第九章 5/8
「連れて行け? 何で?」
どこか咎めるような口調。迷惑そうだな畜生。
「君、戦いは得意じゃないって聞いたよ? 足手まといにしかならないんじゃない?」
心配するな、と俺は苦笑して両手の平を向ける。
「戦いにはな。心配しなくても共闘しようってんじゃない。俺は蘇生師だからな。はっきり言うが……お前の蘇生のためさ。お前が死んだ時のためにな」
魔王と戦えば死ぬ。俺はそう言っている訳だが、ティルミアはその点を反論しなかった。……こいつはやはり、勝算があって行くわけじゃないのだ。
「ふーん。ま、良いけど。かばってられないからね」
「タケマサ。何を勝手に決めている」
振り向くと、腕を組んでいる事務所長様。
「止めないでくれメイリ。すまんが俺は行かない訳にいかないんだ」
「一人で行くのはダメだ。私も行く」
「なんでだよ。相手はあの魔王だぞ。加勢が多くて何か意味があると思うのか?」
「お前が言うか。加勢じゃない。私だけだ。お前が何を考えているのか知らんが、一人じゃ脱出もできんだろう。私が近くにいれば、チグサが周囲の仲間ごと強制召喚で呼び戻せる」
そんな便利な手段があるのか。ラーシャに襲われていた時のアレがそうかも知れない。
「しかし俺ひとりのためにあんたが身を危険にさらすのもな」
「お前だけじゃない。その子もうちの一員なんだ」
……。わかった、と俺は頷いた。確かに脱出は考えていなかった。
かくして俺とメイリはティルミアについて、街へ戻ることになったのだった。
*
「お前……! タケマサ! 何しに来た! 我らがティルミア様と何故一緒にいる!」
街に入った途端。
親衛隊、とやららしい。仮装大会かと思うような虚仮威しが透けて見える鎧に身を包んだ若者達が、俺とメイリを取り囲んだ。
「すまんが通してくれ。神様に頼まれたんで一人で行かせる訳に行かんから来たんだよ」
「ティルミア様は我らと共に魔王討伐の準備中だ!」
若者達に囲まれて立ち往生していると、一瞬姿が見えなかったティルミアが戻ってきた。あの悪趣味な衣装を着替えたらしい。元の飾り気のない服に戻っている。
そのまま俺たちの前を通り過ぎて、笑顔で手を振って城に向かって歩き出した。
「じゃ、行ってくるね」
「えっ……ちょっ! ちょっとお待ちを! ティルミア様! 作戦を、作戦を練らなくては……もっと準備とか」
慌てて止めようとする親衛隊の男にティルミアは苦笑して首を振った。
「作戦の立てようがないよ。あの人の強さは単純な腕力で、だから弱点らしい弱点も無いと思う。待ってるとあっちも仲間を集めるかもしれないし、そっちの方が面倒だよ。さっさと行ってさっさと倒した方が良いと思う」
ティルミアは足を止めない。仕方なく俺とメイリもついて行く。
「待って下さい……わ、我々も」
「うぅ……鎧が重くて動けない」
ヨタヨタとついてこようとする親衛隊の皆さん。軽装の俺達との距離がどんどん開いていく。
「あいつらか? ティルミア。お前のあの奇天烈な格好の原因は」
「う、うるさいな」
後ろを振り返る。若者達は鎧を着たままぼーっと突っ立っているのが見えた。
「……ついてこないな」
「来ないだろうな。あの者達は、自分が魔王と戦おうという覚悟などないのだろうよ。誰でも良いからすがれる者がいれば安心する。いざ火の粉が降りかかると去って行く。そんな連中だ」
メイリはばっさり言った。そんなことだろうと思っていた、という様子だ。
前を行くティルミアも、振り向きもしない。
「殺人鬼と一緒に戦おうなんて人、いるわけないもんね」
俺達は、街を進む。
広場の半分が無くなっている……。
魔王が演説をした、そして俺が制約魔法を発動したあの広場は、その面積をちょうど半分に減らし、半円に近かった形を扇形にしていた。
「これを魔王がやったわけか」
「そうだ。……面と向かうとあのフザけた調子だから忘れがちになるが、私達凡人とじゃ桁が2つ3つ違う戦闘能力を持っている」
メイリは大げさを言っているわけではないのだろう。RPGの序盤でなぜかラスボス付近のエリアに出る筈の敵モンスターが出てきた時のあの感じだ。武器とか魔法とか道具とか、あるいは作戦とかをどう工夫したって、勝ちようがない。「勝てる設定になっていない」から勝てない。そういう敵だ。
チート、なあ。なるほど言葉通り、ずるい。女神もとんでもないことをしてくれたものだ。
「そりゃ、俺ら凡人を単位にしちゃそうだろうが」
メイリも俺も戦闘員じゃない。モンスターとだってやり合えない筈だ。
「言っておくが私は一人で外を旅することくらいするぞ。道具を駆使すれば戦い方次第でどうにでもなる」
意外だった。メイリは俺と同じ護衛なしじゃ街の外に出られないタイプだと思っていた。
「それでも魔王と比べりゃ二桁は違う。私が百人でかかったって相手にならないだろう」
「なるほど、そこいくと……あの人外の戦闘力を持つお姫様とかならどうなるんだ?」
俺はティルミアを親指で指差す。俺にとっちゃこいつも十分チートと言っていい。
メイリは、首を振った。
「それでも一桁違う」
「一桁、か。大きいな。……ティルミアのあの変態じみた強さでも、十人がかりでやっと相手になるって言うのか」
「ああ。ティルミアは私から見ても常識外れの強さだよ。殺人鬼という職業は本当に恐ろしいものだな。だが、それでも制約の無いタイマンで魔王と正面からぶつかるのは絶対にダメだ」
「負け確定か」
「確定とは言わんよ。だが勝率はわかる。私は各タレントの力量を見極めてどの程度の現場ならこなせるか見切るのが仕事なのでな」
「ティルミアの勝率はどのくらいあるんだ?」
メイリは、首を振った。そして、俺の真剣さをたしなめるように僅かに笑って言った。
「意外に高いさ。10%くらいはある」
意外に高い……か。まあ確かに。
「一桁も差があって勝つ可能性があるのは意外だな」
相手があの男だからだな、とメイリは言った。
「魔王とあだ名されるあの男はな。けして戦闘の技術が高いわけじゃない。むしろ、素人だ。だから、世の高名な剣術家も格闘家も誰も、やつを認めてなどいない。あの男がいくら強かろうとも、指南を乞う者はいない。学ぶべきところが何も無いからだ。しかし無視することもできない程には、厄介な強さだ。災害みたいなものだな。力を背景に押し付けてくる要求を突っぱねられない。だからあだ名が「魔王」なんだ」
強い。が、その強さに誰も憧れないってことか……。
「ただべらぼうに身体能力が高いだけだが、それが一番厄介なんだよ。単純な腕力脚力が、容易に大型ドラゴンを裂き、街の半分を消し飛ばすほどの出力を生む。どんなに鍛えていようとも、本気の直撃を一発食らったらアウトだ」
「そりゃそうだな」
ティルミアの身体がそこまで頑丈だとは俺も思わない。
「ただ、タケマサも知ってるだろう。ティルミアは一度やつを殺した」
イエス。頷く。それを俺も言いたかった。
タルネ村の時だ。ティルミアは一度確かにやつを殺した。
「そう、そこだよ。死んだふりとかじゃなくて、あの魔王は確かにあの時死んだんだ。アリサリネが蘇生さえしなければ、本当に世界は平和になっていたわけだろ」
そう単純でもなかろうがな、とメイリは言う。何でだよと俺は思うが、メイリは口を濁した。
「……何か保険をかけていたとか?」
魔王が、かはわからんがな、とメイリは言った。
「レジンだよ。あの男が噛んでいたのだからな。魔王に何も考えがなくとも、アリサリネが裏切ったくらいで終わりはしなかっただろうということだ」
ならそれでもいいけど、と俺は話を戻す。
「ともかく、ティルミアはやつに勝った。隙を突いたからだ。不意打ちなら勝てるってことだろ? ティルミアの素早さならチャンスはあるんじゃないか?」
前を行くティルミアに従い、広場跡地を城のほうに向かう。
「確かにスピードだけならティルミアは魔王を凌ぐだろうよ。魔王は動体視力はさほど常人離れしているわけじゃない。以前、私も魔王の戦いを目にしたことがあるんだがな、やつは敵の攻撃を避けるのは得意ではないらしい。いや、避けようとしない、と言うべきか」
確かにティルミアも言っていたな。やつはティルミアの攻撃を食らってもいい、死んでもいいという態度だったと。
「それは油断しているというのもあるが、速すぎる攻撃にはおそらく目がついていかないんだろうよ。そしてそれをカバーする腕もない。繰り返すがやつは格闘は素人だ。武器の扱いもなっちゃいないし魔法も使えない、防御もできないただの馬鹿力だ。ティルミアが攻撃を当てることは難しくない」
メイリの口調を聞いていると、むしろティルミアが有利であるようにさえ聞こえる。
「逆に不思議に思えてくるな。……なのに10%しか勝率がないのか? 今回はアリサリネもレジンもいない。やつは一人だ。むしろ勝てるんじゃないか?」
「以前なら……魔王が完全に油断していた時を狙えばそういう目もありえただろうな。だが今は違う」
メイリは俺を見た。
「今の魔王に油断することを期待することはできない。……お前のおかげでな」
俺が……一度やり込めてしまったから、か。
「だとしても今無策に突っ込むのが良いと思うか?」
「思わんな。……ティルミア」
メイリはティルミアに背後から声をかけた。足を止めるティルミア。
「ユリンらに聞いたが、兵士達も魔王の部下達も城にはいない。城には今、魔王しかいないそうだ。おそらく、王の間でふんぞり返っているんだろう。……このままのこのこと乗り込んでいくつもりか?」
うん、とだけ言って歩き出そうとするティルミアの肩を掴んで止める。
「こうやって正面からことを構えるのは分が悪い……と前に言っただろう」
「それ聞いた覚えないです。私、記憶無いので」
ティルミアはメイリの手を振り払う。
だがその手を俺は掴む。
「ティルミア。話を聞け。メイリの言う通りだ。前とは違う。魔王は俺たちを警戒している。俺の提案を聞け。……幸い、俺は城でしばらく過ごしていたおかげで城内の構造にはある程度詳しい。俺が執務室に使ってた部屋のほうを回れば玉座の間の正面ではなく後方横に出られる」
「不意打ちしろってこと?」
「そうさ。正々堂々じゃなきゃ嫌だとかわがまま言うなよ。この際、殺人鬼の信念とかは置いておけ」
「不意打ちだって殺人鬼の選択肢のうちだからそこは大丈夫だけど。……でも、私は少し、魔王と話したいことがあるの」
「今更話すことなんかあるかよ。俺に作戦がある。聞け。俺には手に入れた能力があってだな……」
と、いきなりぐい、と俺は腕を掴まれた。
「まずい」
メイリだった。そばの城壁の影に引っ張っていかれる。
「何だよ、メイリ……」
俺の口が塞がれた。そして、隠れた城壁の影から、城門のほうを目で指した。
しまった、と俺は呻く。魔王だろ、玉座で待ってるだろ普通は。あの男なら尚更そうだと思っていた。
門の中から……出てきたのだった。出てきやがったのだった。
決闘を始めようとするガンマンのような雰囲気で、殺人姫と魔王が対峙していた。
不意打ちは、できなくなった。




