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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第八章 「殺人で、みんなを笑顔にしたんだぞ」
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第八章 3/8

 素直に感心しているティルミア。アリサリネは冗談だと笑うかと思いきや、意外にも頷いた。


「道理で……魔力も無しに「魔導師」の座につくほどの人間が出るわけね……侮れないわね、タケマサの世界から来た人たちは」


 アリサリネのつぶやきが自分のことを言っていると気づいたミサコは、急いで咳払いをした。


「ま、まあな。くっくっく……。よさぬか、天才魔術師タケマサよ。異世界人どもが恐れおののいておるわ」


「おっと俺としたことが……手の内は隠しておくべきだったな。大魔導師ミサコよ」


 ティルミアは目を輝かせているが、ユリンは「よくも騙していたな」と目でなじってくる。別にあんたを騙したわけじゃないと思うが。


「知らなかった……。でも、どうしてその努力のたまものを殺人罪なんて作るのに使っちゃうの?」


 ティルミアの言い草に少々ムッとする。


「なんて、とは何だ。……ティルミア。俺のいた世界にはな、どんなに魔術師としての訓練がなされていても魔法というものは無いんだ。だから、制約魔法だって無い。殺人を完全に封じるなんてことはできなかったんだ。「殺人罪」はあったさ。だがそれはただの法律。ただルールとして決めただけだ。殺したら罰するという約束事だけだ。だから、殺しが100%防げるわけじゃない。……そこへいくとこっちの世界では魔法が使える。完璧だ。殺しを罰するんじゃない。殺しを原理的に防げる。これこそが本当の、人が死なない世の中を作り上げる方法だ。……なんだ、ティルミア。なぜそんな顔をしてるんだよ? 俺、変なこと言ってるか?」


 ティルミアはなぜか、小学生の自由研究発表を微笑ましく聞いている大人のような表情をしていた。


「言ってるよ。タケマサくん、知らないの? 人は、殺さなくても死ぬんだよ? 自殺する人だっているし、病気や事故で死ぬことだってあるし、どんなに頑張っても最後は寿命で死ぬ。人が死なない世の中になんてならないよ」


「そりゃ不死身になるわけじゃない。そりゃ病気で人が死ぬのは仕方がない。だが殺人は、ぜんぜん別だろうが。人が殺すんだぞ? 同じ人を。許されないだろ」


「許されない? 誰に?」


「誰って、みんなだよ」


「ええと、じゃあ病気が人を殺すのは許されてるってこと? 寿命が人を殺すのも許されてるの? ……誰に?」


「病気や寿命による死は、天命だろ。受け入れるしかない。誰かが許したとかじゃない。強いて言えば、神だ」


「神様って。……タケマサくん、それじゃ魔王と同じじゃん。そこにいる魔王の人だって、神様に自分だけが殺人を許されてるとか言ってたもんね」


 違うんだよ、違うんだよ、とティルミアは俺に言い聞かせるように二回繰り返した。


「神様は人の死に何の判断もしないと思う。病気だろうと殺人だろうと。神様は殺人を許しもしなければ禁じもしてない。そんなの神様が決めることじゃない。私たち人間が自分たちで判断しないといけないことだよ」


 薄々わかっていたがこの世界じゃ特定の神様を信仰するような宗教は強くないんだろう。


「人間がか。いいぜ。じゃあ俺はこう判断したんだぜ。殺人は許されない」


 食い気味に首を振るティルミア。


「時と場合によるよ」


「……時と場合、だと? それは要するに、殺す側の都合じゃないか。殺される側の意志を無視してるってことだろ。殺人鬼の勝手な「時と場合」で殺される罪もない一般人の気持ちを考えろ」


「なんで無視するって決めつけるの? なんで殺される人に罪がないって決めつけるの? 「一般人」っていったい何?」


 本気でわからないという顔のティルミアの顔を指差してやる。


「一般人ってのはお前ら殺人鬼やら盗賊連中とは違う、普通に真っ当に生きてる人間のことだよ! あの婆さんみたいな! お前は殺しただろうが、話も聞かずに!」


 俺は卑怯かもしれない。ティルミアがただの一般人を殺したのは俺の知る範囲ではあの一件だけだ。それを持ち出すというのは、なんというか、あえてこいつの非を付くようだ。……でも、あれは認められない。

 だがティルミアは困った顔ひとつしなかった。こいつにとってはあれは非でも何でもなかったらしい。


「話を聞かなかったのはあのお婆ちゃんのほうじゃない! あのお婆ちゃんは私たちの大事な話をする時間を強制的に奪ったんだよ! 人の人生を台無しにすることがどうして悪くないことなの?」


「殺されるほど悪いことかって言ってるだけだ。確かに迷惑ではあるが大げさだろ。なにが人生を台無しにする、だよ。そんな大した話、してなかっただろうが!」


 初めて、ティルミアは傷ついた顔をした。女子が唇をふるわせるところを見たのは人生で初めてかもしれない。少し慌てる。


「大した話じゃない……? タ、タケマサくんにはそうだったかもしれないけど、私にとっては違ったんだよ! タケマサくんと一緒に旅ができなくなるかもしれないところだったんだよ!!」


 ……ああ、そういえば、そういう話をしていた時だったか。


「ああいや、すまん」


「タケマサくんにとっては、大した話じゃなかったんだね」


 少し悲しそうにティルミアは笑った。

 ……くそ。なぜ俺が申し訳ない気持ちにならにゃならん。問題はそこじゃないだろ。

 ……。

 いや。違うのか。

 俺は自分の額に手を当てた。

 問題はそこなのかもしれない。


「ティルミア。今のは撤回する。そうだ。俺たちは大事な話をしていた。邪魔されたくなかった。それはその通りだ。だから、お前が腹を立てるのは当然だ。あの婆さんは確かに話を聞こうとしなかった。俺たちに迷惑をかけた」


「……。うん、そうだよ……っ」


「……だが、だからって殺すのはダメだ」


「どうして?」


 どうして? 理由。理由を答えようとして。

 俺は自分で決めたことをもう忘れたのか、と思った。

 理由じゃないんだ。

 理由を言い始めたら、例外を認めることになる。

 だから俺が答えるべきは、こうだ。


「ダメだから、だよ。殺人を禁じるのにそれ以上の理由は要らないんだ。人を殺すことは、どんな理由があれどダメ、なんだよ。そう決めておかなけりゃ、ダメなんだ」


「私はそうは思わない」


「知っている。そう思わないのは、自由だ。だが思うだけにしろ。行動に移す自由はない。俺は認めない」


「そう思うのもタケマサ君の勝手でしかないよ」


「そうだ。だからこれは、俺の勝手とお前の勝手の衝突だ。どちらが自分のわがままを通すかという話だ。俺とお前の、戦いだ。俺はお前の意志に真っ向から挑んで、勝ったんだ。お前の意志は封じられた。俺はお前よりも、強かったんだ」


 え、とティルミアは虚をつかれた顔をする。その顔に俺は再び申し訳ないという感情が沸き起こりそうになる。



「そっか。……私、タケマサ君に倒されたんだ」



 そっか、そっか、と頷く。いつの間にか空になっていたお菓子の袋を何度も逆さにしてみる子供のように。


「そうだぜ。俺は宣言しただろ。お前を倒すと」


 たっぷりと時間が空いた。


「わかった。ありがとう。……変だな、私。ちょっと嬉しい」


「嬉しい?」


「タケマサ君は私に真剣に向きあってくれてたんだね」


「ああ」


「……私の、負けです。タケマサくん」


「ああ」


 でもね、とティルミアは言ってから、目をこすった。


「そんな暴力的なやり方で、私の心まで変えられるなんて思わないでね」


「暴力的な、やり方……だって?」


「人の意志を無視して、言葉でわかりあおうとすることを拒否して、殺人罪という人の心に枷をはめる魔法で強制的に従わせようなんて。そんな卑劣な暴力で、人の心が変えられるだなんて思わないで」


 け……。



 気高い。



 なぜ、こうも気高い雰囲気が出るんだ。


「まるで聖女じゃな……。ワシらは大変な間違いをしてしまったのかもしれんぞ……タケマサよ」


 ミサコが悪乗りする。


「うろたえるなミサコ。こいつがどんな強がったところで既に殺人罪は成立したんだ。口で何と言おうと、もう殺人はできないんだ。恐れるに足らん」


「台詞が完全に悪役よ、タケマサ」


 腕を組んでいるアリサリネもなんとなく悪の女幹部に見えてくるから不思議だ。


「タケマサ、貴様には……」


 振り向くと、ユリンだった。


「貴様には先ほど貴様が言った言葉を返すよ。お前は魔王を封じ、私を封じ、その殺人鬼の女を封じた。力で、強制的に。それはお前が否定した、魔王になろうとしているのと同じことなんだよ」


 ユリンはずいぶん重そうに腕を上げ、俺を指さす。まるでその行為ですら制約魔法に縛られてでもいるように。


「タケマサ。お前のやっていることを正義だなどと思うな。お前はこの国に秩序を取り戻す機会を勝手な都合で捨てたんだ。お前の価値観を、個人のわがままを、その女の言うとおり、暴力で押しつけたんだ。力で支配したんだ。魔王がやったのと同じように……いや、もっと小賢しい、狡猾で卑怯な方法で」


 うーむ。そこまでけちょんけちょんに罵られることをしたのか? 俺は。この世界のほとんどの人間は、殺人が禁じられたほうが平和になって嬉しい筈だ。これまで無かっただけで、殺人が禁止ってのはわりと感覚的には受け入れやすいルールじゃないのか?

 ははあん。

 要するに、ユリンは自分の目論見が崩れ去って、怒っているのだ。それはそれはとてもとても怒っている。ユリンにとっては前王が何よりも尊重されるべきものであり、その意志を継がずに国を支配しようとする者という意味では、俺も魔王も同罪なのだろう。


「……魔法だから卑怯ってのは全ての魔術師に失礼なんじゃないか? まあ、別に卑怯でも構わないさ。価値観の押しつけだって言うならそれでも構わない。俺は俺の「殺人はどんな理由があってもダメだ」という考えを、皆に押しつける。文句は言わせねえ」



「貴様は……王になりかわろうと言うのか!!」



「……言わねえよ。王様なんぞになるか、めんどくさい」


 だが。


 このユリンが叫ぶように言った台詞は……もちろんユリン自身はけしてそれを認めないつもりで叫んだのだろうが……逆効果だったのだと思う。

 つまり、(後になって思えばだが)、国で最も強く、名実ともに国の守護の要であった兵士長が、集う民衆のただ中でこう叫んだことによって、この場に注目する民衆の意識には、俺のことがこう刷りこまれてしまった。



 この男が、国の新たな支配者らしい、と。



 魔王と、それに対峙した殺人鬼の少女と、兵士長を筆頭にした兵士たち、それらを制圧し、魔導師を従えた。この男が、次のこの国の支配者であるらしい、と。

 

 広がるざわめきが徐々に轟音のようになった時、ようやく。

 全国民の視線を浴びていることに俺は気づいて、身がすくんだのだった。


「待て。俺はマジで王になろうなんて思ってな……」



「私は屈しない!!」



 ティルミアが俺の言葉を遮った。


「タケマサくん。今更見苦しいよ。タケマサくんは、この国のみんなから強制的に殺人(自由に生きる力)を奪った。それは仮初の秩序を与えるかもしれない。……でも、覚えておいて。力による支配は永遠には続かない」


 まっすぐに立ち、射るように俺を見て、宣言するティルミア。


「人の心の奥底までは、どんな魔法でも隷属させることはできない」


 民衆の中に、静かに、音が広がっていった。

 初め、何の音なのかわからなかった。

 やがてそれは、足音なのだと気がついた。

 静かに、両の脚を交互に下ろして、足音を立てている。

 一人ひとりは微かな音でしかなくとも、この場に集まった数十万の人間に広がっていくその音は、大気を震わせ、大地を揺らす。


「ティルミアめ……民を味方につけよったな」


 ミサコがつぶやく。


「なぜだ……殺人の無い世の中だぞ。皆、不満なのか?」


 アリサリネは首を振った。


「いいえ。きっと誰も、タケマサのしたことに反対しているわけじゃない。誰もが殺人の無い世の中のほうがいいと思ってる。殺人が禁じられたことに反対するわけじゃない。でも、そう思ってはいても、あの子の纏う気高さはどこか人を引きつける。味方したくなる、応援せずにはいられない。なぜだか、自分たちの代弁者であるかのような錯覚を起こしてしまう。あの子……そういう不思議な魅力があるのよ。民衆が、歓声を上げるでもなく拍手をするでもなく、ただ足音を立てているだけなのは、民衆のそういう気持ちの表れね」


 ティルミアと俺の視線が交錯する。


「……俺は間違ってないんだよな」


 誰も答えはしなかった。



 先に視線を外したのは、俺だった。


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