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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第七章 「殺人鬼ティルミアの最期だという意味さ」
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第七章 2/8

 話は十日前に遡る。



 ……殺人罪を作る。



 魔王は俺にそう言った。


「殺人罪……を作る?」


「そうだ。お前がたった今生き返らせてくれたそこの魔導師が編み出した「制約魔法」でな」


 俺が放った「蛇黒針」にやられたラーシャをアリサリネが蘇生する。横目で見ながら、魔王は俺とミサコに語った。


「お前、今あの村から戻ってきたのか」


「おまえらと違って走ってきたからな。アリサリネもいたしな。時間がかかるのだ」


 走って、だと。人間の脚力じゃないな。


「タケマサ。期待通りだぞ。いやあ、ユリンに色仕掛けでも何でもしてお前を連れてこいと言って正解だったな。ユリンの色仕掛けの効果があるとは正直思わなかったが」


「? ……俺が期待通り? 色仕掛けって何の話だよ」


「おいおい。こうして敵地に一人やってきたことがたぶらかされた証だろう。ユリンに俺が言ったんだよ。兵士長として行ったんじゃあの貧弱な蘇生師ボーイは怯えて出てこないだろうから、メイド服でも着て色気でたぶらかすとかしたらどうだ、と」


 話が見えないが、どうやらあのふざけた怪力メイドが爆誕したのはこの魔王のせいらしい。

 アリサリネがジト目で俺を見てくる。


「私はそんなの意味ないって言ったんだけど……まさか本当に効果があるとは思わなかった。意外とメイド好きなの? タケマサ」


 別にこいつらにそう思われて何か困ることがあるわけでもないが、一応訂正しておく。


「安心しろ。……ユリンとかいうその兵士長さんの名誉のために言っておくと、色仕掛けはされなかった」


「え、したでしょう。私」


 まさかのユリン本人から肯定が入った。


「えっと、いつしたんだ?」


「な、覚えてないと言うのですか」


「俺が覚えているのは単身魔物を殺戮しながら荒野を駆け抜けた後、一トンの石棺を片手で担ぐ怪力無双メイドだけだ。一般的にはあれを色仕掛けとは言わないだろう」


「……なんでそんなとこしか覚えてないんですか。出会い頭のあなたのセクハラな要求に可憐に耐えながらもいじましく応えようとしていたところとか、凄い色気だったでしょう? それに釣られて来たのでしょう!? 違うというのですか!?」


 うん、違う。

 違うが、なんか否定するのも悪い気がした。

 だいぶ記憶の改竄が激しいユリン・ラッカ兵士長は、涙目で俺を睨んでいた。……まさか当人が色仕掛け成功したつもりでいたとは。

 魔王が半笑いでいさめる。


「わかったわかった。ユリンお前も落ち着け。理由がなんであれこいつが来たんだから結果オーライだ」


 魔王は、王位に就いたからにはこれからはハーレムでも作ってお色気担当を育てるかな、とか何とか呟いている。


「なあ魔王さんよ。結果オーライとか、俺が期待通りとかってのはなんだ? どういう意味だ」


「魔王さん、な。まあいい。蘇生だよそこの魔導師の。他にないだろう」


 ミサコの蘇生を、俺に期待していただと?


「……お前が殺したんだろ?」


「殺した時は殺しちゃいけないやつだと気づいてなかったからな」


 魔王の話をまとめるとこうだった。


 魔王は、前王を殺害してこの国の王位を奪った時点で、目的を達したと早合点した。城にいる大量の王の家臣や兵士たちは、名目上は新王である魔王の配下となった訳だ。だから、あとはその中からゆっくりと選別……つまり、自分に従うかそれとも死ぬか出て行くかを選ばせればいいと考えていた。(ただし蘇生師だけは別だった。その場で魔王は蘇生師には自分に従うことを要求し、拒否した三人の宮廷蘇生師を全員殺した。)

 それで魔王は部下達に、残った城の連中の中から「魔導師」を探しておけ、とだけ命じた。そうしておいて、自分はアリサリネとともに国中の「在野の」蘇生師を探しに行ってしまった。見つけ出して「殺すか従えるか」するために。

 折しも、ちょうど村単位で蘇生させたという伝説の蘇生師クルトローの噂が耳に入ったところだったらしく、そこに行ってしまった。結局そいつは偽物だったわけだが。

 そこで俺たちと出くわし、後はあの惨劇だ。クルトローたちは死んだが、ティルミアとアリサリネのおかげで俺は死なずに済んだ。


 魔王はそのまま他の村を回って蘇生師を探しては選択を迫るつもりだったらしいが、俺たちと別れた直後、ドラゴンを倒して遊んだりしている間に、魔王の部下から知らせが届いた。王をかばって死んだ側近の連中の中の一人が、目当ての魔導師本人だったと。

 魔王一味はさすがに困ったらしい。城にいた宮廷蘇生師たちは既に皆殺しにしてしまっている。在野の蘇生師を探して従えるしかないが、それは簡単ではない。宮仕えを選ばない蘇生師というのは大体が変わり者で、人目を忍んでいてなかなか見つからない。

 だが魔王はすぐに思い当たった。ついさっき見逃したばかりの俺だ。貴重な在野の蘇生師。どうやらメイリの仲間らしい。ならばメイリのアジトに向かったに違いない。そう推測するのは簡単だった。メイリのアジトは既に魔王にはバレていたらしく(メイリはだからこそアジトに対魔王用の結界を張っていたのだろうが)、魔王は部下であるユリンにそれを伝えた。


 後は俺達の知るとおりだ。要するにユリンは、当てずっぽうであのアジトにやってきたわけではなく、魔王に俺のことを知らされて来たのだ。

 そうとも知らず俺はひょいひょい魔王達の思惑に乗ってしまった阿呆だった。


 魔王は、悔しさを顔に滲ませてしまった俺を面白そうに眺め、それからミサコに向かって両の手を合わせた。


「すまんな。誤算だったんだ。前の王を殺せばその所有物である魔導師が手に入る。そう単純に思ってたんだが、まさか共づれで死ぬように制約魔法が仕掛けられていたとはなあ。……だがしかし、逆に制約魔法の効果に期待が持てるというもんだ」


 確かに、開発したミサコ自身の命さえ奪ったのだから、制約魔法の強力な呪縛力は折り紙つきということだ。


「さて。そういうわけで。殺人罪を作るんだよ。タケマサ。人を殺してはいけないというルールを作るのだ」


「お前が作るのかよ。よりにもよって」


「なんかおかしいか?」


「「魔王」が殺人の無い世の中を作ろうというんだからな。この世界に来て聞いた、もっとも笑える冗談だ」


「だが冗談じゃあない」


 魔王は両手を広げた。


「俺はこの世界で最強の人間だ。それは冗談でも威勢でもなくただの事実だ。文字通り、俺より強い人間がいない。俺はあらゆる人間を殺すことができる。すなわち生殺与奪の一切が自由自在だ。この世界に生きるあらゆる人間の生死を決めることが可能だ」


「ずいぶんと自惚れるな」


「己に惚れているかと言われるとそうでもないがな。別に万能だと言っているわけじゃない。俺にも欠点はある。すぐ油断することとかな。だが純粋に戦って相手を倒す能力という意味では最強だ。繰り返すが、これは客観的事実だ」


 魔王は腕をゆっくりとおろした。


「それに気づいた俺は、考えた。この力を持ってこの世界に存在する意味は何だ。使命は何だ? とな。……考えた末に理解した。要するに俺は命の選別役なんだ」


「なんだと? 選別? 命の?」


「そうだ。無秩序に人の命が失われているこの世界だが、本来なら誰の命を残して誰の命が失われるべきかを、誰かが正しく判断せねばならん。そしてその判断に基づいて殺すべき者を殺し、生かすべき者を生かさねばならん。その判断の役割が俺に与えられていたのだと考えれば合点がいく。俺がここまで最強で、誰の命を奪うことも可能な段違いの最強さを持っている理由は、要するにそういうことだったわけだ」


 こいつ何言ってんだ?

 俺は初めてこいつを少し怖いと思った。いや、単純な殺される、とかの恐怖感ならもちろん感じてはいたが、それは何人も出会ってきた破落戸(ごろつき)どものせいで少し麻痺していた。

 だが、そいつらと違い、この魔王は、自分を「そっち側」だと思っていない。

 今だって、ただ知っている事実を話しているだけ、そういう口調だった。こいつの目には狂気は宿っていなかった。狂気……いや、狂人の目にそんなものは宿らないのかもしれない。自らが狂っているなどと思っていないからこそ、狂人なのか。


「なぜそこまで思い上がれるんだ? ただ人より戦闘能力が高いというだけで」


「思い上がってるか? 逆だと思うがな。お前の言うとおり、俺は戦闘能力が高いだけだ。例えば芸術はわからん。だから俺は民の芸術に口を出したりはしない。料理もできん。だから料理人に料理は任せるさ。だがかわりに最強だ。だから俺がやるべきことは、その最強さで人の生き死にをコントロールすることだけだ。たったそれだけだぞ」


 たった、じゃないだろ。


「それは一人の人間が決めていいことじゃない」


「それにしちゃあ、俺の戦闘能力は並外れ過ぎている。素直に考えると、神が俺に能力を集中させて、「一人に決めさせよう」と言っているのだ」


 俺が黙っていると、魔王は指を立てた。


「この世界がゲームだと考えてみろ。ゲームの世界には強いコマもあれば弱いコマもある。そしてそれには意味がある。なぜチェスのクイーンは強いんだ? ポーンと同じように使うためじゃない。ここぞという決め手に使うためだろう。ポーカーでジョーカーが出たときに他のカードと平等に扱う奴はいないだろ? 強いということは、意味がある。特別な役割があるんだよ。その意味を無視して命が平等だ等と思うのは神への裏切りだ」


「……できることとやって良いことは別だろうが」


 ふん、と魔王は鼻で笑う。


「まあ、すぐに理解できなくて当然だ。お前の気持ちもわかる。凡夫にも理解できるよう、懇切丁寧に説明してまわりたいのは山々だ」


 魔王はうんうんと大仰に頷いた。


「実際、よく理解しようともせずに俺のことを狂ってるだの魔王だのと呼ぶやつが山程いる。今だってお前、俺をやばいやつだと思ってるだろ? 安心しろ。それは正常な反応だ。正常だが、怠惰だ。自分が理解できないことに狂気を見出すのは、ただのサボりだぞ」


 魔王は首を振った。


「俺もな……本当はもっと時間をかけて俺のこの天命を皆に理解させるべきかなとも思ったんだよ。俺が誰を殺すかをちゃんと皆に説明してな、わかってもらってな。皆納得してから殺す。そうした方がいいかなと思ったんだ。最初はな。少しはな」


 しかしながらそりゃ無理だった、と魔王は肩をすくめて見せた。


「一人二人殺せば済む話じゃない。この世界にゃ膨大な数の人間がいる。結構な数を選別しなきゃならん。それなのにいちいち話し合ってたら、遅いんだ。そんな悠長なことはしてられん。みんなで話し合って民主的に、裁判でもして殺すべきか決めてたら、人一人殺すのに何年かかるんだ? タケマサ。お前なら知ってるよな?」


 こいつ……俺がいた世界をよく知っている(そう言えばチェスやポーカーもよく知っているようだ)。確かに日本の裁判で死刑判決が出るには時に何年もかかる。……つまり、こいつの言い方で言う「人を殺す判断」に何年もかかる。


「殺すべき人間で溢れてるこっちの世界じゃあ、いちいち話し合いなんてしてたら時間がいくらあっても足りないんだよ。要するに、神も、そう考えたのだろう。だから、俺一人に力を集中させた。いちいちウダウダと話し合いなどせずに済むようにな。だから俺一人で決めるのが神の意図通りだ。多少判断を間違ったとしても問題ない」


「も、問題ないわけあるか。間違える気かよ。取り返しがつかないんだぞ」


「つくよ。ここは異世界だぞタケマサ」


 魔王は、俺を指さした。


「多少間違ったってお前らがいるだろう、蘇生師」


「ばっ……バカなことを言うな。蘇生ってのはそんな簡単じゃない。わかってるだろ」


「わかってるさ。いろいろ条件が限られるんだってなぁ。だがそれはお前ら蘇生師が研究を怠ってるからだ。……まあ、今のところは蘇生がうまくいかなくてもそこは仕方がない。運が悪かったと思って貰おう。ともかく、ウダウダ悩んで判断を遅らせる余裕はこの世界にはないんだ。サクサク殺して、間違ったら生き返らせる。失敗したらごめんなさいだ。この方針で俺はいくと決めた」


 くそったれ。ワンマン社長が無茶な指示を出して会社が潰れそうな時の部下の気持ちはこんな感じか。いや、会社ならやめりゃいいが、世界をめちゃくちゃにしようとしてる魔王だとそうもいかない。


「勝手なことを。お前が蘇生させるわけでもない癖に」


「ああ。残念ながら殺すことにかけては無敵の俺でも、逆ができない。言っただろう。俺は万能ではない。だが王は万能でなくて良いのだ。そのために部下がいる」


 魔王は肩をすくめた。


「いいかタケマサ。100点は目指さなくていいんだ。死んだら終わりのお前の元いた世界でさえ、死刑制度はある。間違いを恐れて死刑にしないことより、死刑にしないことで極悪人をのさばらせることのほうが問題だ。そう判断したわけだろ? 正しい判断だと思うぞ」


 魔王は、にやりとは口を歪ませて笑った。


「この世界の人間の生死はすべて俺が判断してやる。判断は迅速だ。もちろんときには間違うこともあるだろう。実際、俺がかつてふっ飛ばして全滅させた、あの蘇生を企ててた村の村人だって、全員が全員死ぬべきじゃなかったかもしれん。だが、そこも100点を狙おうとするから悩むことになる。そうじゃない。10人殺して一人間違っても90点だ。十分合格点なんだよ」


 考えても見ろ、と魔王は肩をすくめる。


「俺が判断を間違えることも神は織り込み済みで選別役を任せている筈だ。だからそこは問題ない。問題なのは、俺以外の人間の殺しだ。それは明確にNGだ。だって、神は認めてないからな。となると、問題はそれをどうやって防ぐかだ。……これまでの俺にできることは、先手を打ってそいつを殺すことだけだった。おかげで国の軍隊とコトを構えなきゃならなくなったり、魔王扱いされたりした」


「なぜすぐそう極端に走る。全ての人間を殺すつもりか? そんなことできるわけがない」


「ははは。いや。できるはできると思うぜ。いつかはな。だが、面倒だ。毒にも薬にもならない大半の人間は、放っておけばいい」


「ならなぜ殺した?」


「ん?」


「この王宮にいた蘇生師たちだよ。なぜ殺したんだ」


 薬の方だからだよ、と魔王は笑った。


「言っただろう。毒にも薬にもならない人間は放っておくと。逆に、毒か薬になる人間は放っておくわけにはいかん」


「殺す意味があるのか」


「わからんか? 勝手に生き返らせるやつは、勝手に殺すやつと同罪なんだよ。王だけが誰を殺すかを決めるということは、王だけが誰を生き返らせるかも決めるということだ。……あの蘇生師連中はな、俺が殺した兵士を蘇生させようとしやがったのだ。俺が待てと言ったのも聞かずにな。状態が酷くて、すぐに蘇生させなければ間に合わない、とかなんとか言いわけをしてな」


 困った連中だよな、と魔王が言うその表情。

 月並な言い方だが、ゾッとする。魔王の表情は何ら険しいものではなかった。「雨降ったのに傘持ってなかったんだよ、参ったよな」と言うような、軽い表情だった。

 魔王は面倒くさそうに言った。


「本当に困るんだよ。俺の許可なく勝手に蘇生をするなって言ってるのにな。ルールが守れないなら生きてちゃダメだ。当然だろう? だいたいこの城の連中は俺が邪魔をするなと言っても聞かない連中が多すぎる。おかげでだいぶたくさんの人間を殺さなけりゃならなかった」


 魔王は……この城の兵士たちを敵だと思って戦ったわけではなかった。

 勇敢に戦って戦死した兵士たちがあわれだが、この男は「ダメだと言ってるのに聞かないから仕方なく」殺したのだ。


「お前……わからないのかよ。キリ無いだろ。お前がどんなに強くたって、この世界のすべての人間に言うことを聞かせるなんて無理だ。逆らう人間を一人一人殺していっても、とても追いつくかよ」


 その言葉を待っていたかのように、魔王は笑みを浮かべた。


「……そう。そうなのだよ、追いつかないのだ。だからこそ」


 腕を延ばし、魔王はミサコを指さした。


「ルールを強制的に守らせる、そんなうってつけの魔法があると言うじゃないか。俺はそいつを使って、「誰も破れない」ルールとして、殺人罪を制定するのだ。俺がいちいちルール違反者を殺しにいかなくても誰もルールを破れないように強制してしまえばいい」


 ミサコは、ずっと黙って話を聞いていた。魔王の登場に最初こそビビッていたが、いつの間にか落ち着きを取り戻しているように見えた。

 ミサコは自分では戦えない筈だ。この場で前王のかたきを討とうとはさすがに考えていないと思うが、魔王の強さは知らないかもしれない。安易に歯向かおうとしたら俺が止めるしかないだろう。俺の腕に仕掛けられたままの蛇黒針……くらいしか戦闘手段が無いが、果たして魔王に通用するものか。



「おもしろい!」



 だが俺の予想に反して……ミサコは嬉しそうに甲高い声を響かせた。

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