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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第十章 「人は誰でも殺人鬼なんだよ」
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第十章 2/8

「ラインゲール! やめなよ……!」


 チグサが叫ぶ。

 レジンとラインゲールが現れてから、事務所の連中も少し緊張しつつ臨戦態勢を取っているのはなんとなく俺にもわかる。多勢に無勢とは言えラインゲールもかなり戦闘能力は高い。誰も動かずにいた。

 そんな中、言葉でラインゲールを止めようとするのはチグサだ。俺と同じように戦闘員でないチグサは言葉をかけることしかできない。


「ふっ……。僕が街の破壊からこっち、事務所の皆と連絡を取らず単独で動いていたのは、ティルミアさんを連れて身を隠すつもりだったからだ。それには僕が死んだと思わせておいたほうが動きやすい。だけど、ティルミアさんを攫うチャンスが来る前に魔王と衝突してしまった」


 そうなると僕も弱るよ、とラインゲールは苦笑した。


「僕の力では魔王の行動を縛れるとしても一瞬だ。なんとかうまくその隙にティルミアさんを連れて逃げるしかない。そう思って隙を窺っていたんだけど、魔王をこういう形でおとなしくさせるとはね。予想外だったよ。君は死ぬだろうと思っていたから。ただまあ、せっかく生き延びたところ悪いけどね、タケマサ。君は僕が殺そうと思うよ。ティルミアさんが殺すに値する男じゃないんだよ、君は」


「ちょっとラインゲール、なんでティルミーがタケマーを殺そうとすんのよ!」


 チグサが俺たちの代わりに反論してくれているようなものだった。


「チグサ、さっきレジンさんが言ってたろう。ティルミアさんは今、ナンジャミの悪魔……つまり民衆の代わりに手を下す役割に祭り上げられようとしているんだ。民衆の敵であるタケマサを、平和の敵であるタケマサを殺す役割を押し付けられている。なぜタケマサが民衆の敵かって? タケマサのやろうとしたことは自衛の力を奪うだけで平和なんか与えなかったんだ。何が制約魔法だ」


 ずいぶん嫌われたもんじゃな、とミサコがボヤいた。


「僕はね。ティルミアさんがナンジャミの悪魔の奴隷になるのは嫌なんだ。彼女を解放したい。だから、タケマサ。君のことは僕が殺すよ」


 そう言うと、ラインゲールの目つきが険しくなった。

 急に息苦しくなってくる。俺の口まわりの空気が急に薄くなった気がした。


「……っ」


「ちょ……。タケマー!? ラインゲール! 本気なの!? やめてよ……!」


「彼はティルミアさんにとっての足かせだ。彼女に汚れ役を任せたまま、自分は安全圏から彼女を批判し続ける、唾棄すべき平和主義者の代表格だ」


「ラインゲール。レジンに唆されているよ、お前は」


 メイリが半ば呆れ、半ば厳しく諌めるように言う。


「うるさいな、ボス。僕は誰にも唆されてなんかいない。僕はティルミアさんを守りたいだけだ。タケマサという足枷を取り去って、彼女を解放するんだ」


「ラインゲールさん! 目を覚ましてください」


「ミレナ、僕は……」


 ちょっと待て。

 その調子でみんなとやり取りするのかと思って俺は焦る。

 今。

 俺、息できなくなってんだけど。

 皆に「もう少し巻きでやり取りしてくれ」と伝えようとしたが、腕が動かないので回すジェスチャーができない。

 ぐ……。声も出ない……。おいちょっと待て、完全に息ができんぞ。


 俺の目は、ティルミアを見た。ティルミアも俺を見ていた。

 何してやがる。早く助けろよ。

 冗談じゃねえ。死んじまうぞ俺。マジで。

 いいから助けろ。

 ……と、目で訴え続ける。

 ふざけ……。

 ……。

 あ、いかん。俺の視界が、少しぼんやりとし始める。


 *


「ぷへっ。はっ。はっ。はっ。助かった……が、ティルミア。ちょい助けんの遅くないか」


 俺は一瞬飛んでいた意識が戻ると、状況を確認した。


「ごめんごめん。だってー。確かにタケマサくん、いつも私に頼りすぎじゃない? って思っちゃって」


「あのなあ! だからってこんな間抜けな死に方勘弁してくれ」


 はぁ、はぁ、と肩で息をする。

 ラインゲールが、呆然とした顔をしていた。


「なぜなんだいティルミアさん。僕は……君を解放してあげようと思っただけなんだ」


「ごめんね……でもタケマサくんは私に殺させてほしいんだ、ラインゲールさん」


 ラインゲールは体を震わせ怒鳴るようにティルミアに言った。


「ティルミアさん! もういいんだ。ティルミアさんは民衆の代表として悪を倒す役割なんて背負い続けなくてもいいんだ。殺人鬼という職業であるのをいいことに、タケマサを含む勝手な民衆たちは、ティルミアさんを用心棒がわりに便利に使っているんだよ。なんでティルミアさんがいつも手を汚さなきゃいけないんだ……」


「うーんと……」


 ティルミアは両手の平をラインゲールに向けてみせた。


「手、汚れてないよ。だって私、ちゃんと人を殺したあとは手を洗うから」


「……えーと……?」


「手だけじゃなくて身体にも、返り血がついちゃうことはよくあるけどさ。そんなの洗い流せばいいんだよ。油汚れとおんなじ」


 何を言っているのかわからない顔をしているラインゲールに、ティルミアは、うーんとね、と指を顎に当てて考えた。


「そう、例えばコックさん。コックさんだって、料理を作る時のことを「手を汚す」なんて言わないでしょ。実際手は汚れるけど、洗えばいいだけ。あとは……そうだ、サフィーさん。回復魔術師だって結構、手汚してますよね?」


 え、ええまあ、とサフィーはうなずいた。確かに、いつかの俺のように血だらけだったり肉が飛び出てたりを治療するのだ。時には遺体修復みたいなこともやるわけで、結構汚れる筈だ。


「そういう意味ではね。殺人鬼の手だってそういう意味では汚れるけど、それだけだってこと」


「いや、手を汚すってのは比喩で……」


 俺は補足してやる。


「ラインゲール。お前はこう言いたいんだろ。殺人というのは皆がやりたがらない、嫌な行為の筈だと。ティルミアはその嫌な行為を皆の犠牲になって引き受けているんだろうと。皆が汚したがらない手をティルミアが汚しているんだと」


 えーと、とティルミアは考えながらラインゲールに諭すように話し始めた。


「ラインゲールさん、勘違いしてるよ。私にとって殺人は「手を汚す」ことじゃないよ。そんな言い方したら殺人がかわいそう」


 殺人がかわいそう。実に聞き慣れない言葉である。


「それに私、誰かの代わりに殺人をしてる訳じゃないもん。私が殺したくて殺しているだけだよ?」


「えーと……そうなのかい? そうなら構わない……のかな……?」


 戦闘能力のわりに案外言い合いに弱い男だった。ラインゲールは一気にトーンダウンした。だがトーンダウンしないのはレジンだ。皮肉な笑みを崩さないまま、そいつはどうかな、と言った。


「ティルミアくんがそういう性格だから、利用されてしまうのだよ。平和主義者どもに」


 利用? とティルミアが首を傾げた。


「そう。ティルミアくんは自分の気に入らない人間を殺しているだけだと思っているかもしれないが、その相手は野盗の類や破落戸ごろつきどもだ」


「だってムカつくんだもん」


 ティルミアはぷうと頬を膨らませる。


「それが平和を願う民衆にとっては願ったりかなったりだということだ。自らの手を汚さずに悪を消してくれるんだからね」


「だから手を汚すとか言わないでってば」


「君はそう思わなくとも民衆はそう思っている。その証拠に、自覚は無くともティルミアくんは今や「殺人姫」と呼ばれて民衆に持ち上げられているじゃないか。ずっと殺人鬼に冷たかった民衆が、諸手を挙げて称賛しているのだから現金なものだ。しかし君も、実はそれに呑まれている。だから無意識に……民衆の敵であるタケマサくんに矛先を向けた訳だ」


「ちょっとまってよ! まってよ!」


 今度はチグサだった。


「タケマーが民衆の敵ってさっきから言うけど、何よ。確かにタケマーが制約魔法を使ったあと、街は混乱したけど! そんなのそもそもあんたが元凶じゃん!」


「うむ。そうだチグサ。よく言った。街に殺戮をもたらした連中はレジン、お前が呼んだのだろうが」


 メイリも同調する。しかしレジンは不敵な笑みを崩さない。


「おっと。僕はきっかけを早めに与えたに過ぎないよ。僕が呼ばなくたって遅かれ早かれああいう連中はやって来たさ。問題は起きていた。断言するよ」


 まあマンドラゴラはレアだろうが、催眠術師のようなやり口はそのうち問題になったかもしれない。その点に関してはレジンの言うことも一理、いや0.3理くらいはある。


「……チグサ。まあレジンの言うことがあっているかは別として、一部の民衆にとって、俺が余計なことをした、ように見えたらしいのは事実だよ。ていうか、実際そう言われたしな」


「そんなぁ……。タケマーはそんなには悪くないと思うけどな」


 まあ、そんなには悪くないと、俺も思う。しかし確かに殺人だけを禁じたせいで色々混乱が生じたのは事実だ。


「チグサくん。民衆にそう思われたということが重要なんだよ。民衆というのは表面的に見えるものに流されて判断するものだからね。そしてティルミアくんがタケマサくんを葬ろうとする理由も結局のところ、同じだ。タケマサくんは、制約魔法という危険な魔法を使った前科を持ち、その考えを改めていない」


「ううん、タケマサくんはそこは改めてくれたよ?」


 ティルミアがそうアッサリと言ったので、レジンは眉をぴくりと動かして固まった。


「……ん?」


「タケマサくん、もう制約魔法は使わないって。だから私は別に、そこはもうムカついてないよ」


 ……。変な沈黙があった。レジンはおかしいな、と小声で呟いて黙ってしまった。


「違う、と言うのかい……?」


 臨時アジトでティルミアと再会した時に聞かれた。制約魔法をもう一回使うつもりかと。俺はそのつもりは無いと答えたのだった。

 それをレジンは知らないのだ。


「……ティルミアくんはなぜタケマサくんを殺そうとしているんだい?」


「さあ……? 言う必要ある?」


 ……。

 実に変な沈黙が流れた。


「ふっ。はははははは」


「なんだタケマサくん。何がおかしい」


 レジンに、俺は「振り出しに戻ったな」と呟いた。

 そう。言わんこっちゃない。


「勘違いしているぜ。ナンジャミの悪魔? 民衆の意志? そういう、大げさな話じゃないんだよ」


 俺は深呼吸をする。

 そして、じっとティルミアを見つめた。


「俺はわかってるぜ、ティルミア」


 ティルミアの目に緊張が浮かんだ。


「何がわかってるの……? タケマサくん」


「お前が俺を殺したい理由さ」


 俺は、目を閉じる。

 呼吸を止めて、一秒。

 目を開いて、ティルミアを見た。

 皆が注目している。


「ティルミア……」


「何? タケマサくん」


 俺は、言った。



「好きだ」

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