第9話 守護竜、生け贄を供される。
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麓の村は騒然となっていた。
タフターン山の様子を見に行った衛士と、同行した村の若者が戻ってこないのだ。
彼らが村を立って2日目。
さすがに遅すぎる。
村の中にも心配する声が聞こえた。
「おい。どうするよ、丸2日だぞ」
「さすがにおかしいな」
「やはり上に報告すべきじゃないのか」
「ああ。王国の兵が1人死に、3人が行方不明なんだ。いくらなんでも兵を回してくれるだろう」
対応を検討する中、残った3人の衛士の前に現れたのは、村長だった。
村から出した人員も行方不明のまま。
それについての確認もしくは抗議かと思ったが違っていた。
頭皮は薄く、白鬢を生やした老人は、焦点の定まらぬ瞳でこう言った。
「これは竜様が怒ってらっしゃるのだ! 我らがタフターンの山を荒らしたことに竜様がお怒りになっておられる」
齢80を越えた村長は、取り憑かれたように叫んだ。
竜が住まうタフターン山の麓にあるこの村では、古くから竜を信仰してきた。
観光地化し、竜が見世物になったことによって、すっかり廃れてしまったのだが、年寄りの中には、今でも強い信仰心を持つ者がいる。
さらにいえば、そうした老人ほどタフターン山の観光地化を反対してきた背景がある。結局、減税と若者の就職斡旋という甘い汁に押し切れる形になったが、今でも納得していない者が多かった。
「竜の呪いですか」
「そうですじゃ」
少し前なら老人の戯言と聞き流したのだろう。
が、ここに来て無視できなくなっていた。
「おいおい。信じるのかよ」
「お前も見ただろう。あの変な貫通痕。あの山でもっとも危険な生物は、竜なんだぜ。可能性として見過ごせないだろう。昨日、村の者が目撃した強烈な光の正体も気になるしな」
仲間の言葉に、半分からかっていたもう同僚も黙ってしまった。
「村長はどうお考えですか?」
「生け贄じゃ」
「生け贄?」
「竜様にお怒りを鎮めてもらうのじゃ」
「ぜ、前時代的ですね。ですが、そんな命を賭して、竜のところに行く者などいるのですか?」
「大丈夫ですじゃ」
村長は歯の抜けた口内を見せ笑った。
おい、と呼ぶと、1人の小さな少女が現れた。
服はぼろぼろで汚らしく、髪も全く手入れがされていない。
黄緑色の瞳はなかなかに美しかったが、どこか失意に沈んでいた。
少女の特徴をもっと色濃い場所は頭と尻だ。
狐のような耳と、泥で汚れた尻尾がついていた。
「獣人ですか?」
「きっと竜様も気に入りましょう」
村長の瞳は相変わらず焦点が合っていなかった。
◆◆◆
「お腹、減った」
我の背中の上で、ニーアは寝そべった。
同時に腹の虫が鳴る。
なかなか盛大な抗議だった。
「そろそろ食糧を調達する時間ではないか?」
「うん。もうちょっとしたら行く」
「鳥でも飛んでおれば、我が獲ってやるのだが……」
我の食べ物は宝物であるが、ニーアは人間だ。食料の摂取をしなければ餓死してしまう。幸い我が妻は小食な方で、2食も食べれば全力で動き回ることが出来るそうだ。
ただ最近、淡泊な食事が続いている。川で釣った魚か、小動物を焼くだけという具合だ。それでは栄養が偏ってしまう。
せめて野菜と一緒に煮たり出来れば良いのだが、ニーア自身、あまり料理は得意ではないらしい。
ただ焼くだけでも、炭が出来上がる始末だ。
我が妻を飢えさせないためにも、何か考えねばなるまい。
ふう……。やることが一杯だ。
「――――!」
つと我は竜鬢を動かした。
首を上げ、千里眼を発動する。
試練のダンジョンの前に、久方ぶりの挑戦者が立っていた。
だが、試練を挑みに来た勇者という風情ではない。
年端もいかない少女。
頭の上には耳が、尻に尻尾を生やした獣人の少女が、伏せ目がちに立ちつくしている。
纏っているものはボロボロで、もはや服としての機能も怪しく、手入れすれば美しく映える毛並みも、泥を被り、一部毟り取られた痕もあった。
「どうしたの、ガーディ?」
「お客様だ」
「お客?」
「可愛いお客様だ」
「可愛い? ニーアよりも」
む、とニーアは頬を膨らませた。
「ニーアよりも可愛いものなど存在するものか」
「そ、そうはっきり言われると照れる。でへへへ……」
顔を真っ赤にし、ちょんちょんと指を突き合わせた。
「リンとスライムを呼べ、ヤツらに出迎えさせろ。久しぶりに試練のダンジョンの味を味合わせてやろう」
「わかったー」
ニーアは両手を突き出す。
ぐぅ、とまた腹が鳴った。
◆◆◆
試練の洞窟の前で立ち、どうしようかと迷っていた少女の頭上から声が響いた。
「ようこそ勇者よ。ここは試練のダンジョン。聖剣をほしくば、我が試練を乗り越え、頂上へと来るがよい」
雷のように降ってきた声に、獣人の少女は肩を震わせる。
胸に重ねた両手をギュッと握り込んだ。
すると、洞窟の入口から霧のようなもの漏れてきた。
入ってこい。
そんな風に言われた気がして、少女は意を決す。
ようやく洞窟の中に足を踏み入れた。
中は予想以上に暗かった。
こちらは観光用のルートではないことは聞いている。
死体が腐った匂いと血の匂いが混ざり合い、気持ち悪くなってきた。
しかし、恐怖で胃がキュッとしまり、吐くどころではない。
開けた場所に出る。
「にょろにょろ」
奇声が聞こえた。
現れたのはスライムだ。
村の近くにもたまに出る。
昔、足を噛まれた事があった。
それを思い出した瞬間、無気力だった少女の目に光が宿る。
「きゃあああああああ!!」
小さくか細い悲鳴を上げた。
驚いたのはスライムの方だ。
ささっと雷の音に驚いた小動物のように後ずさる。
少女は奥へと続く道を見つけると、風のように走り始めた。
あんなに大きな声を上げたのも、こんなに走ったのも久しぶりだった。
無我夢中で走り続けると、また開けた場所にたどり着く。
今度、現れたのはゴブリンだった。
何か変な鉄の筒を持っている。
少女は恐怖のあまりペタリと尻餅を付いた。
股の下が濡れ、円状に小水が広がっていく。
「ぎぃぎぎぎいぃぃい」
奇声を上げ、ゴブリンは無造作に近づいてくる。
乱杭歯を剥き出し、穴の空いた鉄筒を少女の方に向けた。
獣人の嗅覚が煙の匂いを感知する。
鉄筒が何かはわからなかったが、おそろしい武器であることは直感でわかった。
――殺される!
強く少女がイメージした時、咄嗟に手が出ていた。
ゴブリンの腹を押す。
不意打ちが決まり、モンスターはこてんと尻餅を付いた。
今だ――。
少女は立ち上がり、駆け出す。
偶然にも奥へと続く道を見つけると、飛び込んだ。
長い坂を登る。
汗で全身が濡れていた。
一体自分の身体のどこにこんな水分があったのだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、少女はひたすら坂を登り続けた。
また開けた場所に来た。
モンスターがいるかもしれない。
そんな予想は大きく覆された。
立っていたのは、自分よりも少し上ぐらいのお姉さんだった。
一瞬ホッとしたが、またさっきの煙の匂いがした。
よく見ると、お姉さんの手にもゴブリンが持っていた鉄筒が握られている。
おもむろに鉄筒を掲げた。
丸く穴の空いた方を、少女に向ける。
そんな凶器よりも怖かったのは、お姉さんの目だ。
冬の月のように冷ややか瞳をしていた。
少女は確信する。
――ああ。自分はここで死ぬのだな、と――。
すべてを諦めた。
膝を折り、手を挙げる。
「質問。ご飯作れる」
「はい?」
少女は顔を上げた。
凶器と殺意を向けられた極限状態の中、お姉さんの質問はあまりに荒唐無稽だった。思わず笑いそうになる。
「答えて」
「は、はい。ごめんなさい。……えっと、家でやってたから一通りは?」
「家でやっていた?」
「村長さんに拾われて。……そ、そこで、その……ど――召使いみたいに、働いていたから」
「幸せ?」
「え?」
「その家の暮らしは幸せ?」
どんな凶器や殺意よりも、その質問は少女の心を深く抉った。
何か貫かれた――そんな衝撃が襲う。
叫びたかった。
幸せであるものか、と。
地獄だった、と。
風呂も水浴びも水がもったいないからと入れてもらえず、なのに「臭い」という理由で毛を毟られた。自分が作った料理はほとんど口に出来ず、獣人なのだから鼠でも掴まえて、食べていろと言われたこともある。
そんな場所が幸せであるものか。
あってたまるか。
「来て」
お姉さんは黙りこく少女の腕を取る。
奥の道へと案内すると、またひたすら坂を登った。
やがて開けた場所へ出る。
風があった。
外だ。
「――――!」
少女が絶句した。
今日、一番の驚きだった。
大きなお腹を地面につけ、大竜が鎮座していた。
扇のように翼を緩やかに動かし、長い首をそびやかしてゴロゴロと唸っていた。
「よくぞ辿り着いた獣人の少女よ。さあ、聖剣を抜くがよい」
少女はハッと背筋を伸ばす。
竜の側にある聖剣に1度視線を向けたが、すぐ竜に戻した。
やおら膝をつくと、深く頭を垂れる。
「竜さま、どうかお怒りをおしずめ下さい」
「どうした? 聖剣はいらぬのか」
「はい。そのためになら、フランの命はいりません」
「そなた、贄か」
「…………はい」
「娘よ。何故生け贄になった。命は惜しくはないのか」
少女は長い沈黙の末。
「はい」
肯定した。
父も母も死んだ。
辛くも村のものに拾われたが、そこは地獄だった。
生きる理由も意味もない。
死ぬことが、自分の唯一の救いだと思っていた。
「本当にそうか?」
「え?」
「では、聞くが何故、そなたは試練のダンジョンをくぐり抜けてきた。死ぬ覚悟があれば、そこで死んでも良かったはずだ」
「でも、竜様に会わないと、生け贄に……。それだと…………村の人がこまっちゃうから」
「死んだ後のことをお主は気にかけるのか?」
「――――!」
「それにそなたをそんな姿にしたのは、村の連中であろう」
「違います、村の人の中には優しい人がいて。これは村長――あっ」
「なるほど。村長か。お互い持つべき者を間違えたな」
「お互い?」
「我も上司に見限られた口でな。役目を終えれば、死ねといわれた。お主と似たもの同士というわけだ」
「竜様と一緒……」
「フランと呼べばいいか、少女よ」
「あ……はい」
フランは自然と丸まっていた背中を伸ばす。
「フランよ。そなたはまだ生きたいのでないか? そうでなければ、我が試練をくぐりぬけることなど出来ん」
「でも、生きてても何も……」
村に戻っても地獄が待っているだけだ。
それどころか生きて山を下りれば、待っているのは激しい折檻だろう。
想像するだけでフランは身を震わせた。
「ならば、お主は今日から食事の係りだ」
「食事? 竜様の?」
「生憎と我は、人間が食すものは食べられん。だから、我が妻のために腕を振るって欲しい」
「妻……」
もしかして、とフランは自分を連れてきたお姉さんの方を向いた。
突然、手を取られると、真剣な表情で見つめられる。
先ほどとは打って変わってぼんやりとしていたが、何か切迫した様子だった。
「ニーアです。よろしく!」
同時に、腹の虫も挨拶をした。
フランは顔を上げ、竜を見つめた。
「いいのですか?」
「我に聞くことではない。そなたが決めよ」
フランはしばし時間をおいて考えた。
もしかしたら、また地獄が待っているかもしれない。
でも、今度は天国かもしれない。
村に戻れば、半殺しにされる。
ならば、天国か地獄かわからない方を選んだ方がいい。
またフランは深く頭を垂れた。
「よろしくお願いします」
「うむ。こちらこそよろしく頼む」
「やったー。ご飯食べられる」
「えっと……。じゃあ、早速――。食材は?」
「ない。今から取りに行く」
「え? ええええ――。フランも行くの?」
ニーアはぐっとフランの腕を引く。
風のように試練の洞窟を駆け下っていった。
「ふむ。相当お腹が空いていたと見える」
ぐふふふと笑った。
やがて、村の方に首を向ける。
「さて、少々仕置きをしてやらねばならんな」
赤い眼を細めるのだった。
獣人少女キタコレ!
次回お仕置き回になります。
なるべく早めに更新出来るように頑張るので、これからもよろしくお願いします。




