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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第七章 「殺人鬼ティルミアの最期だという意味さ」
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第七章 4/8

「何してるの? タケマサ」


 アリサリネだった。

 銀髪が太陽光を反射して、他意はないが絵画みたいだと一瞬思う。口には出さなかったが。


「何もすることがない」


「……ま、そうだよね」


 アリサリネは笑った。


「あんたらも暇そうだな。せっかくこの国を支配しておきながら何もしないのか?」


「しようとしてるじゃない」


「……制約魔法か。使い手がいなくて困ってるらしいな」


「あ、聞いた?」


 ミサコにな、と頷く。


「それじゃさ……」


「断る。他を当たってくれ」


 つれないなあ、とアリサリネは笑う。


「あんたじゃなぜできないんだ? 魔術師としては俺なんかよりはるかに上だろう?」


 やだそんなにおだてないでよ、とおどけるアリサリネ。


「おだててるわけじゃねえよ。あんな冗談みたいに短い時間で蘇生魔法が使えるのを見りゃそう思うさ。レベルが違いすぎる」


「ああ……それか。ま、要はそれが私じゃダメな理由なんだけどね。いいよ、教えちゃう」


 アリサリネは、今日はローブを着ていないせいか、いつもより快活な印象を受ける。スカートが意外に短いが、寒くないのか。城壁の上は結構風がある。


「そう、蘇生魔法の一番の問題は、魔法の発動にもの凄く時間がかかること。これを縮めるにはどうしたらいいと思う?」


 アリサリネは両手を肩の幅で向かい合わせにして時間の長さを表現した。ぐぐっと胸の前まで両手を寄せる。


「呪文を早口で言う」


 アリサリネは笑うかと思ったが、頷いた。


「それも一つ。意外に重要なことよ。熟練した魔術師は皆口がよく回るわ。舌も二枚生えてくるとか。……冗談だけど」


 冗談は下手なようだ。


「だけどそれだけじゃせいぜい半分に縮むかどうかだし、間違いやすくもなる。そこで、呪文自体を短くしたり、省略したりする、呪文短縮という研究分野があるの」


「おいなんだそれ。またそんな裏技が……。どうやるんだ」


「方法は様々よ。たとえば呪文の代わりに陣術に代えるとか。魔法陣なら、事前に書いておけるからね。他にも、魔法具を用いて短縮するとかね。例えば私がつけているこの……」


 え、と思うまもなくアリサリネは服の胸元を大きく下げてその谷間に手を入れると何かを取り出した。

 で、俺を見て……自分がしたことに気がついたらしい。


「あ」


 アリサリネは柄にもなく顔を赤くした。


「大丈夫だ。見えてない。セーフだ」


 なぜ俺が気を使わなきゃならん。


「やだ。いつもローブだからつい……。え、ええと、これはね……」


 取り出されたのはブローチのようだった。


「事前詠唱補助と言って、簡単に言えば、あらかじめ詠唱した呪文を覚えさせておける魔法具ね。短い簡易呪文で予め覚えさせておいた呪文を代わりに精霊に唱えさせるの。詠唱時間短縮になるわ」


「なんだ、そんな理屈だったのか」


「でもこれだけじゃダメ」


 アリサリネは今度は後ろを向いてブローチをしまった。


「事前詠唱はその性質上、どうしてもアドリブが効かないの」


 俺は手を挙げる。


「ちょっと待ってくれ。俺もアドリブなんてできてないぞ。割と呪文丸暗記だ」


「それだと何十分もかかるでしょ」


「ああ。かかってる」


「そんな長い呪文詠唱はこの魔法具でも全部は覚えられない。だから、そもそもの呪文を短くすることも必要なの。熟練の蘇生師は、臨機応変に呪文構成をその都度組み立てる。相手や状況に合わせてね。そうすることで不要な詠唱を削って短くする。本来、蘇生師の腕というのはいかにして呪文を短くするかよ。アドリブで呪文を組み立てるのが蘇生師、いえ魔術師の真骨頂」


 どうやら魔術師道はまだ長く険しいらしい。


「でもね。どんなにアドリブを効かせて呪文を最適化して、事前詠唱を駆使したって、あそこまでの超短時間にはならない」


 ウィンクして舌をだしてみせるアリサリネ。


「種を明かすとね、私のやってるのは反則よ」


「反則?」


 アリサリネは指を折って数えた。


「魔王サマ、ラーシャ、レジン。それに、古くからいる魔王サマの部下が二人。私が今、蘇生できるのはこの五人だけなのよ」


「……五人だけ?」


「そう。魔法の対象を限定する代わりに呪文詠唱を精霊に肩代わりさせる秘術があるのよ」


「……ってことは、他の人間の蘇生できないってことか?」


「そういうこと。私は今、誰でも蘇生できる蘇生師じゃないのよ」


「秘術……。それ、教えて貰えないか?」


「ダメ。企業秘密よ」


「そうか。残念だ」


 なるほど、と思った。


 不思議だったのは、アリサリネがいるのにどうしてユリンが蘇生師を探しに行ったのか、だったからだ。アリサリネが魔王と一緒に旅立ってしまったからだと思っていたが、戻るのを待っても良かったはず。だが、いずれにせよアリサリネではミサコの蘇生ができなかったということか。

 俺がそう言うと、アリサリネは頷いた。


「そういうこと。もちろん、かなり面倒だけど、秘術を解くこともできる。でも時間がかかりすぎるし、その間に万が一魔王サマとかが殺されちゃったらと考えるとリスク高いしね。だからできればやりたくなかったわけ」


「なるほどな」


「制約魔法はライセンス関係ないけれど、この対象限定の秘術は効いてしまう。私がやると、自分たちで自分たちに殺人を禁じるだけになっちゃう。だからダメなわけ」


 そういうことか。


「わかって貰えたよね。じゃあ」


「断る」


「否定が早い!」


「ミサコにも頼まれたがな。断った。俺はお前達の仲間にはならない」


「もーう、どうしてそう意固地なの?」


「魔王に協力なんてするか」


 アリサリネは苦笑した。そして、手招きするとくるりと背を向けた。



「ついてきて。ちょっと街を歩きましょ」


 *


「なあ、本当に顔を隠したりしなくて……大丈夫なのか?」


 ついてきてと言われてついてきたら、アリサリネはなんと正門から堂々と街へ出た。

 正気か? と思う。魔王の仲間だと民衆にバレたら大変なことになる筈だ。


「平気よ。みんな関心無いわ。それに王サマやユリンと違って、私の顔は誰も知らないもの。あと、私たちを護衛している人間はちゃんといるしね」


「え? そうなのか?」


 後ろを振り返るが誰もいない。あたりをキョロキョロと見回したが、全くわからなかった。


「見えないわよ。姿を隠す魔法を使っているから」


「ちょと待て。そんな都合のいい魔法があるなら、俺らのほうにこそ使うべきなんじゃないのか?」


「そんなことしたらタケマサ逃げるでしょ?」


 ……おぅ。なるほど。

 確かに、こうして城外に出るチャンスが得られたわけだし、チャンスだ。


「はっはっは。いやだなあそんなわけないじゃないか。だいたい俺一人でどうやって街の外の魔物と戦うと言うんだー」


「……。あのね。冗談抜きで一人で街の外出るのはやめてね。死ぬから」


「へーい」


 まあ、実際それはそうだ。一人で逃げても、街の外に出たら間違いなく魔物にやられて死ぬ。

 つまり城から脱出したところで、チャンスが来るまで身を潜めるしかない。チャンス……って何だ? 行商人の荷物に紛れ込むとか? 魔王に支配されたばっかの街に、そんな都合良く行商人が現れるのか?

 あとは、可能性があるとすれば、城の外ならレジンの言う「結界」から外れる場所があるかも知れない。結界の外にちょろっとでも出られれば、チグサに召喚で呼び戻してもらえる。


「言っとくけど、結界も街全体を覆っているからね」


 ダメだった。まあそのくらいのことは読まれていないわけがないか。


「仲間になれと言うわりにはずいぶん疑うな」


「最後には共感してくれると信じてる。……でも、まだそうじゃないこともわかってる」


「期待しないでくれ。やろうとしてることはともかく、正直、俺はあんたらを気に入らないんだよ。あんたらというか、魔王がな。ああ……レジンとかラーシャもだが」


 するとアリサリネは両頬を押さえて微笑んでみせた。


「あら嬉しい。私は例外ってこと?」


 そこは……むしろ、俺が聞きたいとこでもあった。


「……あの三人は俺たちを殺そうとしたが、あんたは助けた。魔王を止めてくれただろ。その違いは大きい」


 アリサリネは、曖昧に微笑んだ。そして目をそらした。照れた……というわけでもないな。ただ理由は言わなかった。


「で……何を見せようっていうんだ?」


「殺人罪が必要だっていうことをわかってもらおうと思って」


「おい何か物騒なとこ行くんじゃないだろうな。……なあ。俺は完全な非戦闘員だってわかってるよな。あんたは多少は戦えるのか?」


 ええ、とアリサリネは頷いた。


「多少はね。私は指相撲が強いのよ」


「……多少すぎるだろ」


 ずんずん歩いていくアリサリネ。仕方がない。……いざとなったら俺の腕の蛇黒針で応戦してその隙に逃げるとかしかないか、などと考えながら後を追った。

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