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3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。  作者: 延野正行
第1章 邪竜ガーデリアルと幼妻

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第9話 守護竜、生け贄を供される。

ジャンル別20位!

日間総合83位まで来ました。

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます!

 麓の村は騒然となっていた。

 タフターン山の様子を見に行った衛士と、同行した村の若者が戻ってこないのだ。


 彼らが村を立って2日目。


 さすがに遅すぎる。

 村の中にも心配する声が聞こえた。


「おい。どうするよ、丸2日だぞ」

「さすがにおかしいな」

「やはり上に報告すべきじゃないのか」

「ああ。王国の兵が1人死に、3人が行方不明なんだ。いくらなんでも兵を回してくれるだろう」


 対応を検討する中、残った3人の衛士の前に現れたのは、村長だった。


 村から出した人員も行方不明のまま。

 それについての確認もしくは抗議かと思ったが違っていた。


 頭皮は薄く、白鬢を生やした老人は、焦点の定まらぬ瞳でこう言った。


「これは竜様が怒ってらっしゃるのだ! 我らがタフターンの山を荒らしたことに竜様がお怒りになっておられる」


 齢80を越えた村長は、取り憑かれたように叫んだ。


 竜が住まうタフターン山の麓にあるこの村では、古くから竜を信仰してきた。

 観光地化し、竜が見世物になったことによって、すっかり廃れてしまったのだが、年寄りの中には、今でも強い信仰心を持つ者がいる。


 さらにいえば、そうした老人ほどタフターン山の観光地化を反対してきた背景がある。結局、減税と若者の就職斡旋という甘い汁に押し切れる形になったが、今でも納得していない者が多かった。


「竜の呪いですか」

「そうですじゃ」


 少し前なら老人の戯言と聞き流したのだろう。

 が、ここに来て無視できなくなっていた。


「おいおい。信じるのかよ」

「お前も見ただろう。あの変な貫通痕。あの山でもっとも危険な生物は、竜なんだぜ。可能性として見過ごせないだろう。昨日、村の者が目撃した強烈な光の正体も気になるしな」


 仲間の言葉に、半分からかっていたもう同僚も黙ってしまった。


「村長はどうお考えですか?」

「生け贄じゃ」

「生け贄?」

「竜様にお怒りを鎮めてもらうのじゃ」

「ぜ、前時代的ですね。ですが、そんな命を賭して、竜のところに行く者などいるのですか?」

「大丈夫ですじゃ」


 村長は歯の抜けた口内を見せ笑った。


 おい、と呼ぶと、1人の小さな少女が現れた。

 服はぼろぼろで汚らしく、髪も全く手入れがされていない。

 黄緑色の瞳はなかなかに美しかったが、どこか失意に沈んでいた。


 少女の特徴をもっと色濃い場所は頭と尻だ。

 狐のような耳と、泥で汚れた尻尾がついていた。


「獣人ですか?」

「きっと竜様も気に入りましょう」


 村長の瞳は相変わらず焦点が合っていなかった。



 ◆◆◆



「お腹、減った」


 我の背中の上で、ニーアは寝そべった。

 同時に腹の虫が鳴る。

 なかなか盛大な抗議だった。


「そろそろ食糧を調達する時間ではないか?」

「うん。もうちょっとしたら行く」

「鳥でも飛んでおれば、我が獲ってやるのだが……」


 我の食べ物は宝物であるが、ニーアは人間だ。食料の摂取をしなければ餓死してしまう。幸い我が妻は小食な方で、2食も食べれば全力で動き回ることが出来るそうだ。


 ただ最近、淡泊な食事が続いている。川で釣った魚か、小動物を焼くだけという具合だ。それでは栄養が偏ってしまう。


 せめて野菜と一緒に煮たり出来れば良いのだが、ニーア自身、あまり料理は得意ではないらしい。

 ただ焼くだけでも、炭が出来上がる始末だ。


 我が妻を飢えさせないためにも、何か考えねばなるまい。


 ふう……。やることが一杯だ。


「――――!」


 つと我は竜鬢を動かした。


 首を上げ、千里眼を発動する。

 試練のダンジョンの前に、久方ぶりの挑戦者が立っていた。

 だが、試練を挑みに来た勇者という風情ではない。


 年端もいかない少女。


 頭の上には耳が、尻に尻尾を生やした獣人の少女が、伏せ目がちに立ちつくしている。

 纏っているものはボロボロで、もはや服としての機能も怪しく、手入れすれば美しく映える毛並みも、泥を被り、一部毟り取られた痕もあった。


「どうしたの、ガーディ?」

「お客様だ」

「お客?」

「可愛いお客様だ」

「可愛い? ニーアよりも」


 む、とニーアは頬を膨らませた。


「ニーアよりも可愛いものなど存在するものか」

「そ、そうはっきり言われると照れる。でへへへ……」


 顔を真っ赤にし、ちょんちょんと指を突き合わせた。


「リンとスライムを呼べ、ヤツらに出迎えさせろ。久しぶりに試練のダンジョンの味を味合わせてやろう」

「わかったー」


 ニーアは両手を突き出す。


 ぐぅ、とまた腹が鳴った。



 ◆◆◆



 試練の洞窟の前で立ち、どうしようかと迷っていた少女の頭上から声が響いた。


「ようこそ勇者よ。ここは試練のダンジョン。聖剣をほしくば、我が試練を乗り越え、頂上へと来るがよい」


 雷のように降ってきた声に、獣人の少女は肩を震わせる。

 胸に重ねた両手をギュッと握り込んだ。


 すると、洞窟の入口から霧のようなもの漏れてきた。


 入ってこい。


 そんな風に言われた気がして、少女は意を決す。

 ようやく洞窟の中に足を踏み入れた。


 中は予想以上に暗かった。


 こちらは観光用のルートではないことは聞いている。

 死体が腐った匂いと血の匂いが混ざり合い、気持ち悪くなってきた。

 しかし、恐怖で胃がキュッとしまり、吐くどころではない。


 開けた場所に出る。


「にょろにょろ」


 奇声が聞こえた。


 現れたのはスライムだ。


 村の近くにもたまに出る。

 昔、足を噛まれた事があった。

 それを思い出した瞬間、無気力だった少女の目に光が宿る。


「きゃあああああああ!!」


 小さくか細い悲鳴を上げた。

 驚いたのはスライムの方だ。

 ささっと雷の音に驚いた小動物のように後ずさる。

 少女は奥へと続く道を見つけると、風のように走り始めた。


 あんなに大きな声を上げたのも、こんなに走ったのも久しぶりだった。


 無我夢中で走り続けると、また開けた場所にたどり着く。


 今度、現れたのはゴブリンだった。


 何か変な鉄の筒を持っている。


 少女は恐怖のあまりペタリと尻餅を付いた。

 股の下が濡れ、円状に小水が広がっていく。


「ぎぃぎぎぎいぃぃい」


 奇声を上げ、ゴブリンは無造作に近づいてくる。

 乱杭歯を剥き出し、穴の空いた鉄筒を少女の方に向けた。


 獣人の嗅覚が煙の匂いを感知する。

 鉄筒が何かはわからなかったが、おそろしい武器であることは直感でわかった。


 ――殺される!


 強く少女がイメージした時、咄嗟に手が出ていた。

 ゴブリンの腹を押す。

 不意打ちが決まり、モンスターはこてんと尻餅を付いた。


 今だ――。


 少女は立ち上がり、駆け出す。

 偶然にも奥へと続く道を見つけると、飛び込んだ。


 長い坂を登る。


 汗で全身が濡れていた。

 一体自分の身体のどこにこんな水分があったのだろう。

 そんなどうでもいいことを考えながら、少女はひたすら坂を登り続けた。


 また開けた場所に来た。


 モンスターがいるかもしれない。

 そんな予想は大きく覆された。


 立っていたのは、自分よりも少し上ぐらいのお姉さんだった。


 一瞬ホッとしたが、またさっきの煙の匂いがした。

 よく見ると、お姉さんの手にもゴブリンが持っていた鉄筒が握られている。


 おもむろに鉄筒を掲げた。

 丸く穴の空いた方を、少女に向ける。


 そんな凶器よりも怖かったのは、お姉さんの目だ。


 冬の月のように冷ややか瞳をしていた。

 少女は確信する。


 ――ああ。自分はここで死ぬのだな、と――。


 すべてを諦めた。

 膝を折り、手を挙げる。


「質問。ご飯作れる」

「はい?」


 少女は顔を上げた。

 凶器と殺意を向けられた極限状態の中、お姉さんの質問はあまりに荒唐無稽だった。思わず笑いそうになる。


「答えて」

「は、はい。ごめんなさい。……えっと、家でやってたから一通りは?」

「家でやっていた?」

「村長さんに拾われて。……そ、そこで、その……ど――召使いみたいに、働いていたから」

「幸せ?」

「え?」

「その家の暮らしは幸せ?」


 どんな凶器や殺意よりも、その質問は少女の心を深く抉った。

 何か貫かれた――そんな衝撃が襲う。


 叫びたかった。

 幸せであるものか、と。

 地獄だった、と。


 風呂も水浴びも水がもったいないからと入れてもらえず、なのに「臭い」という理由で毛を毟られた。自分が作った料理はほとんど口に出来ず、獣人なのだから鼠でも掴まえて、食べていろと言われたこともある。


 そんな場所が幸せであるものか。


 あってたまるか。


「来て」


 お姉さんは黙りこく少女の腕を取る。

 奥の道へと案内すると、またひたすら坂を登った。


 やがて開けた場所へ出る。


 風があった。

 外だ。


「――――!」


 少女が絶句した。

 今日、一番の驚きだった。


 大きなお腹を地面につけ、大竜が鎮座していた。

 扇のように翼を緩やかに動かし、長い首をそびやかしてゴロゴロと唸っていた。


「よくぞ辿り着いた獣人の少女よ。さあ、聖剣を抜くがよい」


 少女はハッと背筋を伸ばす。

 竜の側にある聖剣に1度視線を向けたが、すぐ竜に戻した。


 やおら膝をつくと、深く頭を垂れる。


「竜さま、どうかお怒りをおしずめ下さい」

「どうした? 聖剣はいらぬのか」

「はい。そのためになら、フランの命はいりません」

「そなた、贄か」

「…………はい」

「娘よ。何故生け贄になった。命は惜しくはないのか」


 少女は長い沈黙の末。



「はい」



 肯定した。


 父も母も死んだ。

 辛くも村のものに拾われたが、そこは地獄だった。

 生きる理由も意味もない。

 死ぬことが、自分の唯一の救いだと思っていた。


「本当にそうか?」

「え?」

「では、聞くが何故、そなたは試練のダンジョンをくぐり抜けてきた。死ぬ覚悟があれば、そこで死んでも良かったはずだ」

「でも、竜様に会わないと、生け贄に……。それだと…………村の人がこまっちゃうから」

「死んだ後のことをお主は気にかけるのか?」

「――――!」

「それにそなたをそんな姿にしたのは、村の連中であろう」

「違います、村の人の中には優しい人がいて。これは村長――あっ」

「なるほど。村長か。お互い持つべき者を間違えたな」

「お互い?」

「我も上司に見限られた口でな。役目を終えれば、死ねといわれた。お主と似たもの同士というわけだ」

「竜様と一緒……」

「フランと呼べばいいか、少女よ」

「あ……はい」


 フランは自然と丸まっていた背中を伸ばす。


「フランよ。そなたはまだ生きたいのでないか? そうでなければ、我が試練をくぐりぬけることなど出来ん」

「でも、生きてても何も……」


 村に戻っても地獄が待っているだけだ。

 それどころか生きて山を下りれば、待っているのは激しい折檻だろう。

 想像するだけでフランは身を震わせた。


「ならば、お主は今日から食事の係りだ」

「食事? 竜様の?」

「生憎と我は、人間が食すものは食べられん。だから、我が妻のために腕を振るって欲しい」

「妻……」


 もしかして、とフランは自分を連れてきたお姉さんの方を向いた。

 突然、手を取られると、真剣な表情で見つめられる。

 先ほどとは打って変わってぼんやりとしていたが、何か切迫した様子だった。


「ニーアです。よろしく!」


 同時に、腹の虫も挨拶をした。

 フランは顔を上げ、竜を見つめた。


「いいのですか?」

「我に聞くことではない。そなたが決めよ」


 フランはしばし時間をおいて考えた。


 もしかしたら、また地獄が待っているかもしれない。

 でも、今度は天国かもしれない。

 村に戻れば、半殺しにされる。


 ならば、天国か地獄かわからない方を選んだ方がいい。


 またフランは深く頭を垂れた。


「よろしくお願いします」

「うむ。こちらこそよろしく頼む」

「やったー。ご飯食べられる」

「えっと……。じゃあ、早速――。食材は?」

「ない。今から取りに行く」

「え? ええええ――。フランも行くの?」


 ニーアはぐっとフランの腕を引く。

 風のように試練の洞窟を駆け下っていった。


「ふむ。相当お腹が空いていたと見える」


 ぐふふふと笑った。

 やがて、村の方に首を向ける。


「さて、少々仕置きをしてやらねばならんな」


 赤い眼を細めるのだった。


獣人少女キタコレ!

次回お仕置き回になります。


なるべく早めに更新出来るように頑張るので、これからもよろしくお願いします。

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