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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第六章 「殺人だよ? だから何?」
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第六章 4/8

「凄いですね、この人」


 俺もその点は完全にサフィーに同意だ。


「ああ。確かに、魔法が使えないのに王宮で魔導師として雇われるってのは半端じゃないとは思う」


『これは私の実力と言うよりは、この国の王、アルフレッドの英断と言ったほうがいいのかもしれない。老齢ながらなかなかの傑物だ。大樹の王とかいう仰々しいあだ名を貰っているだけのことはある』


 大樹の王……。殺された前王のことか。


『アルフレッドと私は、この魔法体系を完成させた。制約魔法とは総称であり様々なバリエーションを含むが、基本セットは完成形と言っていい。元は催眠魔法を応用したものだが、なかなかに使い勝手がいい魔法に仕上がった』


 制約魔法はこいつ一人でなく前王と共同で作り上げたものだったのか。


『私が弁護士志望だという話を聞いて、アルフレッドは私の世界の「法律」に興味を持ったらしかった。王個人が民を統べるのではなく、定められたルールが人を統べるという考え方には前から興味があったと言っていた。まあ弁護士なんてのはその法律を飯の種にするために都合良く解釈するのが仕事の不届き者なのだが』


「不届きなのはお前だけだ」


 俺が口に出してつっこみを入れると再びサフィーは人差し指を立てて口に当てた。


『それにしてもアルフレッドは真面目なやつだ。恐ろしく真面目なやつで、自らが絶対的な権力を持つ王であると言うのに、王制というものに疑問を持っているらしかった。自分のような不完全な人間が民を統べるのが果たして正しいのか、そう漏らすことがあった』


 それは意外だった。


「……そう、なのか。なんか俺の思ってた王のイメージと違うような気もするな」


「先を読んでみましょう」


『やつは、自らを律する力が欲しいと常々言っていた。王は絶対の権力を持つがゆえに、簡単に自己の欲望に溺れうる。王以外の者は、王が罰することができる。だが、王自身のことは誰も罰することができない。矢面に立たされ続ける。それゆえに王は世界で最も不幸だと嘆いていた。変わったやつだ』


「……」


『そこで私が研究を重ねていた魔法がやつの目に留まった。制約魔法。これは何かと言うと、つまり「ルールを守らせる」魔法だからである』


「これか」


 俺の呟きに、サフィーも無言で頷いた。

 制約魔法の詳細な解説に入った。

 聖宝紅蓮皇ホーリー・ルビー・ロイヤルの解説は続いていく。

 無言で、一気に読んだ。時折、俺には理解が難しい部分もあったが、サフィーに助けを借りた。

 要約すると、制約魔法とは「対象者に強制的にルールを守らせる」ことができる魔法だということだった。

 例えば、わかりやすい例が決闘だ。お互いに定められたルール、例えば銃を持って三歩歩いてから撃つとか、用意された剣のみ使用可とする、といった同じルールで戦うことを決めたとする。このルールを守らなければ卑怯者のそしりを受けることになるが、しかし、それを覚悟すれば実際問題として破ろうと思えば破れる。卑怯者呼ばわりされても構わないと言ってルールを破る者が出てくる。それが人間というものだ。

 制約魔法が発動すると、この定めたルールをどうやっても破れなくなる。物理的な力が働くわけではなく、自分で自分に行動の制限をかけてしまう。催眠魔法に近いというのはそういう意味だ。ルールを破ろうとすること自体が無意識下でできなくなるということだった。


 それだけ聞くと、ものすごく強力な魔法に思える。なにせ、自分に一方的に有利なルールに持ち込んでしまえば相手を楽に倒すことができるのだ。例えば、魔法使用禁止というルールで魔術師に勝負を挑めば楽勝である。

 だが、この魔法は発動条件がかなり厳しい。最も単純な使用法だと、2つの条件を満たさなくてはならない。「制約」を明確に相手に伝え、理解させること。次に、自由意志で「制約」に同意させること。この二つを満たさなければならない時点で相当にハードルが高いのだが、制約の内容によってはさらに厳しい条件がつく場合もある。

 一方で、魔法をかける側が何らかのリスクを負うことによって発動条件を緩めることも可能、とも記されていた。ただ、それには、魔法というものの基礎を理解しておく必要があるとして、本の後半は、制約魔法に関わらない魔法の基礎について解説されていた。


「うーむ……これは意外と……冒頭のふざけた調子からは予想もつかないほどの良書なんじゃないか?」


 俺は思わずうなってしまった。本を読んでうなるなどという経験をしたのはいつ以来だろう。


「ふふ……タケマサさんがこんなにも夢中になるとは思いませんでした」


 そりゃ夢中にもなる。


「いや……この後半の部分がな、興味深いんだ。サフィーたちみたいにこちらの世界で普通に魔法を使えてる人間からすると当たり前のことなのかもしれないが、俺はこれを読んで初めて魔法というものの原理が少し理解できてきた気もする。同じ日本から来た人間が書いたせいか、それとも魔法を使えない人間が書いた本だからか、あるいは俺と相性がいいのか、理解しやすいと感じるんだ。俺は、恥ずかしながら今の今まで自分が使っていた蘇生魔法さえ、その基礎がほとんど理解できていなかったことを、今知ったよ」


「それだけでも相当な進歩ですよ、それ。蘇生魔法を理論的に理解するというのは、かなりの難易度ですから」


「だができる筈なんだ。この本を書いた大阪の兄ちゃんはやってのけたんだからな。自らは魔法を使えなかったのに」


 聖宝紅蓮皇ホーリー・ルビー・ロイヤル……。この中二病が猛威を振るってしまったふざけたペンネームのせいで何度読んでも尊敬の念が全くわいてこないが、それでもよくやってくれた、と思わずにはいられない。


『ここでは、制約魔法自体に関しては、その性質や発動条件等について概要を述べるに留める。私が理論を完成させたが、正直とてもじゃないが万人が使えるようなものじゃない。どうにも術式がややこしすぎるのだ。これを理解し、行使できる人間は一握りだろう』


 そこで俺は目を見張ることになる。


「何だと……」


 書いてあることの意味がすぐには理解できなかった。


『下巻に続く』


「え、上巻だったのかこれ!」


 慌ててページをめくる。


『というのは冗談だが……』


「タケマサさん! やぶれます。破れますからそんなに強く本を引っ張らないで下さい」


 俺は肩で息をしながら本を置いた。


『そもそも、もう少し使い勝手の良い形に進化させなくては、誰でも使えるようにはならないだろう。本当は神殿と協力して新しい職業としてライセンス化したかったのだが、今のままではそれも難しい。ただ……残念なことに、アルフレッドはこの魔法を一般に普及させることは望まなかった。王として独り占めするべきだと考えたらしい。皮肉なことに、私は自分が開発した制約魔法をやつにかけられてしまった。やつに「この魔法の使い方を誰かに伝えること」を禁じられてしまったのだ。それが、本書で制約魔法の使用方法までは解説することができない理由である』


「王が……独り占めした、だと」


『正直言うと、口で言うのがダメでも書いてみたらいけるんじゃないかと試しに書いてみたのがこの本である。だが制約魔法がどのような効果の魔法であるかを書き記すことはできても使い方はやはり全く書くことができなかった。我ながら凄まじい効果だ』


 確かに、この本には制約魔法の発動条件や効果については意外と詳細な記載があるのに、その発動に必要な呪文や印、魔法陣の描き方などについては全く触れられていなかった。


『私に申し訳なく思ったのか、王はもう一つ別の制約魔法をかけた。お互いに、相手に命の危険が迫ったら命を懸けて守ることという制約だ。これは私にとっては非常にメリットがあった。王の命が脅かされることなどまず無いが、私のほうは魔導師と言えど魔力も無いのでねたむ者が多かった。いつ寝首をかかれるかもわからない。だが私の命が脅かされるようなことがあれば王が自ら私を守ろうと命を懸けてくれるとなれば、必然的に私の命の価値は王と同等になる。どこへ行くにも護衛がつき、安全に旅ができるようになった。運動不足な異世界人にとって何かと物騒なこの世界でこれは非常にありがたいことだった』


 同じく運動不足な異世界人として非常に親近感を持つ。


『この魔法の使い方を誰にも伝授できないのは王自身も同じだ。制約魔法の原則はかける側とかけられた側が同じ制約を受けること。私も最初、それで構わないと思った。アルフレッドをおいて他にこの術式体系を理解してくれそうな人間はまだいなさそうだったし、アルフレッドならバカな使い方はしないだろうと思ったからだ。だが、当てが外れたのはアルフレッドはどうもこの魔法を思いの外危険視していたらしく、バカな使い方どころかそもそもあまり使おうとしなかったことだった。それが残念だ……。うまく使えばいろいろエロいことができそうなのに』


 俺は思う。アルフレッドは素晴らしい王だったと。

 そしてこの本の作者に魔力がなくて本当に良かったと。

 本当に、ちょいちょい入るこいつのくだらない呟きのせいで、この本はもしかしたら魔導書ではなくトンデモ本かもしくはギャグ小説の棚に置かれることになっているのではないかと危ぶまれる。


『まあ、あいつ嫁さんいるしな。超美人の。リア充だからな。別に魔法に頼る必要ないわな』


 なんか急にやっかみが入りはじめた。


『私なんかせっかく異世界に来たのに結局モテモテのハーレム展開とかそういうあるべきイベントが何も無かった。マジ死にたい』


「知るか。そんなん知るか。何があるべきイベントだ」


「落ち着いてくださいタケマサさん。そんな乱暴にめくらないでください」


 以降数ページにわたってこいつがこの世界でいかにモテたかったかを延々書いてあった。間違いなく誰もチェックしてないなこの本の原稿。


『まあ、そういうわけで私とアルフレッドは一蓮托生だが、デメリットは無い。アルフレッドは私にかけた制約魔法に例外規定をもうけてくれたからだ。別世界に転移する場合と死ぬ場合はこの制約魔法は解除される。すなわち、私は安心して好きなだけこの世界で自分の使命を全うできるというわけだ』


 そこで、この本は終わっていた。


「……ふむ、これで終わりか……」


「結局この人自身にかかっていた制約魔法のために、魔法自体については詳しく書けなかったみたいですね」


 ああ。そうか、と気がつく。


「そうか。こいつが死んだのは……巻き添えだったのか」


 王を守るためではなく、自身を守るためにかけられていた制約魔法。それが仇になった。王の命を脅かす存在、魔王が現れてしまったために。


「なるほどな」


 俺は頷く。


「いいだろう……。やってやるよ」


「え、何をですか? タケマサさん」


「こいつを生き返らせてやることにした」


 ホーリー何とかさんよ。

 あんたはまだ使命を果たせてないんだろ。

 俺もそうだ。俺の使命は。


 *


 サフィーはまだ他に読みたい本があるらしく、図書室に残った。俺はメイドに引き受けることを伝えるべく食堂に向かう。

 図書室を出てすぐに、廊下の途中でティルミアに出くわした。


「タケマサくん」


「びっくりさせるな。薄暗い中でいきなり現れるな」


 洞窟の中のせいか、空気もひんやりしていてどこかお化け屋敷っぽい感じもするのだ。ぽた、ぽた、と音がどこかから聞こえるのも不気味だ。雨漏りでもしているのか。


「どこへ行くの?」


「あのメイドのとこだ。引き受けることにしたよ。わかったんだ。その魔導師は……」


「タケマサくんの馬鹿!」


 いきなり怒鳴られた。


「いきなり馬鹿とは何だ。……どうしてこうもお前は俺の話を聞かない」


「聞いてるよ! 聞いてるから言ってるんだよ!」


 ティルミアは俺の目を見て叫んだ。



「タケマサくん! もう蘇生師なんてやめて」



「……は?」


 ……何を言い始めるんだ。


「話が見えないが……やめろとは何だよ」


「だって、あの魔王が言ってたんだよ!? 蘇生師は殺すことにしてるって! タケマサくんが蘇生師のままでいたら、いずれ殺されちゃうって言ってるの!」


 ティルミアがバンと壁をたたいた。


「なのにどうして! タケマサくんはわかってくれないの!? そんなに蘇生師を続けたいの!? ……あの人も蘇生師だから!?」


「蘇生師は続けたいさ。……ていうか誰だあの人って」



「タ ケ マ サ く ん が キ ス し て た 人 !!」



「……」


 おい。


「お……大声を出すな……。落ち着け。人聞きが悪すぎる」


「な、なに!? ふんだ! どうせ私なんかちんちくりんで子供だし、ああいう大人の女の人にすぐ嫉妬して悪口言っちゃうあんぽんたんですよーだ」


「驚くほどよくわかってるじゃないか」


「うっさい! うっさい! バーカ!」


「落ち着け。俺もおまえもあの女とは大して話をしてないしほとんど何も知らないだろ。名前と、職業が蘇生師だってこと、それに魔王の手下らしいってことしかわからん。俺が蘇生師を続けようと決心しているのは最初からだ。あの女に会う前からだ」


 言うなれば、ティルミアに会った時からだ。


「でも……タケマサくんは蘇生師をやめなきゃダメ。いいじゃない、他の職業でも」


「なんだよ。遊び人にでもなれってのか」


「それもいいと思う」


 いいのかい。ていうか、あるのか。


「だって、なるの簡単だし。もちろん無職だっていいと思う。別に無理して職業につかなくたって、仕事はあるよ」


「おあいにくさまだよ。俺は元の世界で無職だったが、こっちにきてどうにか職を得たんだ。そう簡単に手放してたまるか」


「じゃあ蘇生師じゃなくてもいいでしょ!? なんで蘇生師じゃなきゃだめなの?」


「あのな……。一つ教えておいてやる。俺のいた世界ではな、三年以内にやめる新人が問題になってるんだ。だから俺は三年は頑張る。たとえ職場がどんなブラック企業だとしても。俺は社畜になる」


「死んでもいいの?」


「覚悟の上……と言いたいところだが、それはさすがに困る。だがな、俺は蘇生師になる前に既に一回、死にかけたんだぞ。何の落ち度もない俺が、ただ破落戸ごろつきの逆恨みでだ。つまり、この世界じゃあ……蘇生師やめたところで死なない保証なんかないってことだろ」


「……」


「だから蘇生師はやめない」


「でも、魔王が!」


「俺のようなひ弱な人間にとっちゃ魔王以外の悪党どもだって十分一撃で殺されるくらいの脅威なんだよ。魔王だけ避けてりゃ生き残れるって気はしない。いつ何時よくわからない理由で死ぬかもしれない。だったら俺は俺のやりたいことをやるさ」


「……うぅ…………!」


 何も言えなくなったらしく、言葉を詰まらせ、ただ俺を睨む殺人鬼。


「まぁ今回はおとなしく待っててくれ。俺は城へ行く」


「もう遅いもん」


「何がだ」


 俺は、どけ、と言ってティルミアの横を通り過ぎようとする。

 その時、気がついた。

 ポタポタと何かが垂れる音は、ティルミアの手からだということに。


「……」


 ティルミアの手が、濡れている。

 それが血だということを俺はどうしてわかったのだろう。


「お前……何を、した?」


「もう遅いんだもん」


 ……………………。


 もう、遅い?


 …………。


「タケマサさん! ユリンさんが!!」


 廊下の奥から誰かが走ってきた。

 ミレナの声だ。


「ティルミアさんに殺されました!」

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