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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第九章 「俺を殺すチャンスだよ」
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第九章 3/8

 目が覚めると再び女神が……等ということはなく、今度こそ、俺は生き返った。

 そしてちゃんと、記憶もあった。あの一風変わった女神のこともちゃんと思い出せた。

 視界の晴れた空を眩しく感じながらゆっくりと身を起こすと、さほど丈の高くない草っ原の中。つまり街の外らしい。なるほど、あの遠くに見える城壁はネクスタル王国のものだろう。


 俺の周りを囲む三人に尋ねた。


「今はいつだ?」


 安堵するようなため息をついたのはアリサリネだった。


「タケマサが死んだ、翌日よ」


「助かった、アリサリネ」


 アリサリネはまた白いローブ姿だった。


「記憶はある?」


「ああ。バッチリだ。死ぬ前も、死んだ後もな」


 身体を起こす。うおぉ、いててて。


「大丈夫か? どこか痛むか?」


 そう声をかけてきたもう一人はメイリだった。


「ああ、メイリ。大丈夫だ。ちょっと関節が痛むがな。あれだ、ずっと同じ姿勢でいたからだろ」


 むしろ死んでいたということを考えると、平気で動けることに驚くくらいだ。立ち上がれる。フラつくこともなかった。死んで生き返るのは初めてだが、こんなものなのか、それともアリサリネの腕がいいのか。

 服の胸のところが穴があいていた。傷はふさがっている。……遺体修復魔法か。

 周囲の草が少し刈ってあって、よく見ると魔法陣が描かれている。


「世話をかけたな」


「お前のせいではなかろう」


 最後の一人はミサコだった。メガネがひび割れているし、着ているローブもだいぶ汚れていたが、怪我はなさそうだ。


「メイリ、アリサリネ、ミサコ。……無事なのはこれだけか?」


 何があったか悪い予感だけが先行している俺の言葉に、メイリは首を振った。


「あとはミレナ、ディレム、チグサ、リブラは無事だ。事務所の連中と一緒にいる」


 ……まんざら悪い予感は外れてはいなかった。


「……ティルミアは?」


 メイリは複雑な表情を浮かべた。首を縦にも横にも振らなかった。ミサコもアリサリネも困った顔をしている。


「はっきり言ってくれ。生きているのはわかってる」


 女神にそう聞いたのだということは話さずにおく。やけに確信めいた俺の言い方が意外そうだったが、メイリは単に俺がそう信じているということだと受け取ったようで、何も言わず頷いた。


「順を追って話そう」


 メイリは簡単に話してくれた。

 あの時、食人鬼グール戦の後、ティルミアが俺を殺した瞬間に制約魔法が解けた。

 殺人罪が無くなった……それが何を意味するかすぐに理解したメイリは仲間たちと引き上げ、街の外へ避難させることを決めた。魔王が気づけば、すぐに牢を出てくる。グズグズしてはいられない。

 だが記憶を失いメイリ達が仲間であることも忘れてしまったティルミアは、ついていくことを拒んだ。

 メイリはそこで判断ミスをする。その場でティルミアに魔王が復活するだろうことを説明してしまったのだ。それをあたりにいた民衆も聞いてしまった。一気に民衆はパニックになった。民衆の二割ほどが街の外へと一斉に逃げ出し始めた。

 逃げ惑う民衆の中でメイリは仲間を見失う。だがミサコ、アリサリネ、チグサはどうにか連れて逃げることができた。チグサがいれば召喚で仲間を呼び戻せる。それでミレナとディレムそれにリブラはどうにか連れ戻せた。


「他は?」


 もったいぶっているように感じて苛立つ俺の問いに、メイリは淡々と結果だけを伝えた。


「わからない。召喚に失敗した」


「失敗って……どういう……」


「失敗には色々なケースがある。まずユリン兵士長は、召喚に応じるのを拒否した」


 拒否……。そうか、チグサの召喚魔法は拒否しようと思えばできるのか。


「理由も伝えてきた。ビルトが通信できたからな。ユリン兵士長は兵士達を残して逃げるつもりはないそうだ」


 なるほど。あいつはまだ近衛兵士長だったか。それはわかる。


「で、ティルミアだが……あの子も拒否した」


 メイリはどう話したものか悩む様子を見せた。


「魔王に捕まったわけではない。ただ、我々の仲間だったことを忘れてしまっているからだろうな」


 なるほど。予想していなくもなかった。

 俺と会う以前までの記憶が消えたということは、当然メイリ達にも会っていない。得体の知れない連中だ。だから召喚されることを拒否した、か。

 だが次のメイリの言葉は予想外だった。


「そしてティルミアはあの街で今、英雄に祭り上げられている」


「え、なんだそれ」


 メイリは、あまり聞きたくない話かも知れないが、と前置きしてことの顛末を語った。


 リリエラームを倒したティルミアは、街を窮地から救い、文字通り殺人で皆を笑顔にした。そして、街にピンチを招いた張本人を成敗してくれた。

 すなわち、俺だ。

 俺(厳密には俺とミサコ、アリサリネが共犯だが、民衆は主に俺のせいだと認識している)こそが殺人罪などと言う極端なルールを課して街の人間から自衛の力を奪い、ルールから簡単に逃れられる魔物や悪人どもに街を蹂躙させる手助けをさせた。とまあ、そんな風に思われてしまったらしい。

 もちろん街の住人全員がそうは思ってない筈だ(と信じたい)が、実際のところ殺人罪という制約魔法が成立してから街は短期間にこれまでにないほど混乱し、人も死んだ。魔王が攻めてきた時よりも民に関しては被害が大きかった。ぶっちゃけ、魔王よりも俺の方が迷惑度合いでは上だった、というのが客観的事実だ。

 悲しいことに、街を救った英雄であるティルミアが俺を殺したことで、その評価が確定した。危うく俺の死体も無事では済まないところだったらしい。今無事に蘇生されているのはなんとか運び出したメイリ達に感謝するしかない。

 魔王が復活するとメイリが口にしたあと起きたパニックで、民衆の一部は街を逃げ出したが、逃げられない者も逃げたくない者も大勢いる。

 そして、逃げずに魔王と戦うべきだと考えた者達もいた。そんな連中が、ティルミアを担ぎ上げた。「ティルミア親衛隊」を名乗る彼らは、ティルミアを先頭に魔王と戦おうとしているらしい。街の兵達の中にもその動きに同調する者達が多くいて、ユリン兵士長を通じてその動きが伝わってくるのだとメイリは言った。


 ティルミアは今、こう呼ばれている。「殺人姫さつじんき」ティルミア、と。


「面白すぎるな。たった1日でティルミアが英雄になったか……。それでも魔王と戦おうってのは無謀だろ? ティルミアは本気なのか」


「わからんよ。あの子がどういうつもりでいるのかは何も伝わってこないのでな」


 祭り上げられて良い気になってるってことはあるまいな……。あいつ褒められることに慣れてないとこあるからな。


「……で、後は?」


 なぜか、メイリは黙った。


「まだいるだろ? ラインゲールと、サフィーは? 二人はどうしたんだ?」


 首を振った。


「反応が無かった。拒否したか、それとも召喚魔法自体が反応しなかったか……」


「拒否……はしないだろ。ラインゲールとサフィーは拒否する意味がない。反応しなかったってのはどういう意味だ? 結界でガードされていたとかか? 俺の時みたいに」


「ああ。その可能性ももちろんある」


「と言ってもレジン達はもういない筈だが……。なんだよ。随分歯切れが悪いが……」


「……」


「……」


 え。


 まさか……。そんなバカな。


 背筋を嫌な汗が流れる。

 チグサが言っていた言葉がよぎる。召喚魔法は、生者しか召喚できない……。


 やめろ、よせ。

 頭を振り払う。

 だいたい、なぜだ? おかしいだろ。


 俺は城壁のほうを指さした。


「メイリ。見ろ。城はまるで無事だ。魔王が暴れた様子はない。魔王はまだ地下でとらえられたままなんだろ? 制約魔法が解けていることにも気づかずにいるんだ」


 魔王がまだ動き出していない。ことはまだ始まっていないのだ。誰かが命を落とす理由等ない。

 だが俺の言葉にメイリは複雑な顔をしたままゆっくりと首を横に振った。ミサコもアリサリネも顔を曇らせた。

 俺に、来いと言ってメイリは歩きはじめた。

 そのまま後をついて草原を歩く。街を遠巻きにぐるりと半周……もしないうちに、俺はとんでもない勘違いをしていたとわかった。

 城壁が、途中で途切れていた。崩れ落ちていた。そこから本来なら徐々に姿を見せる筈の町並みすらも、無くなっていた。この街の形は俺の認識では円に近い形だった筈だが、既に街は真円を描いておらず、4分の1が扇形に欠けたケーキのように、パックマンのような形になっていたのだ。歩くに連れ、たった今まで俺が見ていたのが街の「無事な側」だったという事実に気づく。

 城を中心として、街の4分の1が、綺麗に扇形の更地になっていた。

 城壁も、その内側の街も、綺麗に中央から南東方向が消えていた。草さえ残さず砂地になっていた。境界線上にあった家が、ドールハウスのように断面図が見えていたのがまるで何かたちの悪い冗談のようだった。


「な……ん……」


「……このあたりの地区はもともと無法者達の住むエリアだが、ここ数日の混乱でだいぶ街を去っていた。そしてあの騒ぎの時には多くが中央広場に集まってきていた……。だから、実際のところこの消え去った地区にはあの時ほとんど人間は残っていなかった、とは思う。……希望的観測だがな」


 これは何だよ、と俺は間抜けな台詞を吐いた。


 メイリは答えてくれた。



「他に誰がいる。魔王が消し飛ばしたに決まっているだろう」


 諭すように、「これが魔王なんだよ」と繰り返した。


「とっくに魔王は復活しているんだ」

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