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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第十章 「人は誰でも殺人鬼なんだよ」
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第十章 5/8

 あれから数日が経った。


 俺とティルミアがやりあった後。

 気がつくと、ラインゲールとレジンはいなくなっていた。いつぞやのように召喚で逃げたのだろうと思われる。

 レジンがおとなしくなったとは思えず、きっとまた何か企むのだろうとは思ったが、メイリはそれほど気にしていないようだった。

 魔王もいつの間にかいなくなっていた。あれもけして力を失った訳じゃないが、心配はいらない気がした。

 国の復興は、ユリンが指揮を執っている。兵士たちや国民からの信は厚いようで、あいつが大統領にでもなりゃいいんじゃないかと思ったが、本人はアルフレッド王の血筋に連なる王族の連中から次の王が出ることを望んでいるようだった。そのへんは貴族共と話し合って(もめて?)いるらしい。

 俺たちは、事務所の連中とともに(ミサコとアリサリネも加えて)街の外の臨時アジトに戻ってきていた。


 *


「チグサ、今日は飲んでるのか」


 臨時アジト内の、食堂スペース。といっても大きめのテント内に広いテーブルとまばらに椅子代わりの樽なんかが置いてあるだけだが。

 支度を終えた俺は喉が渇いてフラリと来たが、半ば予想通りの人間がそこにはいた。


 当たり前りゃない! と呂律の怪しい日本語でチグサは答えた。


「あのね、私にとってお酒を飲んでない日々は異常なのよ」


 自分で言うとは。重症だな、と俺は口では言いながら、ご相伴に預かることにする。チグサの向かいの席に腰掛けて、テーブルに転がっていたコップを立てて自分で酒をつごうとすると、チグサは俺の手から瓶を奪った。


「ん。ダメだったか?」


「んーん。大歓迎!」


 チグサは満面の笑みで酒を俺のコップについだ。


「二人の門出に、かんぱーい!」


 コツンと軽い音が心地よかった。

 一気に喉の奥に流し込む酒は、冷たかった。どうやって冷やしたのだろう。何かの魔法か。


「うまいな。うまい」


 濁った赤で、見た目があまりきれいじゃない割にはうまかった。


「おっ。この味が好みとは良い舌してるね」


「……高い酒なのか?」


「ぜんぜん。一番安いお酒だよ。味なんか関係ない、ただただ酔っぱらいたい! ……そんな連中が好む庶民派のお酒」


 なるほどな。苦笑する。酒の味の違いは正直わからない。


「ただ酔っぱらいたいのか、チグサは」


「私はねー。好きなのよ、このお酒が。安くても、安っぽくても、質が悪くても、二日酔いが残ってもね。誰でも飲める、たくさん飲める、正しさとか綺麗さとかそんなの関係ない。未来だとか希望だとかそんなのだって関係ない。ただ、ただ、今を楽しめる。今を楽しませてくれる。それが私にとってのお酒がこの世界より大事である理由なの。そんなお酒のさいっこうに素敵な一面を、凝縮したのがこの安酒なのよ」


 うっとりとコップを見つめている。


「なるほど。いい酒だな」


 ぐいと飲み干す。


「タケマー達はこれからどうするの?」


「ああ。東の……山を越えたさらに向こうに行ってみるつもりだ」


「ひがしぃ!? 気をつけてよぉ。魔物も随分凶悪だって話だし……。まさか歩いて行く気? 山越えようと思ったら、何日かかるかわからないよ」


「ああ。乗り物が要る。まずはそれを探すさ」


 なにか異世界らしい、俺の常識を覆すファンタジーな乗り物がある筈だ。あのエイみたいな。なければ馬とかでもいいけど。


「東に何かあるの?」


「俺のいた元の世界……日本から来て、一度日本に帰ったというやつがいるんだ。ミサコが言ってたんだがな。そいつは一度日本に帰った後またこっちへ来たらしいんだが、ミサコの話だとそいつ東に行ったらしいんだよ。具体的な場所はわからないし、もう何年か前の話らしいからもういないかもしれないけどな」


「その人探しに行くわけ? 雲を掴むようだねえ。二人だけで行くの?」


「ああ。みんな色々忙しいだろ」


「私は暇だけどねー」


「なんだ? 一緒に来たいのか?」


 あははは、とチグサは笑った。


「そんなことしたらティルミーに殺されちゃう」


 苦笑する。


「そうだな。マジで殺すからなアイツは」


「あはは。タケマーはやさしいなあ」


「ん?」


 チグサはぐいとコップを空にした。ひく、としゃっくりをしたので俺は思わず大丈夫か、と近くの空瓶をよける。


「ティルミーは私を殺してなんかくれないよぅ」


 チグサは空中をかきまぜるような仕草をした後、また別の酒瓶を手にとり、コップについだ。


「タケマーはこの事務所で唯一ティルミーに殺された人間なんだよ」


「全くありがたくねえよ」


 ……言葉とは裏腹に笑ってしまう。ありがたくなくは、ないんだ。自分でそう思うようになったことに驚いてもいた。

 あははははと笑いが止まらんらしいチグサに、苦笑しながらしばらく酒につきあった。


「さぁて、じゃあ私は寝るねー。お酒もなくなったし」


 チグサはその右手で空中に丸を書き、左手でまた丸を書き、そして踊るように歩いていった。

 一人で飲むか……と思ったところに、誰かが来た。


「あら、タケマサさん。チグサと飲んでいたのですか?」


 一人やってきたのはミレナだった。


「……ちょっとだけな。俺が来た時にはもう終わりかけてたみたいだけどな」


「チグサは……?」


「寝ると言ってさっき帰っていったぞ」


 ミレナは驚いたらしい。


「あら珍しい。あの子が自分でセーブするなんて……。てっきり一人じゃ寝床に戻れないと思っていましたのに」


 マジか、と俺は笑う。ミレナは酔いつぶれたチグサを送っていくために来たのかもしれない。


「ここのところチグサにしては控えてましたからね」


 そうなのか? と尋ねた俺が随分と疑わしい顔をしていたからだろう、ミレナはふふふ、と眉を下げて笑った。


「ええ。ずいぶん大人しかったですよ。きっとあの子なりに緊張していたんでしょうね。だから、魔王とのこととかきな臭い話も落ち着いて、タケマサさんとティルミアさんも仲直りをして、ホッとしたんでしょうね。だから今日はきっと潰れるまで飲むと思ってました」


「……そうか。俺が言えたことじゃないが、チグサには迷惑をかけた」


「本人に言ってあげてください。あるいは、お酒につきあってあげてください」


「それならつい今しがたつきあった。俺で良けりゃいくらでもつきあうさ」


 ミレナは手を口にあててうふふふ、と笑った。


「タケマサさん」


「何だ?」


「あの時はごめんなさいね」


「あの時? あの最初の……洞窟探検に行った時か」


 ミレナに襲われた時のことを思い出す。


「私はその、とても失礼なことをしました。ああしてキッカケを作れば、タケマサさんがその……私に手を出してくるだろうと思ったのです」


「あいにく俺は奥手でね。……というか、あの時はどっちかと言うと、俺は殺されるほうの心配を、マジでした。実際慌てたぞ。ティルミアの動きを封じられたんじゃ俺に為すすべが無い」


 それじゃダメですよ、とミレナは空になったコップを持ち上げた。


「二人だけで旅するんでしょう? 東の山には悪知恵の働く魔人の類も現れることがあると聞きます。ティルミアさんだけに頼っていると、本当に危ないですよ」


 チグサ絶賛の安酒をミレナのコップに注ぐ。


「忠告どうも。旅するっていうか、山の向こうすぐにある村に行ってみるだけさ。手がかりがなきゃすぐアジトに戻ってくるつもりだ」


「あら? お二人は事務所を離れて二人旅を楽しむ訳じゃないんですか?」


 そんな噂が流れているのか。はっきり否定しておかねばならない。


「あのな。今は事務所は避難民の後始末でゴタゴタしてるだろ。町の民衆もまだ結構いるしな。俺やティルミアがいるとモメる可能性が高いんでな。それが理由で一時的に離れる……てのも理由ではあるが、落ち着いたら戻るさ」


「うふふ」


「何だよ。出てってほしいのか?」


 いいえ、と微笑みながら酒に口をつける。


「お忘れですか。私にとってティルミアさんは希望なんです」


 俺は眉をつり上げる。


「まだそんなこと言ってんのか。あいつはあんたを殺さないぜ」


 ええ、今はそうでしょうね、とミレナ。


「今は、じゃないよ。チグサといいあんたといい、なんであいつに殺されたがるかね」


「うふふ、チグサはただの冗談でしょうけど」


「あんたも冗談だろ」


 俺は自分のコップに次の酒を注いだ。


「いくら魔法をかけられているったって……あんただって永遠の命って訳じゃない。どんなに長生きしたって、あと七百年か八百年かそこら生きたらお迎えはくるだろ? 俺達と同じように」


「……八百年は長いでしょう」


 長い。人生八十年としてその十倍か。


「長いけどな、長くて何が悪いんだ。人の十倍人生を楽しめるんだぜ」


「……その人生を、私は夫と一緒に過ごしたかったんですよ」


 口をつぐまざるを得なくなる。そんな俺を見てミレナは微笑んだ。


「……ごめんなさい、困らせてみたかっただけです。酔ってますね、私」


 困らせてくれよ、と俺は言った。


「ぜんぜん構わないぜ。あんたの苦しみは……たぶん俺らが想像できるようなものじゃないんだろう。わかる、とは言わない。だが理解はできなくても、あんたが苦しんでいることは知ってるし、八つ当たりくらい受けて立つよ。だってまあ、あれだ。あんたの感覚で言うところの、「家族」だろ、俺達は。……違うか?」


 ミレナはまあ、と手を口に当てた。


「タケマサさん、エルフの感覚がよくおわかりですね。いつかエルフの村に行ってみてください。私の生まれ故郷と違って人間と交流を持つエルフの村もあります。きっと仲良くなれますよ」


「きっと行くよ」


 少し俯いて、きっとですよ、とミレナは言った。しばし、沈黙があった。


「では私……チグサの様子を見てきますので」


「ああ」


「タケマサさん」


「なんだ?」


「ティルミアさんを守ってあげてくださいね」


「逆じゃなくてか」


「ええ。逆じゃなくて、です」


 ミレナはそれ以上言わなかった。ただ微笑んで、俺をじっと見た後、失礼しますと言って出て行った。

 ミレナが酔っぱらっているのを見たことがない、と思っていたが、今のミレナは結構酔っていたんじゃないか。


「……タケマサ……あなた……マネージャを知らない?」


「うぅおぁあ! びっくりした! 音も立てずに部屋に入ってくるなよ」


 ディレムの声が急に背後でしたので思わず立ち上がってしまった。


「……メイリか?」


 ボスじゃなくてマネージャーよ……とディレムは相変わらず全く抑揚の感じられない声で返事を返す。


「ああ、あの毛むくじゃらの……? ああそういえばあの人しばらく見てないな」


 人、なのかどうかすらわからないが。


「マネージャーはずっとアジトに待機してたから……」


 今はどうやらこの王都のそばの臨時アジトに来てるということらしい。


「なあ、あの人は……何者なんだ?」


「マネージャーよ……。みんなのスケジュール管理とか……体調管理とか、能力を把握して仕事の割り振りをしたりする……」


 あんまり仕事してんの見ないけどな、と俺が呟くとディレムは普段はボスより忙しいわよ……と言って俺の前に座った。


「なんだ。飲むのか?」


「いいえ。私は飲まない……。お酒は弱いから……」


 だがそうやってじっと瓶を見つめていられると飲みたいのかと言いたくなるが。


「タケマサは……蘇生師を……続けるの……?」


「ん? まあな」


「他の職業に興味は……無い……?」


「例えば、死霊術師か?」


「とか……回復魔法使いとか……色々あるわ……」


「回復と死霊術じゃまるで対極じゃないか」


 いいえ……とディレムは珍しく人の顔をじっと見てきた。こいつの目が前髪で隠れていないのは初めて見た気がする。


「回復と治癒は違う……。回復魔法の本質は遺体修復魔法や遺体操作魔法に近いわ……」


「そうなのか?」


 ……生きてる肉体を相手にするか死んだ肉体を相手にするかの違いってことだろうか。

 そりゃぜんぜん違うじゃないか、という気はしたが、ディレムは冗談を言っているわけでもないようだった。


「……考えとくよ。確かに蘇生以外の魔法に通じておくのは、魔法への理解を深めるっつー意味じゃ役に立つんだろうしな」


 もっとも、ライセンスの縛りがあるから蘇生師のままじゃ他の魔法は使えないけどな、と俺が言うと、ディレムは頷いた。


「転職すればいい……」


「はは、まあそうか。職なんて気軽に変えていきゃいいんだ。もう終身雇用の時代じゃない」


 何を言っているのかわからないけどそういうことよ……と言ってディレムは去っていった。何しにきたんだアイツは。ああ、マネージャーを探していたのか。


 俺もそろそろ寝るかな、と立ち上がろうとしたところで……。


「タケマサさんじゃないですか」


 今度はリブラが来た。


 おいおい。と俺は苦笑した。


「面談かよ。なぜ交代交代に来るんだ」



 どうやら意外に長い夜になりそうだった。

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