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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第九章 「俺を殺すチャンスだよ」
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第九章 6/8

「魔王! あなたを殺すよ!」



 前置きもなく、ティルミアが吠えた。


「はっはっは。そろそろ来るころだと思っていたぞ。殺人鬼ガール……いや「殺人姫」だったか?」


 一週間ぶりか。随分久しぶりに見たような錯覚を覚える。容易に国を滅ぼした元勇者殿は、快活に笑った。


「俺を魔王と呼ぶか。それも良い。俺は確かにまだ「王」ではなく「魔王」だったようだ。この世界を征服したとは言えない。お前のような跳ねっ返りがいるうちはな!」


 魔王の出で立ちが変わっていた。どこから見つけてきたのか、マントをつけている。笑っているが、以前より目つきが鋭くなっているように見える。


「お、タケマサじゃないか」


 げ。

 慌てて城門から乗り出していた身を隠したが、すでに遅いのは明らかだ。俺はバカか。……あっさりと見つかった。メイリが舌打ちする。俺は目線でメイリがいることを悟られないように気をつけながら一人出ていく。


「ひ、久しぶりだな」


「久しぶり? 確かにそうか。俺がずっと地下牢にいた間に随分活躍したみたいだな。……あれ、というかお前、この殺人プリンセスに殺られたって聞いたぞ?」


「蘇生されたんだよ蘇生。だから制約魔法はもうかかってないぜ」


「はっはっは。そうかそうか。おっとそうビビるなタケマサ。俺はお前のことをいっときは憎んだがな、今は違う。お前のおかげで俺は大切なことに気づけたんだからな」


 気持ち悪いセリフを吐く魔王。


「なんだ大切なことって。コミュニケーションの大切さとかか」


「よくわかったな」


「そうなのかよ」


「部下を信頼し、権限を与え、情報を共有する。それが強い組織を作る。何でも上がやるのはけして良いリーダーシップとは言えない」


「……おっとどうした魔王。変な本でも読んだか」


「変な本ではないぞ。牢で呆けていたら牢屋番の男が暇つぶしに読めとくれた本でな。「ワンマン社長はもう古い! 強い組織を作るマネージメント」というタイトルの」


「変な本じゃねえか。何読んでんだお前」


 牢屋番の男って、アンガスていう奴か。あいつ何渡してんだ。


「はっはっは、まあ聞け」


 魔王はいつにもまして爽やかな兄ちゃんといった感じで笑った。


「いや俺はな、お前にしてやられるまで、部下なんざいてもいなくてもいいと思ってたんだよ。便利なら置いておいてもいい、くらいにしか思ってなかった。だが、今回俺はお前に無力化された。この俺がだぞ? この世界の生殺与奪を支配すべき人間が、まさか殺人を禁じられたんだ。あってはならないことだったからな。俺はショックだった。打ちひしがれたよ。だから牢屋でおとなしくしていたのだ。考えていたのだ。俺が何を間違えていたんだろうか、とな」


 いやほんとうに、と言いながら、歩いてくる。

 考えに考えたんだぜ、と言いながら、魔王はティルミアよりも俺に向かってざし、ざし、と威圧するように歩いていくる。


「だから考える機会を与えてくれたお前には本当に感謝している」


 言った頃には俺のすぐ前まで来ていた。


「俺を恨んでいるのか?」


「違うと言ってるだろうが。俺はな、あの本のおかげでわかったんだよ。自分が無力化された時のために部下が俺の代わりを務められるような仕組みを作っておくべきだった。部下を信頼し、仕事を任せるべきだった。そう、気づけたんだよ。繰り返すが、そのキッカケを作ったのはお前だぞタケマサ。……俺は王だ、などと格好つけていたが、おこがましい話だったな。俺はまだ単なる魔王だった。世界征服を企んでいるだけで、成し遂げてなどいなかった。いや、成し遂げられる「正しいやり方」をしていなかったのだ。魔王なら魔王として振る舞おう。魔王には部下がいるべきだ。俺は俺だけが殺人を行うという方針はやめる。俺の部下となる人間にも殺人の権利を与える。そう方針を変える。タケマサ。お前の功績だぞ」


 何言ってんだかわからんが、とりあえずツッコミは入れておきたい。


「方針変えるなら全員で殺すのをやめないか。それなら俺も賛成できるんだが」


 俺の妥当な提案を魔王は一笑に付した。


「ははは、タケマサ。すまんがそれはまたいずれな。今のところは、魔王として民衆に恐怖をしっかり刻みつけるのが先だ。お前のおかげで俺をなめている連中が出てきたからな」


「それで……この街の四分の一が無くなったのか? 恐怖を刻みつける、というただそれだけの理由で」


「大事なことだ。俺に従わねば死ぬぞと口でいくら言っても伝わらない。兵が何十人か死んだり、王が死んだりしても、伝わっていない。民が自らの体験として恐怖を感じなければダメなんだ。だから仕方なくやったことだ」


 魔王はそこで俺に目を向けたまま右手を上げた。


 グゥンッ……!


 唸るような音が響いた。え、なんだ、と思う俺の目には魔王の腕が黒いワイヤを掴んでいるのと、そのワイヤがティルミアの左手から伸びているのとが見えた。



「殺人鬼ガーーール。人が話している最中に攻撃してくるのはいただけないな」



「もう十分だよ。街の半分を壊した理由が自分で体験しなきゃわからないからって言うなら、私が今攻撃したのも同じ理由だよ。死ななきゃわからないんじゃない? 自分が迷惑な存在だってこと」


 ティルミアの宣戦布告。


「おい待てティルミ……」


 俺は言いかけるが、二人の殺気に気圧されて言葉を失う。戦闘が始まったのだ。そう認識して、ああくそ、いつも唐突に始まりやがる、と内心悪態をつく。


「場所を変えるか。ここでやるとせっかく残った街も全部無くなるぞ」


 魔王はそう言うが早いかぐっと足を曲げ、砂ぼこりを上げて空中に消えた。


「……おい、ティルミア」


「何?」


 追いかけるべくダッシュする体勢に入りかけたティルミアを呼び止める。

 ああ、そう邪魔そうな顔をするな。


「わかっているとは思うが、直接戦闘で勝てる可能性は低いぞ」


 だから? と白けた顔をされた。


「私は殺人鬼だから。殺せるかどうかじゃない、殺したいかどうかだよ」


「だから、俺に考えが……」


 その時。

 ティルミアの反応が一番早かった。素早く印を結び、呪文を詠唱したようだった。


 そこに、爆発が来た。来た、というより、気がつけば視界が砂の海になっていてそれを見て攻撃が来たことに気づいた、という感じだった。


「これだもんね。はじめから街の残り半分なんか気にしちゃいないくせにさ」


 食らわなかったにも関わらず俺はよろけて、尻餅をついていた。

 ティルミアが立っている場所を中心に、赤い炎のドームが俺たちを覆っていた。ゆらめく炎だがそれが綺麗な半球型だとわかるのは、周りを覆う砂嵐がそこで途切れているからだった。


「せ、先制攻撃かよ……。た、たすかったティルミア」


 何が場所を変える、だ。今、城門の門扉は巻き添えで吹っ飛んだぞ。


「どういたしまして。でもこれ、もともと攻撃型魔法だから防御壁としてはこの大きさが限界なの。守りながら戦うとか無理だから、ちょっと離れてて貰える?」


 砂嵐が途切れると、ティルミアは大地を蹴って魔王に突進していってしまった。


「ちょっとってどのくらいだ……」


「いいから離れるぞ、タケマサ。向こうの城壁の影まで下がればとりあえず大丈夫だろう」


 いつの間にか背後にいたメイリの言葉に従い、砂嵐の直撃を受けても崩れ落ちずにいた城壁のあたりまで下がる。

 くそ。

 結局、作戦も何もなしに二人がぶつかる最悪の事態を回避できなかった。仕方がない。ティルミアと魔王の戦闘を遠くからメイリと二人で見守る。

 砂地になってしまったエリアのほうで戦っているため、特に遮るものはない。ないのだが。


「ティルミアが見えんな……」


 ルードとの戦いを思い出させる。ティルミアの動きが高速すぎるのだろう。肉眼でとらえきれないのだ。時々砂が噴出したがごとく立ち昇ったり、空中に炎が吹き出したりするのでそこにいるとわかる程度。

 魔王のほうは、速すぎて姿が消えて見えるというほどではなかったが、やたら周囲の地面が抉れるような爆発が起こるので砂埃にまみれてよく見えない。

 その爆発はその腕力で大地を打った結果なのだろう。一発で半地下の部屋を四畳半ほど拵えてしまう衝撃は食らえば普通の人間など消し飛んでしまうだろう。


「ん。一発食らえばアウト、と言ってたが……ティルミア、結構ガードしてるような気がするぞ」


「直撃じゃない。カウンターで攻撃魔法を当てて相殺してるんだ。さっきの砂嵐からガードしてくれたのもおそらくそういう応用だ。殺人鬼の使う魔法は攻撃魔法に特化していて防御や援護系の魔法はほぼ無いんだがな」


 器用な子だ、とメイリは言う。


「とはいえ、正面から受けたらさすがに無事で済むとも思えない。うまく受け流しているんだろう」


 なるほど、と言ってみるが正直こう遠くから見ていては細かい動きは見えない。いや近くでも見えないかもしれない。速すぎる。


「どっちが優勢なんだ?」


「私にわかるか。私にわかるのは両方ともまだ生きてるってことくらいだ」


 そりゃ俺にだってわかる。戦闘が続いてるんだから。

 ボゥン! ドガァ! とティルミアと魔王なのか魔王と大地なのかが衝突する音が聞こえてくる。目算百メートル以上離れていてこれだけ聞こえてくるのはすさまじい。


「……ん、戦い方が変わったか」


 キィン、キィンという甲高い音が聞こえるようになった。刀をぶつけあうような音がする。


「刃物使うティルミアって初めて見た気がするな」


 しかしまだ姿が見える魔王のほうは……何も持っていないように見えるが。

 素手……なのか。


「どうなってんだあれ。魔王って身体が岩ででもできてんのか?」


「私に聞くな。魔法でなければ単に「力を込めた腕」か」


「力をこめるだけで腕が金属になってたまるかよ」


「格闘の達人は筋肉を締めれば刃を通さないと言うからな。その類じゃないか」


 そんな適当な、とメイリを見るが、メイリも「あんな滅茶苦茶な戦闘にまともな解説を期待されても困る」という顔をしている。

 女神め……。雑なチートを授けやがって。

 魔王の腕とティルミアの刃がぶつかる金属音が徐々に間隔が短くなっていく。


「タケマサ。ティルミア、あの子はこれまで本気で戦ったことがあったか?」


「……いつも真剣ではあるように見えたぞ。戦いのレベルに関しては俺が素人すぎてわからないが」


 メイリは呟くように言った。


「見くびっていたのかもしれんな、あの子の実力を」


「ほう。10%よりももうちょっと勝率がありそうか?」


 というよりも、とメイリは言った。そして、それだけを言って黙った。


「というよりも……?」


「……ティルミアが優勢、なんだよ」


 メイリの言葉に俺は驚く。


「……マジか? ティルミアが押してる、のか?」


「……一応な」


「よく見えるな。俺にはティルミアの影すら見えないぞ」


「私にも見えん。だが魔王のほうは見える」


 言われて見て、気づく。遠目だが、魔王が時折バランスを崩したり、膝をついたりしているように見える。


「確かに押してる……のか。これならいけ……」


 だが俺が言いかけた途端。

 ボガァァアアア!! といきなり高さ10メートル長さ50メートルはあろうかという砂柱が上がった。


「ティルミ……ッ!!」


 攻撃の規模感から、これは魔王がやったのだと直感する。

 直撃すればアウト……。

 だが、もうもうと起こる砂煙がやんだとき。

 その中から現れたシルエットは、ティルミア。そして……。


「お……おぉおおおおお!?」


 思わず変な声が出た。

 直径2メートルほどの、巨大な鉄球が、ティルミアの頭上に出現していた。


重牙弾アーモンド・クッキー!!!」


 ドズンッッッッ!!!!


 重い音を立てて砂に鉄球が突っ込む。


 あたりに砂埃が再び巻き上がった。


「や……やったのか!?」


 そのまま、十五秒。二十秒。俺の問いに誰も答えないまま時間が過ぎた。

 遠目に、ティルミアが額の汗をぬぐうのが見えた。

 ……。

 さらに数分経ち、俺とメイリはようやく勝敗が決したのだと判断する。


「おーい、……魔王は? 死んでる……のか?」


 近づきながら地面に半ば埋まった鉄球のあたりを見て、途中で思わず目をそらした。

 上半身が完全に鉄球の下で、血が瞬間的に扇形に広がったらしいことがわかる。


「ティルミア……無事か」


 あは、と笑う殺人姫。


「ぜんぜん無事じゃないよ。右腕は骨が粉々だし左腕と左足も折れてるから」


「け……けろっと言うが満身創痍だな文字通り」


「手足の感覚は今切り離してるから動くのに支障はないけどね」


 感覚を切り離す……。ああそういえばそんな技をミレナとの戦闘で使っていたな。


「これ、前にドラゴンとの戦いで使ってた魔法だよな。こっちの方がデカいが」


 巨大な鉄球。なんだっけ、アーモンドクッキー。相変わらず名前はふざけているが、ティルミアオリジナルのネーミングだろう。


「まあね。今度は8倍の重さだよ」


 ぷらんぷらんと腕を振って笑うティルミア。本当に折れてるらしい。


「とにかく回復を……」


 ずっ。


「……」


 鉄球がほんの少し、動いた。押しつぶしている砂との摩擦音なのだと思う。

 俺は無意識にティルミア、メイリと顔を見合わせていた。こういう時、とっさにとるべき行動がとれないものだ。すぐに逃げることをしなかった。

 ぐらり、と揺れて鉄球がゆっくりと転が……。


重牙弾アーモンド・クッキー!」


 ズドッ


 鉄球オン鉄球。

 再び砂が舞う。

 鉄球の上に重ねられた二個目の鉄球が、ごろんと落ちてきた。


「と、と、とっっ。あ、あぶねえ」


「あ、ごめん」


 直径二メートルの巨大鉄球だ。

 俺なんてちょっと挟まれるだけで死ぬ。

 ドズ、と砂へ着地するともうもうと砂埃を巻き上げる。


「今、魔王……。動いたような。息を吹き返したのか……?」


「大丈夫。トドメ刺した」


「……」


 しばし、沈黙。

 なんとなく、顔を見合わせるティルミア、俺、メイリ。

 たぶん、三人ともわかっていた。

 トドメなど、刺せてはいない。


「……逃げてっ!!!」


 ティルミアが俺を突き飛ばした。

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