鍋に投入しようとしたフランを止める。
我は大きく息を吸い込んだ。
近くの岩場に向かって炎を吐きだした。
岩を溶かさないよう、焦がさないよう慎重に熱量を調整する。
やがて熱々の岩焼きが出来上がった。
「この上で焼いた方がよかろう」
「すごい……。ありがとうございます、ガーディ様」
フランは早速ハンバーグのたねを焼いた岩の上に並べていく。
勢いよく油が飛び、胃に直撃するような音がタフターン山頂に響き渡る。
「美味しそう」
「ダメですよ、ニーア。まだ食べちゃダメです」
涎を垂らしながら、摘もうとするニーアを、フランがたしなめる。
これではどちらが年上で年下なのかわからんな。
リンも長い舌を出してしきりに唇を舐めている。
スライムまで寄って来た。
自分の肉が、皆の視線を集めているというのは少々複雑な気持ちになる。
かくいう我も、牙の横から滲み出る涎が止まらなかった。
フランは槍を使って、器用に裏返しをする。
両方に焦げ目がついたところで、水を振りかけた。
白い蒸気が噴煙のように立ちのぼっていく。
なかなか壮観だ。
同時に、香ばしい肉の香りが一帯を包んだ。
息を吸い込むと、胃が勝手に肉の形と味を想像してしまう。
ぐぅおおおぎゅるるるるるる……。
竜の鼾にも似た音を立てたのは、ニーアだ。
腹の竜に構うこともなく、蒸気の中のハンバーグを見つめた。
蒸気が薄くなり、フランは岩に近づく。
槍で火の通りぐらいをチェックすると、小首を縦に動かした。
「出来ました」
獣人の少女は汗を飛び散らせながら、叫んだ。
皿に見立てた大葉の上にハンバーグと、木の実、山菜が載っていた。
それぞれの前に並べられる。
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただきます!」
ニーアは手を合わせる。
最近、我が教えた料理の時の作法だ。
早速、ハンバーグを摘むと、口に入れた。
「おいしい!」
至福、といわんばかりに、ニーアの顔に幸せが広がっていく。
先ほどまで病人のようにやつれていた表情が、みるみる輝きを取り戻した。
一気に頬張り、葉についた肉汁までペロリとなめる。
「おかわりもあります」
「おかわり!」
早速、ニーアは叫ぶ。
「こらこら、ニーア。野菜も取らなければならぬぞ」
「むぅ……。野菜は嫌い」
「野菜が食べると、美人になれるというぞ。我はそなたがもっと美しくなるところを見てみたい。だが、お主が野菜嫌いでは、それも叶わぬか。残念」
「フラン。野菜も一杯もってきて!」
「は、はい」
ふふふ……。まだまだニーアも子供よ。
だが、その純朴で素直なところが我は好きだ。
リンもスライムも満足そうだ。
すると、フランは我の方に皿を差し出した。
「ガーディ様も、どうぞ」
「うむ。我は宝物ドラゴンゆえ、人間の食べ物は」
「でも、先ほど涎が――」
見ておったのか。
恥ずかしい所を見られたな。
まあ、宝物ドラゴンとて人間の食べ物を食べられぬというわけではない。
ここはフランの厚意に甘えるとしよう。
「いただくとするか」
「はい」
フランの顔に笑みがこぼれる。
我の前に生け贄と差し出された時とは別人だ。
「その代わり、お主と半分こしよう」
「え? でも――」
「先ほどから身の回りの世話ばかりして、食べておらんだろう。食事というのは、みんなで食べるからおいしいのだ」
フランは息を飲んだ。
大きく目を開けて、呆然と我を見る。
すると、滂沱と涙を流した。
我はペロリとなめる。
少女の涙の意味を悟った。
おそらく村長の家では、1度とて一緒にご飯を食べたことがなかったのであろう。
「辛かったか」
「はい。……でも、少し嬉しい」
「嬉しい?」
「お父さんとお母さんと一緒に食べていたことを思い出したから」
「――であったか」
またペロリと舐める。
それでも少女は泣き続けた。
「ごめんなさい、ガーディ様」
「謝ることではない。さて、そろそろハンバーグをくれぬか。出来れば、我の舌に乗せてもらえるとありがたい」
「はい。喜んで」
フランは丁寧にハンバーグを半分こする。
「ガーディ様、あーん」
「あーん」
ちょこんと我の舌に乗せた。
咀嚼する。
うむ。美味だ。
オーパの甘さ、肉の甘さ、卵黄の甘さ。
それが渾然一体となり、舌に滑らかな味わいをもたらしてくれる。
油もしつこくなく、さっぱりとしていて、それでいて噛み応えが良い。
焼き加減も良く、本当に初めて作ったのかと疑ってしまうほどだった。
あとはまあ、我の肉であるという複雑な事情がなければ満点だったのだが……。
「どうだ、フラン」
「美味しいです。ガーディ様は?」
「うまいぞ。フランはきっと良い料理人になれるな」
「はい。もっと美味しく出来るように頑張ります!」
その時、強い視線を感じた。
振り返ると、ニーアがじっとこちらを見つめている。
その目は、兵士たちに対峙するかのように冷たかった。
「じぃ――――――――――」
「ど、どうした、ニーア」
「ニーアも『あーん』したい」
「あーん? ああ……。う、うむ。良いぞ。存分にやってくれ」
「じゃあ、ガーディ。あーん」
「あーん」
我の舌に置く。
だが、置かれたのは山菜だった。
「こら! ニーア!」
「山菜食べると、綺麗になる。ガーディ食べると、格好良くなる」
「お主、自分が食べたくないからであろう」
「ばれた。ニーアの心を読めるなんて。ガーディとニーア、相思相愛」
「誤魔化すな!」
我とニーアの夫婦喧嘩を見ながら、フランは笑った。
リンも笑い、スライムもにょろにょろと波打つ。
タフターン山に、幸せの音が響いた。
次回なるべく早めに投稿します!




