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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第九章 「俺を殺すチャンスだよ」
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第九章 4/8

 メイリは、街から少し離れたところに臨時のアジトを構えていた。丈高い草を刈ってテントをいくつか設営したものだ。

 ここを拠点に、ラインゲール達の捜索と避難者の受け入れをしているということだった。

 避難者の受け入れ。そう、今回の混乱で街を脱した人の中には、行く当てのない者も時折いた。魔物の跋扈する中を旅していける者達は良いが、中には大した装備も持たず満足な戦闘経験も無く、街を出てすぐに立ち往生する人々もいた。メイリ達はそうした人達をこの臨時のアジトに避難させ、冒険者グループに同行させたりといった案内もしていた。

 本拠地のアジトにかけられていたような対魔王用の結界魔法は張られていないらしいが、魔王が接近した時のための感知魔法はあるらしかった。万一魔王が来たらすぐわかる。わかったところで対処可能かはわからないが……。


 俺はテントから少し離れて、木の根っこに座って蘇生後の身体を曲げ伸ばししていた。まだ身体が本調子ではないのか、それともそもそも運動不足なのかわからない。いや、そもそも一人になりたいだけかもしれなかった。事務所の連中はともかく、避難者の民たちとは一緒に居づらい。


「お兄ちゃん、タケマサでしょ? 悪いことしてティルミアちゃんに殺されたって本当?」


 と思ったらいきなり人聞きの悪いガキに話しかけられた。避難者だろう。俺は仕方なく答える。


「悪いことじゃない。俺がしたことは俺にとっては正しいことだ。ティルミアにとってティルミアのやったことが正しいようにな」


 ふーん、と言ってガキはどこかへ行った。興味無しかよ、と小声で愚痴ると今度は別のおっさんが声をかけてきた。


「だが結局ムダだった訳だがな。今、魔王様は城にふんぞり返ってる。一週間以内に全国民が忠誠を誓え、でなければ残った街も全て吹き飛ばすと魔王様は言っているそうだぞ」


「でも、あんたみたいに忠誠を誓いたくない国民は逃げ出してるんだろ?」


 するとおっさんの後ろから、たぶん奥さんなのだろう、険しい顔で俺を睨んでいるおばさんが現れた。


「何だいその言い草は! 国を捨てて逃げることの辛さがあんたにはわからないのかい! あんたが余計なことしなきゃ逃げてくる必要はなかった。あんたが来なけりゃこの国は平和だったのさ。魔王様だって前の王様を殺しはしたけど民に暴力を振るおうなんてしなかっただろ」


「そりゃ楽観的すぎるんじゃないのか。中央広場で見せしめに殺されそうになった民間人の男だっていただろ。それに、あの男の部下だった奴が街で破落戸(ごろつき)どもを殺しまくったのを俺は見たんだよ。魔王と呼ばれるだけあって、あの男は別に「民に暴力を振るおうなんてしない」つもりはないんだよ」


 じゃからしい! とまた別なしわがれた声が、背後から聞こえた。


「無法者どもは国民ではない! 死んで当然の野盗崩れどもじゃ。ヨソ者じゃ。……お前さんも、異世界から来たそうじゃな! 全く、ヨソ者が無責任にいかがわしい魔法なぞ使いおって!!」


 怒鳴り始めた爺さんを振り返ると、いつの間にか俺を罵る民たちが集まっていた。うーむ。これはそもそもここに来たのは失敗だったかもしれん。


「いや魔王だって異世界人……」


 すぐに俺の言葉は遮られる。


「アルフレッド王と魔導師様のおった平和な王国を返してくれ!」


「いや、アルフレッド王を殺したの魔王だから。あと、その魔導師様だって異世界人だからな。さっき「いかがわしい魔法」って言ってた制約魔法、考えたのあいつだぞ」


 再び別方向から甲高い声。


「タケマサあんた! あんたのせいで私の彼、ケガしたのよどうしてくれるのよ!」


 顔が怒りに燃えている女。質素な服だが態度は高飛車だ。


「いやなんの話……」


「あんたが街に呼んだあの人食いの化け物よ! 彼ったら、あの美人兵士長をかばって酷いキズを負って……。だいたい私という者がありながら他の女をかばうってどういうこと!?」


「いや知らないって。まずその魔物を呼んだの俺じゃねえよ。あとユリンのことを俺に文句言われても困るし、その件は彼氏とまず話し合え」


「彼氏にはフラれたのよ!! 兵士長とともに戦うんだとか言って。何なの!? あんな暴力女の何が良いの? 男はああいう暴力的な女がいいの?」


 ああもうツッコミがおいつかねえ。


「暴力的な女がいいなんてことは断じてない。俺が証拠だ。俺はここ二、三ヶ月ずっと暴力女の代表格と一緒にいたがマジで大変だったぞ」


「それって私のこと?」


「他に誰がいるんだティルミア。だいたい……」


 思わず二度見してしまった。


 人だかりに混じって。

 ティルミアが、いた。


「ティ……ティルミア!? お、お前……!?」


 驚いたのは俺だけではなかったらしく、突然現れたティルミアに集まっていた連中もザワザワとした。


「ティルミア……! おまえ、何してたんだ今まで」


「ちょっと何、人のこと呼び捨てにしないでよ」


 なるほど、俺と出会ってからの記憶をすべて失い、殺人鬼のライセンスを取ろうとしていた頃に戻ってしまったティルミアだ。そういう反応にもなるか。

 ていうか。

 なんか、妙な服装をしている。トゲトゲのついた肩当てに、手首と足首にゴツいデザインの金属の腕輪。胸当てと腰の一部を金属版で覆っているが、そのわりに露出度が高く、下はレオタードのようなものを着ているのがわかる。


「君は何なの? なんでそんなになれなれしいの? 私が記憶を無くしてた間のことは、一応メイリさん達に聞いたけどさ、なんで二ヶ月も一緒に旅してたのかわかんないよ」


「ご挨拶だな。お前のほうから誘ってきたんだぜ。……ところでお前、召喚に応じなかったとか聞いたが、なんで急に戻って来た?」


「……戻って来たわけじゃないよ」


 ティルミアはさくさくと草を踏む音を立てて、俺の前まで来た。


「……君、みんなから殺人を奪ったんだよね? あの魔法、またかけるつもりだったりするの?」


「制約魔法か」


「そうそれ。……もしあれをまたかけるつもりなら、それは困る。魔法で無理矢理なんて、そんなヒドいやり方はダメ。殺してほしくないなら、そう言えばいい。言って聞かないなら殺すしかないけどね。だから来たの」


 俺も立ち上がる。


「変わらんなお前は。殺すなと言えばいい、てのは強者の論理だ。力を持ち、戦える人間のな。でも俺みたいに弱っちくて戦う力の無い人間は、ルールで強制的に殺人を禁じないと、安心できないんだよ。殺すなって要求を相手が聞いてくれなかったら終わりだからな」


「じゃあ自分を殺すことだけを防ぐ魔法にすればいいじゃない。制約魔法はそういう風にできないの?」


「……不可能じゃな」


 誰かと思った。いきなり会話に参加するミサコ。いつの間に現れたんだ。見るとアリサリネもいた。ティルミアはむすっとした表情で二人を見た。


「やろうと思えば、誰も殺せないのではなく、特定の誰かのみ殺せなくするというように魔法を改変すること自体は可能じゃ。例えば、タケマサが誰かを殺せなくなる代わりに、誰もタケマサを殺すことだけはできない、というようにな」


 ただ、とミサコは首を右に傾けた。


「制約魔法というのは発動者と対象者の対称性が重要でな。……ああつまり、人によって条件を変えるというのは、効きが物凄く悪くなるのじゃよ。制約魔法のもとに皆平等でなければ効果が薄いのじゃ」


 ティルミアに睨まれて肩をすくめる。


「……これはワシが意図してそうしたという訳ではない。人間はもとから、不平等な約束事に従いたい等とは思わんということじゃ。制約魔法は催眠魔法の応用なのでな。催眠というものは人が従いたくないことを強制するには向いておらんのじゃ」


 ティルミアは、むすっとした顔で言い返す。


「私は殺人罪なんてものに従いたくないよ」


「それでも平等じゃったからな。平等なルールは受け入れやすい」


 俺は苦笑する。


「安心しろティルミア。とりあえず、殺人罪をもう一度発動する気はねえよ。少なくとも改良が要る。でないと同じことの繰り返しだからな」


 ティルミアは表情を和らげた。


「わかった。じゃあいいよ。もしもう一度使うつもりだったら殺さなきゃいけないなと思ってきたんだけど、やめとく」


「お、おう……そりゃどうも」


「ごめんね、あの時は」


「まあ良いさ。おかげで神に会うというレアな体験もしたしな。」


 なんだか軽い謝罪だったが、俺は寛大な心で許してやることにする。殺されたことを許してやるというのだから相当な寛大さだが、罪悪感を感じていない相手に怒っても仕方がない。


「ところで……今更だが」


 ティルミアのほうを向く。


「お前、なんでそんな格好してるんだティルミア」


 一瞬戸惑った顔をしてから、いまさら顔を真っ赤にするティルミア。


「な、何が!?」


「どう見ても「悪の女幹部」だな」


 ゴツく張り出した肩パットから伸びるトゲトゲ。黒いビキニアーマーの下にぴたっとしたレオタード。ごてごてと首周りや手先足先にやたら派手な装飾をつけているのがなんとも悪趣味で、露出度は高いが色気というより色物と表現したくなる。


「だ、だって、まず見た目の迫力で負けてるとか言うんだもん……」


 負けてるって誰にだ。魔王にか。


「……見た目で威嚇しようとはお前らしくないな。……いやそういうファッションが好きならケチをつけるつもりはないけど」


「い……イケてない?」


「全く」


「き、着替える……! 私ファッションってわかんないもん……。この服、格好いいから着たほうがいいって親衛隊の人たちがおだてるからそうなのかなって思っただけだもん!」


 どうも(ファッションセンスが)よくない連中とつきあっているようでお父さんは悲しい。


「親衛隊、なぁ……。そんなもの組織して、お前何してんだよ」


 違うよとティルミアは首を振った。


「組織なんてしてないよ。私を代表にして戦おうとかっていう人たちが勝手に集まってきちゃっただけ。困ってるの。はっきり言って、足手まといだから。一人のほうが殺しやすい」


「殺しやすい?」


 うん、ほら、とティルミア。


「魔王を、ね。だって、あの人街を吹き飛ばしたりして、すごい迷惑じゃない?」


 近所迷惑よねえ、くらいのノリで言ってくる。「わかるわかるー」とか言えばいいのか。


「ティルミア。お前あの魔王と戦おうってのか?」


「うん」


 ……残念ながらその意志は固い、か。

 なら、と俺も決意を固める。


 俺は、自分の胸を指差した。



「じゃあ俺を連れて行け、ティルミア」

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