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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第六章 「殺人だよ? だから何?」
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第六章 6/8

「……っ」


「……!」


 試しに何度か大声を出そうとしてみたが、顔の周りの空気の層に何か仕掛けがされているのか、声が響かなかった。自分の耳に聞こえるのが体内を響く声だけなのがわかる。


「……」


 俺は不思議と、落ち着いていた。

 困った状況なのは間違いないのだが、焦ったり慌てたりという心境ではなかった。

 自分でも奇妙なことだったが、焦りよりも、置かれた状況への挑戦心みたいなものが沸いてきたのかも知れなかった。

 それに、ラインゲールは俺単体に敵意を向けた初めてのやつかもしれない。

 それも新鮮に感じたのかもしれない。そんなことは過去の俺の人生を振り返ってみて、全くと言っていいほどなかったことだからだ。

 耳を澄ます。

 見事なまでに静かだ。部屋内はもちろん、外にも人の気配が無い。なんとなくだが、ここはアジトから少し離れたエリアなんじゃないか。


「はめられたな」


 ラインゲールのやつは最初から俺を閉じこめるつもりでこっちに連れてきたんだろう。俺の気が変わることを予想していたんじゃないかと思える。

 俺はしばし考える。

 ラインゲールの言葉を思い出す。

 共感、か。確かに価値観は合っているのかもしれない。ティルミアもそういえばまともな男子としてあいつの名を挙げたな。少なくとも俺よりは合うんだろう。口を開けばツッコミしか入れてないからな俺は。

 確かに、俺はティルミアの気持ちを考えたことが無かったかもしれない。今更だが。

 いや、殺人鬼というあいつの生き方については散々聞いたし考えもした。結局理解も共感もしきれていないが、それでもだいぶ前進したとは思う。

 ただ、あいつのそれ以外の部分……殺人鬼として以外の部分をちゃんと見てこなかったのかもしれない。

 言い訳するわけじゃないが、女にあまり縁の無い人生だった。そのこと自体は珍しいことでもないと思うが、それをこじらせたせいか、意識すると五歳も年下の女にさえ妙に構えてしまうところがある。

 そんな俺にできる接し方は、ツッコミか、子供扱いするか、いずれかしかなくなる。


「ラインゲールか。……あいつ、ティルミアのことが好きだったのか」


 ティルミアにしてみれば、自分の価値観に共感してくれて、戦闘面でも共闘できるくらい実力があって、爽やかなイケメン……であるラインゲールは、文句の無い相手なのではないだろうか。客観的に見てもお似合いのような気はする。


「……これは何だろうな。イラ立ってるのか、俺は」


 苦笑する。自分でも少し意外だった。いや、意外でもないのか。誰に言われるまでもなく、俺はある程度ティルミアのことを憎からず思っているとは思う。

 ただ一方で、ずっと一緒にいるということは無いだろうとも思っていた。

 今はこの妙な世界にやってきて巻き込まれる形でティルミアと一緒にいるが、これは俺の人生に一度くらい訪れる一瞬の波風だ。それはわかっているつもりだ。

 一瞬の波風。俺が今、蘇生師でいることも同じだ。


「俺にはこの職業は向いてない……か」


 ラインゲールは勘違いしている。


「そんなことはわかってるんだよ。だが向き不向きなんて関係ない。俺は蘇生師がやりたいんじゃない。あいつに嫌がらせがしたいだけだ。俺があいつの近くにいられるうちに教えてやりたいだけだ。殺人鬼なんてやめたほうがいいってことをな」


 それで十分だ。あとはラインゲールと仲良くやっていけばいいさ。


 *


「ちょっとやそっと声を出しても人は呼べないか……。放っておいても人が来るエリアじゃなさそうだしな」


 俺がここで拘束されているとは誰も知らない。


「自力で何とかするしかないか」


 とは言ったものの、何ができるだろうか。

 いろいろ身体をよじってみたりした感じ、上半身は肩、胸、腹のあたりでそれぞれ縛られている感じだ。足は腿のあたりと足首のあたりで縛られている感じ。それだけなら立ち上がることはできそうなものだが、椅子も一緒にくくりつけられているのか、身体を椅子から起こすことができない。

 なら椅子ごと持ち上げるかと思ったが、来客用なのか肘掛けもついた偉く立派な椅子で、重い。とてもじゃないが俺の力では一瞬浮かせるくらいが関の山。持ち上げて動くなんて無理そうだ。腰を痛めるだけの結果になるだろう。

 やはりこの拘束自体を解かなければダメそうだ。とはいえ、目に見える何かがあるわけじゃない。空気だとラインゲールは言っていた。空気を操って縛っているというのはどういうわけなのかわからんが、まあ魔法だからしかたがない。


「例えば、吸ってみるとか?」


 ラインゲールが操っている口の周りの空気を吸い込んでしまえば、俺の声が響くようになるんじゃないだろうか。

 だが、やってみると、これは意味が無いようだった。しばらく深呼吸をするようにめいっぱい目の前の空気を吸ってみたが、変化はない。

 考えてみりゃそんな方法で破れてしまうわけがない。誰もが呼吸しているのだ。普通に呼吸しているだけでいずれ魔法が解けてしまうことになる。


「さて、どうしたもんか……」


 しばらく身じろぎしていて、できそうなことが2つあると言う結論に達した。

 一つは、椅子ごと横倒しに床に倒れること。

 椅子が重くて持ち上げて動くことはほとんどできないが、固定されてる訳ではないので勢いつけて左右に揺らせばブランコの要領でいずれ床に倒れることはできる。

 もう一つは、縛られた手でポケットに手を出し入れすること。手を上下にほとんど動かせないが、手先でズボンの布地を押しやること数分、指をポケットの中に突っ込むことができた。

 で、ポケットの中に何があったかと言うと、一つだけ使えそうなものがあった。ビルトカードだ。

 こないだタルネ村に行く時に貰って以来、返していなかった。

 これを口元に持っていけば声を誰かに伝えることができる。


「やってみるしかないか」


 深呼吸をする。失敗は許されない。腕を動かすことができない以上、やれることは限られる。


 まず、ポケットの中で、ビルトカードの裏側に触れた。表と裏で感触が異なる。裏面はややザラ付いている。通信相手の名を呟いてから、その面を、トントンと二回触れた。


「これで声が聞こえている筈だよな……」


 カードをポケットから取り出す。


「よっ……」


 手首のスナップだけを使って、カードを床に投げた。


「……くそっ……。意外にうまくいかんな」


 カードは残念ながら狙った位置に落ちてはくれなかった。

 仕方がない。この位置でやってみるしかない。

 俺は勢いをつけて、椅子を傾けるべく体をゆすり始めた。少しずつ、椅子の足が床を離れてガタッと音を立て始める。

 ガタッガタッ。

 少しずつ向きを調整する。カードとの距離は悪くないが方向がまずい。俺の右側、やや斜め前に行ってしまったので、椅子を少し左回転することにする。腰をフラフープのように回す要領で、椅子を揺らす。ガタガタやかましく椅子を鳴らし続けて十数秒。ようやく狙った方向に椅子が向いた。

 ここから、勢いをつけて椅子を左右に揺らす。ガタッ……ガタッ。間違っても逆方向に倒れてはいけない。その恐れが反動をつける勢いを殺してしまい、なかなか椅子に勢いがつかない。

 さっきからの運動で汗だくになっていた。さらに緊張から、加えて嫌な汗も額を伝う。


「頼む……っ」


 ガタッガタッ。

 俺は、最後のひと押しとばかりに全体重を右にかけた。


「……い……けっ!」


 椅子が、傾き切ったあたりで止まり……かけ……しかし止まらずに……床へと倒れた。

 ドガッ。

 右半身の痛みに顔をしかめる。頭の右側も床に打ち付けてしまった。一瞬ふらつく。


「カードは……っ!」


 俺の目の前にある筈だと思ったが、無かった。椅子が倒れた衝撃で少し飛んでしまったらしい。俺の顔一個ぶん上にある。


「クッソ……」


 距離が、遠い。この距離では声が入らないか。

 椅子に肘掛けがあるせいで、腕を使って床を這うということができない。肘掛けを支点に肩が浮いてしまっている。

 足で懸命に床を蹴る。しかし横倒しだ。床をこするばかりでちっとも移動できない。


「何か……何か引っかかるところを……」


 俺はつま先を床板と床板の間に無理やり差し込むようにして足がかりを得る。


「くぉ……」


 つま先が痛む。爪が剥がれたかもしれない、と思うが構っていられない。全力で右足に力を入れ、椅子ごと体を上に押し上げた。


「はぁ……はぁ……」


 俺の前にようやくカードが来た。


「……おい、聞こえるか、チグサ!! ……」


 必死に、カードの向こうに声をかけた。


「え……タケマー?」


 吃驚したような声がした。この声は、チグサだ。


 よし。


 俺は動かない体でガッツポーズをしそうになる。


「良かった! チグサだな! 今一人か?」


「え……う、うん。一人だけど。どうしたの、このカード使って話しかけて来るなんて」


「よし。先に言うが、人は呼ぶなよ。特にティルミアとラインゲールには気づかれないようにしてくれ」


「え……? なんで……」


「今どこにいる?」


「じ、自分の部屋だよ」


「騒ぎは知っているか?」


「なんかティルミーが誰かを殺しちゃったとか」


「メイドだ。城から訪ねてきたメイドがいたんだが、ティルミアが殺したらしい」


「……そ、そうなの?」


「食堂にその遺体がある筈だ。うまく口実つけて、食堂から人払いをするか、遺体を誰もいないところに運び出してくれないか」


「ま、待って! ちょっと待って! タケマーどこにいるの? 何してんの? ティルミーにも内緒って何? どう言うこと? 訳わかんないよ」


「あとで話す。とにかく時間がない。お前の力が必要なんだ。協力してくれ」


 *


「……で? 説明、してもらおうじゃん?」


 ここは、事務所の外。入り口を出て、少し森に入ったところだ。


「ふぅ……助かった。チグサ」


 チグサはかなり無茶な俺の頼みを聞いてくれた。幸い、遺体は既に食堂から別室に移されていたので、そこにこっそり忍び込んで俺を召喚した。もくろみ通り、俺はチグサの召喚魔法で脱出することができた。俺を捕らえていたあの空気の拘束具ごと一緒に召喚されるなんてことはなく、俺は解き放たれた。

 俺はそこでユリンの蘇生を行い、チグサはアジトの外に出て、頃合いを見計らってそこに俺とユリンを召喚した。これで脱出は完了だ。

 ここまで詳しい説明なしだったのでチグサが不満げな顔をするのは当然だろう。


「あの……私にも事情をお話いただけませんか」


 ユリンも死んでいたわけだし、わけがわからないだろう。

 と言っても、俺も図書室を出た後ティルミア、ラインゲールと話しただけで全部を見たわけではなかった。

 俺、チグサ、ユリンの順でそれぞれの認識している情報を話す。


「つまり話をまとめると……」


 俺は頭を回す。


「まず、俺が食堂を去った後、ユリンはティルミアと言い合いになったんだな?」


「はい。ティルミアさんはタケマサさんを連れていくのは諦めてほしいと仰っていて……ただ、私としてはなんとか急いで蘇生師を見つけなければならない状況ですので……話は平行線で」


「で、こじれて殺されたと」


 ユリンは頷いた。暗いのでよくわからないが青ざめている気がする。まあそりゃそうだろう。殺される経験なんかするもんじゃない。


「まあ俺が謝ることかどうかわからんが、すまんな、あいつは殺人鬼でな」


「は、はあ……。あの、なぜそんな人がお仲間に?」


「ん、まあその辺は話すと長い」


 俺は話を戻す。


「その間、俺は図書室で、魔導師と制約魔法について情報を得ていた。結論を言うと、俺は蘇生を引き受けることにした」


 ユリンはパッと顔を輝かせた。


「いいのですか! ありがとうございます……!」


「え、いいの? タケマー、ティルミーは反対なんでしょ?」


「いいんだ。あいつは納得しないだろうが俺は一人で行く」


「でも……」


「あいつの気持ちもわかるが、これは俺の意志だ。異世界から来た人間としてのな」


「そっか」


「さて、そう俺が決心して食堂に戻ろうとした途中でティルミアに会った。あいつは同じように俺にも行くなと言ってきたが、そこで俺はあいつの手が血で汚れているのに気づいて……」


 言って、メイドの胸を見る。服の胸のところが血で真っ赤に汚れてしまっている。きれいなエプロンドレスが台無しだ。


「……急いで食堂に行こうとした。そこでラインゲールとはち合わせた。やつは近道だと言って俺をアジトの外の小屋に連れ出して閉じこめた。ご丁寧に空気の縄で縛ってな」


「ラインゲール……なんでそんなことしたんだろ」


 チグサが不思議そうな顔をしている。まあ、普段はそんな様子はないからな。さわやか好青年のイメージだった。


「ティルミアに共感したとか言っていた。ティルミアが俺を止めたがっているのを見て加勢する気になったらしい」


「まあ確かにティルミーのこと、結構気になってる風ではあったかも」


 やつが言っていたことは伏せておくことにするが、チグサはなんとなく察したらしかった。


「で、その間の騒ぎをチグサは知らなかったんだな」


「私が寝てた部屋は遠いからね。でもなんか廊下が騒がしくて、通りすがったマネージャーに聞いたら、ティルミーが誰か殺したらしいとだけ言ってて。危ないかも知れないから食堂には行くなって言われて、とりあえず部屋にいたの。そしたらタケマーから通信が来て」


「ビルトカードでチグサに繋がって助かったよ」


「基本的に私は常に持ってるよ。事務所のメンバーを帰還させる係だからね」


「あの後大変だっただろ」


 ほんとにもー、とチグサは頬を膨らませて見せた。


「おそるおそる食堂行ってみたら、ミレナさんがいてさ。ユリンさんてメイドさんの遺体が客室の一つに運んであるってのは聞けたのね。でも隙を見てその部屋に入り込むの、すっごい神経使ったんだから」


「本当に恩に着る」


「今度一晩中お酒につきあってもらうから」


 今回は本当にチグサに頭があがらない。俺は何杯でもつきあうと請け負った。


「あとは知っての通りだ」


「私の蘇生はタケマサさんが?」


「ああ、他にいないだろ」


「ありがとう……ございます……。このお礼はやはり……」


 思わず顔が強ばる。


「いい、いい。礼はいいから服を脱ごうとするな。そんなことより、早いとこ城に行かなきゃならんのだろ」


「ねえ、本当に行く気?」


「なんだチグサ今更」


「だってタケマーは知らないかもしれないけど、魔王は、あいつは本当に魔王なんだよ。恐ろしいよ」


「俺だって恐ろしくない訳じゃない」


 何のためらいもなく、タルネ村の悪党どもの首を飛ばした。殺人が奴にとっては道端の小石を蹴って退けるのと同じように何でもないことだとわかる動作だった。そして、その戦闘能力はこの世界に来て見て来た反則級の連中と比べても、反則だ。あの恐竜を単独で殺せたなら、その攻撃は人を殺すとかそう言うレベルじゃない。大地を広範囲にわたって抉り取ってしまうそれは大量殺戮兵器みたいなものだろう。


「別にあの魔王に直接対決を挑もうって言うんじゃないんだ」


 俺は言う。


「ただな、生き返らせなきゃならんやつがいる。誰もやらないなら俺がやる。同郷のよしみってやつだ」

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