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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第八章 「殺人で、みんなを笑顔にしたんだぞ」
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第八章 7/8

「そりゃこうなるわな」


 こう立て続けに人が大量に死ぬ事件が起きると、流石に不満も出るっつーもんだよな……。


 城門の二階の廊下の部分から、窓越しに下が見える。なにやら騒ぎが起きていると言ってラインゲールが俺を呼びに来たのでまた殺人か、と慌ててティルミアと駆けつけたが、そうではなかった。

 城の前に群衆がたかっていた。口々に、城に入れろ、新王に合わせろ、と叫んで兵士と押し問答をしている。

 数十人くらいだろうか。国民の大多数というわけではないのだろうが、こうやって反対行動を起こす人間たちが一人二人ではなく出始めたということだ。


「新王タマサケ様に申したいことがある!」


 一際声のデカイ男の声が聞こえた。


「王でもなけりゃ名前も違うっつーの」


 集まった連中が言いたいことは大体予想がつく。


「殺人罪は本当に効いてるのか、ってんだろ?」


 人が死なない世の中になる、とあれだけ大勢の人間の前で啖呵を切って数日したらこの有様だものな。

 くそう。レジンめ。

 ……仕方ないだろ、と思う。あんなもの例外中の例外だ。本人には人を殺しているつもりなんて全くないんじゃ制約魔法だって通用しない。

 元の世界でも罪に問えない。殺意無く人を死なせりゃ過失致死。過失が無けりゃただの事故だ。殺人にはならない。

 もっとも、操りのほうはそうも言っていられない。元々、それは制約魔法をこの街にしかかけられていない時点で弱点なのだ。効果の及ぶ人間と及ばない人間が出てしまえばこうなるのはわかりきっている。操り以外にも様々な方法で「本人がそうと意識しない殺人者」を作られてしまう余地がある。

 ミサコの言うとおり、制約魔法の改良を急がなければならない。範囲を広げ、国土を覆う。いや、大陸を覆わなくては……。

 それを皆、待ち望んでいるはずだ。そうすれば皆の不満も無くなる。


「違うよ」


 思考がティルミアに遮られた。


「違うよ、タケマサ君。あの人たちは、「制約魔法を解け」って言ってるんだよ」


 ティルミアを睨む。そりゃお前の気持ちだろうが。


「解いたら元の世界に逆戻りだ」


「制約魔法のせいで自分で自分の身も守れないのはおかしいよ。このままじゃ危険すぎる」


「ダメだ。例外は認められない」


「でも! 現に人が死んでるんだよ! 身を守る力は必要だよ」


 ティルミアの傷はサフィーが治療したが、服までは直せない。スカートがボロボロなのでミレナが縫っていた。


「……僕もティルミア君に賛成だな」


 ラインゲールも消耗が大きいようだった。


「君は、いざとなったらまたティルミア君に頼る気かい?」


「いざとならないんだよ。マンドラゴラなんて超レアなのはもう現れないだろうし、城門で、操られているかどうかの検査をさせることにした。武器を持ち込むのもやめさせる。そうすればもう今後はこういうことは起きない」


 鼻で笑われる。


「起きたら、という話をしているんだ。僕の風魔法で抑えるのもティルミア君に催眠魔法の重ねがけをするのも負担が大きい。無理がある。せめて我々だけでも制約魔法を解きなよ」


「タケマサ君、負担だけじゃない。相手をモノと認識して戦うのは、対人戦闘ではすっごく不利になる。相手の動きが読めなくなるから。強い敵が出たら、負けるよ」


「あーもう、うるせえなぁ。わかったよ。大魔導師殿と相談するぞ」


 *


「制約魔法を解く、か」


 ミサコは腕を組んだ。


「ああ。いや、お前の言いたいこともわかる。俺だって、絶対に例外は認めたくはない。殺していい人間と殺してはダメな人間の線引きは難しい。一度例外を認めると歯止めが効かなくなる。だが、そうは言っても、制約魔法は万能じゃない。殺意のない殺人……いや殺意がないものを殺人と呼ぶべきなのかはわからないが、少なくとも人が人によって死ぬこと、を防げない。だから身を守るための力を丸ごと削いでしまっている今の状況は確かにマズいかも知れない。……つまり何というか、ちょっと慎重に設計しすぎた。もうちょい制約を緩めたほうがいいかもしれない」


「と言ってものう……」


「そう、どこまで緩めるかというのは確かに難しい。誰にでも緩めていいとも思えない。やっぱ俺たちの世界にあったように、ある程度の戦闘能力の行使を許された人間……警察、みたいなものが必要なんだと思うんだ。だからそういう人間を審査して……」


「いやそうじゃなくてな」


 ミサコは両手で空中に箱を作って左から右に移動した。


「そういう話じゃないんじゃ。大きな問題が一つある。制約魔法の解き方がわからんのじゃ」


「……は?」


「制約魔法をかけるための術式は長年の研究によって完成したが、解く方はまだこれからだったんじゃ」


 え、何言ってんのこいつ。


「どういうことだよ。え、だって、この街に入ってくる人間に「街を出る時には制約魔法を解く」って説明してるよな? あれ嘘なの?」


「嘘ではない。すぐにとはいっておらんだけじゃ。解除術式が出来次第、実験台を兼ねて試してみるつもりではおった」


「おま……おま、お前それあれだぞ、とんでもないこと言ってるぞ」


 何を言う、とミサコは指で俺を指した。


「魔王には説明しておいたぞ。お前がそれを利用しようとした時に確認せんかったんじゃろうが。タケマサ。知らなかったことをすぐ人のせいにして「聞いてない」と言い始めるのは思考を停止した阿呆じゃぞ。知らなかったのはお前が悪い。……逆になぜ簡単に解けると思っておったのじゃ? 意味ないじゃろうが。かけられた対象者やその仲間が自分で解けたら制約の意味が全くない。考えればわかることじゃ」


「そりゃかけられた人間が勝手に解けたら意味ないけど、かけた人間なら解けると思うだろうが」


「制約魔法が前王アルフレッドのおかげでほとんど試せなかったのを知っておろう。実質、ワシとやつしか制約魔法の実験台になった人間がおらんのじゃ。それにあやつは、ワシに解く方の研究をさせなかった。制約魔法の伝授自体を禁じる制約魔法をワシにかけておったゆえ、ワシ自身で解かないようにと考えておったのかもしれん」


 アルフレッドめ……なんてことをしてくれたんだ。


「いや待てよ。ミサコお前、今はその伝授を禁じる制約魔法、解けてるじゃん。何でだ?」


 ミサコは一瞬口ごもった。


「お主、それに気づいて良いのか?」 


「え? ……あそうか、お前一回死んで生き返ったからか」


「……違う。制約魔法はかけられたものが死のうと解けん。蘇生時に、記憶とともにかけられていた精神系魔法も脳に元通り書き込まれるからじゃ。ステータス異常が死ねばリセットされるのはゲームの中だけのことじゃ」


「そ、そうなのかよ。じゃあ……」


 じゃからな、とミサコは神妙な顔で俺を指さす。


「制約魔法をかけた者が死んだからじゃ。それが今のところの唯一の解除方法じゃ。かけた術者が死ねば解けるようにはなっておる」


 ……お、おう……。


「マジか。他に無いのかよ……」


「それが一番楽な方法だったんじゃ。かけた人間を殺さずに解く方法はまだ無い。急いで開発したとして……人に試して良いレベルになるには二ヶ月……三ヶ月……」


「おいおいおいおい。何でだよ。全く考えてなかったのか」


「正直、解く方法にはあまり興味がなかったんじゃ」


 ポンコツ魔導師め……。


「あははは。じゃあタケマサ君を殺すしかないな」


 ラインゲールが冗談めかして言う。


「お、おい……。今、蘇生師が俺以外にいないんだぞ。アリサリネはライセンスの対象限定のせいで俺を蘇生できない」


「うーん。それは理由にならないね。死体が腐るまでに他の蘇生師を見つければいいだけさ」


「ダメ」


 ぴしゃりとティルミアが言った。


「ティルミア君、蘇生師なら他国まで探せばさすがに……」


「違う。それじゃ、全員解けちゃうもん。タケマサ君のやったことが、全部元に戻っちゃう。……私はそれは違うと思う。私は負けたんだもん。タケマサ君を殺してやったことを全部無しにするのは違うもん」


 ティルミアは俺を見た。


「それに私はやっぱりタケマサくんを殺したくない。他の人にも殺させたくない。タケマサくんが言ってた通り、蘇生だって完璧じゃないしね。ただでさえ貧弱なタケマサくんが、時間をおいた蘇生で無事に生き返る保証なんかない。何か他の方法がないか、私、考えてみる」


 ふっ……とラインゲールは苦笑した。


「やだなあ。冗談だよ。どっちみち、制約魔法のせいでタケマサ君を殺すこともできないからね。この手は使えない」


 険悪な雰囲気は和らいだ。俺は、どこかホッとする。別に殺されると心配したわけじゃないが……。


「ともかく、ミサコ。急いで解除方法を開発するんだ。レジンの言っていたことが気になる。「次」とか言ってた。また何か仕掛けてくるかもしれない」


「ふん、わかったわい……」



 バタンッ!



 いつものようにドアがバタンと勢いよく開いて、駆け込んできた兵士。


「タケマサさん! 大変です!」


 おいちょとまてよ……。早すぎだろ。


「……昨日の今日だぞ……。今度は何だ。また操りか?」


「いえ、今度は違います……!」


 *


「うっ……」


 思わず吐きそうになる。

 酷い臭気の中、ユリンが怒鳴る声が聞こえる。


「兵達よ! 国民を急いで避難させるんだ。大量に人が死ぬぞ。十や二十じゃ済まない」


 見る限りもう既に、十人以上犠牲者が出ているように見える。いや……「人が死んでいる」と表現するには、あまりに酷い光景だった。「人だったと思われる肉塊が散らばっている」とか言うべき惨状。


「魔物かよ……どこから侵入し……」


「違う!! タケマサ。目を背けるな。「あれ」もまた制約魔法をかけられて城門から入ってきたんじゃ。魔人、そう呼ばれる存在じゃ」


 嫌だ。

 認めたくない。

 俺の脳が全力で拒否している。

 その中央にいる赤黒い何かを……人と同列に並べることを。


 赤黒い何かは、その人の血と肉と体液に染まったスカートを指で持ち上げた。



「初めまして。私の名前はリリエラーム。食人鬼グールですの」



 片足を引いて、お辞儀をする。


「グール……?」


 髪と顔についた何かを手で落としたその少女は、ふざけたことにゴスロリファッションの服を着ているのだとようやくわかった。何かで赤黒く染まっているせいで台無しになっている。


「人間よりも進化した種ですの。食物連鎖的には、人間より上の存在。あなた達人間は、私たちの食糧なんですの」


 その手についた血を、ベロリとなめとった。


「人間を食べて生きている生き物、そう思って頂戴、ですの」


「……人間を……食べる……だと」


「気をつけろ。あれは兵士一個師団で討伐に当たるレベルの魔人だ。風で押さえつけておけるレベルじゃない」


 少女は、くすくすと笑った。


「私、ちゃんと説明聞いてなかったんですの。殺人罪って言うんだそうですのね。後で聞いて、慌てたんですの。不思議な魔法で人を殺すことを禁じるんですって? 私、飢え死にしたらどうしましょうって慌てたんですの」


「……」


 話しながら彼女はその手に握っているものを口に持っていった。

 ……人間の、腕。

 何か聞きたくない破壊音が聞こえた。

 思わず目を背ける。

 人が人を殺す場面を何度も見てきた。

 だがこれは、違う。

 殺しているんじゃない。

 食べている。


「でも、良かったですわ。お腹が空いて考えるのをやめたら、こうしてお食事にありつけましたの。人間何事も心のままに、が一番ですのね」


 ミサコが言うまでもなく、何が起こっているかわかった。


「殺意じゃない、食欲……。本能だってことか……」


「……おそらく……そうじゃろう。あやつとて殺人はできん。誰かを憎み、排除しよう、そう思って手を下すことはできん。じゃが、食欲に任せて人間たべものにかぶりつき、その結果として人が死ぬのは……防げん」


 防げない。

 これも……殺人罪じゃ防げない、殺人。


「うふふ……。もちろん私だって理性がある知的生命体ですもの。本能を意識して抑えることはできるわ? でも本能に抵抗しないほうが楽ですもの……。常に本能を抑えられる人なんている? いないですものね?」

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