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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第九章 「俺を殺すチャンスだよ」
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第九章 1/8

 起きるという瞬間はいつも、自覚できない。起きる瞬間ではなく、起きて数秒経った時に初めて、自分が起きているということを自覚するのだ。

 普通はそうだ。

 だから俺は、覚醒する過程をありありと自覚するその奇妙な目覚めを味わった時、ここがあの世なのだ、これがあの世で目覚めるということなのだと理解した。


「気分はどうですか?」


「よくは、ないな。自分の意識がとても小さく、豆粒みたいになっていた。自分の中身を無理矢理押し込まれていた。そこから意識を無理矢理広げられていくようなあの感じは、だいぶ気持ち悪い目覚め方だな」


「初めての人は誰でもあれは気持ち悪いと言いますよ。そんな風に言葉で表現なさろうとしたのはタケマサさんが初めてかもしれませんが」


 俺に声をかけてきたのがまるで知り合いのような気がしたのはたぶんその口調と雰囲気のせいなのだろう。

 だが当たり前だがそんなわけがない。

 なぜなら、ここはあの世、というやつなのだから。なんとなくわかっていたのでショックがあったわけではなく、ただ緩やかな驚きがあっただけだった。

 あの世。

 背景がない。

 壁もない。

 天もなければ地もない。

 自分の身体も無くなっている。

 ただただ白い世界。


「手抜きのコマみたいだな、この場面。アシスタントの仕事が減るな」


「漫画化はまだですよ? ここは現実です」


 俺は吹き出した。口がないのに吹き出すことはできる。それは肉体ではなく魂に備わった機能なのかもしれない。


「現実、ね。ここはあの世だろ?」


 声をかけてきていた何者かに、そう尋ねる。尋ねたが答えは返ってこなかったし、返ってくる必要もない。そんなことは自明なのだ。


「さてと。で、あんたは? ……声だけは聞こえるんだが、姿が見えない」


「見えたほうがよろしいですか? 今デザインを考えるのでちょっとお待ちを」


「あ、じゃあどっちでも。時間がかかるならいいや。話を進めよう」


 残念そうだった。そう、感じた。姿は見えないのに、声が聞こえなくても、感情は伝わる。あの世というのはそういうものなのだろうか。それともこいつだからか。


「私は、世界を作った女神です」


「てことはここは天国か?」


「ずいぶん殺風景だな」


「どこまで覚えているんですか?」


「俺が死んだこと。ティルミアに胸を貫かれて殺された。そこまでの記憶は全部ある。……そっから先は何も覚えてないけど、さっき目覚める間に、なんとなくここが「あの世」ってやつなんだろうなということと、あんたが閻魔様か神様か、あるいはその手下の悪魔とか天使とかそういった類の存在なんじゃないかとわかっただけだ」


 思ったと言わずにわかった、と言った。


「初めてじゃないだけあって理解が早いですね」


 その言葉の終わる頃に、遠近感がはっきりしない俺の視界に、ボンヤリとした白い人型が現れてきた。見えるものがあると急に空間に奥行きを感じる。


「姿、別に見えなくていいと言ったぞ。俺の方も身体が無いし」


「つれないですね。久しぶりに長く話せる人なので私もサービスしようと思ったんですけど」


 サービスと言うなら、と俺は少し考えた。


「教えてほしいことがある」


 じわじわと人型は濃さを増してきた。女性のシルエット。俺が言ったせいか、俺の身体のほうも、同じようにボンヤリと現れてきているのに気づいた。


「なんなりと聞いてください。答えられることのうち、答えたいものは答えますよ」


「OK。じゃ、まず、あんた女神と言ったな? あの魔王の力はあんたが一枚噛んでいるのか?」


 なんでそれを先に聞こうと思ったのだろう。ただなんとなく、あの反則っぷりは人間の訓練や努力の範囲を超えていて、人ならぬ者が関わっている気がしていた。


「もう、なんでそういうの、先に聞いちゃうんですか? ……答えたくありません」


 なにやら機嫌を損ねたらしい。自分から言うつもりだったのか。


「……ていうか、なんですか、まず聞きたいことはそれですか? 私のこととか、あなたがこれからどうなるかとか、そういうのが先じゃないんですか?」


 ああすまん、と俺は謝る。不用意に神の機嫌を損ねるもんじゃない。


「たぶんそれは俺が聞かなくても教えてくれるんじゃないかって気がしたんだ。あんた、いい神様っぽいからな。親切そうだ」


「なんですかそれ。甘えないでください。ちゃんと知りたいことは質問してください」


 確かに。そうだな、と頷く。


「まず、だな」


 だいぶ姿がはっきりしてきた女神から思いっきり目をそらした。


「なんで服着てないんだ」


 またしても女神はため息をついた。


「だから……まず聞きたいことはそれですか? もっとあるでしょう。この世界の仕組みとか、元いた世界との関係とか……」


 これはあくまでこいつが見せているイメージの筈だ。俺の身体を見ると、なぜか俺は服を着ている。死ぬ前と同じく無地の布の無愛想な服だ。


「俺が服を着ていてあんたが服を着てないから訊いてるんだ」


 はあ……と女神はため息をついた。


「文句が多くて本題に入れませんね。これなら文句はないでしょう」


 俺の服が消えた。


「そうじゃなくて」


「裸というのは相対的な概念です」


「騙されるか。絶対的だよ」


 落ち着け。

 これは相手にしているとツッコミきれないパターンだ。

 俺は解決策を編み出した。目を閉じて何も見ないようにする。


「ああ! ずるい! せっかく頑張って姿が見えるようにしたのに! そっちのリクエストですよ!」


「クライアントの発注内容の詳細を確認しておかないそっちが悪い」


 話が進まないので、俺は質問をすることにした。


「で、俺はこれからどうなるんだ?」


 女神の声が俺の左側に動いた。歩きながら喋るタイプなのか。


「……蘇生されますよ、良かったですね」


 正直、ホッとした。


「アリサリネか」


「よくわかりましたね」


「他にいないからな」


「あ、そうだ、聞きたかったんですが、あの子のことどう思ってるんですか? あっちはタケマサくんのこと好きだと思うんですけど」


 声がいきなり大きくなったので避けるように身体を後ろに傾けた。うーむ、目を閉じたまま話しかけられるというのは今一つ落ち着かないな。


「蘇生できたということは、ティルミアに邪魔はされなかったか」


「……ねえ、ちょっと、質問に答えてくださいよ」


「ティルミアは全部忘れてるんだよな? メイリたちの事務所には戻ったのか?」


「こたえませーん。自分で確かめてくださーい」


 まあ、それもそうか。蘇生されるのなら、自分で確かめればいい。

 魔王はどうしたのだろうか。制約魔法が解けてしまったんだから、やつへの抑えが効かなくなっている。


「……アリサリネは魔王の部下に戻ったのか? ……いや、俺を蘇生しようとしているということは……離反したのか?」


「ほぉらやっぱり、アリサリネちゃんのこと気になるんですよね? ティルミアちゃんはもう君のこと忘れちゃった訳だし、本命チェンジですかね?」


 俺ははっとする。


「待て。そもそもティルミアは俺を殺した後どうしたんだ? 自由になった魔王がティルミアと衝突しないとは」


 ……思えない。俺は知らず女神の両肩をつかんでいた。


「ティルミアは無事か!? まさか死んだりしてないよな!?」


「きゃー」


 舌打ちをする。


「答えてくれ。真剣なんだ。全裸のバカの相手をしている暇はないんだよ」


「ちょっ……。誰が全裸のバカですか! 女神に向かって! ……ていうか女性に向かって! しかもこのボンキュボンを前にして舌打ちって!」


「頼む。教えてくれ。ティルミアは無事か?」


「……なぁんだ、本命チェンジしてないんですね」


 俺がにらみ続けていると、諦めたように肩をすくめた。


「……無事ですよ。生きてます。どうしているかは自分で確かめてください。女神があんまりあれこれ教えるのは良くないです」


「わかった。ありがとう。もう蘇生させてくれて構わない」


 ぶっ

 いきなり額をたたかれた。


「つれなーい! つれないつれない! まるで興味なしですか? 女神なんですよ? おかしくないですか? 普通女神様に会えたら崇め奉ったりテンション上がって彼女になってくださいとか言ったりするもんじゃないですか? 質問責めにすらしないなんてどういうことですか?」


「いやだって、あんまり教えるのは良くないって今自分で」


「そこをどうかお願いしますって頼み込んで訊きたがるのが人間でしょぉ!? どうしよーかなー、じゃあ条件があります、とかじらすのが女神の醍醐味なのに! なんでそこでアッサリ引くかなあ」


 面倒くせえ。

 この女神、めちゃくちゃ面倒くさいぞ。


「えーとじゃあ、そこをどうかお願いします」


「はいだめー。そんな棒読み感満載の頼み方じゃ女神様のハートは射止められません」


「……」


 やべえ。殴りてえ。

 落ち着け。落ち着くんだタケマサ。

 作戦を変えよう。


「すまなかった。あんたが美人だから」


「……な。なんですって。なんて正直な」


 反射的に頭をはたきそうになるのをぐっとこらえる。


「邪険にしたのは悪かった。あんたは美人だし、自分で言うだけあってスタイルだって大したもんだ。目の保養になる」


 それは確かだ。目を閉じて休めることができて、良い目の保養になった。


「……そ、それはどうも……」


「だが、このままではあんたが魅力的すぎて気になってあんたの話を冷静に聞けないんだ。それで困って、つい生き返らせて貰うことを急いでしまった。なので服を着てもらえるとありがたいんだ」


「そ、それはそうですね」


 適当に言ったが、作戦通り。

 頷く女神。その身体が光り始めた。俺の方は手抜きなのか、一瞬で服が戻った。なら、そのエフェクト必要なのかと思うが。

 とりあえず、話が進むことに安堵する。よしよし。

 そう、おだて宥めて話を聞き出す。このタイプにはそれが有効だ。俺も伊達に異世界で色物ばかり相手にしてきたわけじゃない。この数ヶ月の人生経験を使えば女神のご機嫌を取るくらい容易いことだ。

 女神はようやく全裸をやめて服を着た。

 額にはトゲトゲした冠、ゆったりしたギリシャ風の布の服をまとい、左手には本、右手にはトーチ……。


「合衆国の皆さんに謝れ!」


 スパーン、と本をひったくって頭へスマッシュする俺。


「いたた……」


 ツッコんでしまった。くそ。やられた。見ろ、自由すぎる女神が勝ち誇った顔をしている。


「ふふふ。ふっふっふ、甘いですねタケマサさん。人間の分際で女神を手玉に取ろうなんて二十四億年早いです」


「俺が悪かった……。謝るから、教えてくれるなら教えてくれ。教えてくれないんならさっさと生き返らせてくれ……」


「あのですね、ティルミアさんのことが心配なのはわかりますが、ここで時間を使ったからって生き返る時刻は変わりませんよ。せっかくだからもっとあるでしょう、女神に訊くべきことが」


 訊くべきこと? なんだろう。えーと。


「ニューヨークの自由の女神が持っているのは建国記念日が彫られた板か何かだった気がするんだが、なんで本を持ってるんだ?」


「そういうことじゃなくてぇぇぇぇぇ。ていうか、そうなんですか? あれ本じゃないんですか。私、タケマサさんのいた世界の女神じゃないので、そんなに詳しくないんです」


「女神ってのは各世界に一人ずついるのか?」


「大体そうですね。創造主が男の場合もあるにはありますけど」


 えーと……。


「そういえば、二回目だとか言ってたがあれはどういう意味だ? 俺は前にこっちの世界で目覚める前にあんたと会ったのか?」


「ええ。前の時は、寝てましたけどね。転移でも転生でも新生でも昇天でも、この世界に入る時と出る時は私のところを経由するんですけど、大半の人は寝たままなので、私のことは覚えてません」


 確かに、俺が最初にこの世界に来た時に会った記憶はない。


「てことは他にこの世界に来たやつ……ミサコとかもか?」


「あの子も会ってますが、寝てましたから覚えてないでしょうね」


「なるほどな」


 そうなのか……。

 ……。

 ぽりぽり。


「聞くことがなくなったんですか? え、もう?」


 なくなった。


「もう。どうしてそんな、生き返り急いじゃうんですか?」


 確かになぜ俺は妙に焦っているのだろう。死んでいる状態を避けたいと思う、本能のようなものだろうか。あるいはこのアホ女神への拒否反応みたいなものだろうか。


「もう、わかりましたよ! 行けばいいじゃないですか! まったくもう。女の子一人こんな寂しい空間に残して……」


 すねだした。


「いやあんたこの世界の創造主なんだろ? その気になりゃ世界に登場できるんじゃないのか」


「できますけどね! 現世に降りる時は人として出ますから、こういう神様っぽいエフェクトとかかけられないんですよ!」


 なんか後光を出し始めた。眩しいからやめろ、と手で合図する。


「神として降臨するのは一種の奇跡ですからね! そんな大安売りはできないんですよ!」


 知らんがな……。


「すまんな。長居できなくて。今あっちは取り込んでるからな。いずれまた死んだらその時はもう少し長話につきあうから今は勘弁してくれ」


「はいはい! 慰めはいいですよ。じゃあ、目を閉じてください」


 俺は言われた途端、自分で意識するまでもなく自然に目を閉じていた。


「はい、じゃあ行ってらっしゃー」


 今度は眠るような自然さで、俺の意識は落ちていった。


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