第10話 村長、燃え散る。
お待たせしました。
ちょっと長くなったので読む時は気をつけてください。
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生け贄をタフターン山に送り出した夜。
村長はお告げを聞いた。
『村長よ。話がある。至急、タフターン山へ来るのだ』
老人は飛び起き、深夜にも関わらず衛士の詰め所の扉を叩いた。
竜のお告げについて説明する。
そして、守護竜ガーデリアルが怒っていると主張した。
「きっと生け贄が足りないのだ」
譫言のように繰り返した。
深夜に起こされた衛士たちは、対応に迷う。
頭のおかしい村長を無理矢理にでも寝かしつけたいところだが、今のままでは単独で飛び出しかねない。
結果、衛士たちはタフターン山に同行することにした。
村長はあの正気を失った目で「生け贄」と主張したが、さすがに2人、3人も生け贄を送るわけにはいかない。
とりあえず、山の様子を見に行くことになった。
夜明けを待ち、入口へと向かう。
まず驚いたのが、観光用の入口が崩れ、塞がっていたことだった。
自然に崩れたとは考えにくい。
硬い岩盤が炸裂系の魔法でも使われたように砕かれていた。
衛士と村長は仕方なく試練のダンジョンの入口へと向かう。
すると、どこからともかく笑い声が聞こえた。
『よくぞ来た、村長よ。我は守護竜ガーデリアル。さあ、我が試練のダンジョンを通り、我が元へと来るがよい』
竜の声を聞き、今まで半信半疑だった衛士たちも、ようやく村長の言葉を信じるようになった。
「ガーデリアル様。どうかお慈悲。生け贄が欲しければ、また差し上げます。お気に召さないのであれば、何人でも差し上げましょう。ただどうか。お怒りをお鎮めくだされ」
村長は我を失ったかのように懇願する。
膝をつき、何度も地面に額を打ち付け、謝罪した。
しかし、竜からの反応はない。
「やはり……。やはり竜は――――」
さめざめと泣くが、竜からの慈悲はない。
どうする、と協議する衛士の横をすり抜け、老人は洞窟へと歩き出す。
追いかけるように、衛士たちも洞窟へと入っていった。
◆◆◆
来たか。
村の衛士どもも一緒か。
少々厄介ではあるが、ここは村長を讃えるべきであろう。
これで再び武具が揃う。
かなり集まった故な。
そろそろ大型のモンスターでも呼び出せる頃合いだろう。
我は千里眼で状況を確認する。
第一の試練のスライムに念話を飛ばした。
『手はず通りだぞ、スライム』
「にょろにょろ」
わかっているのかわかっていないのか。
相変わらずわからぬが、まあ、良かろう。
そうこうしているうちに、第一の試練の間に衛士と村長がやってくる。
気持ちの悪いモンスターを見て、村長は縮み上がったが、衛士は至って冷静だった。
「落ち着いてください、村長」
「なんだ、スライムかよ」
「ビビって損したぜ」
1人が村長を守り、2人が取り囲む。
徐々にモンスターとの距離を詰めていった。
やがて槍の間合いに入る。
「何が試練のダンジョンだよ」
雑草でも刈るように衛士の1人は槍を振り下ろす。
スライムはギリギリでかわした。
「くそ! すばしっこい」
悪態を吐く。
それと同時に何か硬い音が聞こえた。
カチッ!
瞬間、光が広がる。
さらに耳を突き破るような鋭い音。
視界が白に染まっていた。
音も聞こえない。
すべての感覚がなくなったような気さえした。
「くそ!」
「何も見えねぇ!」
「村長、ご無事ですか!」
口々に叫ぶが、誰の耳にも入らない。
やがて時間が立ち、次第に光は晴れていく。耳も聞こえるようになってきた。
チカチカする目を何度もこすりながら、衛士たちは周りを見る。
村長は無事だ。
両肩を自らの手で抱き、震えている。
「なんだったんだ、なあ?」
1人の衛士が同僚に話しかける。
返事はない。振り返ると、衛士の1人が倒れていた。
苦悶の表情を浮かべ、肌は真っ青になっていた。
「死んでる」
「スライムにやられたのか、嘘だろ。最弱モンスターだぞ」
「た、祟りじゃ。竜の祟りじゃ!」
「いえ。窒息死です。口の中にスライムが入り込んだのでしょう」
村長を守っていた衛士が、口の周りについたスライムの一部を見つける。
当のスライムは姿も形もなかった。
仲間を診ていた衛士は立ち上がると、残った2人に進言した。
「1度撤退しよう」
「はあ! ふざけるな! 仲間が1人――いや、もしかしたら4人、5人かもしれねぇ。モンスターにやられてるんだ。今さら、おいそれと帰れるか!」
「私はガーデリアル様の元へ行かなければならないのです。あなたがいかなくても、私1人だけでも行きます」
先ほどまで怯えていた村長は立ち上がる。
衛士たちを押しのけ、先頭を歩き出した。
「俺は爺さんについていくぜ。帰るなら、お前1人で帰って、上司にでも報告しろ」
「おい。待て」
呼び止めたが、衛士の言葉を聞く者はいなかった。
スライムは人間のような聴覚器官や視覚を持たない。
基本的に動くものに反応している。
故に音響閃光弾の中でも、敵を補足し、襲うことが出来る。
目も耳も塞がれた状態で死体が現れれば、祟りと間違うのも無理はない。
ちなみに窒息死を狙わせたのも我の薦めだ。
正直出来すぎなぐらいだろう。
あと2、3回はこの戦法が使えそうだ。
スライムの量産も頭の中に入れておくか。
ヤツらはもうすぐ第2の試練に辿り着くようだ。
我は念話を飛ばす。
『用意はいいな、リン』
「ぎぃぎぎぎぃいい」
すっかり愛銃となったKG-9(改)を構えた。
それと同時に衛士どもが現れる。
「今度はゴブリンかよ」
「油断するな。さっきのように何か隠しているかもしれん」
「は! 楽勝だろ、雑魚モンスターだぞ!」
仲間を殺され、頭に血が上っているのか。
1人の衛士が猛牛のように突進してきた。
槍を振り上げ、ゴブリンに接敵する。
リンは銃口を衛士に向けた。
「気を付けろ! それが貫通痕の正体だ」
もう1人の衛士が何かに気付いた。
KG-9(改)が火を吹く。
「大気の神アラムよ。我が声を聞き届け、邪悪なるものの進軍を阻め!」
銃火が光る一瞬前、衛士は呪文を唱えた。
9×19mmのパラペラム弾が大気の壁に弾かれる。
「た、助かったぜ……」
突っ込んだ衛士がホッと胸を撫で下ろす
一方、我は舌を打った。
衛士の中に魔法使いがおるのか。
先ほどのスライムの手際を看破した推理力といい、地方の警備局にいるにはもったいないほど優秀だ。
だが、これぐらい越えてもらわなければ、こちらとしても張り合いがない。
『リン、下がれ』
「ぎぃぎぎいぃい」
リンはピョンと飛び上がって、数歩分後ろに下がった。
衛士はしつこく追いかけてくる。
「逃がす――――」
言葉は途中で切れた。
不意に皆の視界から衛士が消える。
「まさか――」
魔法を制御していた衛士が駆け寄る。
部屋にぽっかり大きな穴が空いていた。
底には先端を尖らせた木の棒が幾重にも打ち込まれている。
その1本に同僚が串刺しになっていた。
口をカッと開け、絶命している。
仲間の死の余韻に浸る間もなかった。
リンのKG-9が再び火を吹く。
乾いた連続音が空間内に響いた。
すぐさま切り替え、衛士は1度目の射撃を回避する。
「大気の神アラムよ。我が声を聞き届け、邪悪なるものの進軍を阻め!」
大気のスクリーンを呼び出し、防御した。
『リン、後退しろ。1人倒すことが出来た。十分だ』
「ぎぃぎぎぎ」
リンは奥の道へと逃げていく。
衛士は追撃しようとしたが、足を止めた。
「やはり撤退すべきだ」
振り返る。
そこに村長の姿はなかった。
『ニーア、もうすぐ衛士が来るぞ』
念話で我が妻に話しかける。
ニーアはすでに準備万端整っていた。
愛用のFN Five-seveNをくるくると回す。
銃の扱いにはかなり慣れたらしい。
「わかったー。それよりもおじいさんいかせていいの」
今し方、頂上への道を案内した村長のことを聞く。
老人が残していった足跡に向け、サイトを覗き込む。
『よい。村長のこと我に任せよ』
「わかったー」
『ニーア。相手の衛士はなかなかの手練れだ。あまり無理をするなよ』
「ニーアのこと心配?」
『心配をしなかったことなどあるものか』
「てへへへ……。嬉しい。でも、大丈夫。ニーアは強い」
『わかってる』
「来た」
ニーアの目から光が消える。
残ったのは殺意という冷たい刃だった。
坂道を走ってきた衛士は額の汗を払いながら、顔を上げた。
少女の姿を見て、息を飲む。
「君は……」
「ここから先は行かせないよ」
Five-seveNの銃口を衛士に向ける。
放たれた殺意を受け止め、改めて衛士は息を飲んだ。
ゆっくりと槍を構える。
「君が何者であろうと、通してもらおう」
村長は胸を押さえながら、ようやく頂上にたどり着いた。
我を見て、一瞬後ずさる。
そのまま心臓発作を起こすのではないかと思うほど、口をあんぐりと開けていた。
「どうした、村長よ。近う寄るが良い」
「お、恐れ多いことで」
「来るが良い……!」
その場で膝を折ろうとしたのを言葉で押しとどめる。
村長は再び立ち上がり、我の前に立った。
緊張からか上手く息が出来ないらしい。
まるで喉に穴が空いたような奇妙な音を奏でていた。
やがて我の前に傅いた。
「確認しよう。貴様が村長か」
「私が村長です」
「何故、我に生け贄を送った?」
「い、生け贄がお気に召しませんでしたか? ならば、もっと見目うるわ――」
「我は理由を聞いておる」
「ひぃ!」
子鼠のような声を上げる。
頭を垂れ「お許しを」と唱えるばかりだ。
我は呆れ、そのまま話を続けることにした。
「我は生け贄など欲してはおらぬ。3000年の歴史の中で1度としてな」
「私はあなた様のことを思い」
「自分のためではないのか?」
「滅相な」
すると、我の背後から1人の少女が現れた。
近くの川で水浴びをし、すっかり身綺麗になっていた。
「フラン! お前、どうして生きている?」
「…………」
「お前が捧げたものを我がどうしようと勝手であろう」
「そ、それはそうですが……」
「そもそもこの女は今こそ綺麗な姿でおるが、我の元へ送られた時は、口に入れるのも憚るほどの汚い姿をしていた。貴様は、我を神聖視しながらも、泥を喰らえというのか」
「ち、違います」
「我に捧げるものでありながら、己が手を挙げたものを我に供すのが、そなたら人間の礼儀か!?」
我は吠えた。
村長は額を地面にぶつけ、手を組んで許しを請うた。
涙ながらに顔を上げると、フランに言った。
「フラン、頼む! どうかそなたからも竜様にお怒りを沈めるようにいってくれ。頼む。この通りだ」
また額をこすりつけ、獣人の少女に頭を下げた。
フランは小さく丸まった村長を見つめる。
「といっておるが、どうする、フラン」
「…………」
フランは何も言わなかった。
ただじっと薄汚い老人を見つめた。
「我に任せるということで良いか?」
「……はい」
「フラン! お願いだ。私を助けてくれ」
「フランは何度も村長に『助けて』っていいました」
「――――!」
「でも……。でも、助けてっていっても。村長はその数だけぶちました」
涙ながら、フランは語る。
我は涙を拭き取るように、小さな顔を舐めた。
フランは我の顎に寄りかかり、さめざめと泣く。
少女の嗚咽がタフターン山に、しばし響き渡った。
我は顔を上げる。
「村長よ、先ほど言ったな。生け贄が召さないのであれば、また連れてくると」
「は、はい」
「我の好みを知りたいか?」
「ぜ、是非お教えください。必ずやご期待に……」
「老人がよい」
「はっ?」
「白鬢、禿頭。齢80を越える小ずるい老人が良い」
「それは――――」
「おお。ぴったりなご馳走があるではないか。目の前に……」
我は目を細める。
ニヤリと笑った。
逆に老人は枯れ木のような足をがくがくと振るわせた。
緑のローブに黒いシミが広がっていく。
「ひぃひいいいいいい!!」
猿のような獣声を上げた。
老人はくるりと身体の向きを変え、犬のように四つん這いで逃げ始めた。
我は大きく息を吸い込む。
ボッと口内が炎で満ちるのを感じた。
炎息!
紅蓮の塊が老人を飲み込んだ。
「――――――――――!」
悲鳴が聞こえたような気がしたが、それすら炎でかき消されていく。
残ったのは、微細な塵だ。
それも山風が攫っていくと、村長だった者はこの世から完全にいなくなった。
「ガーデリアル様、ありがとうございます」
「うむ。フランは我が眷属となったのだ。部下の要望を聞くことも、上司としての務めだ」
「ガーディ、終わったよ」
洞窟の方から声が聞こえる。
ニーアがFive-seveNをくるくると回しながら、歩いてきた。
やはり苦戦したらしい。
頬に傷が出来ていた。
「大丈夫か、ニーア。大事な顔に傷が出来ておるぞ」
「うん。かすり傷。大丈夫」
傷を撫でると、ニーアは親指についた血をペロリとなめた。
「き、痕が残ると大変だ。早速手当をせねば」
「傷がある女の人、ガーディ嫌い?」
「そなたがどんな容姿であれ、我はそなたが好きだぞ」
「ありがとう、ガーディ」
我はべろりとニーアを舐めた。
容姿は関係ないといったが、ニーアが女の子であることに変わりはない。
早く治さなければ。
我はいつもよりも念入りに舐める。
「くすぐったいよ、ガーディ」
「しばらく我慢するのだ」
「2人ともとっても仲良しなんですね」
「うん」
「うむ」
我らの息は同時に頷くのだった。
1度でいいから、村長を燃やしたかった。
次は町長、お前だ。
明日、1話だけの更新の予定です。
明後日からはもうちょっと更新出来るように頑張ります!




