第六章 5/8
「来てください! タケマ……」
ミレナは、俺の前に誰が立っているのかを見て、絶句した。
「ティルミアさん……!」
「ミレナ。遺体はどこだ。すぐ行って蘇生させる」
「……は、はい、先ほどの食堂です」
「タケマサくん! その前に約束して。お城に行かないって」
俺はあやうくティルミアの頬を殴りそうになる。
「ティルミア! あのメイドを殺したのか! なんで殺したんだよ!」
「だって! いくら言ってもタケマサ君を連れていくって聞かないんだもん!」
傷ついた表情を浮かべさえしない。自分がやったことに何の疑問も持っていない。そういう顔だった。
「お前……自分が何をやったかわかってるのか」
「殺人だよ? だから何?」
だから何……ってお前。俺は二の句が継げない。
「口でやめてって言ったけど聞いてくれないんだもん。言葉で止められないなら殺して止める以外に方法があるの!?」
「お前は……っ。……もういい」
問答はやめる。俺はティルミアの脇を通って廊下を行こうとする。
「待って」
ティルミアが俺の腕を掴んだ。
「離せよ」
「やだ。行かせない」
「じゃあ」
俺はティルミアの顔に顔を近づけた。
「俺を殺して止めろよ」
ティルミアは手を離した。
驚いた顔をしていた。
俺は背を向け、食堂へと向かった。
*
図書館がずいぶん奥にあったせいか、入り組んだ洞窟内は簡単には地下一階の食堂にたどりつけない。ミレナは先に行ったらしい。
俺は迷わないように注意しながら廊下を駆けていた。
「タケマサ」
不意に声をかけられ、驚く。
「お前は……」
ラインゲール。今はさすがに海パンではない。
「ついてくるといいよ。このアジトは迷路だからね。近道がある。こっちに行って一度地上に出たほうが早いよ」
「お、おお」
「……あのメイドを生き返らせに行くんだろ?」
俺は頷いた。ラインゲールについていく。
「タケマサ」
「……何だ?」
「ティルミアさんの気持ちもわかってあげるんだ。タケマサのことを心配しているんだよ。実際、あの魔王が本気で向かってきたら、ティルミアさん含めて僕たちが束になったところで勝つことは難しい」
「そう……なんだろうな」
「あのメイドを使者によこした連中は何とか魔王から城を取り戻したいんだろうが、それは僕らにも君にも関係ない筈だ。君じゃなきゃいけないわけでもない。それなのにいつ魔王が戻ってくるかわからない城に行くのは危険すぎる。君は一度魔王に命を狙われたらしいしな。二度目はないと思ったほうがいい」
「わかってるさ。……何も俺だって魔王と戦おうってんじゃない。蘇生を終えたらすぐ戻るつもりだ。それに、俺以外にいないのかもしれん。そう簡単に蘇生師は見つからないだろ?」
「そうかな。大きな村なら蘇生師がいることは珍しくないよ。それでもどうしても行くのかい?」
「まあ、俺でなくてもいいのだとしても……俺が蘇生させるべきだと、そういう気がするんだよ。殺されたその魔導師はな。俺という異世界人の蘇生師が見つかったのもただの偶然とは思えない何かを感じる」
「偶然だよ」
地上に出た。ここから入り口に行くのが近道だということか。
ラインゲールはどんどん歩いていく。
「そうだとしてもな。これは俺の蘇生師としてのプライドの問題なのかもな。単なるわがままだ」
「そうか……」
扉がついている小さな小屋があった。元の入り口とは違うようだが、このアジト、あちこちに出口があるのか。
ラインゲールが指さした。入れということだろう。扉を開けて中に入る。
「……?」
あれ、階段があるのかと思ったが、何もないな。
「ここは?」
「残念だけどね。君のわがままを認めるわけにはいかないな」
ラインゲールが後ろで扉をしめた。
*
「おい、どういうことだ!」
ラインゲールのほうに一歩出ようとして。
気がつく。
足が動かない。つんのめって前に倒れそうになる。手も出なかった。
だが倒れなかった。俺は気を付けの姿勢のまま立っていた。いや立たされていた。
……拘束されていた。
目には何も見えない。だが手も足も動かない。空気に押さえつけられているようだった。
「なにを……した」
ラインゲールは、腕を上げた。
「タケマサくらい非力な相手なら、風を操るだけでも十分に動きを止められる。なに、空気だよ。空気をロープみたいに使って縛っているだけだ」
な……。
こいつ。
「僕が風を操る魔術師だということは知ってるよね」
ラインゲールは、爽やかに笑っている。
いかん。
やられた。
同じ事務所のメンバーだと思って油断した。
「ふざけるな。何の悪ふざけだ。急がなきゃ蘇生が間に合わなくなるぞ」
「君が反省して城へ行くのをやめるなら解いてあげるよ。心配しなくとも数時間は大丈夫さ」
……ラインゲールは、座りたまえ、と俺の後ろを指さした。そこにはどっしりとした椅子が一つ。俺の意志を無視して空気が俺を押しやり、椅子に腰掛けさせられた。
「反省? 何をだ」
「君がティルミアくんにくっついている理由を聞いたよ。彼女の生き方を否定し、彼女に嫌がらせをするためについてきているということだったね。そのくせ彼女に守ってもらっている。僕の評価としては、最低のクソ野郎というところだ」
おっと。いきなりクソ野郎呼ばわりされた。
「あのな。ティルミアは殺人鬼だぞ。職業がっていうだけじゃなくな。自分で言ってんだよ。自分勝手に人を殺すってな」
そしてそれにあいつ自身苦しんでいるように見える、というのは単なる俺の意見だが。
「自分勝手は君もだろ」
ラインゲールはくいと指を立ててこめかみを指した。
「君は、都合のいい時だけその殺人鬼の力を肯定してきたんじゃないのかい」
「……肯定?」
「君は一人ではそのへんの雑魚モンスターにも勝てないほど非力だ。しかも選んだ職業が蘇生師。自分一人じゃ戦うこともできない」
「……」
「君が今まで無事でいられたのは、彼女のおかげなんだろう。彼女が殺人鬼で、人を殺すことに躊躇いがないからこそ、君は守られたんだ。それなのに、自分を守ってくれているティルミア君に対して、人を殺すなと言う。ティルミアくんの生き方を否定しようとする」
「極端だからだ。手段は選ぶべきだろ……人を殺すことを躊躇わない生き方が正しいとは思えない。殺人は、選んではいけない手段なんだよ」
「殺人だから何だと言うんだい? 人を殺すことがあるのはこの世界の冒険者なら皆多かれ少なかれ同じだよ。野盗の類は街の外に出れば多くいるんだ。彼らをいちいち生け捕りにしたりなんかしない。運悪く出くわせばやつらを殺すかこっちが殺されるかだ」
「極端だろ。野盗はともかくだな……」
「極端でもないさ。街の悪党だって同じことだ。タケマサは知らないのかもしれないが、治安の悪い地域に行けばろくでもない人間がたくさんいる。そいつら自身、チャンスがあれば物を盗んだり平気で殺そうとしたりする連中だ。そんなやつらを無理して生かす必要なんてない。見かけたら僕だって退治することもあるよ。……場合によっては殺すってことになるだろうさ」
「……だから、そういう極端な悪人を例に出されると話がややこしくなる」
「極端な話じゃないのさ。君が悪人と呼ぶそいつらだって、そいつら自身は自分たちを悪人だなんて思ってない。単に大勢の人間と価値観が合わないだけさ。人と人とのもめ事に過ぎないんだよ。君のいた世界でどうだったのか知らないが、この世界じゃもめ事は基本的には自分達で解決しなきゃならない。話し合いで解決できない時には直接的に相手を排除して解決しなきゃならないこともある。皆、多かれ少なかれそうしているんだ。ティルミア君だけじゃない」
「俺だってしばらくこっちの世界にいるからな、ここじゃ警察機構がしっかりしている俺のいた日本とは事情が違うのはわかる。ある程度、自衛のために個人で暴力を振るわなきゃならないこともあるんだろうし、それはやむを得ないこととして受け入れられてるんだろう。だがあいつは極端なんだよ。簡単に殺すという選択肢を選びすぎる」
「そうかな? 僕にはそうは見えない。彼女は軽はずみに人を殺したりはしていないように見えるね。しっかり考えているよ」
「考えてたって、その基準が極端なんだ。「話の通じないやつ」って判断したらすぐに殺す。殺さないともっと被害が出るとか、止めるには殺すしか方法がなくてやむを得ずってのならわかる。でもあいつは自分の基準に照らして「気に入らなきゃ」殺すんだよ。それは間違ってるだろ。人の命というのは本来、個人が勝手に奪ったりしていいもんじゃない筈だ」
「はっ……。まるであの魔王みたいなことを言うんだね」
なん。
だと。
「自分の中にある正義じゃなけりゃ誰の中にある正義に従うんだ? ボスかい? 王様かい? それとも魔王かな?」
「違う。個人が決めるもんじゃないと言ってるんだ。本来、死刑を下していいのは、個人の勝手な思惑を越えた、もっと大きな何かだ。国だったり、公的な何かだよ」
「何か。……何か、か。酷い無責任だな。そりゃ単に、「代わりに殺してもらいたい」ってだけだろう?」
「代わりに?」
「そうだよ。君は人を殺す重みを背負いたくなくて、誰か他の人に悪人を殺してもらいたい、その責任を負ってもらいたい、そう言ってるだけさ。その誰かを「国」とか「公的な何か」って呼んでるだけだね。ていのいい逃げだ。責任転嫁だね」
「……だとしてそれの何が悪い? 個人が殺人の責任を負うべきだとは思わない。負えないしな。人の命は重い」
「負えないと言いながら彼女に負わせているじゃないか」
「負わせている?」
「そうだよ。ティルミアくんに悪人を殺す責任を負わせている。自分の代わりに殺してもらっている。殺してもらっておきながら、殺人はいけないことだなんて虫酸が走るね。彼女が悪人を殺したことで得た平和を享受しておきながら、殺人はいけない? どの口が言うんだ」
「……」
俺が言葉に詰まったのは、ラインゲールの言葉に痛いところを突かれたから……なのだろうか。
確かに、俺はあいつに守られている。あいつが野盗を殺さなかったら。あいつがラーシャを殺さなかったら。あいつが魔王を殺さなかったら。俺は死んでいたのだろう(ガルフとかルードに関しては、ティルミアの巻き添えだが)。
「魔物からも守ってもらってるわけだろう?」
「魔物は別だろ。魔物を倒すのは仕方がないが、人間が人間を殺すことは、本来的に悪いことの筈だ。訳が違う」
それを聞くと、ラインゲールは、ハッと笑った。
「訳が違う……か。魔王といい君といい、どうしてそう人間だけを特別扱いする」
「……?」
「君も乗ってきただろう。ここへ来るまで乗ってきたあのエイだ。あのエイたちはね、ここよりはるか東の砂漠地帯に生息していたものだ。僕があのエイたちを連れてきたんだ」
風切りエイ、だったか。砂漠地帯……海ではなく砂の海に生息する生き物ということか。
「魔王はね。あのエイたちを殺そうとしたんだ。それが僕が魔王と敵対することになった経緯だね」
タルネ村で会った時にはすっかり忘れていたみたいだけどね、と朗らかに笑う。
「エイを守ろうとして戦った……ってことか? お前が飼ってたのか」
君は人間の視点でしかものを見ないんだな、とラインゲールは笑った。
「僕は飼うとか従えるとか、そういう関係は好まない。こいつらは飼われていたわけじゃない。自然のままに生きていただけだ。なのに魔王が殺そうとしたのが僕は気に入らなかった」
「何もしてないのに……ってわけか」
ううんそうじゃないとラインゲールは言った。
「あのエイたちに関しては理由があった。ひまわり畑の花を全部食べてしまったんだ」
「ひまわり? あの花の?」
「そうさ。意外に食いしん坊なやつでさ。種がうまかったのかな。結構な量のひまわりを食べちゃってたんだ」
それを……魔王が怒って? 意外だった。ひまわりが好きだったのか?
だがその俺の顔を見てラインゲールは笑った。
「いや、魔王は花や植物を大事にするタイプってわけじゃないよ。ただ、そのひまわり畑はある老夫婦のものでね。夫婦はそれを売って細々と生活していたんだ。ひまわりが全滅してしまうと生活していけなくなる。魔王はそれを聞いてエイを殺すことにしたんだね」
「老夫婦を助けるために? ……意外だな」
あの、村を全滅させた魔王がか? ずいぶんと親切だ。
「でも事実だよ」
ラインゲールは当時を思い出すように宙に目を向けた。
魔王は二匹のエイをあっさりと地面に討ち伏せたが、そこにラインゲールが通りがかった。当時ラインゲールは、魔王を知らなかった。ただ、そのエイが風切りエイという珍しい種類のエイであることは知っていた。だから言った。何をしている、やめろ、と。
「理由は一応、聞いたよ。この子たちがやったこともね。でもそのお爺さんとお婆さんには悪いけど、僕はヒマワリなんかよりこのエイのほうが貴重だと知っていたからね。殺すのは勘弁してくれないかと言ったんだ」
「それで魔王は……?」
ははっとラインゲールは笑った。
「攻撃された。僕もそれなりに腕は立つつもりだったけど、いやぁダメだ完敗だったね」
「ま、負けたのか」
「当時はまだ今ほどじゃなかったけど、あいつの強さは普通じゃなかった。それでも五分くらいは持ちこたえたかな。僕の命が尽きるまでに、どうにかあの子たちを逃がすことができた」
「え、し、死んだのか」
「ああ。さすがに心臓に穴を空けられたら生きてるのは難しかったからね」
……。軽く話しているが、ということは。
「そうだよ。蘇生してもらった。僕が死んでいた間に魔王は去ったそうだが、突然のことに驚いた老夫婦は親切にも僕を蘇生できないかと考えてくれたらしい。幸い隣の村に蘇生師がいてね。親切なご夫婦はそこまで運ぼうとしてくれたんだ。と言っても運んでくれたのはあのエイたちだけどね」
「エイが……? すごい話だな」
プッと吹き出すラインゲール。
「そうかもね。でもそんなあの子達を魔王は「害獣」とよんだ。「害獣は駆除する」と魔王はそう言ったんだ」
「害獣……」
前にティルミアと同じ話をしたのを思い出す。
「僕は魔物という言葉もあまり好きじゃないけどね。僕からしてみれば、この子達よりも、野盗どもとか、あの魔王なんかのほうがよっぽど魔物だよ。でもあの老夫婦には違うんだろう。この子たちは自分たちの生活の糧を台無しにする魔物だった。立場が違えば見方も違う。そんなものさ。そんなもんだと僕は思ってる。別にあの老夫婦のことはどうも思わない。ただ、僕が気に入らないのは、魔王だ」
ラインゲールは言う。
「魔王が実は大のひまわり好きで、その畑を荒らしたことが気に入らなかくてあの子達を殺そうとしたなら、まだ許せるんだ。でも魔王はあの畑のことも、それどころか老夫婦のことだって大して興味が無かった。魔王はただ単に「人間に害を及ぼしたから」という理由だけであの子達を殺そうとしたんだ。あいつは、この世界の支配者のつもりでいる。その自分が支配する世界の命の優先度は全てあいつの思い通りにしたいと思っている。そのあいつの優先順位で言えば人間が上で動物が下だという理由で、首をつっこんだんだ。くだらない人間至上主義者で、反吐が出るお節介なのさ」
「……」
「タケマサ。君もどうせ同じなんだろう? 人間の命が何より大事だと思っていて、それを奪う殺人鬼は悪で、それを救う蘇生師は正しいと思っているんだろ?」
「そこまでは思ってないが……」
「やめろよタケマサ。取り繕うのは。君の価値観はそうなんだろ? 別にそれは否定する気はない。ただ、それを彼女に押しつけるなと言ってるんだ」
「悪いが、俺は何も押しつけたつもりはないぜ」
「隣で延々と説教垂れちゃあ彼女がせっかく殺した人間を横から蘇生させてまわり、しかもそれを「嫌がらせ」だと公言してるじゃないか。それで何も押しつけてないつもりなら鈍感すぎて何も言うことはないね」
「じゃあ放っておけばいいだろう。俺はあんたを言い負かそうなんて思っちゃいない。あんたが言う通り、俺はあいつに守られてる。だが、だからと言ってあいつの考えが全部理解できて受け入れられるって訳じゃないんでね。俺は俺の勝手にさせてもらうぜ」
ふーっ、とラインゲールは頷いた。
「やれやれ、反省する気はない、と。まあ、だろうね。だがね、それじゃ困るんだよ。君が勝手に魔導師を蘇生しに行って、魔王を怒らせて殺されるのは構わない。君の自由だからね。でも、ティルミア君はそれを何が何でも防ごうとするだろう」
……。
「これは、ティルミアが頼んだのか?」
「違うよ。僕の独断だ。単に彼女は、君が城に行こうとするのだけは止めたいと話していただけだ」
ふっ……と笑う。
「何がおかしいんだい?」
「いや、意外に思っただけだ。結構あいつも事務所のメンバーと仲良くやっているようで良かったと思ってなな」
俺と出会った時、あいつは殺人鬼という職業柄、友達がいないようなことを言っていた気がする。だがこの事務所のメンバーが特殊なのか、結構打ち解けているようだ。
だがラインゲールは何か意味ありげな笑みを浮かべた。
「僕には特に気を許してくれているのかもしれないよ」
……。
「ははは。ショックかい。彼女のことをわかってあげられるのは自分だけ……とでも思っていたかい? たまたま今まで彼女の周りには理解者が現れなかっただけだ。もっとも君も、理解しようとはしていても共感しようとはしていない。……彼女は嬉しいみたいだよ、僕のように共感できる人間がいることに」
……なんだこいつ、と思った。挑発しようとしているのか?
「それはいいことじゃないか」
「ああ。素晴らしいことだ。僕も彼女に好意を持っているからね」
ラインゲールは臆面もなく、そう言った。
「だから本音を言えば、君には去ってもらいたいと思っているんだ。この事務所をね。君がいると彼女にとっても負担だし、危険だ」
「大きなお世話だな」
「そうだね。まあ、君があのメイドの頼みを聞く気になるようなことが無ければこんなことをする気はなかった」
「俺の勝手だろ」
「そう。それは君の勝手。君を行かせたくないのはティルミア君の勝手。そしてティルミアくんがそう思うなら君にはしばらく大人しくしといてもらおう、とそう考えるのは僕の勝手というわけだ」
ラインゲールはそう爽やかに笑った。
「タケマサ。君は自殺願望でもあるのかい? そうじゃないのなら、蘇生師という職業はやめるんだ。君に向いている職業とも思えない。そんなゴテゴテと魔力増強の腕輪をいくつもつけないと魔法が使えないくらいなら、魔術師はやめたほうがいい。土台、異世界人には魔法使いは向かないからね。他にいい職業がいくらでもある」
……。
「君を殺そうというわけじゃないからね。考えを改めたら君の拘束は解くよ。しばらく頭を冷やすといいよ」
ラインゲールはくるりと背を向けた。出ていこうとする。
俺は大声を出した。
……つもりだった。だが、声がちっとも響かなかった。
「音というのは空気の振動だよ。助けを呼ぼうとしても無駄だね」
バタン。ドアは閉められ、俺は椅子に空気で縛り付けられたまま、取り残された。




