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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第六章 「殺人だよ? だから何?」
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第六章 7/8

「城へは10キロくらいあるんだろ」


「ええ」


「……さすがに歩いていくのは無理じゃないか?」


「え?」


 ユリンが不思議そうな顔をしているので俺は何でもない、と言うしかなかった。


「ところで、城へはどうやって行く? 俺はすまんが魔王とその手下の何人かに面が割れててな。見つかるとまずい気がする」


 ああ、それなら、とユリンは言う。


「大丈夫です。こっそり地下水路から入る予定ですから。お城の地下食料庫の壁が一部崩れていて、地下水路に繋がっているんです」


「何とまあ……都合のいい。何でそんなものが塞がれずに残っているんだ」


「一度塞がれたのですけれど……。施工が雑で。私が前にうっかり穴を開けてしまったんです」


「ネズミに食料食われてそうだな」


「一応小動物避けの魔法陣は張ってありますから……」


 そんなのもあるのか。便利なものだ。


「ところであんたはどうやってこの事務所に来たんだ? ドレスが汚れてないとこ見ると歩いて来たって訳じゃ無いんだろ?」


「いえ、歩いて来ました」


「……」


「ドレスの裾を汚さずに歩くのはメイドの嗜みですから」


「……そ、そうか……」


「はい」


 当てが外れたぞ。


「なんかテレポーテーション魔法的なもので来たんだと思いこんでたんだが、そういう訳じゃないのか」


「ええ。地道に歩いて来ました。魔物とも戦いながら」


「マジか……」


 どうやら10キロ歩くしかなさそうだった。こっちの世界に来てからやたら長距離をカジュアルに歩かされるので少し慣れてはきたが、それでも疲れるし面倒なことにはかわりない。

 ユリンは俺のげんなりした様子の意味を少し誤解したらしい。


「大丈夫ですよ。この辺にそんな強力な魔物は出ませんから」


 もっとも、それはそれで誤解でもない。


「あぁ……この世界の一般人にとってはそうでも、俺にとっては十分強力な魔物だと思う。襲われればすぐ死ぬと、自信を持って言える」


「蘇生師だと攻撃魔法を持たないから心配されているのですね? 大丈夫ですよ。魔法なんて無くても基礎的な体術で十分戦えるレベルですから」


「その基礎的な体術なんてものは無いと思ってくれ。俺のことは二歳児くらいの戦闘能力だと思ってくれればだいたいあってると思う」


 もう体面とか言っていられない。

 テレポーテーション魔法的なもので一緒に連れて行ってもらえればこんな心配もしなくて良かったのだが、徒歩で行くとなると俺の防御を真剣に考えなくてはならない。自分で言ってて悲しくなるが。


「わかりました。大丈夫ですよ。ここからお城までの露払いくらいなら私一人でも十分お釣りが来ると思います」


「そ、そうなのか?」


「はい。メイドとして、ドレスの裾を汚さずともそのくらいは」


 ユリンは足下にあった拳くらいの大きさの石を持ち上げた。ひょい、と空中に放る。


「せっ」


 カン、と音がして、石が……割れた。ユリンのチョップで石がまっぷたつに割れていた。


「す、スゴーい」


 チグサが拍手する。俺も目を見開いた。


「どうでしょう」


 メイドの格闘術が予想外に侮れない。


「わ、わかった……。じゃあすまんが、俺を守りながら行ってくれ。俺は本当に自慢じゃないが、10キロという距離を行くだけでもけっこう体力が限界だと思う。あたりに気を配る余裕も保てるかわからん」


「わかりました。じゃあ走らず歩いて行きましょう」


「いや歩いて限界なんだ」


「……。では私がおぶって行きましょうか?」


「いや自分で歩くよ……。それは流石に格好悪すぎる」


「え、今更格好つける余地があんの?」


 ええい黙れチグサ。なんでこの世界じゃメイドですらそんな戦闘力を持ってるんだ。


「で、魔導師様の遺体は城のどこにあるんだ?」


 ユリンの話によると、城には四隅に高い塔があるらしいのだが、魔導師の遺体が安置されているのはそのうち城正面から見て右奥の塔。その3階。兵士が番をしているということだった。


「……そこに忍び込む作戦は?」


 表向きは魔王どもに従っていることになっているユリンはともかく俺は城内をウロウロしていて良いわけがない。


「遺体の部屋までお連れすることは私に任せてください。見つからずにタケマサさんをお連れする手段を用意してあります。私が棺桶にタケマサさんを入れて運ぶんです」


「棺桶?」


「はい。万一魔王の部下たちに見咎められても、埋葬の準備をするためと言えば、怪しまれない筈です」


「なるほど。あとは帰る手段か……」


「帰りも送りますよ」


「ああ……いや、ちょっと待ってくれ。チグサに聞きたいんだが、召喚術はどのくらいの距離までできるんだ?」


 ああそういうこと? とチグサが言った。


「ここからお城の距離でも、できるよ」


「ここから? 10キロあるんだぞ」


 チグサは胸を張った。


「私を誰だと思ってんの! 天才召喚士チグサちゃんをなめないでよね。一人ずつならその十倍だって可能だよ! たかだが十キロなんて余裕余裕」


「そうなのか。そりゃ本当に凄いな」


「もちろん相手がどの辺にいるか予めわかってないと難しいけどね」


「ちなみに、ビルトカードは? 10キロでも届くか?」


「それも大丈夫。圏内だよ」


「じゃあそれで行くか。チグサ、頼めるか? このアジトまで一気に呼び戻してもらえるならそれが一番安全だ。魔導師の蘇生自体は小一時間ほどで終わるだろう。そしたらビルトカードでチグサに合図するから召喚してくれ」


「いいよ! わかった」


「……じゃあ段取りはこれでOKだな。それまで事務所で待っててくれ」


「いや……さすがに戻れないよ」


 チグサはポリポリと頭をかいた。


「なんでだ? 外にずっといるのも寒いし、危ないだろ」


「あのねえ……」


 チグサは笑った。


「さすがにバレるよ。タケマーとユリンがいないのがわかったら、真っ先に私が疑われるよ」


 あ、そうか、と気がつく。


「俺のせいにして、しらを切れないか?」


「少なくともラインゲールは無理でしょ。タケマーを逃がした人間がいるのがわかるから」


「確かに他の人間には無理か」


 それもそうだ。そもそも、ここで喋ってる間にも俺が脱出したことは気づかれそうだ。時間はない。


「だから私はタケマーから合図があるまでみんなに見つからないようにアジトの外で隠れてるよ」


「平気……なのか?」


「なぁにを今更。言っとくけど、タケマーを呼び戻したら全部訳を話してタケマーのせいにするからね」


「それはそうしてくれ。俺に脅されたことにでもしてくれ。実際俺のせいだしな」


「さ、もう行きなよ。グズグズしてらんないよ」


 俺はチグサに礼を言う。


「ありがとう」


「気にしないでってば。もー、タケマーと私の仲じゃない。水くさいなぁ」


「いや、本当に感謝しているんだ。協力してくれて本当に助かった。チグサがいなければ手詰まりだった」


「お、おっとっと……。タケマー意外に人誑しだよね」


「人誑し?」


「ううん。気にしないで。私が協力するのは、まあ異世界人繋がりでもあるってことで」


「えっ……。初耳だぞ。チグサも異世界人なのか?」


「ううん。私自身はこの世界の生まれ。でも私のお婆ちゃんは異世界から来た人でね。名前もお婆ちゃんがつけてくれたんだ」


「何だと」


「ほら、時間無いよ。話は帰ってきてからお酒でも飲みながら話そ」


「あ、ああ……。是非聞かせてくれ」


「うん、お酒を飲みながらね。さ、行った行った」


「おう。じゃあ合図するまで待っててくれ」


「うん、お酒を飲みながらね」


「……」


 俺はチグサの両肩をガシッと掴んで真剣な目で言う。


「チグサ」


「え……何、タケマー……」


「本当に協力感謝している。だから……」


「ななな何?」



「絶対に飲み過ぎて寝たりしないでくれよ。今だけは」


 *


「マジか……」


 俺は信じられないものを見ていた。


 舞うようにドレスを翻しながら、魔物を倒すメイドの姿だ。

 大して強くはない、などと言っていたが、人間の背丈ほどもある直立した熊とか、丸太のような太さの巨大ミミズ(しかもものすごく動きが速い)とか、他にも巨大鼠、例によって野生の狼……。とてもじゃないが俺のような普通の人間に太刀打ちできる相手と思えない。その(ことごと)くを、ユリンは素手で撃退していた。


「すさまじい……体術だな。武器も無しに」


 ユリンは飛びかかってきた狼を下から拳で突き上げた。五メートルほどの高さまで打ち上げられ、どさっと音を立てて墜落した狼はピクリとも動かなかった。


「刃物を使うと魔物の血で服が汚れてしまいます。ドレスの裾を汚さないことはメイドの嗜みですから」


 なぜそれだけ動き回ってドレスが汚れないのかと言えば、地面に触れそうになるたびに裾を持ち上げて戦っているからだが、なんというか、そんな余裕があるのがまず信じられない。なぜロングスカートを履いてきたのだと思ったが、そんなことは問題にならないほどの強さ。


「魔法は使えないのか?」


「魔法で戦える人間というのは兵士でも数少ないです。実戦に耐えうるほどのスピードと規模、正確さで発動できるのは本当に優れた魔術師だけですから」


 あの事務所の連中が異常なのか。

 ユリンは「歩いて行く」と行っていたのだが、前にミレナとティルミアと一緒に旅した時と同様に、それは俺にとっては、半ば「走っている」に近いペースだった。なんなんだ。この世界の人間は小さい頃からマラソンの訓練でも受けてんのか。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 当然こうなる。

 何度も、休憩しましょうかと尋ねるユリンに、俺は気にするなと答えた。遅くなりすぎても確かにまずい。チグサも困るだろうし。


「あのエイでも借りてくりゃ良かったかな……」


 もっとも俺の言うことを聞いてくれるのかどうかわからない。俺が飼い主の仲間だと認められているか怪しい。


「こんだけ魔物との戦いを経験してりゃあ、俺も経験値がたまってレベルアップしててもいい気がするんだがな……」


 もっとも、毎回地面に伏せていたり後方で戦いを眺めていたりするだけで経験値を貰おうというのは虫が良すぎるか。


 *


「着いたな……」


 感覚的にはあっと言う間だった。それでも一時間半かそこらは経っているだろう。

 城門。ここも前にいた街のように、周囲を城壁が囲っている。魔物から街を守るためだろう。


「あ、ダメです。正門に回っては。城壁の外にある地下水路への入り口へ入ります」


「町中にはその地下水路の入り口は無いのか?」


「無くはないですが、目立ってしまいますから」


「それもそうか」


「私も出てくる時は外まで地下水路を通りました。道はわかってますから安心してください」


 *


「マジか……」


 また同じ台詞を口にしてしまった。

 地下水路は、暗くて汚かった。この中を通ってきたのか? マジで? と何度もユリンに確認したが、ユリンはその長い髪を縛って汚さないようにし、さらにヘッドセットを懐にしまうと、笑顔で俺に言った。


「さ、一気に駆け抜けますよ!」


 勘弁してくれ……と言おうとした時には既にメイドの姿がなかった。ダッシュで視界の端に消えようとしている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 俺は既に棒のようになった足で走り出す。


「どわっ」


 コケた。滑ってコケた。盛大に。苔むした石の床に顔をぶつけた。痛い。気持ち悪い。


「何やってるんですか! 急ぎますよ!」


 うーむ。ハードな世界だ。


 *


「おお……結構大胆に崩れてるな……」


 水路内はユリンの使ったライティング魔法で照らしながら進んで来たのだが、ずいぶん長い距離に感じた。たどりついた水路の一角、石組の壁の一カ所が壊れ、明かりが漏れていた。そこから中を覗くと、木製の棚がところ狭しと置かれた部屋だった。食料庫……か。


「ここからそう遠くない部屋に棺がある部屋があります」


「しかしまだ死んで間もないのによく棺なんか準備してあるな」


「王のご意志でした。王は常々、民を統べる者はいつでも死に備えねばならないと仰っていました。それが責任だと。それでこのお城には王のご自身のものを含めてたくさんの棺が準備されているのです」


「終活ばっちりな王に感謝だな」


 食料庫を出て廊下へ。人の気配はない。メイドは機敏な動作であたりを窺いつつ目的の部屋へ一直線に移動した。


「入ってください」


 その部屋は、置かれているものを見る限り、倉庫部屋なのかガラクタ部屋なのか微妙なところだった。よくわからない銅像やら仮面やらに混じって、奥の壁際に「それ」は置かれていた。


「棺……だな」


 想像していたより地味なデザインだった。シンプルな石の直方体。蓋になにやら古代語で書いてあるが読めない。

 台車が近くにある。細長い台車だ。棺を乗せる用か。


「石の棺なのか……参ったな、どうやって持ち上げ……」


「んしょっ」


 ……え、マジか。

 石だぞ。石の棺だぞ。このメイド今、一人で持ち上げたんだが。


「何か?」


「な、何十キロあるんだ? この棺」


 試しに持ち上げようとしてみたが、全く持ち上がらない。何十キロどころか何百キロあるんじゃないか?


「メイドの嗜みです」


「なんなんだ。この世界のメイドって戦士系の職業なのか?」


「そんなことより時間が無いです。入ってください」


「お、おう……」


 ツッコミどころが多すぎるこのメイドにいちいちつっこんでいると前に進まないので言われるままに中に入る。

 ずずずと音を立てて蓋が閉じられると、視界が真っ暗だ。落ち着かない。


「おい、向こうについたらちゃんと開けてくれよ。俺の力じゃ内側から開けられんぞ」


「喋らないでください。物音を立ててもダメですよ」


 石棺の蓋ごしだからだいぶ遠く聞こえるがメイドの声が答えた。

 ガサゴソと何やら音がしていたが、隙間が無く外の様子は全くわからない。しばらくして台車が動き始めたのか、振動が伝わり始める。段差を越えるたび、その衝撃に思わずうめきそうになるが、ぐっとこらえた。

 外の様子が全くわからないが、お城の中を進んでいく。時々通路を曲がるのがわかった。何度か、スロープだろうか、傾いたまま進んで行くのがわかった。なるほど、エレベーターが無いからな。階段を一人でこの棺を担いで上るわけにはいかない。

 城内は無人というわけではないんだろうが、人の話し声はほとんど聞こえなかった。石棺だから防音性もばっちりだ……。途中ほとんど立ち止まりもしなかった。


「ご苦労様です」


 急にそう声がしてビックリした。ユリンの声だ。ドキドキしていると、扉が開閉するような音がした。


「……」


 棺の移動が止まる。

 さっきのは問題の部屋の門番の兵士への挨拶か。ということは目的地に着いたのだ、と理解する。

 ずずず。

 思った通り。蓋が開いた。

 眩しい明かりが指した。窓。太陽。外には城壁が見える。


「着きました」


「お、おう……」


 俺は棺を出て、体を伸ばした。短い時間だったが、肩がこったような気がする。


「それでは私は失礼します。あとはよろしくお願いします」


 頷き返す。止める間もなくメイドは出ていった。


「……さて」


 意外に広い部屋だった。円塔の中がまるまる一つ部屋になっているということか。


 その中央に。


 遺体が、あった。


「……え」


 思わず、頭に疑問符を浮かべてしまった。こいつで間違いないのか、とメイドに聞こうとしたが、既にいない。


 こいつが……その魔導師……なのか?

 ホーリー何とか……なのか?


 そこに横たわっていたのは。


 二十代そこそこに見える、メガネをかけた若い女だった。

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