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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第九章 「俺を殺すチャンスだよ」
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第九章 8/8

 何か言いたかったのだろう。

 だが何も言えなかったのだろう。

 魔王はただ、やり場の無い怒りをぶつけるように、あたりの砂を衝撃波でふき散らした。


「……今のは?」


 おっと、ティルミアだ。すっかり置いてきぼりという顔でメイリとティルミアがこっちを見ている。


「……さっきのは、魔王のお婆さんだ。既に亡くなった方だがな。召喚じゃなく、蘇生だ。お前に殺されて死んでた時にな、こういう力を貰ったんだ。いつの時代のどこの世界の誰でも、死者なら復活させられる。遺体が無くてもいい。スーパー蘇生能力だ。一回こっきりのな」


 ティルミアは、毒気の抜かれた顔というのだろうか、あるいは鳩が豆鉄砲を食らったような、というのだろうか。そんな表情だ。それはそうかもしれない。たった今まで殺し合っていた相手が、どこからか現れたお婆さんに説教されて戦意を喪失したんだから。


「貰ったって、誰に?」


「女神様さ」


「へえ。私も会ってみたいな」


「……会えるんじゃないか、あのふざけた神様なら、どっかから見ていそうだしな」


 俺は、辺りを見回した。例の自由の女神の格好を探したが、さすがに見当たらなかった。

 だが代わりに見つけたものに、思わず目を疑う。


「……さ、サフィー!?」


 半分になった家の瓦礫に隠れるようにして、白いローブの人間がいた。

 足元が悪いのかゆっくりと足取りでこちらに歩いてくる。


「……無事だったのか、サフィー」


 メイリの言葉に回復魔導師は頷いた。


「……瓦礫の中で気を失ってまして……。ほんのついさっき目が覚めました。あの、そちらにいるのは魔王……ですよね。大人しくなったんでしょうか?」


 ああ、心配ない、と俺は言う。

 サフィーはティルミアを見て、次にその腕を見た。今見ると本当に酷い傷だ。血だらけだし腫れ上がっているし、骨が飛び出ているところまである。目を背けたくなる。


「えぇと……」


 サフィーは、その傷を見た。いいタイミングで現れたな、と俺が頼もうとする前にティルミアが自分で言った。


「初めまして、ティルミアです。いきなりですが回復して貰っても良いですか……?」


「……ええ、もちろん。あぁ、私のことを覚えていないんでしたよね。サフィーです」


 サフィーはティルミアを回復魔法で癒し始める。


「あの……どうやって魔王を倒されたのですか?」


 回復魔法を使いながら、俺に尋ねた。


「見てなかったのか? そりゃ。面白いものを見逃したな。俺が女神に貰ったスーパーチート能力を使って倒したんだ」


 へ? と不思議そうな顔をするサフィー。


「……ということはやはりティルミアさんが倒したんですか?」


「なんでだよ。俺だって言ってんじゃねえか。ほんとだよ」


 しかし俺の言葉をメイリが否定する。


「……厳密に言えばお前でもないだろう」


 まあ確かに。あのご婦人の功績だ。


「……まあとにかくあの男はもう魔王じゃない。これからは魔王とは呼ばず本名で呼んでやってくれ」


 は、はあ、わかりましたけど、と何か納得していない様子のサフィー。


「……それにしてもティルミアさんのこのキズは……酷いです。けして魔王が手加減したという訳ではないのですね」


「魔王じゃなくて本名な」


「……はいはい。まお……じゃなかった、タカシさんが手を抜いたわけじゃないのに、それを打倒するとは、ティルミアさんは本当に凄いです」


「……だからティルミアじゃなくて俺だって言ってんじゃねえか」


 ティルミアは、無口だった。じっと何か考え込んでいる。


 回復魔法は、ティルミアの変な方向に曲がっていたりした腕もみるみるうちに修復していく。腕、足、肩……。


「久しぶりに見たが相変わらず見事な腕だ。感動した」


「ありがとうございます」


 これは魔法なのだろうか。チートではないのだろうか。

 まあ、どっちでもいい。


「……ところでメイリ。この後だが」


「何だ?」


「本戦がある」


 俺の口調に、メイリも口調を堅くした。

 そして、俺の言葉の意味を問うことはなかった。


「なるほど。私達ははずしたほうがいいということか?」


 さすが事務所の所長だ。


「察しがいいんだな。でも、逆だ。別に秘密の話なんかない。むしろ、話を……事務所の皆にも聞いて貰いたい」


 その表情で、俺の意図を理解してくれた気がした。伊達に問題児ばかりを束ねていないな。

 わかった、とメイリはビルトカードを出すと、誰かに……たぶん事務所の誰かにだろう、何か連絡した。

 それから5分も経たないうちにチグサが街の瓦礫をかき分けて現れた。近くまで来てたのかよ、と苦笑した。


「え、ええと……ど、どういう状況かなあ?」


 おっかなびっくり、という様子でこっちに近寄ってきた。連れてきてたのか? とメイリに小声で尋ねると首を振るメイリも苦笑している。


「言っておくが私が呼んでおいた訳じゃないぞ。勝手に着いてきたんだろう、……ふたりとも、な」


 メイリが言うように、いたのはチグサだけではなかったらしい。ディレムも現れた。こっちはあまり申し訳なさそうな顔をしていない。


「言い訳するわけじゃないけど……蘇生に手伝いがいるんじゃないかと……思っただけよ……遺体修復の……」


 言い訳をするディレム。隣でチグサはいいじゃん、と腰に手を当てて俺を睨んだ。


「魔王が相手ならちょっとやそっと離れてたって変わらないよ。……いっつも私だけ置いてきぼりになるのも嫌なんだもん、たまにはいいじゃん」


 そりゃチグサは役割上しょうがないだろ、と思ったが、口には出さなかった。きっと不安だったのだろう。それに、今回は近くにいて都合が良かった。


「ところで、ねえタケマー、魔王でしょあれ。大丈夫なの?」


 少し離れたところで空を見ているタカシ。お祖母さんに思いをはせているのだろうか。


「ああ、大丈夫だ。あれはもう魔王じゃない」


「え?」


「ただのお祖母ちゃん子だ」


 何言ってるの? という顔のチグサ。考えてみれば事情がわからないまま殺されたり脱走に加担させられたり、チグサにはどうも損な役回りばかりさせている。今は珍しく酒が入ってないようだが、全部終わったら美味い酒を奢ってやろう。


「……チゲサ、皆が揃ったらタケマサが全部説明する」


 メイリの言葉に、俺も頷く。そのつもりだ。


「おっけい、わかった。みんなを呼べばいいんだね、ボス」


「ああ、来れるやつは全員、来て貰ってくれ」


 砂よけのフードをあげて、チグサは呪文の詠唱を始めた。


 俺もしばし、空を眺めた。

 綺麗な空だ。

 この世界に来た時も、綺麗な空だったな。たしか。

 いや、どうだったかな。

 忘れた。もういいや。

 ともかく今日の空が綺麗で良かった。

 さて、何から話すかな。


 *


 全員集まった。

 メイリ事務所の面々、それにミサコとアリサリネ、ユリン兵士長もいた。

 うぉほん、と俺は咳払いをした。こういうの、ついやってしまうな。人間の喉はなにか声を出す前に必ず「弾み」が必要にできてるんだろうか。

 さて。

 まず本題の前に、大事な話をしなくてはならない。


「みんな聞いてくれ。俺は今回、ティルミアに殺されて、アリサリネに蘇生されたわけだが、その時にこの世界の「女神」に会ってきた」


 皆の表情からすると……神が存在するということ自体は受け入れているようだ。日本で同じことを言ったら可哀想な目で見られるところだが、皆は珍しい体験したなあ、くらいの反応だった。


「この女神は、転生だの転移だのをしてきた異世界人に、たまにチートという反則的な能力を与えたりするらしい。俺がそこにいる魔王を無力化したのもそのチート能力によるものだ」


 そこで俺が目線で魔王を見ると、何人かは驚いたようだった。いたのに気づいたからか。安心していい、とメイリも頷く。


「そもそも……昔、この世界で暴れていた魔獣を倒すために、異世界から召喚された勇者がいた。女神はこの勇者にもチート能力を授けた。おかげで無事に魔獣は倒されたらしいが、その勇者は魔獣を倒した後正義感をこじらせて魔王と呼ばれるようになってしまった」


 え、と誰かがうめいた。皆が再び魔王を見る。


「そういう意味では、女神こそが、魔王をこの世界に誕生させた犯人とも言える」


 言葉を、切る。そして何となく言ってみる。


「……その犯人は、この中にいる」


 言って、全員を見渡すと、一人だけ目をそらしたやつがいる。


「……そいつは最初からいた。なのにずっと、とぼけた振りして俺達を欺いてきた。その気になれば神の力で事態を解決できたかも知れない力がありながら、俺達のピンチを傍観していた。そのあたり、いくら神だとはいえ、どうなんだ?」


 俺はサクサクと砂を踏みながら、そいつの前まで歩いて行く。


 そいつ一人を除いて、俺の言っていることに追いつけていない空気を感じる。神がいることは認識していても、普通にこの世界に降臨しているという意識は無いのだろう。


「……ええと」


 俺が指をさした相手は、戸惑ったような声を出した。俺は宣言した。


「……犯人は、お前だ」


 ふ、とため息をもらして、犯人は大げさに肩をすくめてみせた。

 そして、いかにも推理小説で追い詰められた時に言いそうな台詞を口にする。


「あはは。何を言い出すのかと思えば……。私が犯人だという証拠が何かあるのかしら?」


「言い逃れはよすんだな。全ての証拠がお前が犯人であることを示している!」


「バ、バカなことを! 証拠なんてあるわけがないわ!」


「事件のナゾは俺が解いてみせる! 真実はいつもひと……」


「いいから話を進めろ」


 メイリから巻きの指示が入った。


「うぉほん。犯人さんよ。改めて訊くが、魔王を倒したのは誰だ?」


「ティ、ティルミアさんではないのですか……?」


「……違うんだよ。それを知らないってことはあんたは魔王が倒される場面を本当に見ていなかった。俺と魔王の話も聞いていなかったということだ。だとしたら、変だよな。……どうしてあんたは、俺が言う前に魔王の本名を口にしたんだ?」


「え……魔王の本名? って何」


 そう聞いたのはチグサだった。不思議そうな顔をしている彼女に、俺はドヤ顔をキープしながら解説を入れる。


「……そう。誰も知らないんだよ、魔王の本名はな。なにせあの男は昔この世界に召喚されて間もなく魔王としか呼ばれなくなった。本名を知ってたかもしれない召喚した連中を国ごと滅ぼしたからな。そしてあとは、ときどきふざけた偽名を名乗ったりする程度で、本名を名乗りなどしていない。……そうだろう?」


 メイリはうなずいた。


「ああ、タケマサ。そうだ。その筈だ。……魔王の本名を知る者は誰もいないだろうな。私もさっき知ったくらいだ」


「そう、俺とティルミアとメイリは、さっき見ていて知った。俺たちを除けば……あいつの本名を知っているのは、あの男が魔王になる前を知っている、女神だけしかいない。つまりあんたが……女神だということだ」


 俺はもう一度指さした。



「そうだな、サフィー」



 サフィーは俺を笑って見ている。


「なるほど、面白い仮説だわ。……それだけかしら? 根拠は」


 まだ続けるのか、このエセミステリごっこ。やはりこいつはあの悪ノリ女神だと確信する。


「……もう一つある。そもそも、俺はチートを使ったとしか言わなかったのに、あんたはティルミアが倒したと思い込んだだろ。それはあんたが俺のチート能力を蘇生だと知っていなければ出てこない答えだ」


「なるほど、おみごとです」


 おみごとも何も、ほぼ、こいつが口を滑らしたからだが。


「認めるんだな。女神様よ。……とりあえず、あんたの言ってた「またすぐ会える」がこういう意味で良かったぜ。俺はまた死ななきゃならんのかと心配してたんでな」


「……あの、どうやって魔王を抑え込んだんですか? 私はやはりティルミアさんが一度死んで、蘇生させたのだろうと思いましたけど……違うんですね?」


「それは秘密だ」


 こうして現世に降臨してしまうと女神としてこの世界を観察するようなことはできないらしい。不便なものだ。

 皆、徐々に驚きが湧いてきたらしく、ざわざわが大きくなる。ええええええええ、とクレッシェンドで声を出したのはチグサだ。


「め、女神って……!? え、サフィーさん女神だったの!?」


 ぺろり、と舌を出す犯人こと女神ことサフィー。


「タケマサさん、もう……。ずるくないですか? 何が犯人ですか。そういう振り方したら名乗り出にくくなるじゃないですか」


 生き返る前にさんざん悪ふざけにつきあわされたお礼だ。


「あはは……。皆さん、はじめまして。この世界の女神やってます。一応言い訳しておきますが、皆さんを騙していたわけじゃありません。回復魔術師サフィーをやっている時の私は、女神である以前にこの世界の一員なんです。全知全能ではありません。こちらで自然に生活するのに邪魔になる時は、女神としての意識や知識もオフにしています。ですから皆さんの知ってる巻き込まれ系ヒロイン、サフィーちゃんはれっきとしたこの世界の一市民なんですよ」


 さりげなくヒロインの座に横滑りしようとする女神。皆の視線は生ぬるい感じになったが、そんなものまるで気にしちゃいない、鈍感力を備えた女神。


「それにしてもなんでタケマサさん、わかったんですか? いくつかボロ……じゃない、ヒントを出したとはいえ。気付かれないように、私、タケマサさんが死んであっちの世界で会った時は、外見もキャラも結構変えてたんですけどね」


 確かに顔は違っていた。キャラも違っていたといえば違っていたが、雰囲気は近いような気がした。


「なんで、というのは難しいな。振り返ってみれば、という話だが、あんたにはどこか誘導されていたような気がしたんだ。俺が蘇生師になったのも、図書館でミサコの本を見つけて城に乗り込む気になったのも……あんたが噛んでいた。俺に制約魔法で魔王を封じさせたのは、魔王を何とかしたかったあんたのシナリオだったと思ってるんだが、どうだ?」


当たりです、と女神は頷いた。


「シナリオというほどシナリオ通りにはなりませんでしたが。もともと、そのために異世界から選んだのがミサコさんでした。法律家の卵であり、類稀なる研究力を持つ彼女と、魔王に脅かされている国の国王であり、魔術への理解の深いアルフレッド王との組み合わせ。これが私の第一の策でした。狙い通り、魔王への対抗策となりうる制約魔法が生み出されました。ただ、残念ながら異世界人である彼女には魔力がほとんどありませんでしたので、アルフレッド王がこれを使うことを期待していました」


 ミサコがはい、と手を挙げた。


「ワシの魔力をそのチートで増やす、という手はなかったのかのう?」


「ゼロは何倍してもゼロなので」


 女神にバッサリいかれ、ミサコがショックを隠しきれない。ちょっとかわいそうになる。たぶん、ゼロは言いすぎで、要するにこの女神はそれができなかったのだろうと思った。なぜなら俺の魔力だって、わざわざ腕輪で補強しなきゃならないくらいだった。この女神はたぶん苦手なことがいっぱいある女神なのだ。


「ただ、残念なことにアルフレッド王は制約魔法の広範な使用には否定的でした。このままでは魔王にアルフレッド王が殺され、ミサコさんも殺されて終わる。そんな未来が読めた私は、流れを変えるために、異世界から来たもののこのままでは大した役にも立たずに野垂れ死にそうな一人の若者に目をつけました。タケマサさんです」


 言い方がひどすぎる。きっとこの女神、誰からも信仰されてないに違いない。


「……そんな目をして睨まないでくださいタケマサさん。感謝して欲しいくらいなんですよ。実際のところ、私がいなければあなたはガルフに受けた傷で死んでいたんですから。サフィーとして本来使えるライセンスの範囲を無視して、女神としての力を使って傷を治しました。タケマサさんは素直に感動してましたが」


 やはりか。今となってはだが、そんな気がした。


「とにかく私は、タケマサさんに、この世界の魔術の基礎を勉強させつつ、ミサコさんに合流させることを考えました。……今回は私は今までの反省を活かして、かなり大胆に世界に介入しました。女神としてはほとんど反則なのですが、サフィーとして降臨したまま、あなたを治療したり、魔術師へ誘導したり」


 全ては女神の手のひらの上、か。


「まあ礼は言っとくよ。もっとも俺に言わせりゃ、制約魔法を使わせるためだったら、なぜ蘇生師をやらせたのかって気はするがな。おかげでレジンに狙われたり大変だったし、魔王だって蘇生師は殺すか従わせるって方針だったじゃねえか。リスク高いぞ」


 心外です、と女神は眉を吊り上げた。


「こっちの台詞ですよ! だって私は、回復魔術師になるものだとばかり思っていたんですよ!? 初めはそっちに興味持ってたじゃないですか。回復魔術師なら旅の連れも見つかりやすいですし……。それがなんで蘇生師になっちゃうんですか」


 あんまり手のひらの上じゃなかったらしい。


「いやすまん。でもあんたも教本くれたりしたじゃないか……」


「女神だって、意志を捻じ曲げるような介入はできないんですよ。それに結果的には、蘇生魔法を学ぶほうがはるかに魔術に対する理解は深まるので好都合でしたし」


「なるほどな。あれ難解だもんな」


 俺は話を継ぐ。


「さっき巻き込まれ型ヒロインとか勝手なこと言ってたが、あんたが俺たちと一緒に来るようになったのも、巻き込まれたように見えてあんたの狙いだったんだろ? それにアジトの図書室でミサコの書いた本を見つけたのも、あそこにあったんじゃなくてあんたが持ってた本を差し出した。違うか?」


「ご明答です」


「ただ、ちょっと解せないのは、タルネ村で俺達と魔王を出会わせたことだ。危うく死んでたかもしれんのに……」


「あれはうっかりです。本当は魔王がタルネ村に行ってる間にタケマサさんがミサコさんの蘇生を終えて一緒に脱出するというシナリオのつもりだったのですが、タケマサさんが伝説の蘇生師とかいうヨタ話に興味をひかれるとは思わなくて。あ、まずいなーって思ってるうちに鉢合わせしちゃいまして」


 手のひらの上どころか手の甲のあたりまで転がってしまっていたようである。


「……悪かったです」


 うんまあ、と俺は言う。


「別にいいよ。俺たちの人生だ。あんたが全部コントロールする義務はない。謝るのはそこじゃない」


 うぉほん、と俺は咳払いをして話を戻す。


「あんたに謝ってほしいとしたら、隠し事をしないで欲しかった、ということぐらいだ。女神という立場上そうもいかなかったのだろうがな」


 ご理解いただけて感謝します、と女神は微笑んだ。だが申し訳ない。俺は犯人に最後の自供を強いる。


「とはいえ、これは白状してもらう。もう一個隠してることがあるだろ」

 

 え、なんですか、ととぼけてくる女神。



「ついこないだあんたがティルミアにやったことさ」



 女神の笑みが固まった。

 それで、十分だった。


「オーケー。裏が取れた。今度はティルミアの番だ」


 俺はティルミアのほうを向く。



「お前、記憶あるだろ」



 ティルミアのほうは、女神と違って、あっさりと白状した。


「あは……やっぱ、バレてたんだ」


「ああ。全部挙げるのは面倒くさいが、お前かなりボロを出してたよな。お前の記憶が本当に俺と会う前までしかないのなら知らないことを平気で口にしてたからな。気づかないとでも思ったのか?」


 ちょちょちょっと! とチグサが手を挙げた。


「ごめんタケマー! 話についていけないんだけど、記憶が……って、どういうこと?」


「ん? だから、ティルミアの記憶だよ。こないだ、俺がこいつを蘇生させたのは知ってるだろ? 俺がこいつに殺される前に」


「え、えと。待ってね。あの食人鬼に街が襲われてた時のことだよね。ティルミーが、制約魔法を解くために、一回わざと死んで、タケマーに中途半端な蘇生をかけてもらった」


 そうだ、と俺は頷く。


「俺は制約魔法にかかるより前に記憶を戻すように調整したんだ。でも調整に失敗して、ティルミアの記憶ははるか前……俺と出会う前にまで戻ってしまっていた」


「うん。だから私達のことも忘れちゃった……んだよね」


 そこでティルミアを見る。


「それが、嘘だったんだよ。こいつは、記憶を失ってなんかいない。全部覚えていた」


「え、ええーっ!? 嘘、なんで!? ティルミー……」


 ティルミアは、ごめんね、と笑った。悲しそうに。


「タケマサくん、ほんと勘良いよね。よくわかるなあ。凄いよ」


「そりゃわかるだろ。サフィーに会ったことも無いはずなのに回復魔術師だと知っていたり、魔王との戦いの最中、タルネ村でのドラゴン戦で使った「重牙弾アーモンド・クッキー」のことを話したり」


 あはは、とティルミアは笑った。


「そう、ごめんね、タケマサくんの蘇生魔法は狙い通りに発動したの。私の記憶はほんの二週間前、この国のアジトに来たあたりまでに戻ってるだけ。それ以前は覚えてるよ。タケマサくんのことも、皆のことも」


「私のことも?」


 チグサが聞いた。ティルミアは頷く。チグサが泣きそうな顔になっていた。嬉しかったらしい。


「私もですか?」


 ミレナだ。ティルミアはもちろん、と微笑んだ。


「私も……?」


 リブラだ。ティルミアは頷いた。


「ワシのことも……?」


 今度はミサコ。ティルミアはもちろん、と頷いた。

 俺はわかったわかった、と止める。全員やる気かよ。


「ティルミア」


「タケマサくんも覚えてるよもちろん」


「そうじゃない。覚えててくれたのは嬉しいが、お前もなかなか強かになったよな。お父さん、そういうところは悲しいぞ」


「タケマサくんお父さんじゃないでしょ。……何が強かなの?」


「本当のことを隠したい時は、偽の真実をバラせばいい。……うまいやり方だ。そういうやり方を身につけたところが強かだと思ったのさ」


「偽の真実って……」


「ティルミア。お前、さっきまたボロを出したぞ」


「……え?」


「ミサコは会ってないんだよ。アジトに来るまでには。お前が覚えてる訳がない」


 ティルミアは、あ、と口に手を当てる。


「そっか。そうだったね」


「ミサコに会ったのは、お前が制約魔法にかかった日だ。そこまでの記憶もあるんだろ」


「ごめんね、タケマサくん。そうなの。実は制約魔法にかかる直前までの……」


 違う、と俺は強く否定する。


「はっきり言おうか。お前は制約魔法にかかった後の記憶も全部ある。実は少しも記憶を失ってないだろ」


 ティルミアの顔が……笑顔ではなくなった。仮面が剥がれていく。だが、まだだめだ。もう一枚ある。


「ど、どういうこと……? ティルミー……?」


「まてタケマサ、それはおかしい。制約魔法が解けていたのじゃぞ。制約魔法後に記憶が戻る筈がなかろう」


 ミサコの疑問はもっともだ。ここでもう一度、犯人に自供してもらうことにする。

 俺は、女神のほうを向いた。


「あんたが、あの時言った「ごめんなさい」の答えがこれなんだな?」


 女神はもう一度、頭を下げた。


「ごめんなさい。こんなことになるとは……」


 女神に責任がある訳じゃない。


「……ティルミアが戦闘中に言った言葉の中で、単に記憶が戻ったのだとしても説明のつかない言葉があった。「人を殺すのにこんなに苦労するのは先生以来」とそう言ったんだ。これは、事務所の誰も知らない。俺しか知らないことだし、ティルミア自身も覚えている筈がないことなんだよ」


 ルード先生との戦闘。こいつはルード先生と戦って、一度死んだ。そして、その後の蘇生で数時間記憶が巻き戻ったために、ルード先生と戦ったこと自体をこいつは忘れている筈なのだ。単にゴリラに殺されたんだと思っていた筈だ。


「その記憶まで戻っている……としたら、これは女神の仕業だろうと思った」


「わ……訳わかんないよ! どういうことなの!? タケマー! ティルミー! サフィーさん! ボス! 私、何もついていけてないんだけど!」


 チグサが泣いていた。


「これは俺の仮説だ。違っていたら言ってくれ。……ティルミアへの俺の蘇生は、たぶん俺の狙い通りにはいかなかった。俺の調整は失敗していて、そのままいくと本当に、俺に会う前まで記憶が戻るところだった……。だが、それを女神が阻止した」


 頷くサフィー。


「はい。タケマサさんの蘇生魔法は大失敗していました。タケマサさんが想定するよりもはるかに前に記憶が戻っていたんです。その結果何が起こるところだったか、わかりますか? ライセンスが無効になるところだったんですよ」


「……なっ。そうなのか?」


「そりゃそうですよ。精霊との契約をしたこと自体忘れますから、精霊のほうだって契約を無かったことにします。殺人鬼ライセンスが失われるということは殺人鬼としての技も使えなくなるということです」


「……すると……あの街に来る時のティルミアは確か仮免というのを持っていた筈だ。その状態になるってことか?」


「ええ。二ヶ月前ならね。でもタケマサさんの失敗ぐあいはそれどころじゃなくて、二年前に記憶が戻るところでした」


「そ、そんな馬鹿な」


「あそこは戦場だったからでしょう。食人鬼が近づいていて、精霊が荒れていた。タケマサさんの魔法構成自体はそんなに間違っていませんでしたが、場の精霊が荒れていたことが計算しきれていなかったのでしょう」


 サフィーは、だから、と言った。


「あのままだとティルミアさんはライセンス無しの二年前の状態であの食人鬼グールと戦わなければならなかった。正直、この介入はかなりお節介だということはわかっていましたが、仕方なかったんです。私はティルミアさんの戻らなかった記憶を一切合切戻して、制約魔法の効力だけを外しました。……正直、こんなややこしいことするのは初めてで、戻してはいけない記憶まで戻してしまったということですね」


「いや。……礼を言うよ」


 心から女神に感謝をした。本当だ。

 俺はティルミアのほうを向く。

 目を見る。こいつの目に、ちゃんと俺を映す。


「お前は、全ての記憶を取り戻し、そして制約魔法が解かれていることに気がついた時、……チャンスが来たことを理解した。そうだな、ティルミア」



 うん、とティルミアは笑った。ごめんね、と付け加えた。



「大丈夫だ。謝る必要は無い。はじめに宣戦布告したのは俺の方だった訳だからな。俺は言葉でお前とわかりあうことを拒絶し、殺人罪というルールで強制的にお前に俺の考えを押し付けた。はじめに銃を構えたのは俺のほうだった。原因を作ったのは俺だ」


 あの時、タケマサ君は仲間じゃない……ティルミアはそう言った。


「チャンスって……なんの?」


 かすれた声で誰かがつぶやいた問いに俺は答える。



「俺を殺すチャンスだよ」



 大丈夫だ、ティルミア。

 もう、拒絶しない。


 決着を、つけよう。

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